109話 「オレは甘い、とてもあまーい菓子が好きでなぁ」


「先生、まずはこちらをお納めください」



 その日、そんなことを言い出すスーツ姿の男が診察所にやってきた。サラリーマンのようなスーツではなく、完全に【真っ黒】のものだ。


 男だったので最初は断ろうとしたアンシュラオンに対して、いきなり【菓子折り】を渡してきた。


 アンシュラオンは、その菓子折りを軽く叩いて、男を見下す。



「ほぉ、菓子か。言っておくが、オレは甘い、とてもあまーい菓子でないと受けつけんぞ。パラパラしていて、それを束ねて女の尻を引っぱたくといい音がするような、あまーい菓子でないとな」


「ご安心ください。きっとご満足いただける菓子だと思います」


「自信があるようだな。ふむ、では見てやろう」



 菓子折りを開けると、まずは普通の菓子が入っていた。これも上級街で売っている高級菓子の一つなので、それだけでもそこそこの値段だ。



「…じー」



 サナの視線がお菓子に集中する。


 やはり女の子というか、彼女はお菓子が好きなので「早く食べたい」という無言のプレッシャーが背中にかかる。


 が、まだ男が目の前にいるので我慢させ、さらにごそごそと中を探る。


 菓子をどけ、二重になっていた底を外すと―――



 そこに見えたのは―――札束。



 それも五つの束、五百万という大金である。


 シャイナが札束を視界に収め、驚きの表情を浮かべた。


 なにせ目の前には、自分の借金の総額がいとも簡単に並んでいるのだ。物欲しそうな視線を感じるも、当然ながら無視。


 その束を軽く手に取り、アンシュラオンはニヤリと笑う。



「なるほど、実に甘そうだな。…気に入った。ぜひもらおう」


「お気に召してくださったようで嬉しい限りです」


「シャイナ、これをやろう」


「えっ!? あっ、お菓子ですか」



 金をやるとでも思ったのだろうか。図々しい女である。



「食べてみろ」


「いいんですか? うわー、これすごーい。はむっ…柔らかい!! 甘い!! 美味しい、美味しいですよ! うう、お金の味がする!!」


「美味いか?」


「はい! こんなの初めて食べました!」


「手の痺れはないか? 味覚は問題ないか?」


「??? 大丈夫ですけど…もぐもぐ」


「ふむ…」



 アンシュラオンが、じっとシャイナを観察。



(毒はないようだな。サナにあげても大丈夫そうだ。まあ、最悪は命気水槽で浄化するからいいけどな)



 ゴールデン・シャイーナに毒見をさせて安全を確認したので、サナにもお菓子を渡す。



「…はむはむ」



 サナも美味しそうに食べ始めた。シャイナとは違って、小さくもくもく食べるのが超絶に可愛い。


 それから再び男に向かう。



「いいものをもらった。なかなか見所がある男のようだ。それで、この私に何か用かな?」


「実は、先生に折り入ってお話がありまして…」


「ほぉ、どのような用件かな? これだけもらったんだ。どんな病気でも治してあげるよ」


「ありがとうございます。ここでは何ですから、ぜひとも我々が主宰する【パーティー】に来ていただければと思っておりますが…いかがでしょうか?」


「我々…か。なるほど。これも言っておくが、酒と料理があるだけのパーティーに興味はない。女だ。女を用意しておけ! 年齢は三十歳前後で従順な性格のやつだ! 胸は大きいほどいいが、太っていては駄目だ。髪の色は問わんが、長髪で、目は少しつり上がっているほうがいいな。それと色気があって妖艶な感じがするほうが好みだ。わかったな」



 かなり要望が細かい。


 姉であるパミエルキの外見に近ければ近いほど、アンシュラオンの好みになるので、この注文も当然のことだろうか。



「三十歳前後…ですか。もっと若くなくてよろしいのですか?」


「オレはお姉さんが好みだ。覚えておけ」


「わかりました。喜んでご用意いたします」


「うむ、いい返事だ! 誰かに見習ってもらいたいくらいだ。それで、パーティーはいつだ?」


「先生がお望みならば、いつでも。いかなるご要望にも応えられるように、すでに準備は整っております」


「いい心がけだな。ふむ…では、明日がいいかな。明日の仕事終わりに迎えに来い。五時前には終わる。この子も連れていくが問題ないか?」


「問題ございません。歓迎いたします」


「わかった。ならば、こちらも何の問題もない。楽しみにしているぞ」


「ありがとうございます。ぜひお伺いいたします。では、今日はここで失礼いたします」



 そう言って男は出ていった。やはり治療が目的ではなかったようだ。


 それを見ていたシャイナが、心底呆れた声を出す。



「先生、それは何ですか?」


「甘い菓子だ。お前も食べただろう?」


「食べましたよ。すごい美味しかったです」


「お前たちは菓子を食べればいい。オレが食べるのは、こちらのほうだ。くくく、医者が儲かるというのは本当だな」



 札束を握り締めて、満面の笑みになる。



「知っていますか? 甘いものには罠があるんですよ」


「そんなことを言って、お前も金が欲しいんだろう?」


「…そりゃ少しは」


「嘘だな。滅茶苦茶欲しいはずだ。金の亡者め!!」


「先生にだけは言われたくないですよ!! 潰すって言ったくせに!!」


「甘い汁を吸ってからでもいいだろう」


「絶対罠ですよ!!」


「甘い罠なら大歓迎だ。働かずに金が手に入るなら最高じゃないか。…ところで、あいつの顔は知っているか?」


「…いいえ。私は末端なんで、上の人の顔は知りません」


「だろうな。使い捨ての売人ならば当然だ」


「じゃあ、何で訊いたんですか」


「お前が知らないということは、上の人間だということだ」


「あっ、なるほど…って、それはそれで寂しいですけど」



 シャイナのような末端の人間は、何かあったらすぐに切り捨てるのが彼らのやり方だ。


 だから当然、上とは接触できない。ソイドファミリーの構成員の顔も、誰一人として知らないだろう。


 だが、アンシュラオンはその男を知っていた。


 名前はジェイ。【ある男】の側近である。



(リンダに提供させた写真の中にいたな。ということは、今回オレを招いてくれたのは…【やつ】か。くくく、これはまた面白くなってきたな。それならばオレも、相応のプレゼントを用意してやらないとな)



 こちらは相手の情報を得ている。すでに今回のホストが誰であるかもわかっていた。これは大きなアドバンテージである。


 せっかく接待してくれるのだ。ならば、そのお返しくらいはしてあげないと悪いだろう。


 が、悪巧みをしているアンシュラオンとは違い、一方のシャイナはそれに不満げである。



「やっぱりやめたほうがいいと思います。あいつらはドス黒くて、汚くて、人を不幸にして儲けている最低の人たちです」


「儲かるならいいじゃないか」


「まさかの肯定!?」


「あいつらを肯定するということは、売人のお前も肯定してやったんだぞ。ありがとうと言え」


「そこは否定してほしいんですよ。『なにやってんだ、目を覚ませ!』とか言って」



 目を覚ませ! オレが守ってやる!!!


 というのは女性の憧れだろう。だが、目の前の男にそんな期待はできない。



「あーあ、先生にもそんなことが言える倫理観があればな…」


「それくらいオレだって言えるぞ」


「本当ですか?」


「なにやってんだ、目を覚ませ! モミモミ、ズブズブッ、ドックン」


「擬音がおかしい!! 先生こそ目を覚ましてください!!」


「オレはいつだって真面目だ!!」


「ええーーー!?」



 常時シラフでこれである。



「あいつらが真っ黒かどうかはどうでもいい。オレにメリットがあるかどうかが重要だ。そしてやつらは金を提供し、さらにパーティーに招いてくれるそうだ。しかも労せず年上女性を集めてくれるのだから、最高じゃないか」


「先生って、年上好きなんですね…」


「それがどうした?」


「べつにいいですけど…個人の趣味ですし」


「言い方が気に入らんな。なんだ、構ってほしいのか。スレイブになればいつでも構ってやるぞ。首輪を付けてな」


「嫌ですよ!」


「この話は、まずはお前の父親を確保してからだな。その恩は高くつくぞ? くくく、身体で払ってもらうからな。あー、楽しみだ!」


「もうっ、そういうところがなければ、少しは見直せるのに!」


「お前に見直されるほど落ちぶれてはいないぞ。で、父親は収監されていると言っていたな」


「…はい。もうかれこれ三年近く入っています。その間、顔も見ていません」


「面会には行かないのか? それとも会いたくないのか?」


「特別な場所みたいで面会はできないらしいんです。距離もありますし…簡単には行けません」


「では、囚われている具体的な場所はわからないか。そうなると、そういった連中が集まっているエリアがあるんだろうな。そこを狙い撃ちできれば楽だが…」



 本当の意味でシャイナを助けるには、父親を確保しなければならない。


 実は死んでいたというパターンが一番楽なので、ソイドファミリーからそういった情報を訊き出せれば最高だが、生きていると話が面倒になる。



(生きている場合は、忍び込んで連れ去ることになるが…そうすると警戒されるな。ソイドファミリーは、そこそこ人数がいる。それらを一人でも逃すと余計な混乱を招くことになる。できればすべてを一気に、相手に悟らせないように抹殺を遂行したい。裏側に隠れているやつも含めてな)



 アンシュラオンの目的は、敵を殺すことだけではない。


 排除しつつ、その旨みを全部奪い取ることだ。


 ソイドファミリーを全滅させ、裏側にいるやつを締め上げて利権を奪う。なおかつシャイナの父親を奪還し、あわよくばシャイナをスレイブにする。



 最後の一つはともかく、壊滅、親玉脅迫、父親奪還の三つは、ほぼ同時にこなす必要がある。



 アンシュラオンは一人なので、さすがに同時には行えない。ならば一つ一つやるしかなく、その間は相手に悟られないというのが重要な点だ。


 情報が外に漏れてしまえば、利権を奪ってもルートを切られてしまうかもしれない。それでは金にならない。


 できれば裏側の親玉を脅して傀儡にして、ソイドファミリーの代わりにアンシュラオンが生み出した組織を実行組織とするのがベストだろう。


 裏の親玉が健在だとわかれば、取引先も警戒はしないはずだ。単にソイドファミリーを切り捨てたのだと思ってくれるかもしれない。


 そのためにもソイドファミリー全員の抹殺は絶対条件で、リンダと婚約者以外は確実に殺さねばならない。


 父親奪還が上手くいっても、それを悟られれば警戒レベルがぐんと上がる。そのあたりが実に難しい。


 一番やってはいけないのは、中途半端に攻撃して逃がすこと。魔獣が巣穴に逃げると厄介なのと同じく、探し出すのが大変になってしまう。それだけは避けねばならない。



 この難しいミッションを成功させるためには、さすがに単独では無理だ。


 普通ならば、こういうときに頼れる仲間を使って~というパターンになるが、アンシュラオンに仲間はいない。


 すぐに浮かぶのが傭兵であるが、今回は裏側の仕事なので難しいだろう。



(ラブヘイアは髪の毛を餌にすれば何でもやりそうだが…駄目だ。あんな変態とは二度と会いたくない。マキさんは…正義感が強いからな。父親奪還くらいには使えそうだが、その後の処理に関わらせるのは危うい。スレイブにしてからじゃないと駄目だな。ソイドファミリーを潰すほうも、あの剣士のおっさんくらい強いやつがいれば話は別だが…普通のやつじゃ返り討ちだ。そう考えると、今のところ使える人材がいないな。やっぱり自分独りでやるしかないか)



 やはり同時に三つを行うのは不可能なようだ。


 頼れる仲間と一緒に同時に三つの拠点を襲う、というのは憧れるが、他人を信じないアンシュラオンには難しい話だ。



 だが、【秘策】はある。



 上手くいけば、三つをほぼ同時に行うことができるだろう。少なくとも相手に気づかれずに、一つ一つを実行することができるはずだ。



(すべてはやつらとの話がついてからだな。それも含めて楽しみだよ。くくく)




 ついにソイドファミリーとの接触が始まる。



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