111話 「ソイドビッグの接待奮闘記 後編」


(あれが…ホワイトか?)



 そんなお姉さんたちを相手にして楽しんでいるホワイト医師を、奥から見ている男がいた。



 ソイドファミリーの幹部であり、ソイドダディーの長男であるソイドビッグである。



 今は倉庫にいたときのようにラフな格好ではなく、他の構成員と同じように黒いスーツを着ている。


 ただし普通のものではなく、いつ戦闘が起こってもいいように魔獣の素材で強化したスーツを着ているため、ただでさえ大きい身体がさらに大きく見える。


 彼は組織ではナンバー3という地位にいるので、かなりの大物がやってきたことになる。


 それだけソイドファミリーが、ホワイト医師を重要視しているということだ。



 しかし、想像していたものとはまったく違う姿に、驚きを隠せない。



(俺には、ただの女好きにしか見えないな。しかもあの背丈、まるで少年のようだ。あんな男が、どんな病でも治す名医なのか? ううむ。直接見て、ますます信じられなくなったな。そもそもなぜ仮面をしているんだ? 怪しすぎるだろうが)



 ビッグの顔はかなり困惑しており、自分の目を疑うように何度もホワイトを見ては首を傾げていた。


 この男、案外まともな神経をしている。


 まさにその通り。あの姿を見て、医者だと思うほうがおかしい。ビッグの判断は正しいの一言だ。



「あれが医者か? 本当に名医か? 間違いないか?」



 自分の目が間違っていないか、隣に控えていた側近であるジェイに問いかける。


 ちなみに部下に話しかけるときは威厳を保つために、家族で話しているような言葉遣いはしない。


 しっかりと低く威圧的な声で話す。これもまたケジメである。



「は、はい。間違いありません。あの人物で合っています」



 ジェイも会うのは二度目だが、まったく慣れていない様子で答える。


 彼も商売柄、いろいろな人間と出会ってきたはずだが、その中でも相当奇異な部類に入るのは間違いない。



「そうか。合っている…のか。それにしてはあまりにも…なんというか…遠慮がないな。医者とは、ああいう生き物だったか?」


「医者にもいろいろとおりますので…」


「俺が言うのもなんだが、今の医療界は腐ってるな。医療事故が増えるわけだ」



 ラングラス一派には【医師連合】と呼ばれる組織が存在する。医者が組員というわけではなく、医者を登録させて管理している組織である。


 医療品を取り扱うラングラス一派と医者とは、当然ながら密接な関係にある。


 医師連合は医者を管理し、登録した人間にだけ医療品を卸すという形式を取っているので、グラス・ギースにいるほぼ全員の医者を手中に収めていることになる。


 その中には癒着を受け入れる者も多く、麻薬の売り上げの半分は彼らの処方によるものだ。


 ただ、どの医者も最初は体裁を保つもの。それが擬態であっても、まずはお堅いイメージで接するものである。



 それが最初から―――欲望丸出し。



 まったく自分を偽らないで楽しんでいるホワイト医師は、とても珍しい存在である。


 たしかにそういった者も存在はしている。ただし、そういった輩の大半は「クズ」と呼ばれるような人間たちばかりだ。


 医者を名乗って金儲けをすることしか考えない、社会の害悪である。


 されど、ホワイト医師は名医である。そこが彼らとの絶対的な差であろうか。



(本当に医者なのか? どう見てもただのエロオヤジ…エロ少年にしか見えないが…。いや、実力があれば問題ない。あれだけ奔放なら、こちらの要求も素直に受け入れるかもしれない。苦手だが、リンダのためにも交渉はまとめないといけない)



 ビッグの得意分野は、どちらかというと暴力関係である。ダディーが出ると面倒になる暴力沙汰を代理でこなすことも、大切な仕事の一つだ。


 普段の交渉はマミーなどの担当なので、あまりこういったやり方は得意ではない。


 だが、リンダとの結婚がかかっているので必死にもなる。



(これは仕事だ。できるだけ我慢しよう。それも勉強。リトルが得た情報を、俺が失敗で終わらせるわけにはいかないしな)



 心を一度落ち着けてから、側近を引き連れてゆっくりと歩み出す。


 それに気がついたホステスたちが道を作り、ホワイトの対面に案内する。



「んー、なんだ? 今、いいところだったのに…」



 ホワイトは、ホステスが離れたことに不快感を露わにする。



(そういえば、男嫌いという情報だったな。ここまで露骨か)



 リンダからの情報で、極度の男嫌いということはわかっている。


 というよりも、その情報を得たのでリンダを送り込んだと言ったほうが正しい。


 こちらもあまり近寄りたくはないが、これも仕事。半ば強引に話を通す。


 まずはジェイを介してホワイトに紹介させる。



「先生、お楽しみのところ申し訳ありません。こちらが我々の直属のボスとなります、ソイドビッグ様です」


「初めまして。ソイドファミリー若頭、ソイドビッグと申します。どうぞビッグとお呼びください」



 上の組織の人間とも会うので、最低限の礼儀は心得ている。


 ビッグができる最大限の礼節で接するが―――



「は? ピッグ? 豚か? ははは、名前の通りに豚っぽい顔をしているな。よろしくな豚君。オレはホワイトだ。ホワイト様か先生と呼べ」


「ぐっ…!!」


「せ、先生、その…それは……さすがに……」



 ジェイが青ざめた顔でビッグの顔色をうかがう。


 しかし、招待した客に面と向かって「それは失礼でしょう」とは言えず、なんとも微妙な空気が流れる。


 それを察したホステスの間にも緊張が走ったのがわかった。マフィアの若頭に無礼を働けばどうなるか、誰でもわかることだからだ。


 だが、ホワイト医師の態度はまったく変わらない。



「なんだ? 文句があるのか? オレは客だぞ!!」


「しかし、こちらは…」


「いや、いい。…先生が呼びやすいほうでかまいません。どうぞお好きにお呼びください」


「そうか、そうか。じゃあ、よろしくな、豚君」


「…ぬぐっ!」



 まさかのホワイト医師の発言に思わずブチ切れそうになるが、凄まじい忍耐力を発揮して耐える。


 自分でも沸点が低いという自覚はあるので、ここで耐えられたのは奇跡に近いだろう。一瞬浮かんだリンダの顔のおかげで助かった。


 だが、簡単に収まるような怒りではない。



(なんだ、この失礼なやつは! ぶん殴ったほうが早いんじゃないのか!? くそっ!! ニヤけやがって! 仮面があるからわからない、とでも思っているのか!!)



 やはり人間の態度は、雰囲気からでもわかるものである。



 ホワイトは―――笑っている。



 仮面の中で、ニタニタと笑っているのだ。今の言葉も、わざとであることが簡単にわかる。


 唯一わからないのは、なぜ彼がこのような行動に出るのか、ということ。このような横柄な態度を取るメリットがあるのかが、まったくわからない。


 しかし、単なるそういう性格の男、という可能性もある。


 今までの情報を考えてみれば、それこそが真実なのかもしれない。医者なのに男を毛嫌いすること。極度の女好きであること。貧乏人が嫌いなこと。自らこちらにコンタクトを取ったこと。


 すべてが医者らしくなく、ホワイトどころか、むしろブラック。



(我慢! 今は我慢だ! こいつは、こういうやつなんだ。そんなことでいちいち腹を立てていたら、ダディーの期待に応えることなんてできない! 殴りたいが、我慢だ)



 自身に宿る暴力性が顔を覗かせるも、ダディーの言葉を思い出して踏みとどまる。


 組織の長ともなれば、こういった機会は多くなる。安易な挑発に乗ることは組織全体を危機に陥れるのだ。


 ビッグは、営業用のスマイルを必死に作る。



「それで、仕事のお話をしたいのですが…よろしいでしょうか?」


「女がいない場で話なんてできるか。ほら、こっちに来なさい」


「えっ、あの…」


「…先生の言う通りにしろ」


「は、はい!」



 再びホワイトがホステスを呼び戻す。そして、命令。



「じゃあ、オレの膝の上に乗れ」


「は、はい。こうですか?」


「そうだ。またがって、がばっと胸を顔に押し付けて! そうそう、いい感じだ。それじゃ、豚君。仕事の話をしようか」


「その格好…で、ですか?」



 女性を抱いたハッスル状態で仕事の話。新しいスタイルである。地球ではすでに流行っているかもしれない。



「聞かれたところで問題はあるまい? どうせいつかはわかることだ。気になるなら、後で口止めでもしておけばいい。お得意だろう? そういうものは」


「…わかりました。先生がそれでよろしければ」


「うむ、オレはこのほうが落ち着く。はぐっ!」


「んふっ!」


「うむ。いい噛み応えだ。素晴らしい」



 お姉さんの乳に軽く噛み付く。相変わらずのフリーダムである。


 もう呆れることすら諦め、ビッグはそのままで話を続けることにする。早く終わらせたいという気持ちのほうが勝ったようである。



「先生、お話というのはですね、実はその…」


「お前のところで扱っている麻薬の話だろう?」


「ご存知ですか」


「そりゃな。ソイドファミリーといえば麻薬だ。知らないやつはいない(嘘)」



 じいさんから聞いた情報を、あたかも最初から知っていましたよ的な雰囲気で話す。



「で、なんだ。オレが治療しすぎたから売り上げでも減ったか?」


「…正直に申し上げれば、その通りです」



 ビッグの顔に、少しばかり緊張の色が滲む。



(この男、クズを装っているが切れ者か? 今までのはフリなのか? 今、女の胸を楽しそうに揉んでいることも!)



 いいえ、心の底から楽しんでいます。


 そうしてホワイト医師の様子をうかがっていると、相手のほうから先手を打ってきた。


 ホワイトが手の平を上に向けて、人差し指と親指で丸をつくる。日本では金を意味するジェスチャーだ。


 ちなみに欧米などでは、親指で人差し指と中指をこすり合わせるのが、お金のジェスチャーらしい。日本は硬貨で、欧米は札のイメージだ。



「?」



(やっぱりわからないか。ジェスチャーは難しいな)



 やはりジェスチャーは通じなかったようで、ビッグはそれを不思議そうに見ていた。


 だが、相手に通じるかどうかは関係ない。こちらの意思を強く示すために使ったものである。



「―――金だ」


「は?」


「金をよこせ。一日計算でどれくらい出せる?」


「あ、ああ、そういうことですか。ご希望額を伺っても?」



 それはビッグも想定内だったのだろう。少しだけ戸惑ったが、当初の予定通りの流れになったと安堵していた。



「そうだな…一日百万もあればいいか。あまり欲をかくのも悪いからな。その程度の【小銭】で手を打ってやろう」


「百万…ですか。一ヶ月で約三千万と考えてよろしいですか?」


「そうだな。それくらいでいいだろう」



(毎月三千万か。大きく出やがって)



 その額にビッグは内心、舌打ちする。


 グラス・ギースの住民の平均月収が四万とすれば、百万円は大金である。日本だとそれが五倍なので、毎日五百万という感覚になる。


 それが一ヶ月となれば、十日で五千万。一ヶ月で一億五千万となると思えば、かなりの額である。


 ただこれはホテルの滞在維持費でもあるため、アンシュラオンからすれば遠慮した金額だともいえる。最低限の額だ。


 ビッグは一度、熱した頭を冷やす。これは逆にチャンスでもあるからだ。



(相手から要求してきたんだ。値段はともかく、これは助かった。ダディーの面子を潰さないで済む)



 父親のダディーからは、絶対に手を出さないことが条件とされていた。組織を継ぐ者としての忍耐力を試されているのだ。


 現在、それは順調にこなせており、基本的に短気なビッグにしては、快挙ともいえるほど我慢できている。


 あと少しの辛抱である。この交渉さえ終わってしまえば、気に入らないホワイト医師と会うこともないのだから。


 いや、また会う日もあるかもしれないが、その場合は違う顔で接することになるだろう。



(一度癒着を始めれば、もう抜け出せなくなる。いい気になっているのも今のうちだ。そのうち弱味を握って、値段を引き下げてやる。その時は覚悟しろよ)



 その時こそビッグの本来の顔、暴力的な素顔を見せる時である。この鬱憤はその際に晴らせばいい、と心を静める。


 感情を押し殺した声で、再度確認。



「その金額をお支払いすれば、治療をやめてくださると?」


「それどころか麻薬を取り扱ってやってもいいぞ。オレが勧めれば、患者は喜んで買うだろうからな」


「それはありがたいことです。本当によろしいのですか?」


「当然、その場合は何割かマージンをもらうぞ」


「それはもちろんです」


「がははは! 任せておけ! 儲けさせてやるさ!! ふんふんふんっ!」


「あっ、あっ!! 先生ったら激しすぎる!!」


「はははは! 愉快だな!! 今日はいい日だ! 楽しいぞ!」



(この男、ただのクズだ)



 ビッグは、ハッスルダンスでお姉さんを突き上げて楽しむホワイトを、そう評する。


 極めて正しい評価だと思う。誰も反論しないだろう。



(月三千万はかなりの額だが、十分元は取れる。今は逆らわずに機嫌を取っておくか。まずは話をまとめることを優先する)



「わかりました。ぜひそれでお願いいたします」


「じゃあ、つまらん話は終わりだな。お前も楽しむといい」


「そうしたいところですが、私は仕事がありまして…。ぜひ先生は、このまま引き続きお楽しみください」


「んん、そうかぁ? まあ、オレもお前と一緒にいたいわけじゃないからな。仕事の話が終わったなら、それでいい。金の件は頼むぞ」


「はい。先生のほうもよろしくお願いいたします」


「任せておけ。ちょろいもんだ」



 こうして交渉は成立した。


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