126話 「他人の金でする買い物は最高だな! 前編」


「しゅっしゅっ」


「…あの…露骨に周囲に香水を振りまかないでください」


「いえ、臭かったもので。失礼いたしました」


「せめて臭いはやめてください!」



 相変わらずシャイナはホロロから攻撃を受けている。



「諦めろ。お前も清潔になるしかないぞ」


「先生まで…! うえーーん!」


「…ぐいぐい」


「え? サナちゃん…慰めてくれるの?」


「…ぶしゅっ」


「ぎゃーーー! 目に入ったーーー!」



 サナがホロロの香水をシャイナにぶっかける。


 なるほど。周囲に振りまくより直接かけたほうがいいに決まっている。さすがである。


 振り向かせた瞬間にぶっかけたので、見事目に命中。



「ぎゃー! 目が痛いよー!」



 ごろごろごろー



「こら、室内で暴れるな」


「ぎゃー、胸も揉まれたー!」


「騒がしいやつだな。…おっと、あそこにいるのは…。また停めてもらえる?」



 歓楽街に入って少しした場所で、再びアンシュラオンが何かを発見。


 道を歩いていた三人の女性に声をかける。



「やっ、こんなところで会うとは奇遇だね」


「あっ、ホワイトさんだ」



 そこにいたのは、化粧が薄めのニャンプルたち。


 いつもアンシュラオンの相手をしている巨乳のニャンプル、うっかりシャイナのファーストキスを奪ってしまったキャピット、サナの相手をしてくれていたペルカの三人だ。


 三人とも源氏名なので本名は知らないが、何度も店に行っているので顔はよく覚えていた。


 今は化粧も薄めかつ、着ている服も普段着なのでプライベートなのだろう。それでもさすがはホステス。服はかなり高そうで派手だ。



「今日は休み?」


「夜からなんですよー」


「ああ、そうか。酒場だもんね」


「ホワイトさんはお出かけですか?」


「これから買い物にね。あっ、そうだ。もしよかったら一緒に来るかい? 何でもおごるよ」


「え? いいんですか?」


「もちろんだよ。好きな服やバッグをいくらでも買ってあげよう。金が使いきれなくて困っているからね」


「やったー! 行きますー!」


「じゃあ、三人とも乗ってよ」


「失礼しまーす」



 三人はまったく躊躇なく乗る。こういうことに慣れているのだろう。



「ほらシャイナ、さっさと座れって。いくら大型馬車でも足元に転がっていたら邪魔だぞ」


「あうう…」


「あれ? なんか臭いません?」


「うっ!!」



 乗ってきたニャンプルたちが、再びシャイナの心を抉る。


 さすがに事情も知らない同性に言われると、それが真実であることがわかる。



「心が痛い…痛いです…」


「…ぐいぐい」


「うう、サナちゃん…慰めてくれるの…」


「…ぶしゅっ」


「ぎゃーーー! 目がぁーーー!」



 デジャブ。







 馬車はそのまま進み、歓楽街の北側に到着。


 一つの大きな建物の前で停まる。



「ほら、みんな、好きなものを買いなさい」


「ねえねえ、何でもいいんですかー?」


「うむ、全部プレゼントしてあげるから遠慮したら損だぞ」


「うわぁ~、すごい~~!」


「先生って、最高! 素敵!」


「やったー! ありがとう♪」



 アンシュラオンの頬、仮面にキスをしてから、女の子たちが次々と建物の中に入っていく。



「え? え? えええ?」



 それを挙動不審な様子で見送っている者がいた。


 この場にはそぐわない格好をしている女性、シャイナである。



「どうした、シャイナ? お前も早く行って楽しんでこい」


「え? いや、でも…その……え?」


「ほんと要領が悪いやつだな。こういうときは自分の好きなものを問答無用でカゴにつっこむんだ。あとはあの子らみたいに適当に愛想よくしながら、お会計の時だけ静かにしていればいいんだよ」


「で、でも、ここって…えと、た、高いお店…ですよね?」


「そうだ。上級街で一番高い店だな」



 商業街にはいろいろな店があるが、基本的には他の都市から輸入された高級品を扱う店が多い。


 残念ながらグラス・ギースの産業力は他の都市に比べると劣っているので、自前でたいしたものは作れないのだ。


 魔獣の素材を他の都市に輸出し、彼らが仕立てたものを逆輸入するという形式も珍しくない。その場合、輸入品という扱いになる。


 その中でも最高級品ばかりを扱うのが、今アンシュラオンたちがいる【高級ショッピングモール】である。


 ハローワークよりも大きな建物の中に高級品だけを扱う店が多数入っており、ここに来るだけでたいていのものは手に入る。


 つまるところは、【デパート】だ。


 ここはグラス・ギース最大のデパートであり、この都市で一番高いものを取り扱っている店である。



 そして今日の目的は―――【金を使う】こと。




「お前の好きなものを何でも買えばいい。金はこちらが払う。使えば使うほどいいぞ」


「え? な、なんで…ですか? お金を貯めるのは好きだけど、支払うことは嫌がるケチな先生が…?」


「なんだその評価は。オレは金をケチったことはないぞ。無駄なものは好きじゃないけどな」


「じゃあこれは…無駄じゃないんですか?」


「そういうことだな。お前は気にせず買い物を楽しめばいいだけだ」



 アンシュラオンが欲しいものは特にないので、こういうときは若い女の子の出番である。


 お金を使うことに飢えている人間を連れてくれば、あっという間に高額の買い物をしてくれるだろう。


 貢いでもらうことに慣れているホステスたちの動きは素早い。確認を取るや否や、我先にと各店に飛び込んでいった。さすがのしたたかさである。


 しかし、真面目かつ慣れていないシャイナは、どうしていいのかわからずに動きが止まっている。


 そこでようやく出た言葉が、これ。



「え、えと…えと…その、悪いですよ!!」


「何が悪い?」


「労働の対価以外に何かをもらうなんて、おかしいです!」


「さっきの女の子たちの姿を見ていなかったのか? ああいう生き方もあるんだぞ」


「それがおかしいんです! ふ、ふふ…不潔です!」


「その言葉は正しいのか?」


「だ、だって、先生のことです! 何かイヤラシイ下心があるに決まっていますよ!」


「べつにあの子たちは、たまたま見かけたから連れてきただけだぞ。他意はない」


「本当ですか? これを餌に何か考えているんじゃ…」


「人を疑うとは罪深い犬だな。そう考える気持ちもわからんではないが、あの子たちに興味はないぞ」



 彼女たちとはお店だけの関係である。買ってあげるからやらせろ、なんてことは言わない。


 そんなことをしなくても、アンシュラオンにはいくらでもそういう女性がいるからだ。


 むしろ、放っておくと大量のお姉さんに襲われかねない。


 仮面を被ってからは多少抑制されたので楽になったが、外したら今まで通りの状態になってしまう。その気になれば、いくらでも好きにできるわけだ。



「そういうわけだから、さっさと行ってこい」


「で、でも…本当に?」



(なんて要領の悪い女だ。そういった経験がないからしょうがないか。かといって、ホステスたちみたいになってもらっても困るけどな…。しかし、このままでは日が暮れてしまう)



「ホロロさん、シャイナの買い物に付き合ってあげて」


「かしこまりました」


「えー!? この人と行くんですか!?」


「文句を言うな。まずは服だ。ガテン系じゃないんだ。その格好はないだろう。周囲を見てみろ」


「うう、お金持ちの視線が痛い…! と、溶ける! 溶けちゃう!!」



 ランニングシャツにジーパンのような格好は、どこぞの工事現場に行くのならばよいが、ここでは完全に浮いている。


 おかげで周囲のブルジョワな人々から哀れみの視線が向けられていた。



 チャリン


 デパートの入り口でシャイナが頭を抱えていたら、誰かが硬貨を投げてくれた。


 チャリン チャリン チャリン

 チャリン チャリン チャリン



「かわいそうに…」


「これでカンパンでも買いなさい」


「これをやるから犯罪行為に走るんじゃないぞ」


「姉ちゃん、いい乳してんなー」


「ふんっ、若い娘が身売りとは…この都市も腐ったもんだ」



 チャリン チャリン チャリン

 チャリン チャリン チャリン


 シャイナの前に、いつしか大量の硬貨が投げ入れられる。まるで正月の賽銭箱状態だ。



「え…? あの…え? 何これ?」


「完全に乞食だと思われているな」


「…乞食?」


「物乞いのことだ。ほれ、あそこにいるようなやつらだ」



 視線の向こうには、木箱を置いてしゃがみ込んでいる人々がいる。


 その木箱の中に硬貨が投下され、そのたびに物乞いたちが頭を下げる。



「えと…あれは…?」


「うむ、【乞食ビジネス】だな」


「乞食…ビジネス? 普通の乞食じゃないんですか?」


「気になったので調べてみたが、あいつらは労働者らしい。あれが仕事なんだ」



 本物の乞食だと上級街に滞在ができないので、アンシュラオンもおかしいなとは思っていたのだ。


 そこで眉毛じいさんに訊いてみたところ、彼らはちゃんとした労働者として入ってきているようだ。


 その仕事が、あれ。


 汚い身なりで同情を引いて、お金を恵んでもらうお仕事である。


 「ああならないでよかった」と労働者たちの気持ちを盛り上げる効果があるし、金持ちは恵むという行為によって自分たちの中の罪悪感を解消することができる。


 よって、これも立派な都市貢献のお仕事なのだ。だからこそ上級街での活動が認められているし、ある意味でなくてはならない業種である。



「…つまりは…えと…」


「お前もあれと同じだと思われたらしい」



 普通の格好をしていたら乞食と間違えられた。



「やめてーーー! これ以上、苦しめないでーー! 投げないで! 投げないでくださいーーーーー!」



 慌ててデパート内部に逃げ込む。



「うう…わかりました。買います…。買ってください…」


「ようやく現状を理解したようだな」


「世の中って…冷たい…」


「お前が臭いんだ」


「あううう……もう言い返せない……」



 容赦ない視線に、ついに犬が屈服。


 最初からそうしていればいいのに、面倒な女である。



「じゃあ、ホロロさん。嫌かもしれないけど、この犬をお願いね」


「かしこまりました。ご希望はございますか?」


「うーん、ドレスってのも似合わないな。動きやすそうなままで、少しオシャレにしてくれればいいよ。下着も何着か買ってね。それとお風呂用品とかも一式そろえてあげて。香水とかもあればお願い」


「かしこまりました」


「そうそう、ホロロさんも自分の買い物をお願いね。そうだな、ホロロさんはもう少しミニスカートの服も欲しいな。さわさわ」


「あっ…」



 尻を触る。


 今のホロロはホテルの制服なので丈の長いスカートをはいているが、個人的に楽しむのならば短いものがいい。


 当然だが、三十近くになれば若い頃のようなファッションはしないものだ。服装も少しずつ落ち着いてくるものである。


 しかし、アンシュラオンにとっては三十は若い。


 もっと自信を持ってもらいたいという願望から、ホロロの服もそろえようと思っていた。



「胸を強調するような服も買っておいてね。あとで楽しむから」


「はぁはぁ、かしこまりました!」


「ちょっと、あとで何をするつもりですか! セクハラですよ!」


「当人が望んでいる場合はセクハラじゃないぞ」


「その通りです。いつでも…奪ってくださいませ…!」


「ここは公衆の面前ですよ! 自重してください!」


「わかった。わかった。早く行けって」


「それでは、行ってまいります」


「うん、時間と金はいくらでも使っていいからね」


「かしこまりました」


「や、やっぱり私は…」


「きっ!」


「ひっ!」



 ホロロの厳しい視線にシャイナがびびる。



「よいですか。ホワイト様がおっしゃったことは絶対です。逆らうなど、あってはなりません。では、行きますよ」


「この人、目が怖いですよーーーー!」


「ほら、ただでさえ惨めなのですから、せめてしゃきっと歩きなさい」


「ひゃっ! 引っ張らないでください!? って、惨めじゃないです~~~~!」



 その姿は、万引きをして警備員に連行される労働者の図。いや、ドッグトレーナーに引っ張られる頭の悪い犬だろうか。


 当人同士は嫌だろうが、案外いい組み合わせである。



(まあ、ぐだぐだの馴れ合いより、そういう関係も面白いよな。ともかくホロロさんのおかげで助かった。あんなのと付き合っていたら大変だし、女の買い物は長いからな…身がもたない)



 女性の買い物に付き合うと面倒くさいことを知っているので、全部ホロロに任せてしまった。


 サナのように何も言わないならば、こちらが主導権を握って楽しめるが、普通の女性だと大変なのは地球時代で身にしみたことである。



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