128話 「イタ嬢と友情の白い粉」


 アンシュラオンとサナとホロロは、白い馬車で次の目的地に向かうため、今度は西門に向かう。


 その際に、商業街の入り口あたりにある馬車乗り場を通る。


 この馬車乗り場も、一般街にある馬車組合が経営しているものだ。


 上級街ということで観光用の大型馬車が多い…と思いきや、意外と普通の馬車が多く停まっていた。


 これは、上級街には労働者が大勢いるためである。


 上級市民が第二城壁内部に出ることはあまりない。以前、アンシュラオンが金をばら撒いた時のように、せいぜい西門の近くに住んでいる管理職の市民たちが外に出る程度であり、北東に住む本物の上級市民はあまり動かないのだ。


 よって馬車の大半は下町以上に労働者寄りという、実に不可思議な現象が起こっている。


 そういうわけなので観光用馬車の数はあまり多くないのだが、一台だけ他と違う毛色の馬車が停まっているのを発見。大型で無駄に立派な馬車である。



「あっ、停めて。ホロロさんはここで待っててね」


「かしこまりました」



 そこで再びアンシュラオンが馬車を停める。


 普段ならばまったく興味がないものだが、今回ばかりは価値がある。


 サナを連れて馬車を降りて、たまたま見かけた【その人物】と接触。



「よぉ、イタ嬢」


「…は?」



 いきなり名前を呼ばれたので、その少女、イタ嬢は間抜けな声を上げて振り返る。


 冷静に考えると少女の名前はベルロアナなので、イタ嬢で振り向くのはおかしい。明らかにイタイ自覚がある証拠である。



「変わってないなー。まあ、まだそんなに経っていないし、それも当然かな」



 そこにいたのは―――イタ嬢ことベルロアナ・ディングラス。



 他の馬車とは違う明らかにVIP用の馬車の前に彼女がいたので、声をかけたのだ。


 改めて観察しても、その姿に変化はない。相変わらずのツインテールの金髪娘である。シャイナも同じ金髪だが、こうして見比べるとイタ嬢のほうが強い色合いだ。



「いやー、久しぶりだな。懐かしいな」



 そのイタ嬢は、頭に「?」を浮かべながらホワイトを見る。



「えと? あれ…? 誰ですの?」



 どうやら仮面を被っているのでわからないようだ。不思議そうにこちらを見ている。



(本気でわからないらしいな。いくら人間の顔が情報の塊とはいえ、あんな目に遭ったのに忘れるとは…。オレもべつに会いたくなかったけど、会ったなら利用しておこう)



 完全に想定外の出会いだが、イタ嬢を利用する計画も考えていたので、まさにちょうどよいタイミングである。


 これぞ女神様の思し召しというやつだろう。



「もうボケたのか? オレだよ、オレ!」


「だから、誰ですの!?」


「だから、オレだよ、オレ。なあ、わかるだろう? あんなに親しくした仲じゃないか。ほら、オレ、オレ!」


「オレオレって言われても、誰かわかりませんわよ!!」


「金を貸したじゃないか。三十万円」


「え? そうでしたの? いやでも…あなたに会ったことなんて…」


「忘れたの? オレたち【友達】じゃないか!!」


「と、トモダチーーー!?」



 すごい驚いた。言葉がカタカナになるほどに。


 彼女にとって友達とは、とても重要なキーワードなのだ。これを使わない手はない。



「そうだよ。オレたちは友達だろう? だからお前を信じて三十万を貸したんだよ。でも、あれから全然音沙汰がないし…。友達だからさ、催促するのも悪いし…そのままにしておいたんだけど…。いや、いいんだ。たまたま会ったから思い出しただけで、『友達』のお前にお金を返してなんて言えないしさ。なかったことにするよ。それが『友情』だもんな!!」


「そそそ、そんな!! 何を言ってらっしゃるの! 友達なればこそではありませんか!!! か、返します! すぐに返しますわ!! ふぁ、ファテロナ!! 財布を!! 三十万をぉおおお!!」


「はい、お嬢様。三十万です」



 お付きとして一緒にいたファテロナが、財布から金を出す。


 ささっと三十万出すあたり、さすが領主の娘である。



「ほっ、持ち合わせがあってよかったですわ。これで返せ…」


「よろしいのですか?」



 ほっとした顔のイタ嬢に、ファテロナがぼそっと言う。



「…え? 何が…?」


「『友達』に三十万を借りておきながら、忘れるという重大なミスを犯したお嬢様が、そのまま三十万を返すだけでよろしいのでしょうか?」


「そ、そうなの?」


「はい。人間としても問題ですが、友達なのです。ト・モ・ダ・チ!!ですよ? いいですか、友達という関係は意外と簡単に壊れてしまうものです。その大半がお金が原因なのです」



 ファテロナの言うことは事実である。


 友達の間で金の貸し借りをすれば、後々大きな問題に発展しかねない。ちゃんと返してもらえればいいが、貸している間もヤキモキしてしまうものだ。


 それがもし持ち逃げや忘れるようなことがあれば、もう友達なんて概念は一瞬で破壊されてしまうだろう。


 金は人を狂わせる。トラブルの元なのだ。


 だが、イタ嬢はそれを知らない。



「え!? そうなの!? し、知らなかったですわ。だって、わたくしは友達がいな……じゃなくて、少なかったですもの!」


「それは仕方ありません。お嬢様がお嬢様ゆえに、世間とは距離がありますから。ですが、ここで失敗すれば取り返しがつきませんよ!!! 断言しましょう!!!」



 ぐ~~~~っと、縮こまり。




「このままでは―――友達を失いますよぉおおおおおお!!」




 がばっと跳ね上がって宣言。


 相変わらず無駄の多い動きである。暗殺者なのに。



「え、ええええええ―――!!! 本当ですのーーーー!?」


「いつもお嬢様をからかう私ですが、こればかりは本当です。そうですよね?」


「うん、間違いないね。オレも何度もそれで友達を失ったよ。主に借りた側だったけど」


「…こくり、こくり」



 ファテロナに問われ、アンシュラオンは頷く。ついでにサナも頷く。



「そ、そんな!! こうしてはいられませんわ!! ファテロナ! 早くお金を下ろしてきて!! 金額は任せるわ!」


「かしこまりました!」



 そして、ファテロナはイタ嬢を放置したまま消えていった。



(いいのか? あの人、護衛だろう? オレの正体は知っているだろうに…ほんとドSな人だよな)



 ファテロナは間違いなく、こちらの正体に気がついている。それでいて置いていくのだから筋金入りである。


 そもそも仮面が変わった以外、声も背丈も何一つ同じだ。気がつかないイタ嬢のほうがおかしい。



「ちらちら…そわそわ」



 現に今も、目の前の仮面男が誰だったかを思い出そうと必死だ。


 何度か問いかけようとするも、誰もが経験する「名前を訊けない状態」に陥っている。


 うっかり名前を間違えれば、友達との間に大きな亀裂を生んでしまう。


 それだけはわかるので、なんとか思い出そうとしているのだが、まったく思い出せないのだろう。



 その姿が―――面白すぎる。



(イタ嬢をからかうのって最高だな。なんだこいつ。おもしれー。マジもんだもんな。もっとイジってやるか)




「ねえ」


「ひゃっ、な、なんですの!?」


「クイナちゃんは元気?」


「え、ええ、元気ですわよ」


「それはよかった。お父さんは? まだ生きてる?」



 非常に失礼な言い方である。これもわざとであるが、当然ながらイタ嬢は気がつかない。



「ええ、お父様も元気ですわ。…お知り合いでしたっけ?」


「うん。一度商談で会ったんだ。その時は交渉決裂したけどね。君のお父さん、けっこう頑固で心が狭くて頭の悪い人だからさ、苦労したよ」


「そ、そうでしたの。その際は、お父様が申し訳ありませんわ」


「いやいや、間が悪かったからね。お互い様だよ。あっ、そうそう。君にプレゼントがあるんだ」


「えっ!? わ、わたくしにですか?」


「そうなんだよ! ああ、でも、ごめんね、突然だったから包装とかしていないんだけど…これを受け取ってほしいんだ」



 アンシュラオンが懐から【白い粉】を出して、渡す。



「これは…なんですの? 粉?」


「これはね、美容にとってもいい粉なんだ。毎晩、寝る前に水で溶かしてお肌に塗ると、それだけで肌がピチピチになるんだ。最初は少しアレルギー反応で赤くなるかもしれないけれど、続けていれば大丈夫。すぐにモチモチ肌になるよ」


「それはすごいですわね。化粧品…でしょうか?」


「そうそう、そんなもん。あっ、それとこれは【友情の証】で君だけにあげるものだから、けっしてクイナちゃんとかには使わせたらいけないよ」


「ゆ、友情の証ーーーー!!!」


「友の情と書いて友情。友達だからさ。特別なんだ。…約束してくれる?」


「あぅあぅっ…はっ!! わ、わかりましたわ!! 絶対に守ります! だって、友達ですものね!!」


「そうだよ! わかってくれて嬉しいよ!!! 友達だもんね!!」



 イタ嬢に白い粉を渡し終えると、ファテロナが戻ってきた。その手には紙袋がある。



「お嬢様、お待たせいたしました」


「ありがとう、ファテロナ! 助かりましたわ!」


「…おや、お嬢様。その手にあるものは…」


「ああ、これ? これはこの方からもらったものよ。友情の証として、ですわ!! あっ、大切なものだから、あなたにもあげませんわよ!」


「これは…なるほど。ずいぶんと良いものをもらわれましたね」


「え? 知っているの?」


「どのように使うかはお聞きになりましたか?」


「水で溶かして肌に塗るらしいですわよ。それでお肌がモチモチになるという話ですわ!」


「…それはよい使い方ですね。ぜひ毎日使ってくださいませ」


「もちろんですわ! と、これ…けっこう重いですわね」


「はい。お嬢様の今月のお小遣いを全部、千五百万ほど下ろしてまいりました」


「千五百万!? それはさすがに…」


「いけませんでしたか? ですが、友達なのですよ。それくらいしなければ…友達を失いますよ!!!」


「ひゃっ!! うう、にゅぅううう!!」



 イタ嬢が友達と金の間で葛藤している。



「うう、お嬢様。それが成長なのですよ…」



 と、ファテロナは涙を流しているが、口元はにや~と笑っているので、すべてわかってやっているのだろう。



(ファテロナさんは相変わらずだな。しかし、毎月のお小遣いが千五百万だと! こいつ、なんてブルジョワなんだ! 許せんな! 全部没収してやる!)



「いや…そんなにもらうのは悪いよ」


「え? そ、そうです…の?」


「うん。オレが貸したのは三十万だしさ。普通に考えておかしいよな」


「そ、そうです…わね。さすがにこの値段は…」


「あー、あの時に三十万を貸さなければ、株が急騰して借金も返せたのにな。あれがなければ父さんが死ぬこともなかったのに…人生ってのはままならないものだよね」


「えっ!? 借金!? お父様が死んだ!?」


「うん。生命保険のためにね。自殺したんだ。でも、君が困っていたから、その決断は後悔していないよ。だって、友達だもんな」


「と、友達!!」


「友達が困っていたら身を削ってでもお金をあげる。そんなものは当然だよな。いや、いいんだ。べつにこんなことを言うために会いたかったわけじゃないんだ。君に会えて嬉しかったよ。プレゼントも渡せたし。…それじゃ、またね」



 割り切っていると言いながら、肩を落としてしょんぼりした雰囲気で歩き出す。



「黒姫、今日もご飯のおかずは、たくわん一切れだけど…こんなお兄ちゃんを許してくれるか?」


「…こくり」


「お前を売らないでいるだけで精一杯なんだ。ごめんな。苦労をかけるな…」


「…ふるふる」


「うう、なんていい妹なんだ。明日はお兄ちゃんの腎臓を売って、少しはましなものを食べさせてやるからな」


「…こくり」



 ものすごくヘビーな話をしている。



「よろしいのですか?」


「へっ!?」


「このままだと、もう終わりですよ。彼とは友達でなくなるどころか、お嬢様は『人間のクズ!!』になってしまいますよ。ただのクズではありません。発音はクドゥッ!!です」


「うっ!!」



 クズとクドゥッの違いがいまいちわからないが、それはイタ嬢の心に突き刺さったようだ。


 慌てて追いかける。



「お、お待ちなさい!!」


「なに?」


「こ、これを!! わたくしの一ヶ月のお小遣いを全部、あなたに差し上げますわ!!」


「えっ!? そんなの悪いよ」


「わ、悪くなんてありませんわ! 悪いのはわたくしですもの!!! そう、わたくしが悪いのです!」


「うん、そうだけど…悪いよ」



 イタ嬢が悪いことは否定しない。



「い、いいのです!! と、友達ですもの!!!」


「うん、わかった。ありがとう」


「いいのですよ! 全然気にしなくて!!」


「うん、気にしないことにするよ。友達のために身を削るなんて当たり前だもんね。しないほうがクズなんだし。それじゃ、またね」


「は、はい! ま、また!! あ、あの…あなたのお名前…」


「何? ベルロアナ!!」


「い、いや、何でもありませんわ!! ではまた!!!」



 最後にさりげなく名前を訊こうとしたイタ嬢に対し、弾む明るい声で相手の名前を先に呼ぶ。


 最高に親しみを込めた声の前に、「ところで、あなたのお名前は?」などとは絶対に言うことはできないだろう。


 これが人生経験の違いである。ちょろいものだ。



(千五百万か。悪くないが、あいつのせいで一億近い損失を出したんだ。その分を考えれば、まだまだ足りないよな。サナは本来三百万だったんだからさ。まあ、その分は自分の身体で稼いでもらおうか。くくく…楽しみだ)



 ここで重要なのは彼女に白い粉を渡せたことだ。


 まったくの偶然であったが、これで計画がさらに進むことになる。



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