123話 「ビッグの提案 後編」


「マミー? お前の母親だな?」


「そ、そうだ。まだ現役で……美貌を保っている……胸も大きい……」


「お前は何が言いたい?」


「…年上好きなら……たまらない…はずだ」


「本気か? オレを何だと思っている? どんなにいい女でも、お前の母親に欲情するほど腐ってはいないぞ。さすがに母親は…ないわぁ」


「そ、そう…か……そうだな……むしろそのほうが…よかったが」



(こいつ、自分の母親を売るつもりか? やっべぇ、いくらオレでもそれだけはできないぞ。想像するだけで吐き気がする。こいつ…ある意味でオレよりも鬼畜だな。ちょっと見直したぞ)



 見直すポイントが若干ズレているが、さすがのアンシュラオンにもその発想はなかったので、怒るというより呆れてしまう。


 シャイナも自分のことを好き勝手言ってくるが、いったい何だと思われているのだろうか。


 たしかに母親系のエロゲーも嫌いではなかった。なかったが、やはり姉には敵わない。敵ってはいけない気がする。



 されど、次に苦し紛れに放ったビッグの言葉が、思わぬ進展を見せる。



「マミーは……ラングラスの孫娘で…生かす価値が…ある!」


「ラングラス? たしかお前たちの組織のトップだったな」



 その名前はリンダから聞いていた。


 グラス・マンサーという特別な上級市民であり、ソイドファミリーの上にいる黒幕である。


 がしかし、孫娘というのは初めて聞いたフレーズであった。



「マミーはラングラスの孫娘…。そんな話は初耳だな。リンダからも聞いていない」


「っ……わ、わたしは……し、知らな……」


「リンダは…知らない。ファミリーの幹部クラスだけが…知っている」



 リンダはマミーがラングラスの血縁者であることは知らされていない。


 各組織の幹部だけが知っていることであり、あまり口外されてはいない情報なのだ。


 五年前に裏社会に入ったばかりの娘に、そこまで重要な情報は渡されない。こうして捕まった場合、知らなければ白状することもできないからだ。



「ということは、お前もラングラスの血族ってことか?」


「…そうだ」


「ラングラスはどんな男だ? 孫娘やお前たちに甘いのか?」


「俺らからすれば…気の好い曾じいちゃん…だ。優しくしてくれる…」


「ふむ…そうか。ならば使い道はあるか…」



(黒幕をどう脅すかは問題点の一つだった。力で屈するような人間ならばいいが、どうやらそいつはかなりの高齢のようだ。歳を取ると命にこだわらなくなる傾向にあるし…孫娘ならば人質になるかな?)



 アンシュラオンはリンダからラングラスの話を聞いた時、力で脅せばいいと考えていた。


 ただ、それが簡単にいかない場合がある。


 相手がすでに達観していた場合、自分の命などいらないと考える傾向にあるからだ。歳を取れば必然的に死が近づくので、そこへの恐怖心が薄くなる。


 この場合に有効なのは、やはり【人質】だろう。


 領主がイタ嬢に対して見せた動揺のように、自分が大切にしている者を盾にすれば話も簡単になる。


 実際に接触してみないと性格がわからないが、孫娘と聞いたならば無理に殺す必要はない。



(ビッグも曾孫ってことか。これは交渉材料になりそうだな。…しかしまあ、人質ビジネスみたいな感じになってきたが、このほうが効率的なんだからしょうがないよな…アフリカの海賊みたいだけどさ)



 アンシュラオンも好きで人質を取るわけではない。


 相手が素直に言うことを聞けば、その必要性はないのだが、いかんせん言うことを聞かない動物ばかりである。


 動物なので家族間のつながりばかりを気にするため、仕方なくこの手段を取るわけだ。


 実際こうして管理する手間があるので、人質はかなり面倒である。正直スマートなやり方とはいえないが、有効なので受け入れるしかないだろう。



「それに…いきなり俺たちがいなくなったら…他の組織が……黙っていない」



 食いついたのを見て、ビッグはさらに話を進める。


 実際、それらの情報は新しい側面を浮き彫りにしてくれるので、アンシュラオンも興味が湧いた。



「他の組織とは?」


「俺たちソイドファミリーと並ぶ…【ラングラス一派】だ。俺たちは麻薬だが…それ以外のものを取り扱っている組織…だ」


「仮にオレが麻薬事業を奪ったら、そいつらはどうする?」


「…締め出すのは間違いない。結束が強い…からな」


「ラングラスを押さえてもか? トップの号令があれば逆らえないだろう?」


「曾じいちゃん…ツーバ・ラングラスは、すでに事業を分散して…各組長に任せている。それは…こういう場合のためにだ。一つがやられたら…ルートを切る。全体が生き延びるために…」


「ほぉ、切れる男だな。領主より頭が良さそうだ」



 ラングラスが管理する組織はソイドファミリーだけではない。他にも、いくつも組織を持っている。


 高齢になったこともあるが、ツーバは事業を分散して各組織ごとで管理させている。


 今回のようにどこかの組織が寝返ったり奪われたりしても、全体に対する影響を少なくするためだ。


 たとえるならば、財産を複数の口座で管理するようなものだ。一つ盗まれたからといって死活問題にはならないようにする予防策である。


 危機管理は案外難しいもの。常時そのような態勢が整っているとしたら、ツーバはかなりの切れ者である。領主と同じだと思って侮ってはいけないようだ。



(シャイナのことがあったから麻薬ばかりに気を取られていたが…ラングラスはもっと規模が大きい。領主の親戚という話だし、思ったより権力を持っていそうだな。こうなると他の組織を巻き込まないと駄目か…。面倒になってきたが、それだけ実入りも多くなるということだ)



 単純にソイドファミリーを壊滅させて自分が入れ替わるだけでは、他の組織が認めるわけがない。


 いきなり「ソイド商会を潰したから、今日からうちをご贔屓に」と言っても、一族単位でまとまっている者たちが簡単になびくとは思えない。


 当然武力を使って脅すが、ここもスマートにやらないと利益が少なくなる可能性は否めない。従っているふりをして爪を研ぐのは、この業界では当たり前にあることだからだ。


 かといって、一人ひとりを今回のように調教するのは非常に手間がかかる。物分りがよい人間など、そうそういるものではないからだ。


 一方、殺すのは楽だが、それによって生産力が落ち、流通ルートが衰退してしまっては意味がない。ラングラス一派が完全に潰れてしまえば、また最初からやり直しである。



「他の組織はいくつある? 雑魚はいい。ラングラス一派で発言力がある組織だ」


「うちを入れて…六つ。それぞれにラングラスの血が…分かれて入っている…」


「なるほど、まさに血族か。その中の組長で、オレに絶対に従わないようなやつはいるか?」


「…イイシ商会のイニジャーンの叔父貴は…間違いなく抵抗する。昔かたぎの人だからな…。モゴナッツ商会のモゴナオンガさんも……筋道に厳しい人だ。よほど上手くやらないと…無理だ」


「お前の親父、ダディーは?」


「力を見せれば……いや、じいちゃんの許しがあれば…ダディーは逆らえない」


「逆に従いそうなやつはいるか? 可能性だけでもいい」


「キブカ商会のソブカの野郎は…合理主義者だ……リレア商会のストレアの姐さんは…争いを好まない商人肌………医師連合のスラウキンは……あんたと同じ医者だ。この三人は…可能性がある」



(さすが幹部だ。情報の質が違う。生かしておいて大正解だ。むしろこの情報がなかったら、作戦は失敗していた可能性が高い)



 正直、リンダの情報だけでは半分にも満たないところであった。


 それも仕方がない。情報が不完全なうえにソイドファミリー内部に限られるので、今回のようなことは幹部でなければ知らないものばかりだ。



「お前の情報も裏付けを取るぞ」


「…問題ない。嘘は言わねぇ…」



 嘘を言っている様子はない。あったとしても調べればわかることだ。


 となればソイドファミリーの幹部連中、つまりはビッグを含めた四人の価値は一気に上がってくる。


 彼らを操れるのならば、もっと都合よく物事が運ぶ。そのままソイド商会を使えばいいからだ。


 それ自体が隠れ蓑になり、アンシュラオンことホワイトは甘い汁だけを吸うことができる。


 何かあればそのまま見捨てるか、自分の手で葬り去ればいいので証拠隠滅も簡単だ。



(シャイナの一件はソイドファミリー内部で片がつく問題だ。こいつら幹部は徹底的に脅し、直接面識がある販売担当のやつは殺しておけばいいだろう。それより優先すべきはラングラス一派のほうだ。金を得るためには相手の懐に入り込まねばならない。ならば、こいつらを利用したほうが効率的だな。…うむ、悪くない流れだ。ただ殺すよりも旨みが多い。これにサナが欲する【劇】を加えれば、面白いショーになるだろうな)



「お前の提案は、リンダを含めた家族を生かすこと。そうすれば全面的に協力するということでいいか?」


「…そうだ。もちろん俺らに選択の権利なんてないが……あんたの利益になるように…積極的に動く……約束する」


「そりゃオレだって、自分の意思でやってくれるのならば大助かりだがな。ギアスを使うのも危険だし。で、家族ってのはええと…お前とリンダ、ダディーとマミーに…何だっけ?」


「弟の…リトル…だ」


「弟は麻薬製造技術を持っていて、母親はラングラスの孫娘で、父親はラングラスの言うことには従う…か。いいだろう。チャンスだけはくれてやろう。裏切ればどうせ、さっきみたいなことになるだけだからな。それがお前の家族に降り注ぐだけだ」


「っ…わ、わかって…いる! それは…理解した」


「そうか。理解してくれて何よりだ。ただしマミーはともかく、全員を生かすかどうかはまだわからないぞ。これからのお前の働きがよければ考えてやろう。それで納得できるか?」



 この中で必須なのは、ラングラスとの交渉で使えるマミーだけだ。ダディーとリトルは絶対に生かす必要性はない。


 もともと男なので死んでもかまわない、というのが本音であるが。



「…しょうが…ない。可能性があるなら…しょうがない」



 ビッグは頷き、自分を納得させる。


 ホワイトの恐ろしさは身にしみている。今こうして話せているのが奇跡であるくらい、心の奥底には恐怖が宿っている。


 あれを知ってしまえば、もう逆らうという気力すらなくなる。



(あのモヒカンの男が従っていた理由が…わかったな。もっと早く知っていれば…いや、それでも俺は納得しなかっただろうな)



 ダディーが言っていたように、自分は単細胞と呼ばれてもいいような男だ。他人が言った言葉などは信用せず、おそらく同じ末路を辿っていただろう。


 こうして実際に叩きのめされない限り理解できないのだ。



 だが、一度理解してしまえば―――忘れない。



(家族は…守る。守らないと…! 俺が…何を捨てても…!)



 『家族想い』のスキルのせいか、単なる愛情なのかはわからないが、ビッグが一番守るべきものは家族の命である。


 リンダは何をもってしても守り、家族も一人でも多く守る。



 そのために必要なものは―――裏切り。



 今まで自分が大切にしてきたものをすべて裏切らねばならない。それはいったい、どれほどの苦痛だろうか。いっそ死んだほうが楽なのは間違いない。


 しかし、生き残るにはもうそれしかない。



「俺には…何をしろと?」


「内通者らしく情報の提供と誘導だな」


「あまり…うまくない…ぞ」


「お前に期待しているのは従順さだけだ。普段はいつも通り振舞ってくれればいいさ。場はオレが用意するから命令があったら従え。それだけだ。命令はリンダを通じて行う。そのほうがお前も気が引き締まるだろう」


「…わかった」


「改めて言うことではないが馬鹿なことは考えるなよ。次は…加減できないからな」


「…わ、わかった」



 あれで加減していたことに驚きを隠しきれないが、目の前の男がそう言うのならば事実なのだろう。




「ビーくん…ごめんね」



 リンダが涙を流しながら謝罪する。


 自分が捕まらなければこんなことにはならなかった、という思いがあるのだろう。


 だが、裏の社会に長く生きるビッグには、起こるべくして起こったことにしか思えなかった。



「リーたん、しょうがない。弱い者が強い者に喰われる。これが裏の世界のルールなんだ。俺たちだって、ずっとそうやって生きてきた。たまたまファミリーが強かったから、勝つ側にいただけだ」


「もう…疲れたわ……」


「ああ、そうだな。でも今は…生き残ろう。未来のために」


「ビーくん…ごめんね……ごめんね」


「そんなに謝るなよ……俺はお前を見捨てない。そう約束しただろう?」


「うん…うん……」



(なんか場違いだな。早く治療が終わらないかな…)



 二人だけの世界が目の前で展開されているので、なんとも居心地が悪い。



(今は恋人ごっこをしているが、さっきなんて相手のことを忘れるくらい動転していたくせにな。ふん、これだから恋愛ものは嫌いなんだ。…まあ、使えるならいい。我慢だ。それにサナも興味がありそうだし…)



「…じー」



 悪態をつきながらもサナを見ると、じっと二人の様子をうかがっていた。


 思えばカップルのやり取りを見るのは初めてなので、そういう意味でもサナにとっては栄養になるのだろう。



 こうしてソイドビッグとリンダは、アンシュラオンに服従することになった。


 最初はシャイナから始まった麻薬事件であったが、事はさらに大きくなっていくのだった。


 

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