108話 「シャイナの気持ち 後編」


(まったく、しつこいやつだ。こいつが近くにいると面倒なのに…。自分が売人だという自覚がまったく足りないんだよな。危害が及ぶかもしれないとは思わないのか?)



 シャイナは麻薬の売人である。当人にその自覚が足りないことのほうが、よほど危ないことだ。


 ソイドファミリーは、シャイナのことも知っているに違いない。となれば、彼女を人質に取るという選択肢もあるのだ。


 しかし、やはり犬である。


 風呂場で洗ってやったことで、すっかりと懐いてしまった。恩を返そうとする気構えは立派だが、番犬ではないので特に役には立たない。むしろ邪魔である。



(今になってシャイナを遠ざけたら、それこそ弱味を見せることになるな…。それだけ可愛がっている存在だということを教えることになるし、相手を無駄に警戒させるかもしれない。…となれば、しょうがない。このままの状態でいるほうが安全か)



 仕方ないのでシャイナのことは諦めることにする。


 彼女自身が選んだのだから、いちいち自分が何かを言うこともないだろう。



「お前がそうしたいなら、このまま助手としてやっていればいい。しかし、お前が何を悟ったかは知らないが、オレはオレの好きにやる。邪魔するやつは殺してでもな。お前はそれをもう知っているはずだ」


「先生が極悪非道ってのは理解しました。でも、殺す人より救う人のほうが多いでしょう? 今まで見た限りでは、明らかに救った人のほうが多いですよ」


「統計的に見れば、それはそうだな。…というか、その考え方も危ないぞ」



 どこぞのダークヒーローの台詞っぽい。


 だが、アンシュラオンはダークヒーローでさえないので、その結果もたまたまでしかない。


 自分の欲求を満たすために行動していたら、結果的にそうなっただけだ。



「オレに何を期待している? その乳を使って誘惑するつもりか? いいぞ。いくらでもこい!」


「もうっ、すぐそう構えるんですから。そういう人ほど、心を許した人にはべったりするんですよね」


「オレは誰にも心を許さん。自分の物以外にはな。なっ、サナ」


「…こくり」


「どうだ! すごいだろう!」


「それを肯定されて嬉しいんですか?」



 サナにまで頷かれた。



「お前もどうせ金が目的だろうに。卑しいやつめ」


「お金で苦労してますからね。卑しくて結構です。もともと売人の娘ですから」


「ずいぶん開き直ったもんだな。同じくらい股も開けばいいものを。…ところで、お前の父親ってのは、どんなやつだった?」


「そりゃ駄目な人ですよ。麻薬と酒に溺れて、お母さんに逃げられるような人ですから」


「クズだな」


「思いきりディスられた!?」


「お前は自分の父親を治療するためにオレのところに来た。仮にだ。お前がその技術を得たとしたら、父親を治すか?」


「治します」


「そんなクズを治療したところで意味はないだろう。結局、それは心の問題だ。クズはクズのまま。また溺れるだけだ」


「それでも人は成長しますよ。ほんのちょっとずつでも」


「そんなクズでもお前の父親というわけか」


「そういうことです」



(家族…か。オレには縁遠い言葉かもしれんな)



 もともと他人に気を許さない性格である。家族であっても最後のところでは壁を作るので、最終的なところで打ち解けあうことはできない。


 しかし人は、常に近しいものを求める。


 地上の人間にとっては、血のつながった家族こそが一番近しい存在である。情を抱くのは自然なことだろう。


 アンシュラオンも姉を求めていたし、サナを妹にしたことからも、【家族愛】というものを欲している自覚はある。


 パミエルキの性格さえなんとかなれば、喜び勇んで姉と一緒にいたはずだ。仮に弱々しい姉だったら、守ってあげたいとも願っていた。


 駄目な姉ならば、支えることで自分の価値を見いだすこともあっただろう。だからシャイナの気持ちもわからないではない。



「父親を助けたいか?」


「…できれば、ですけどね」


「助けてやらんこともない」


「えー、本当ですかー?」


「せっかくの好意を疑うな。オレほどの偉人になれば、クズ一人くらい助けられる」


「どうやってですか? さっきはもう駄目だから見捨てろ、って言ったじゃないですか」


「確保してから治療をして身体を治し、仕事を与えて給料をやって、正しい生活を教える」


「うわっ、思ったよりもまともですね。でも、また麻薬を求めたら?」


「そのたびに罰として尿路結石を生み出す」


「それは…地獄ですね」



 男性がもっとも怖れるという、いわゆる「尿管結石」である。


 命気はどんな病でも治せるが、それを使えばどんなものでも生み出すことができる。尿管に結石を生み出すことくらいたやすい。


 その激痛には耐えられないだろう。麻薬どころではない。逆にその痛みを緩和させるために求めるかもしれないが、そんな余裕すらないと思われる。


 電気ショックより恐ろしい更生計画であるが、クズを助けるにはこれくらいは必要だ。



「あの…本当に助けてくれます?」


「そうやってオレを利用するつもりか? このメス犬め!」


「汚い言葉で罵られた!? 自分から言い出したのに!」


「助けてやってもいい。が、一つ条件がある。対価を払え」


「お金はないですよ。知ってるじゃないですか」


「お前には払えるものがある」


「何ですか? はっ、まさか…」



 アンシュラオンの目が、胸と股間を舐めるように往復する。明らかにエロオヤジの目線である。



「まさか、私の身体…」


「お前の身も心も、すべてオレに捧げろ。【スレイブ犬】になって死ぬまで尽くせ。オレを崇め、服従しろ! 当然、触りたい放題、やりたい放題だ!!」


「もっと酷かった!!」



 条件がかなりシビアである。



「えと…それはその…。あれ? その前に、私には興味がないって言ってませんでした?」


「そのままのお前ならな。スレイブ犬になったお前ならば興味がある。言っただろう? 自分の所有物以外に興味はないとな。だから所有物になれば興味は出る」


「それはさすがに…病みすぎですね」


「オレのスレイブになれば幸せ満載だぞ。首輪と尻尾をつけて、毎日後ろから突いてやろう。お前が使っていい言葉は『わんわん』と『きゃんきゃん』、あとは『イ、イグゥウウッ』だけだ」


「ますますなりたくなくなりましたよ…」


「まあ、焦らず考えろ。強要はしない。しても意味がないしな。それは実験でも証明されている」



 リンダでも失敗したので、あの方法には無理があることがわかった。やるならば、心を折ったあとに同意させてからギアスをかけることだろう。


 ただ、やはり手元に置く人間は厳選しなければならない。そのやり方ではリスクが残る。



(最悪、奴隷なら精神術式でも作れる。だが、何が起こるかわからないから、サナの近くに置くには自分から従うようなやつじゃないと駄目だ。危なくてしょうがない)



 パミエルキほどの使い手ならば、相手を強制的に使役することも容易だろうが、今のアンシュラオンには難しいことである。


 また、スレイブ・ギアスも万能ではない。壊れたり外れたりすれば、その影響下から抜け出てしまう可能性も否定できない。


 それではサナの安全が保障されない。万一もあってはならないのだ。



 ならば話は簡単。最初からこちらに好意を持っていたり、忠誠を誓っている女性をスレイブにすればよいのだ。



 精神術式も、その型に合っているほうがハマりやすいのは道理である。最初から忠誠心があれば、服従の効果も倍増するだろう。


 それが長い時間をかけて染み込めば、ジュエルなしでも完全なる支配が可能となる。


 あるいは恩を売って、それに報いさせるという形式も悪くない。人間の魂には他人に与えようとする習性があるので、返さないと悪いと思わせることができる。


 その心理を利用すれば、比較的抵抗することなく支配できるだろう。


 これはよく詐欺や押し売りで使われる手段なので、気をつけねばならないが、自分がやる側ならば問題ない。


 彼女の中でどんな区切りがあったのかは知らないが、今は敵意や困惑は消えており、どちらかというと好感のほうが強い状況のようだ。


 これならばスレイブにしても大丈夫そうである。



(しかし、女心というのはわからん。どうしてそうなるんだ? 普通、巻き込まれないように離れるものだと思うが…オレの考えが間違っているのか? それとも利益があると思ったか? ううむ、理解できん。いや、やはり快楽が効いたのかもしれん。女なんて快楽を与えてやれば簡単に落ちるしな)



 昔からアンシュラオンは女心が理解できなかった。それは多くの男性もそうなので、よほどモテたい人間以外は理解しようともしないだろう。


 よって、なぜシャイナが自分に好意を持つのかがわからない。単純に演技や罠なのではないかと疑ってしまうほど心が荒んでいる。


 最終的には、命気振動でイカせたことで好感度が上がったと結論付けた。



「身体が目当てか! 卑しいメス犬だ!!」


「急になんですか!?」


「いいだろう。毎日楽しませてやる。くくく」


「絶対に何か勘違いしてますよ…」



(先生って、今までどうやって生きてきたんだろう。こんな人格破綻者を放っておいたら、どうなるかわからないわ。私が傍にいないと、もっと駄目になる)



 実際は、アンシュラオンのそういう痛々しい姿こそが、逆にシャイナの心を惹きつけることになっていたりもする。


 思えば駄目な父親を見捨てられないような女性である。人々を救える偉大な能力を持っていながらも、人格的には最低のアンシュラオンに対して、母性本能が刺激されるのは自然なことだろう。


 シャイナは、悪い男に引っかかると泥沼になるタイプの女である。それは間違いない。


 変な男に人生を壊されるより、自分の物を大切にするアンシュラオンのスレイブになったほうが安全なのは事実。


 当人はそれに気がついていないが、本能は自然と自分を取り巻く危ない状況を察しているのだろう。


 犬は強いものに従うもの。アンシュラオンが強いことを本能で知っているのだ。



 ただし、まだ最後の踏ん切りはついていない。


 それが父親の一件なのだろう。加えて、あんな破廉恥なことを言われたら、よほどのM体質の女性以外は躊躇うのが当然だが。



「…じー」



 サナも、そんなシャイナを観察していた。


 サナは女心を示さないというより、通常の人間の反応をしないので、彼女にとっても「普通の女性」は珍しく勉強になるのかもしれない。



「黒姫ちゃん……いや、サナちゃんか。この前はありがとうね。おかげで救われた気がしたわ」


「…こくり」


「お前の罪はまったく消えていないぞ。スレイブになって奉仕して初めて救われる」


「先生は黙っていてください!」


「くくく、今はそう吠えているがいい。首輪を付ける日が楽しみでならん。たっぷりなぶってやるからなぁ」



 変態としか思えない発言である。今日も絶好調だ。



「よし、今日もそれなりに稼ぐか」



 そして、今日も再び治療を始める。


 シャイナの影響もあってか、少しは男にも優しくなったりもしていた。


 いつもなら腕を折って追い払うところを、小指一本で済ませるなど、実に良心的な対応であったという。




 そして、異変はその二日後に起こった。




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