114話 「ブタブタブータブーーター、ブータをのーせーてー」


 アンシュラオンが外に出ると、一台の馬車が停まっていた。


 モヒカンがラブスレイブを連れてきた馬車であり、大きさもやや小さめの一般的なものだ。



 その小さな馬車の中に―――大きな人影が見える。



 御者であるスレイブ館の傭兵に目を向けると、軽く頷く。



「どうやら釣れたようだな。オレは豚の世話をしてくる。お前は違う馬車で帰っていろ」


「旦那、相手はソイドファミリーっす。大丈夫っすか?」


「それがどうした?」


「麻薬の元締めっすよ。うちもブラックっすが、相手は武闘派っす」



 すでにモヒカンはアンシュラオンに忠誠を誓っている。ただ、相手が相手なので少し汗も掻いているようだ。


 なにせソイドファミリーは武闘派で有名。


 敵対する者たちには武力行使も厭わない。彼らのシマに手を出して、実際に潰されたギャングなども多いという。


 ビッグや戦闘構成員が、武人として認定されるだけの力を持っていることは間違いない。そうした人員が少しでもいれば、普通の武装組織くらいは簡単に倒すことができるだろう。


 しかし、所詮はその程度にすぎない。


 軍隊を相手にすることもできない【単なるマフィア】でしかない。



「お前はまだ、オレのことを理解していないようだな」


「い、いえ、そんなことはないっす。旦那が強いのは知っているっす」


「実感が湧かないなら、一度何かで見せてやろうか? そのほうが安心するだろうしな。そうだ、お前もこれから一緒に来るか? 面白いものを見せてやれるぞ」


「だ、大丈夫っす! おかまいなくっす!」


「ん? そうか? まあ、お前は使える男だ。この調子でオレに尽くしていればいい。オレに従う限り、たかだか麻薬組織程度で怯える必要はない。わかったな」


「はいっす」


「うむ。では、行ってくる。またそのうち顔を出す」


「お待ちしているっす」



 モヒカンが従順に頷くと、アンシュラオンは満足そうにサナと一緒に馬車に乗り込んだ。



 馬車が動き出すまでの間、モヒカンは改めて少年の恐ろしさを痛感する。


 ソイドファミリーを相手にしても、彼はまったく動じていない。身の危険など、万一にもありえないからだ。


 その理由は単純。アンシュラオンが強すぎるのだ。



(この人を怒らせたらいけないっす。何があっても逆らっちゃいけないっす。それが賢いってことっす)



 モヒカンも裏の情報網で、アンシュラオンが戦ったという剣士について調べていた。


 まだ詳細は秘せられているものの、一部で囁かれているその正体は驚くべきものであった。



(間違いなく西側の軍人っす。しかも噂が本当なら、この間まで【三面戦争】をしていた超武闘派っす)



 三面戦争。


 国境を面している三つの国家と同時に戦争をすることである。


 普通はそんな状況にはならないが、一つの国が戦端を開き、情勢が変化することによって、他の二国も介入を始めることで発生することがある。


 一国を三国が攻撃するので、当然ながら圧倒的に不利に決まっている。


 しかし、その国は四年に渡って三国の侵略を防いできたという。



 それを支えてきたのが―――噂の【戦術級魔剣士】たち。



 一人ひとりが戦術級破壊兵器に匹敵する魔剣を有する、その国屈指の武将たちである。


 それが計六人、二名ずつの艦隊で各戦線を維持してきたというのだから、恐るべき猛者たちだ。


 その情報を知った時は、モヒカンも相当驚いたものである。



 魔剣士に、ではない。それを圧倒したアンシュラオンに、だ。



 ソイドファミリーが知っていたように、イタ嬢を救出したのはガンプドルフということになっている。


 当然、それは事実だ。間違いはない。


 ただ、表向きでは「何事もなく救出した」とされているが、それを信じる者は誰もいない。


 戻ってきたガンプドルフは、とても勝者とは思えない姿であったという。顔は汚れ、骨は砕け、予備とはいえ剣まで折られていたのだ。


 世間一般で言うなれば、その姿は【敗者】であり、命からがら逃げてきた者である。彼の功績は変わらないが、何事もなく、という部分は嘘に決まっている。


 そして、モヒカンは詳細を知らされているので、彼らよりもアンシュラオンが危険なことをよく知っていた。


 そんなボロボロだった有名な剣豪に対し、白仮面なる存在は、満足した顔で楽しそうに戻ってきたのだから。


 食後のデザートを食べて、それなりに満足そうにしながら「まあまあ美味しかったよ」といった具合に。


 どちらが勝者かは、誰が見ても明白であろう。


 彼は西側の武将を相手にしても動じない。おそらく軍隊が相手でも同じだろう。戦艦だって生身で破壊できる。


 たかが麻薬組織、という言葉は事実なのだ。



(旦那に目をつけられたら終わりっすね。ソイドファミリーの若頭も哀れなもんっすよ…。せめて逆鱗に触れないようにしてくださいっすよ。巻き添えは御免っすからね…)



 馬車を見送るモヒカンは、ただただ同情の念を抱くしかなかった。







 アンシュラオンが馬車に乗ると、頭が天井に届きそうなほどの大男が乗っていた。


 彼こそが、ソイドビッグ。ソイドファミリーの若頭にして、リンダの婚約者である。


 ビッグは、乗ってきたアンシュラオンに鋭い視線を向ける。


 その目にはさきほどのような感傷的な輝きはなく、まさにマフィアの幹部という貫禄が滲み出ていた。


 ただし、必死に繕っていることがわかるので、アンシュラオンの余裕は消えないが。



「やあ、待たせたね。乗ってくれたということは、覚悟は決まったということかな?」


「…何が目的だ?」


「慌てるなよ。馬車を出してくれ」



 その質問には答えず、御者に命令を出し、馬車は動き出す。



 馬車は、ホテル街に向けてゆっくりと移動を開始。


 それから五分近く、両者ともに無言の時間が続く。


 モクモク パリパリ

 モクモク パリパリ


 サナがさきほどの店でもらったお菓子を食べる音以外は、何も聴こえない。


 ガタゴト ガタゴト


 馬車は静かに走っていく。



「意外だな。誰も尾行をしていない」



 先に口を開いたのはアンシュラオン。


 波動円で周囲を常時観測しているが、こちらを追ってくる者はいなかった。少なくとも半径五百メートルには、意識的かつ継続的に馬車に視線を向ける人間はいない。


 せいぜいが本当の歓楽街の客くらいで、それも数秒視線を向ける程度。敵と呼べる存在は見当たらない。



「何という口実で出てきたんだ?」


「医者とサシで酒を飲むと言ってきた。尾行も必要ないと言ってある」


「殊勝な心がけだ。素直なのは嫌いじゃない」



 すでに話がついたのは事実なので、そこまで疑わしい口実ではないだろう。


 店の従業員も口外は絶対にしないし、ソイドファミリーと表立って争う者たちなど、この街にはそうそういない。


 事情を少しだけ知っている戦闘構成員の中には、ホワイトと飲むという口実で、リンダに会いに行ったのではないかという勘繰りまであるくらいだ。


 唯一側近のジェイは急な心変わりに訝しんだが、「誘われたから断れない。仕事を完遂させるのがホスト役のオレの役目だ」と言ったら、納得はしなかっただろうが、食い下がることもなかった。


 誰もビッグが脅されているとは思わない。想像の範疇を超えているからだ。


 そう、当事者であるビッグでさえ、いまだに理由が理解できないのだ。



「もういいだろう。教えてくれ。あんたの呼びかけに応えて、こちらは接待をした。内容に不満があったのか? 何が理由だ?」


「接待自体はまったく問題ない。十分楽しませてもらったよ」


「では、なぜだ?」


「チンピラをふっかけておいて、よく言うな。あれは明確な敵対行為じゃないのかな」


「…知っていたのか。どうやって知った? 彼女が口を割ったのか?」


「いいや、逆だよ。その二人が来たから、オレは鳥を締め上げたにすぎない。どうやって知ったかというのは秘密だな。どうだ? 身に覚えはあるだろう?」


「………」



 ビッグは、そのことに対しては何も言えないし、ダディーを責めることもできない。


 もともと自分も、そうした荒っぽい手段を提案したのだ。それが引き金となったのならば、ある意味では自分の責任でもある。


 ホワイトは明らかな敵対行為を受けたのだ。そのうえ、そのことに対する謝罪もなく、何もなかったことにしたソイドファミリー側に非があるのは明白。それが理由だと言われてしまえば反論はできない。


 一応、最初に渡した五百万は詫び料でもあったのだが、それを明確にしていない以上、相手はどうとでも言えるだろう。目の前の男ならば、「オレほどの偉人が出向いてやったんだ。足代にしかならん」とか言いそうだ。


 これ以上、その件をつついてもやぶ蛇になりかねないので、話の内容を変える。



「どうやって彼女のことを?」


「それもチンピラを見破ったやり方と同じだ。オレには偽名は通用しない」


「それだけの情報網を持っているのか? 情報屋か?」


「質問ばかりだな、豚君。そんなに鳥のことが気になるかな? それとも、まだファミリーを裏切る決心はつかないかな?」


「裏切る…だと?」


「薄々気がついているんじゃないかな。君は選ばねばならないんだよ。ファミリーを取るか、鳥を取るかをね」


「ファミリーを裏切る選択肢は、絶対にありえない。知っているかどうかはわからないが、我々は血で繋がっている。それは絶対の絆だ。天秤にかけられるものじゃない」


「そうかな。もしそうだったならば、君はここに乗っていないと思うがね。じゃあ、今からでも見捨てるかい?」


「………」


「できないようだね。しかしまあ、あの犬もそうだが、君たちは血縁関係に執着しすぎだ。所詮、血の繋がりにすぎないというのにな…。そんなものよりも自分の大切なものを優先する君には、少しばかり好感が持てるよ。ぜひ、そのままの君でいてもらいたいものだ」



(この男、やはり最初からそれが目的か…)



 ビッグが比較的冷静でいられたのは、リンダのことをほのめかされた時から、そうではないかと薄々感じていたからだ。


 そうでなければ、彼がわざわざこんな真似をする意味がない。


 金を受け取り接待まで受けて、なおかつ交渉が終わったにもかかわらず、あえて敵対するような行動に出るのだ。それ以上の旨みがなければ、普通はできない。



「あんたにはどんなメリットがある?」


「メリットはたくさんあるさ」


「リスクのほうが大きいはずだ。ここは壁に囲まれた狭い世界だ。こんなことをすれば、中で生きることができなくなるぞ」


「それは楽しみだ。刺激がない生活も疲れると知ったからね。適度に血を見るのも悪くない」


「都市を敵に回してもか? あんたも見ただろう。衛士だってこちら側についているんだぞ」


「脅しにもならないなぁ。ん? 待てよ。そうなったら遠慮なく領主を殺していいってことか。それもいいな。相手からやってくるなら、あのおっさんとの約束には違反しないよな?」


「正気か? 刺激を得るなら違うものにしてくれ。強い刺激は身を滅ぼす」


「くくく、麻薬組織とは思えない台詞だな。そんなことにはならないさ」


「今ならまだ間に合う。無傷で返してくれれば、大事にはしないと約束する」


「そんな約束をオレが信用するとでも?」


「本当だ。頼む! 大切な婚約者なんだ!」


「ははは。脅しに泣き落としか。豚君は、なかなか多芸だ。思ったより面白い男だな。まあ、目的地に着くまで時間がある。ゆっくりと考えてくれたまえ」



 ホワイトはそれ以上は語らず、ワインを注いで飲み始めた。


 ビッグの前にも注がれたが、真っ赤な血の色のワインを飲む気分にもなれない。


 何より、目の前の仮面の男から感じる絶対的な自信の理由がわからず、困惑ばかりしていた。



(その自信はどこから来る? 俺たちを敵に回してもいいってことか!? くそっ、まるで聞く耳を持たない! 狂人だから、怖いものなんてないってのか!)



 何を言ってもホワイトは動じない。それどころか、こちらの反応を見て楽しんでいる。



(落ち着け。怒れば怒るほど、こいつのペースになる。前だって切り抜けられた。ならば、今回だってできるはずだ)



 少しずつ落ち着こうと努力を続け、結果としてある程度の平静を取り戻すことに成功する。


 誘拐は初めてではない。ビッグが幼い頃、他の都市からやってきた者たちによって、一度だけ誘拐されたことがあった。


 そいつらもファミリーを分裂させようと画策していた黒い連中である。



 しかし、結果はどうなったか。



 誘拐した連中は、その報いを受けることになった。どんなに裏切らせようとしても、ソイドファミリーの結束が揺らぐことはないからだ。


 家族想いは伊達ではない。どんなときも家族は絆を大切にする。けっして見捨てることはないし、かといって相手に屈することもない。


 ファミリーの絆は、血の絆なのだ。切ろうとして切れるものではない。



(まずはリンダの無事を確認する。可能ならば、その場で奪還するが、状況次第で我慢しなくてはならないかもしれない。しかし、最後には絶対に取り戻す。そして、こいつに報いを受けさせる。シンプルな話だ)



 裏の組織はなめられたら終わりである。


 誘拐ビジネスのように、一度でも支払ってしまえば終わりのない螺旋に引きずり込まれるのは明白。


 従っているふりをして状況を確認するべきだ。それが誘拐された際の鉄則である。



(今回もいつもと同じだ。落ち着け。落ち着くんだ。そのためにダディーは、オレに仕事を回したはずだ。これは試練だ。これを耐えてこそ、ファミリーを継ぐ資格が与えられる)



 皮肉にも、まさにダディーの思惑通りになっている。


 婚約者を誘拐されるなど、誰にとっても怒り心頭の出来事に違いない。だが、リンダが組織の【姐御】となれば、そういった自体だって起こる可能性がある。


 その時にいかに平静を保てるかによって、ファミリーの命運が左右される。



 これは試練。忍耐を試す試練。



 そう言い聞かせて、必死に口と身体を縮込ませる。余計なことをしないように、ぐっと両手を組んで自分の力で押さえつける。暴発しないように。



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