107話 「シャイナの気持ち 前編」


 今日もアンシュラオンは仮面を被って、サナと一緒に医者の仕事に向かう。


 しかし、そこには若干の疲れが見られた。身体的ではない。【精神的】なものだ。



(…だるい。そろそろ引きこもりたい)



 怠け癖である。


 このアンシュラオンという男、地球時代でもけっこうな引きこもりであった。


 社交的でないわけではなかった。むしろ明るく社交的であり、機微に長け、上手く場を制御する力を持っていたものだ。


 が、興味がないことには「飽き」が付きまとうものであり、一度そうなるとやる気が減退する。


 ホテルを借りるために仕方なく働いているが、本当なら毎日ごろごろして過ごしたい欲求が襲ってきているのだ。



 サナと一緒に毎日ごろごろ。



 それはもう可愛い猫と一緒に、ぐーたらする生活である。


 こんな幸せはない! 断言してもいい!


 しかし、問題もある。



(ホテル生活もいいけど、やっぱり全部を借り切ったのはやりすぎだったか…。でもなぁ、他人に干渉されるような場所だと落ち着かないし、あれくらいのものでないと満足できないよな。金はなんとかなるけど、うーん、自分だけのもの…か)



 上級街と中級街の一軒家を除き、このグラス・ギースでは賃貸が一般的である。


 多くの人間は安宿を借りており、自分の家を持っている人間は少ない。実際のところ一軒家も社宅が多いので、全部自分のものかと問われると微妙なところだ。


 アンシュラオンが欲しいのは、あくまで自分が気ままに暮らせる場所である。


 仮に安定した金を得ても、ずっとホテル暮らしというのは飽きてしまう。ホテルそのものを買い取らない限り、自分のものにはならないからだ。


 支配欲が異様に強いので、すべてが自分の思い通りにならないと嫌なのである。


 賃貸が嫌になって、男が一軒家を持ちたがる心境と同じである。男は誰しも、一国の城主になりたいものなのだ。



 さらに、もう一つの事情もある。



(グラス・ギース自体が領主のものだ。いくら自分の場所を作っても、あいつがまたちょっかいをかけてくれば面倒なことになる。それなら城壁の外に出て、好きな場所に拠点を作ってもいいが…サナはまだ幼い。荒野でいちから作るのは難しいな…)



 前にマキや領主が言っていたように、ここは領主の個人都市なのだ。自分の家を持とうと、あの男の土地を借りていることには違いがない。


 それに満足できるかといえば―――できない。


 そうなると選択肢は一つしかない。外、荒野だ。荒野ならば誰の物でもない。自由にできる。


 荒野に自分の居場所を作ってもいいのだが、さすがにそれは面倒くさいし、今はサナがいるので難しい。


 となれば多少の問題はあれど、やはり都市の中で暮らすほうが現実的だろう。


 すると結局、領主の話に戻る。



「はぁ、領主はやっぱり殺したほうがいいかな…」


「なに物騒な話をしているんですか!?」


「あっ、ゴールデン・シャイーナだ」


「その呼び方はやめてください!!」



 俯いていた顔を上げると、そこにはシャイナ(ゴールデン・シャイーナ)の呆れた顔があった。


 考え事をしていたら、知らずのうちに診察所に着いていたようだ。



「昼間から恐ろしいことを言わないでくださいよ!」


「そのほうが平和になるかなと思って」


「殺してどうするんですか?」


「オレが領主になろうかな。そうすれば、みんな幸せだ」


「その自信が恐ろしい!? 絶対になれないですよ!」


「なぜだ? オレに支配されたら幸せなはずだ。税金だけで食っていけるんだぞ。最高じゃないか」


「最高なのは先生だけです! 払うほうは大変ですよ」


「教祖と同じシステムだ。すべての人間は、オレに貢ぐために生きているんだ。オレのために働け」


「はいはい。そんな妄想は置いておいて、がんばってお仕事してくださいね。見てください。今日も盛況ですよ」



 目の前には患者の行列。今日もホワイト診察所は大盛況である。



「タダで治療してもらおうと思っているゲスどもが見える。死ねばいいのに」


「先生は歪みすぎです。自分が一番ゲスなんですから、お仲間だと思って優しくしてあげてくださいね」


「雇い主にそんなことを言うとは…クビだ!!! お前はクビだ! 嫌なら股を開け!!」


「はいはい、セクハラですからね。早く入ってください」


「オレは先生だぞ!! 偉いんだ! 敬え!」


「はいはい」


「ゴールデン・シャイーナのくせに生意気だ!!」


「はいはい、悪かったですね。どうせ生意気ですよ」



 アンシュラオンの主張は完全無視で、小屋の中に入れられていく。シャイナの勝ちである。


 それから彼女はテキパキと準備を進める。といっても、やることは簡単な掃除と人員整理くらいであるが、いつも通りの明るい態度だ。


 そんな助手を、アンシュラオンは不思議そうにじっと見る。



(もう来ないかと思ったら普通に毎回来るな。それどころか上手くあしらわれているような気がする。股も開かないくせに生意気だ)



 あれだけのことがあったのだから、シャイナはもう来ないと思っていた。常人からすれば、かなりの恐怖であっただろう。来ないのが普通である。


 しかし、あれから一週間経っても、彼女はこうして診察所に通い続けている。



(妙にすっきりした顔をして…。はっ、まさか!? 哀しみを男に慰めてもらったとかじゃないだろうな! 許さん、許さんぞ! オレの近くに、オレ以外の男の臭いをさせる女がいてたまるか! 矯正してやる! 修正してやる!!)



「けしからん!! 見せろ!! パンツの中を見せろ!!」


「きゃーー! 先生がおかしくなった!! うわー、見られたー!!!」


「な、なんだと! まだ処女膜が健在だ! どういうことだ!? 最初の性交では破れなかったのか!?」


「何の話をしているんですか!!」


「だから、性交の話だ!!」


「言いきった!!」


「処女膜があるなんておかしい。なんでお前はここにいる!」


「言っている意味がわからないです! 性交をしていませんから膜はありますよ! それに助手ですから、いて当然です!」


「お前は助手じゃない! 性奴隷だ!」


「何かに引っかかりそう!?」



 その表現はいろいろと危険かもしれないが、潔く貫く。この男には何も怖れるものはないのである。



「なぜだ! なぜここにいる! 処女のままで! はっ、金か! 金が目的か! 卑しいやつめ!! オレから金をむしり取ろうとしているな! 浅ましいやつ!」


「違いますよ! どうしてそんな発想しかないんですか!!」


「金か性、それか物。それ以外に人間が動く理由があるのか? まあ、自己満足という線もあるがな」



 最悪の発想である。



 それから溜息をついて、シャイナが仕方なく話し始める。



「先生が駄目な人ってのは、この前のことでよくわかりました。いや、もっと前からわかってますけどね。全部が駄目すぎます」


「勝手に駄目人間にするな」


「でも、駄目な人でしょう?」


「その自覚は少しはあるが、よく見てみろ。目の前にもっと駄目なやつらが山ほどいる。愚者どもばかりだ」


「そんなのは程度の違いですよ」


「程度の違いは大切だ。馬鹿と天才くらい違う。そして、オレは後者だ!」


「もう、また屁理屈ばかり言う。先生は駄目な人だから、せめて私が近くにいないといけないと思ったんです」


「お前こそ典型的な駄目女の思考じゃないか。意味不明な理由で売人をやりおって」


「先生よりはちゃんとした理由だと思いますよ。このご時勢で、立派な孝行娘の部類に入ると思います」


「駄目な父親なんて捨てろ。それで終わりだろう」


「先生とは違いますから」


「それはもういい。だが、お前の苦悩ももうすぐ終わる。邪魔だから、それまでどこかに隠れていろ」


「それが嘘っぽいんですよね。先生のことです。何か企んでいるに決まっています」


「根拠があるのか? 言いがかりなら性奴隷にするぞ」



 とんでもない発言。



「では伺いますが、どうしてソイドファミリーを潰そうと思ったんですか?」


「オレに敵対したからだ」


「それだけですか?」


「不満か?」


「直接的な被害は少ないと思いますけど。それだけで面倒がり屋の先生が動くなんて、ちょっと考えられません」


「じゃあ、お前のためだ。哀れな助手のために上司が一肌脱ぐ。素晴らしい男じゃないか。感動だね」


「それは明らかに嘘っぽいです。じゃあって言ってるし」


「助手の心配をして何が悪い。こう見えてもオレは正義の使者なんだ。悪を許してはおけん。だから潰すと決めたんだ。そう、正義の味方だからな」


「それは絶対に嘘です!」


「断言しやがったな!?」



 シャイナのためというのは本当だ。そのために動いていることも事実。


 しかしシャイナには、どうしてもそれだけが理由とは思えない。


 そこで、ふと思い当たることがある。



「もしかして…相手から【財産を奪おう】とか考えていませんか? 酒場で財布を奪ったのを思い出して確信したんです。理由はたぶんこれだ、って」



 アンシュラオンは正義の味方ではない。シャイナに情が移ったとしても、それだけでこれほどの面倒なことをするわけがない。


 となれば、目的は【金】。


 さきほど彼自身が言ったように、女か金、物でしか彼は動かない。麻薬が必要とは思えず、リンダに対してもそっけなかったことを思えば、やはり金に行き着く。



「どうですか? 違いますか?」


「……金? 何のことだ?」



 目を逸らした。正確には、首を横に向けた。


 確定である。



「やっぱり狙ってるじゃないですか!! どうせ売上金を巻き上げようと思っているんでしょう! それでだらけて暮らすつもりですね!」


「馬鹿を抜かすな!」


「違うんですか?」


「その程度で満足すると思っているのか! あいつらの麻薬製造技術と販売ルートを全部いただくのだ!! それで一生遊んで暮らす!!」


「もっと酷かった!! 中身が入れ替わるだけじゃないですか!?」


「うるさい! 当然の報酬だ! 何が悪い! 正義の味方をやるにも金がかかるのだ。ヒーロー物が次々と新兵器を生み出せるのは、誰かから金を巻き上げているからだ」



 公的機関であることをいいことに、次々と思いつきで新兵器を開発するのがヒーロー物の特徴だ。その金は国民の血税であることを忘れてはいけない。


 税が駄目ならば、次は悪党側から奪えばいい。悪さして儲けた金が、じゃぶじゃぶあるに違いない。それをごっそりいただく。


 これだから正義の味方はやめられないのだ。



「やっぱり先生は打算的です!」


「ふん、それもオレの勝手だ」


「先生には私が必要です。放っておくと危険すぎます」


「なんだと! シャイナ犬のくせに生意気だ! けしからん乳をしおって! モミモミ!!」


「あうっ!! この程度じゃ諦めませんからね!」


「じゃあ、尻の穴を攻める!!」


「ぎゃーー! やめてください!! 変態行為ですよ!!」


「嫌なら、さっさと諦めろ!」


「諦めません!!」



 セクハラにも耐える今日のシャイナは、いつもと違う。やたら粘る。


 だからやり方を変える。



「ならば、これを見ろ!」


「キャッーー! なんでパンツを下ろすんですか!!」


「オレのゾウさんを愛でるがいい。嫌なら帰れ!」


「馬鹿なことをしていないで、早くしまってください!!」



 奇行、再び。


 遠くで子供が見ていたので、仕方なくズボンを上げる。第三者からは、ただの露出狂にしか見えない。


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