104話 「ソイドファミリー 中編」


「その医者のせいで売り上げが減って、倉庫の中は在庫で一杯さ」


「減っているのはどの種類だ?」


「そうだね…一番影響を受けているのが『コシノシン』かな。それ以下のやつは使用目的が少し違うからね」


「一番の売れ筋じゃないか! 最悪だ!」


「そうだよ。だから困っているんだ」



 リトルが、自分たちの家である倉庫にも積まれた大量の在庫を見て、うんざりとした表情を浮かべる。



 次男のリトルは、麻薬の製造を担当していた。


 稲穂に似た植物である「コシシケ」を砕いて乾燥させると、不純物を含んだ劣等麻薬「コッコシ粉」が作れる。


 そのまま吸い込んでも効果はあるが、さらに煮出して精製していくと純度が高まり、三等麻薬「コーシン粉」が生まれる。


 それをさらに特殊な水や酢酸などに浸して合成していくと、二等麻薬である「コシノシン」が出来る。


 力士の四股名のような名前になっているが、コシシケの芯の部分という意味の造語である。


 リトルはさらにそれを化合した一等麻薬「コシノシンシン」を開発中である。これもコシシケの真芯という意味の造語だ。


 が、これはまだ完成していないので、現状ではコシノシンが最高の医療麻薬であり、値段も高いため一番の売れ筋となっていた。



 それが売り上げ半減に迫る勢いで―――急降下。



 つまりは、それだけ使用者が減っているということだ。



「特に金持ちの上級市民の客が減ったのが痛い。彼らは一番の顧客だったからね」



 コシノシンは高いので、金がある上級市民や商人たちがターゲットとなっている。


 彼らは金に糸目をつけず、在庫が少ないと見るや買い占めることもしていた。それをまた転売しようとする者さえいるほど、麻薬は大人気だったのだ。


 しかし、金があるということは、ホワイトに頼んで治してもらうことができるということ。


 ホロロの母親の話が伝わり、それに釣られてまた違う患者が治り、可能性を求めて金持ちがやってきて、それが治ればさらに口コミで患者が殺到するようになる。


 金持ち同士の口コミネットワークを甘く見てはならない。瞬く間に噂となり、ホワイトが治した患者はすでに二千人を超えている。


 一回の診察で百人くらいは治療するので、二十日もやればそれくらいは軽くいくわけだ。


 当然全員が末期患者ではないが、痛みが強い病も治しているので、結果的にコシノシンの需要が減ることになる。



「ほんと参ってる。なんとかしないとな…。今じゃ工場のほうも六割稼動だよ。ちょっと前までは夜中もフル稼働だったのにさ」


「だが、どんな病気でも治すなんて胡散臭い。本当に治しているのか? 前にもいただろう。詐欺師みたいな医者がさ」


「それが本当らしいんだよ。実際にさじを投げた医者に調べさせたけど、完治しているって驚いていたくらいだものね」


「本当なのか? 信じられないな」



 ドンッ!! バキッ!



「真実はどっちでもかまわない。重要なのは、売り上げが落ちていること、客が減っている事実だ! 早急に解決しないとまずいんだ! もっと真剣になれ!」


「うひっ!」



 二人の呑気な会話に少し苛立ったのか、ダディーがテーブルを叩く。


 家族の手前、そこまで怒っているわけではないのだが、その風貌がやたらと迫力があるので、二人の息子、特にリトルは縮こまってしまった。


 しかも馬鹿力で叩いたので、テーブルの一部が壊れている。さすが武闘派である。



 それから一度咳払いをして、静かに語り出す。



「オヤジに知られるわけにはいかない。これ以上の心労は命に関わるからな。その前に手を打つ必要がある」


「ひいじいちゃん、もう歳だもんね…」



 リトルも自分を可愛がってくれる曽祖父のことは心配している。


 大きな病はないというが、年々身体の痛みは増していくということなので、もしかしたら未知の病にかかっている可能性はある。


 彼が開発しているコシノシンシンも、曽祖父の痛みを緩和させるために製造を思い至ったものだ。


 彼らにとって麻薬とは堕落の象徴ではなく、鎮痛剤の意味合いが非常に色濃いのである。


 ただ当然、精製前のコッコシ粉、コーシン粉も販売しているので、普通の麻薬も取り扱っていることになる。


 彼らからすれば、コシノシンの製造過程で生まれる【残りカス】を、安い値段で売りさばいているだけの感覚である。


 『訳あり商品』という名目で、割れた煎餅やカステラの端っこが安く売られるのと同じだ。コシノシンを作れば必然的に出てくるものである。


 麻薬を売っているのは事実。それによって中毒者が増えるのも事実。


 それを黙認しているので、彼らが中毒者を生み出す原因になっていることも間違いないのである。




 こうしてしばらく麻薬の売り上げの話題が進む。


 顧客を増やす方法、経費を減らす方法、製造量の調整などなど、事務的な話が続く。


 そんな中、ソイドビッグが妙にそわそわとしている。


 かなり我慢はしたが、耐えきれずに「その話題」を出した。



「ねえ、ダディー。ところでリンダは? 見かけなかったけど、どこにいるか知ってる?」


「大切な話をしているんだぞ。女の話をしている場合か」


「【結婚相手】のことを話すのは、仕事と同じくらい大切なことだろう? いつも家族の絆は大切だって言っているじゃないか」


「まだ認めたわけじゃない」


「なんでだよ! リンダはいい子だ! ファミリーに入る資格はあるはずだよ!」



 ソイドファミリーは家族間の絆が強いことで有名である。


 そのことから家族意識が強いエジルジャガーになぞらえて、ソイドジャガーと呼ばれることもあるくらいだ。


 構成員も血はつながっていないものの、家族のさかずきを交わすことが義務付けられているので、もはや家族同然である。


 リンダも盃を交わしている大切な家族である。しかし、ファミリーの中核に入るとなれば話は別だ。


 ダディーは二人の交際は認めているが、結婚までは認めていなかった。それが歯がゆい。



「ダディー、何が駄目なんだよ? ちゃんと言ってくれよ」


「あの娘は裏に染まりきっていない」


「誰だって最初はそうじゃないか。そのうち慣れるよ」


「お前と結婚したら、それこそ表には戻れなくなるんだぞ。そのことを考えているのか?」


「それはリンダも覚悟の上だって」


「女を妻にするってことは、もっと大きなことなんだ。そこには責任がある。一生守ってやらないといけないんだ」


「それは…わかっているよ。でも、二人で決めたんだ。これからの人生を一緒に歩もうってさ。へへ、結婚指輪まで買ってるんだ。俺は本気だよ」



 ビッグは、その顔に似合わない照れた表情を浮かべながら、リングケースを取り出す。



 そこには――― 一対の指輪。



 質素ながらも静かに末永く光るといわれる銀錬ぎんれんの指輪である。


 鉄鋼資源があまりないグラス・ギースでは技術があまり伸びていないので、わざわざハピ・クジュネの職人に作ってもらった逸品だ。


 そこには永遠の愛を誓った言葉が刻まれていた。



―――「いかなる時も互いを愛し、けっして見捨てない」



 と。


 家族にとって見捨てないことは何よりも大事だ。それを誓った文言である。



「そうか…そこまでの覚悟か」


「そうだよ。納得してくれた?」


「お前の人生だ。相手も自由に決めればいい。しかし、ファミリーを背負うのならば事業も背負うということ。あの娘が役に立つかどうかを試しているところだ」


「どういうこと? いないことと関係あるの?」


「件のホワイトという医者を探らせている。あの娘はまだ素人っぽさが抜けていないが、それを利用した諜報活動に向いている。今回の一件に相応しいと思ってな」


「そりゃリンダは密偵として育てられたから、そっちは得意だろうけど…心配だな」


「私はそんなやわに鍛えたつもりはないよ。大丈夫、安心しなよ」


「そうだね。マミー仕込みの技があるから大丈夫だよね」



 リンダは五年前、他組織傘下の娼婦館に売られそうになっているところをマミーに助けられ、組に入った経緯がある。


 息子の嫁にするつもりなどはまったくなく、単純に仕事の際に若い女がいたほうが話題になる、という軽いノリで助けたにすぎない。


 戦闘の素養はまったくなかったが、密偵としてはなかなかの見込みがあり、今ではその素人っぽさも相まって、かなり使える人材となっている。


 普通にやっていれば、彼女の素性がバレることはないだろう。


 それが普通の相手で、普通のやり方だったならば、だが。



「これで役立つことを証明できれば…」


「認めてくれるってこと!?」


「その可能性があるってことだ。あまり期待するな」


「そんな!!」


「ふふ、そんなことを言っているけど、ダディーはちゃんとあなたたちのことを認めているのよ。リンダにも、この仕事が終わったら結婚してもいいって言っていたもの」


「お、おい! それは秘密にしろって…!!」


「本当かい、ダディー!! 嬉しいよ!! さすがダディーだ!!」


「…しょうがないな。ちゃんと仕事が終わってからだぞ」


「わかっているよ!! うおお、やる気が出てきたぞ!」



 ビッグは、バンバンと大興奮で机を叩く。そのたびに痩せ細っている次男のリトルが揺れているが、お構いなしだ。


 愛の前にすべては無力。彼は目の前の愛しか見えていない。



 そう、リンダの婚約者は―――ソイドビッグ。



 アンシュラオンもこのことは知っている。その後、リンダから直接聞いているからだ。


 そんなこととも知らず、ビッグはやる気を見せていた。この仕事が終われば、ようやく一緒になれるのだ。やる気が出ないわけがない。


 リンダがアンシュラオンの罠に引っかかったのも、功を焦ったからにほかならない。


 早く認めてもらおうと、使えそうな情報に安易に飛びついたのだ。それが彼女の運命を大きく変えてしまうとは、まさに災難でしかない。



「いつもみたいに脅しをかければいい。力づくで治療をやめさせればいいんだ。簡単じゃないか」



 ビッグが提案したのは、ごくごく平凡な手。されど平凡だからこそ確実な一手でもある。


 脅迫は彼らにとって日常のものなので、彼がそう提案したのも自然なことだ。


 しかし、ダディーが難色を示した。



「それは難しい問題だ」


「なにさ、ダディー。らしくないな。いつもだったら即決だろう?」


「お前が戻る前に、その手は打った」


「そうなんだ。さすがダディー、動きが早い。じゃあ、問題はもう解決しちゃったのかな?」


「…そうではない。いつものやり方で軽く接触してみたが…シンパチとハッサンが半殺しにされた」



 ダディーが苦々しい表情を浮かべる。彼にとっても想定外だったことがうかがえた。



「シンパチとハッサンが? あいつらはそれなりの腕だ。俺には及ばないけど、そこらのゴロツキに負けるようなやつらじゃない。もともとハンターだったのを拾ったんだ。魔獣だって狩れるやつらだよ」



 二人は元ハンター。街で犯罪行為を行ったため、ハローワークで依頼が受けられなくなって困っていたところを拾ったのだ。


 それ以後はすっかりと裏社会にも馴染み、ソイドファミリーの戦闘構成員としてがんばってくれている。


 アンシュラオンが情報公開で見た通り、まさにレッドハンターの実力を持った者たちである。エジルジャガーならば、彼らでも狩れるくらいに強い。



 それが、半殺し。



 ほぼ再起不能なレベルまでボコボコにされていたのだ。



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