125話 「ホロロとシャイナ」


 ホテル街には専用の馬車乗り場があるので、宿泊客にはいつでも優先的に馬車が乗れる特典がある。


 御者たちはホテルと契約しており、仮に客が一人も乗らなくても毎月の収益が得られる。


 同時に、客が乗れば別途運賃がもらえるので、ホテル街だけで営業をしている者たちもいるくらいだ。


 近年はホテル業界の不振から馬車の数も減っていたが、ここ一ヶ月あたりはアンシュラオンのおかげもあってか多少回復傾向にあるらしい。



「それじゃ、今日もよろしくね」


「はい、ホワイト様。よろしくお願いいたします!」



 御者の女性が、明るい声を出して出迎える。


 女性は三十代半ば。栗色の髪の毛をしており、肌もそこそこ日に焼けている労働者である。


 アンシュラオンが乗るのはいつも使っている馬車で、観光用の大型馬車だ。


 ふらふらと気ままに出歩く彼のためにホテル側が用意した、ホワイト専用馬車である。


 清潔感のある白い外観がやたら目立つので、これを使うだけで「ホワイトが乗っている」と一目でわかるのも特徴だ。


 外部に意図的に行動を示すにはちょうどよく、公に出かける際はちょくちょく利用している。



 ちなみに御者が女性なのは、アンシュラオンの要望である。


 残念ながら女性の御者自体の数が少なかったので好きなようには選べず、御者の女性は既婚だ。


 といっても特に顔や身体が好みというわけではないので、単純に明るい性格が気に入っているにすぎない。


 そして、気に入っている相手には、こういうこともする。



「これ、チップね。取っといて」


「うわー、こんなにですか!?」


「子供さんの誕生日が近いとか言っていたでしょう。何か買ってあげなよ」


「ありがとうございます!」



 ぽんと三万を手渡すと、女性は狂喜乱舞である。



(ちょっとだけシャイナに似てるな…犬っぽいところとか)



 三十路を超えていながら感情を素直に表現するところは、まるでご褒美の骨に喜ぶ犬のようである。


 まったく外見は違うが、そんなところがシャイナを彷彿とさせる。



「それじゃ、商業街までよろしく。詳しい行き先は、近くになったら言うよ」


「はい! わかりました!」



 アンシュラオンとサナ、ホロロを乗せて馬車は出発。







 それから通常の速度で商業街に向かう。


 その途中、アンシュラオンが何かを発見。



「あっ、一旦停めてもらえる?」


「はい。停めてください」



 ホロロが御者に伝えて馬車を停止させる。



「どうされました?」


「うん、ちょっと拾い物をしていくから待ってて」



 そう言うと、サナと一緒に外に出て行く。


 石畳を外れて野原のほうに向かっていくと、そこには一軒のボロ家がある。



(しかしまあ、相変わらずボロボロだな。…自分の作品だから諦めもつくけどさ)



 そこにあったのは、ボロ屋。もう少し詳細を述べれば「ホワイト診察所」である。


 素人の自分が建てたので出来が悪いのは仕方ない。そこは受け入れるしかないだろう。


 しかし、用件はそれではない。べつにいまさら自分の診察所を眺めても意味はない。



 停まったのは―――【飼い犬】がいたから。



「おい、何をしているんだ?」


「あっ、先生!!」



 そこにいたのは、かの有名なゴールデン・シャイーナ。この世に一匹しかいない希少な犬である。


 特徴は金髪であること。メスであること。一見すると尻尾はないが、心が清い人には見えること。


 性格は、怒りっぽくて神経質で他人のことばかりにうるさくて自分に甘いという最低なものだが、胸はそれなりに立派であるので、愛玩犬くらいにはなれるだろう。



「よって、これをゴールデン・シャイーナと名付けた人物は、あまりに偉大で天才で…」


「なんですか、その説明!?」


「あっ、声に出てた」



 今までの説明が全部声に出ていた。



「オレは偉大だ」


「しかもいきなり自画自賛!? って、何しているんですか! あっ、もしかして診察ですか!?」


「違う」


「即答された!」


「お前こそ、こんなところで何をしているんだ?」


「それはこっちの台詞ですよ。あれから全然音沙汰ないじゃないですか。どうなっているんですか? 大丈夫だったんですか!?」


「あっ、そっちの説明も忘れてた」


「酷すぎる!? 私は毎日、ここに来ていたのに…」


「うむ、健気に待っていたのか。犬としては立派に職責を果たしているな。じゃあな」


「って、置いていかないでくださいよーーー!!」


「まだ何か用か?」


「いや、あの…。診察しないんですか? みんなも待ってますよ」


「ん? ああ、あの無料で治療してほしそうな顔で見ているクズどもか。ふん、犬にも劣るやつらめ」


「もうっ、相変わらず口が悪いんですから!」



 診察所の近くには、今日も人々が集まっている。


 べつに診察日を決めているわけではないので、いつ開くかわからないのだが、それでも希望を求めて人々は集まるのだ。



「見てください。あの人なんて昨日も一昨日もいましたよ。みんな、先生を待っているんです」


「今日も無意味に並ぶ羽目になるとは、運が悪いやつだ」


「やる気が全然ないじゃないですか。何か理由があるんですか?」


「お涙頂戴は嫌いだし、オレは今、金儲けで忙しい」


「予想以上に最低の理由だった!?」


「医者はもともと金儲けのためにやっていたからな。もっと儲かることができたんだ。無理にやる必要はない」


「そりゃ、先生がそういう人だってのは知っていますけれど…。たまにはいいんじゃないですか? ねっ? ほら、可愛い助手だっていますよ。ほらほら」


「媚の売り方が違うぞ。ズボンを半分下ろして、股間をいじりながら指を舐めつつ、『あふ~ん、先生ぇ~、お願いしますぅ~、ぺろぺろ~』だろう?」


「どんな助手ですか!?」


「だって、犬なんだろう?」



 謎の犬の概念。



「真面目な話、オレは治療行為を控えねばならない。その理由はわかるな?」


「もしかして…あいつらと手を組んだからですか?」


「話が早いな。その通りだ。それがやつらとの取引だからな」


「む~~~!」


「そんなに不機嫌な顔をしても何も変わらないぞ。むしろ感謝しろよ? そのおかげでお前もしばらくは安全だ。しばらくは、だがな。その間はソイドファミリーがお前を守ってくれるだろう」



 ビッグには特に何も言っていないが、わざわざシャイナに手を出す理由もないだろう。


 少なくともアンシュラオンが大きく動かない限り、彼女の安全も確保されることになる。



「それは…わかりますけど…、うう~~~」


「納得する必要はない。が、そうだな。若い女が、真昼間からこんな場所にいても仕方ないだろう。一緒に来い」


「真昼間からって…普通の人は働いていると思うんですけど」


「お前は普通じゃないだろう。この売人犬め! さっさと来い」


「人が気にしていることを!? あうう、引っ張らないでくださいよぉ~~! って、サナちゃんも引っ張ってる!!」


「…ぐいぐい」


「ほら、サナも散歩がしたいって言っているだろう。早く来い」


「うう、人間扱いされたい…」



 サナに引っ張られ、シャイナも観念する。そのまま馬車に連行である。


 その間、遠くからこちらの様子をうかがっている患者たちが、手をすり合わせて念仏のようなものを唱えていた。


 気になったのでシャイナに訊いてみる。



「なんだ、あれは? あいつら、何をしているんだ?」


「なんだか呪文を唱えると先生に治療してもらえるとか聞きました」


「意味がわからん。誰が言い出したんだ」


「治療してもらった人が言っていたみたいですよ。ほら、治療の後、感謝の祈りみたいなことをしていたおばあちゃんがいたじゃないですか。たぶん、あの人だと思うんですけど…」


「…本当にだんだん教祖みたいになっていくな。…今度お布施でも徴収するか」



 お経に見守られながら、ゴールデン・シャイーナを回収する。



(ヒーラーを崇めるってのは、地球でもここでも一緒か。まったく、無知とは面倒なことだな)



 地球でも、単なるヒーラーを超常現象と勘違いして崇めている者たちがいた。どこの世界でも未知の医療は誤解されるらしい。


 こうなれば仕方ないので、そのうち一人一千万のお布施ノルマを課そうと誓うのであった。







「犬は乗る前に足を拭いてください。最低限のマナーですよ」


「なんですか、この人!?」



 シャイナが馬車に乗ると、ホロロが冷たい口調で言い放った。



「この前、会っただろう。オレのメイドのホロロさんだよ」


「そ、それは…覚えていますけど。なんか目が冷たい」


「売人なんだからしょうがないだろう。ホロロさんは麻薬が嫌いなんだ。ほら、ちゃんと拭け」


「そこを抉らないでくださいよ。って、本当に拭くんですね…。うう、人間としての誇りが失われていく…」


「ホワイト様、窓を開けてもよろしいですか?」


「いいよ」


「…まったく…犬臭い」



 ハンカチで鼻を押さえた。



「この人、明らかに邪険にしてますけど!? これってイジメですよね!?」


「いや、お前…本当に臭いぞ」


「ええええええええっ!?」


「土臭いのか? なんだ、この臭いは?」


「それは自然の匂いですよ!」


「違うな。もっと悪い意味でだ」


「悪い意味で!?」



 シャイナからは、なんとなく悪い意味での土の匂いがする。


 普通、土の匂いと聞くと良い意味の場合が多いが、悪い意味なのはレアである。



「使っている石鹸が悪いのです。おそらく一番安い粗悪なものを使っているのでしょう。あれは違う匂いで誤魔化すようなものですから。それに服も臭います。毎日洗濯をしていないようですから、汗と混じって酷い臭いです」



 即座にシャイナの臭いの原因を特定。


 さすがホロロである。伊達に長年ホテルに勤めてはいない。



「お前、あれからちゃんと風呂に入っているのか?」


「は、入っていますよ。…二日に一回くらい」


「子供か、お前は。毎日入れ」


「だ、だって、水代も高いですし…」


「それでも水で身体を拭くくらいはできるでしょう。このような犬女がホワイト様のスレイブ候補とは…品格が疑われます。まずその臭いをどうにかしてください」


「先生ーー!! この人、本当に嫌なんですけど!?」


「うーん、事実だしなぁ」


「庇ってくださいよ!!」



 馬車なので二人の距離は必然的に縮まるが、心の距離は相当開いているようだ。


 個人的には同じく股を広げる者同士なので仲良くしてほしいのだが、そうもいかないらしい。



(ホロロさんがシャイナを嫌いなのは勘付いていたが……露骨だな。これが女の戦いというやつか)



 ホロロが麻薬嫌いなのもあってか、売人であるシャイナを嫌うのは当然のことである。


 それは最初に出会った時、リンダを尋問した時に勘付いていたことだ。


 しかも自分が神聖視するホワイトのスレイブになると聞いて、相当意識しているようだ。



「しかし、ホロロさんの言うことも、もっともだぞ。またそんなボロボロのシャツを着おって。ズボンも酷いな。センスの欠片もない」


「うう、先生まで苛める…。だって、これしか持ってないし…」


「オレの犬なら、もっとしっかりとしろ。ほんと、ちょうどよかったよ。これから行くところで好きなだけ揃えればいい」


「へ? これからどこに行くんですか?」


「買い物だ」


「買い物…ですか? 何か買うんですか?」


「服とか小物を少しな。お前のも買ってやるからついてこい」


「ホワイト様、やはり置いていきましょう。臭くて耐えられません」


「本当にこの人と一緒に行くんですか!? 私こそ耐えられないですよ!!」


「やれやれ…困ったな」



 馬車の中では、二人が楽しそうにじゃれあっている。


 スレイブが増えていけばこういうことも増えるだろうから、今から慣れておかねばならないだろう。


 その練習としては悪くない光景であった。



「よろしければお茶をどうぞ」


「あっ、どうも。もしかして、いい人…」


「あっ、申し訳ありません。がたっ」


「あっつーーーーーー!!! なにするんですか!? わざと、わざとですよね!?」


「いえ、不幸な事故です」


「最初に謝ってからやったじゃないですか! 確信犯ですよ!! 先生も見ましたよね!?」


「ははははは」


「なんで笑っているんですか!?」




 そんな感じで馬車は進む。




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