105話 「ソイドファミリー 後編 その1」


「何かの間違いじゃないの? 違う組織と揉めたとかのほうが現実味があるよ」


「一緒に同じ店で監視していたゲラジも見ている。間違いない事実だ。ホワイトという男は…強いぞ。医者だと思っていると痛い目に遭う。そういうタイプの男だ」


「ダディーらしくないな。ダディーなら相手がブルーハンターだって、なんとかなるじゃないか。対人戦闘なら、ブラックとだっていけるかもしれない。俺もいるし、怖がることはないよ」



 ダディーは強い。若いころは魔獣相手に戦っていたこともあるし、何より対人戦闘に長けた武人である。


 ストリートファイトで負けなしだったのだ。ツーバも、彼の腕っ節の強さに惹かれたところはあるだろう。


 どの組織も強い武人を欲しがる。最後に物を言うのは武力だからだ。


 結束の強い城塞都市ではなかなかないが、裏組織同士で本格的な抗争になれば、ソイドファミリーも前面に出るだろう。


 長い歴史の中では、数度そういった時代があったのも事実。その際は都市の存続に関わる大きな損害を出している。


 そうならないように各自の組織が自重し、自分の問題はできるだけ自分たちで解決するようにしてきた。


 なればこそダディーは、ホワイトに対しても強い態度に出なくてはならない。この問題はソイド商会が解決しなくてはならないのだ。


 たとえ暴力を使って脅しても、である。


 では、そんなダディーの動きがなぜ鈍いのかといえば、それなりの理由があるからだ。



「俺も腕っ節には自信がある。普通の相手ならば負けるつもりはない。しかし、そのホワイトという医者は、仮面に加えて白い服を着ているという」


「…? それがどうしたの? 医者なら白い服は当然だと思うけど…というか仮面!? 変わってるな。変態じゃないか?」



 ビッグは、なかなかよいことを言うものだ。顔のわりに常識人である。


 だが、その容姿こそが、彼らが戸惑う理由でもあるのだ。



「もう一ヶ月以上も前だが、領主城で騒動が起こったことは知っているな」


「もちろん。こっちの業界じゃ有名だからね」


「…仮面に白装束。その犯人も同じような容姿だ。オヤジからは、その男を見つけても手を出さないようにと言われている。かなりの危険人物らしい。領主の娘も危なかったという話だ」


「領主の娘…あの変わった子か。でも、その犯人も命知らずだよね。そんなことをすれば都市全部が敵になるのに」


「それだけ自負があるのだろう。現に娘の親衛隊も、ほぼ全滅だったそうだからな。お前にそれが真似できるか?」


「無理無理。親衛隊長のメイドにだって勝てないよ」


「それ以前に、城に忍び込むことすら難しいだろうな」



 裏の業界では、領主城での一件はすでに広まっていた。領主が隠そうとしたが、やはり限界があるものだ。


 何よりファテロナ自らが流しているので、瞬く間に情報は拡散していった。


 イタ嬢関連の情報は、ほぼ彼女が流しているのである。理由は簡単。イタ嬢の反応を見て楽しむためである。


 その犯人は、ディングラス一族であろうと関係なく牙を剥く。娘のベルロアナが誘拐されそうになったことも有名な話だ。


 グラス・マンサーたちにとって、一番怖れているのがそういった存在。権威や古きものさえ気にせず、圧倒的な暴力を振るう者たち。



 それはアンシュラオンに限ったことではない。彼らは常に、そうした外敵と戦っているのだ。



 このあたりは魔獣が共通の外敵になっているので目立たないが、他の地方では人間同士の奪い合いもある。


 都市同士で戦い合い、奪い合うことも珍しくはないのだ。


 グラス・マンサーたちが、こうして裏組織を使って実行力を持つのも、外部からグラス・ギースを牛耳ろうとする者たちを防ぐためである。


 それこそがマフィアの本来の存在価値である。空港の病原菌検査のように、海外の犯罪組織の暗躍を水際で防ぐことが彼らの役割なのだ。


 その人物も、おそらく外から来た存在だろう。グラス・ギースとしては見過ごしてはおけない。


 ただ、ソイドファミリーは領主【軍】ではない。



「俺たちは軍人じゃない。あの剣豪で有名な魔剣使いでさえ苦戦するような相手と戦うわけにはいかない。知っているか? あの魔剣使いたちは、たった六人で西側の大国の侵攻を防いでいる本物の英雄たちだ。そんな化け物が苦戦する相手ならば、それこそ本物の化け物だ。手は出せない」


「その話は聞いたけど…まさか疑ってるの? その犯人とホワイトって医者が同一人物だって? ないない。そりゃないよ。だって、医者だろう? 全然関係ないじゃんか」


「たしかに考えすぎかもしれん。しかし、出現した時期は一致する。簡単に切り捨てられる情報じゃない」


「考えすぎだと思うけどな…」


「いいかビッグ、失敗したら終わりなんだ。組織の頭の決断には、部下の命もかかっていることを忘れるな。次にファミリーを継ぐのはお前なんだ。今のうちに慎重さも学んでおけ」


「…わかったよ」



 ダディーが動かない理由は、領主城の一件と結びつけているからである。


 実は大正解なのだが、そもそもその情報の信憑性が微妙なところなので、逆に動きにくくなっているのである。


 こうした噂はよくあるものだ。その多くがグラス・ギースの結束を揺るがそうとする、外側からの圧力である。


 鵜呑みにするわけにもいかないが、実際に領主の動きを見ていると頷ける部分もあり、無視するわけにもいかない。


 そこで様子見として、二人の構成員をぶつけてみた結果が、アレである。


 もし本当に同一人物ならば、それこそ一大事だ。




 一通り課題が出揃ったのを見計らい、マミーがダディーに決断を迫る。



「どっちにしても放っておくわけにはいかないでしょう? 売り上げが減っている以上、こっちは死活問題なのよ。おじいさんの権威にも影響が出るわ。接触は必至よ。それも早いうちにね」


「…そうだな。一度話し合いをする必要はあるだろう。問題は、そのアプローチの方法だ」



 相手の正体が何であれ、話し合いは必須である。


 内容は当然、治療行為を控えてほしいというものだ。あるいは麻薬を併用するなどの妥協案もある。


 ただ、その内容は決まっているが、ダディーが迷っているのはアプローチの方法である。



「相手が短気な人間の可能性もある。じっくりと情報を精査しながら関わったほうがいいかもしれんな…」


「ダディー、そのことだけど、一つ情報があるんだ」



 リトルが、待っていたとばかりに笑う。


 ここまで引っ張ったのは、その情報に大きな価値があるからだ。ダディーが警戒したことでさらに価値が大きくなったので、リトルとしては最高の展開である。



「なんだ、リトル。何か知っているのか?」


「実は、そのホワイトという男なんだけど、こっちと接触を持ちたいらしいんだ」


「なんだと、本当か!!」


「ああ、本当だよ。間違いない。ついさっき手に入った情報だよ」


「その情報はどこで手に入った? リンダか?」


「いいや、僕がよく行く店があってね。そこの女の子からの情報なんだ」



 その発言に、隣にいたビッグが溜息をつく。



「そんな女の話が信用できるのか? もし偽情報だったら危険だぞ」



 それは単に商売女なんて信用できるのか?


 という意味合いだったが―――





「ニャンプルちゃんを馬鹿にするなぁああーーーー!!」





 バンッ バンバンバンッ!!!



 リトルが机をバンバン叩く。


 普段は気弱な彼が、このように激しい感情を表に出すことは稀である。しかも目が血走っている。



「ニャンプルちゃんは、僕の恋人なんだ! お金を払えば恋人になってくれるんだよ!! い、いいだろう! はぁはぁ、僕の嫁なんだよ!! お金を出せばハッスルだってできるんだ! リンダにだって負けない女の子なんだよ!! お金を出している間はね!! マネーぉおお! マニーおおぉおをを! 払っている間はねええぇえ!」


「あっ、いや…その……」


「商売女と情報は関係ないだろうぉおおおおお! それが正しいかどうかじゃないの!? ねえ、そうだろう!! 僕の嫁だよ!! 信じないのぉおおお!?」



 身を乗り出して歯を剥き出しにする様子は、威嚇するジャガーに似ている。


 やはり彼もソイドダディーの血を色濃く継いでいるようだ。



「…お、おう、わかった。し、信じるよ。疑ってすまなかったな…」


「はぁはぁ、わかればいいけどね。そりゃまあ、リンダとは違うよ。結婚とかそういうものじゃないし、僕だって理解しているよ。でも、彼女は信用できる。できるんだ!! やーはー!!」


「…そ、そうだな。信用できる…な……」



 その剣幕に、兄であるビッグでさえ恐れおののく。


 正しくは、その「痛々しさ」に恐怖したわけだが。イタ嬢並みの痛さである。



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