106話 「ソイドファミリー 後編 その2」


 その異様な様子に、ビッグが小声でダディーに話しかける。



「リトルのやつ、大丈夫なの? ちょっとストレス溜まってない? というか、シロはやっていないはずだよね?」


「やっていないはずだが…普段はずっと工場に篭りっぱなしだ。もしかしたらシロの残りカスを吸気して、知らない間に中毒になっている可能性もある。換気は徹底させたほうがよさそうだな…」



 ソイドファミリーは麻薬を扱っているが、自分たちに対しての使用は禁止されている。単純に業務に支障が出るためだ。


 当然リトルも麻薬をやっていないはずだが、密閉された工場だと吸い込んでしまうのかもしれない。彼が痩せているのも、そうした影響だとすると危険である。


 それ以上に、彼の女性観が少々危うい。兄のビッグはそこが心配だった。



「うーん、あいつももっと普通にしていればいいのに、妙に奥手なんだよな…。オレみたいに恋人でも作れば、ちょっとは落ち着くと思うんだけど…」


「まあ、そう言うな。あいつにもいろいろとあるんだ」


「いろいろって?」


「いろいろはいろいろだ。男は、そういう悩みを自分で解決することで強くなる。時間が必要な問題だ」


「ふーん。それもそうだね」



(ファミリー間が親密ってのも難しいもんだ。数が増えれば、こうした問題も増えるか…)



 ダディーは、リトルもリンダのことが好きだったことを知っている。ビッグとリンダの結婚話が出て一番動揺しているのはリトルだろう。


 もともとファミリーの結束が強い彼らは、外から女性を迎え入れることが少ない。となると、必然的に女性不足になるわけだ。


 その貴重な女性であるリンダを長男のビッグが取ってしまった以上、リトルとしては手を出すわけにはいかない。


 そうしたストレスが彼を店に通わせ、女性観が歪んでいく要因になっているのだろう。


 しかし、彼の容姿はビッグよりも良いので、他の組織間でのお見合いの申し出だってある。そこに踏み切れないのは、単純に彼自身の性格の弱さが原因だ。


 恋人は欲しいが、結婚する勇気まではない。常々ダディーが妻の大切さを説いているので、逆に怖くなるのだ。



 なんとも難しい話であるが、今は仕事の話のほうが優先。


 ダディーは話を続ける。



「リトルの話が本当だとすれば、相手もこちらと話がしたいようだ。これは好都合か…」


「お待ちなよ。どうしてホワイトは、こっちのことを知っているんだい? おかしいじゃないか。知っているってことは素性が割れているってことだ。どこで情報が漏れたんだい?」



 そこに疑問を持ったのはマミー。


 流通担当で多くの人間と出会っている彼女は、その不自然さをいち早く発見する。



「…たしかにな。シンパチたちは素性を隠して接触させた。リンダもバレていないはずだ。ならば、どこでそれを知ったのかは気になる」


「物事に絶対なんてないわ。どこかで漏れたのかもしれないね。それならば安易な接触は危険かもしれないよ」


「うむ…」



 接触はしなければいけないが、もし相手がこちらの状況をすべて知っていた場合、罠の危険性もある。


 医者一人が何かをするとは思えないが、それをネタに交渉を有利にしようとしてくるかもしれない。


 ダディーの脳裏に「危険」の二文字が走るが―――



「そのカラクリも簡単だよ。【女】がいるんだ」



 それに素早く答えたのはリトル。これまた自信満々である。



「…女?」


「そう、女。名前は忘れたけど、ホワイトの助手に女がいるって話があったじゃないか。その女、うちの売人の一人なんだよ。僕の部下のオヅソンに訊いたけど、間違いないって話だね」


「売人がホワイトの助手? どういうことだ? お前が手を回したのか?」


「そんな危ない真似はしないって。よくわからないけど、その女自身が近づいたみたいなんだ。まあ、医者の女になって貢がせれば、売人なんてするよりも金になるからね。悪い考えじゃないとは思うよ。まあ、それでもこっちからは逃げられないけどね。ケケケ」



(リトルのやつ、やっぱり歪んでるな…)



 その意見には頷けるが、ビッグはリトルの考え方に卑しいものを感じる。このあたりが、いまいち弟を好きになりきれない原因なのかもしれない。


 ただ、リトルの発想がアンシュラオン寄りなので、もしかしたら若干ながら気が合うかもしれない。


 逆に言えば、ビッグはアンシュラオンと相性は悪そうである、ともいえるが。



「その女がバラしたのか? 末端の売人程度が、こちらの動きを悟れるとは思わないが…。リンダはもちろん、シンパチの顔も知らないはずだぞ」


「たしかにそうだけど、医者から訊かれれば麻薬の話くらいはするさ。自分の飼い主がうちらだってことくらいは理解しているだろうしね。それでこっちに興味を持ったのかもしれない。ホワイトはかなりのブラックのようだし、医者とうちらがグルになるってのは、普通に考えてもメリットになると思ったんだろうさ」


「ホワイトなのにブラックか。なんとも皮肉だな」



 地球でもこの星でも、癒着こそが最大の利益となる。


 警察と犯罪組織、医者と製薬会社等々、あらゆるつながりの中で金が生まれる仕組みである。



「信じてよ、ダディー。情報は間違いないよ。どうせ接触するんだろう? 相手から来たなら好都合じゃないか」


「…ふむ。相手が接触を求めているのに断れば、心証が悪くなる。話もややこしくなるか。…わかった。お前のルートで話を進めてくれ。マイナスにはならないだろう」


「うん、任せてよ」


「ただし、交渉をするのはビッグ、お前だ」


「え? この流れだとリトルだろう? 手柄を横取りするのは趣味じゃないな」


「これは組織全体の利益の話だ。リトルの手柄は当然認めている。しかし、それもまた役割の一つだ。一人ひとりが全体のために、全体が一人のために尽くす。それがファミリーってもんだ。そうだな、リトル?」


「…うん、そうだね」



 リトルは頷きながらも若干うな垂れている。


 父親の話は正論だが、正論だからこそ悔しさもあるのだろう。


 しかし、それを知りつつもダディーはビッグを指名する。



「ビッグ、お前は俺に似て腕力は強い。若い頃に瓜二つだ。だが、それだけでは人も組織も動かない。単細胞なだけじゃ、組織を維持できないんだ。俺にそれを教えてくれたのがオヤジだった。ならば、今度は俺がお前に教える番だ。この仕事はお前がやれ。学ぶことも多いぞ」


「ホワイトと交渉をしろってこと?」


「そうだ。接待方式でな」



 組織の接触方法には二通りある。


 一つは最初にやった脅し、脅迫。当人への暴力や関係者の誘拐なども含めた手段。


 もう一つが接待。歓待して親密になり、ずるずると関係を持たせ、逃げられなくする方法である。


 前者のほうが楽だが、恨みを買う可能性もある。後者は金や手間がかかるが、傲慢あるいは気弱な人間には有効である。


 ビッグに命じたのは後者。得意の腕力を使わない方法。これは彼が苦手としているものだ。



「向いてないって! どうせならマミーのほうがいいよ! そのほうが角も立たないし…」


「あら、リンダと一緒に仕事ができるのよ。それは幸せなことじゃないの?」


「そ、それはそうだけど…苦手だよ」


「だから意味がある。リンダと一緒に結果を出してみろ。そうすれば、組織内でお前たちを祝福しない者などいなくなる。他の組織にも、なめられないで済むんだ」


「…そうだね。たしかにそうだ。でも、リトルに悪いよ」


「兄さん、僕は大丈夫だよ。僕にはニャンプルちゃんがいるし、兄さんはリンダのことを考えてあげるべきだ。僕はリーダーの器じゃない。ここで兄さんが地盤を固めるほうが、ファミリーにとって利益になる」


「リトル…お前…。ありがとう。わかったよ。俺がその医者と話をつける」


「うむ、任せたぞ。だが、独りで抱え込むなよ。もし上手くいかなかったら遠慮なく相談するんだぞ」


「わかったよ、ダディー」



 そうして今日の会議は終わった。


 上手くまとまったように見えたが、彼らには大きな誤算が一つだけあった。


 ホワイトなる人物が異様に支配欲が強く、少しでも逆らう存在を許しておかない魔人であった、ということだ。


 ソイドファミリーはまだ、ホワイトと【戦争状態】にあるとは認識していない。それが彼らの人生を大きく変えていくことになる。


 特に、ソイドビッグとリンダの運命を。



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