103話 「ソイドファミリー 前編」


 グラス・ギースの上級街は、四つの地域に分かれている。


 一つは、西門を出た瞬間から広がる、一番大きな南西の商業街。


 特別な品を入荷している高級品店はもちろん、飲食店や酒場などが居並ぶ歓楽街もあるので、上級街で一番栄えている場所であるといえる。


 南東にはホテル街。ここもアンシュラオンが滞在しているので馴染みの場所である。


 久しく閑散としていたが、ホワイト先生の噂を聞きつけた住民がやってくることが増え、病気が治ったお祝いとして記念に泊まっていく者も出てきたようだ。


 もちろん一泊十数万という高級ホテルは無理だが、一万や二万くらいの宿泊でも数が増えれば大きな利益となる。その意味でも、ホワイト先生は大活躍である。


 三つ目は、北西にある工業街。ここでは上級街で使う道具や食料品の製造を主に行っている。



 そして、最後が北東の【上級住宅街】である。



 労働者を含め、普段商業街や工業街で働いている者たちの家は、アンシュラオンが領主城に行く前に見たように、西門に近いエリアに存在している。


 距離があるので、毎日働くには近くに住んだほうが楽だからだ。管理職は社宅も用意されているので、同じ都市の中で単身赴任をしている者もいる。


 それとは違い、この上級住宅街に住む人間は【本当の上級市民たち】であるといえる。


 彼らはグラス・ギースに長く住む者たちであり、前身であるグラス・タウンが生まれた時代から都市に貢献している一族の子孫でもある。


 領主との接点が多い古参の者たちであり、彼らの意向が都市運営にも反映される実力者たちである。



 ただし、それは【裏の世界】において。



 都市運営においては光と影の部分が存在する。


 対外的な表の仕事をするのが領主だとすれば、裏側の闇の部分を管理して維持するのが古参の者たち、通称【グラス・マンサー〈相互の都影に暮らす者〉】である。


 彼ら自身は上級街から出ることはないので、その存在を知らない人間も多いことだろう。しかし、知らずのうちに彼らの影響を受けているはずだ。


 この都市に流通する物資のほぼすべては、彼らの支配下にある業者によって管理されており、街のどこに何があり誰が住んでいるのかも、ほぼ把握しているからだ。


 何気なく食べている朝食も、ある意味においては彼らによって管理されて与えられたものである。トイレに使うサンドシェーカーも、彼らが製造するか仕入れて売っているものだ。


 それだけ聞けば嫌な印象を抱くだろうが、彼らは都市が正常に運営されるように尽力している「影の功労者」ともいえる。



 彼らが扱う【麻薬】も、必要だからこそ用意されているものだ。



 医療技術が十分ではないこの都市、いや、この東大陸において鎮痛剤となる麻薬は必需品である。


 患者が最後に頼るのは、いつだって麻薬だ。その痛みから少しでも逃れられるのならば、これほど慈悲深い商売もないだろう。


 地球においても、最後はやはり医療麻薬という鎮痛剤に頼る。


 痛みに耐えることが偉いわけではない。消せる痛みならば、そのほうがよいに決まっている。それによって穏やかな余生を送れ、より生産的な行動に時間を費やせる。



 そのためグラス・ギースにおいても、密かに麻薬は栽培され続けている。



 特に魔獣との戦いが多かった何百年も昔は必需品であった。


 魔獣との戦いは命がけであり、修復不可能なダメージを負う者も大勢いた。彼らが安らかに逝くために使用されていたのだ。


 現在はそれが病に変わりつつあるが、その効用と需要は変わらない。都市が年老いて、弱っていけばいくほどに逆に売り上げは増していく。



 その麻薬を管理している者こそ、グラス・マンサーの一人である、ツーバ・ラングラス。



 領主のディングラス一族を代々支えてきた【四大市民】の一角であるラングラス家の家長として、麻薬を含む医療品の製造販売に携わる男である。


 すでに齢九十の老齢なので、ツーバ自体が表立って業務に携わることはなく、ほぼすべての事業を配下の組織に任せているのが実情だ。



 そして、その麻薬部門を担当する組織が「ソイド商会」、通称【ソイドファミリー】と呼ばれる者たちである。



 商会といっても堅気連中ではないので、ほぼヤクザやマフィアのような存在だと思っていいだろう。普通の商人が管理する商会とは程遠い者たちだ。


 しかし、構成員は三十人程度であるが、その数で麻薬の製造販売を一手に引き受けていることからも有能な組織であることがうかがえる。



 その頂点に君臨するのが、ソイドファミリーの長であるソイドダディー。



 ソフトモヒカンの頭とイカつい顔に加え、筋骨隆々な身体に魔獣の革鎧を着込んでいるので、それだけ見れば世紀末に出てきてもおかしくないほど濃いキャラをしている。


 このキャラ設定は単純に武闘派であることも起因しているが、他の組織になめられないための「イメージ戦略」でもある。


 組を維持するのも大変なのだ。涙ぐましい努力が必要となる。


 そんな彼は今、重大な問題を抱えていた。



「皆も知っていると思うが、売り上げが急激に減った。すでに四割減だ」



 彼が今いる場所は、工業街の倉庫区の郊外にある彼ら専用の倉庫の中。


 この倉庫は彼らの根城でもあり、実際に構成員が暮らしている家でもある。


 殺風景な倉庫とは違って中はかなり改造されており、普通の家とあまり変わらない造りになっているので、快適さは変わらない。


 暑い夏などには外で水浴びだってする。完全な我が家である。


 ダディーがいる倉庫は、ファミリーの中で本当の家族だけが暮らすことを許された特別な場所で、目の前にいる者たちも血がつながった実の家族だ。



「困ったものねぇ。おじいさんには何て言ったの?」



 ダディーの発言に応じたのは、隣に座っていた四十代くらいの女性。


 顔は四十代にしては若々しく、胸元が大きく開いたボディコン・ドレスに身を包んでいることからも、その美貌がいまだ現役であることを示している。


 さらに毛皮のコートも着て優雅に座っている姿は、どこぞの大物女優か高級ホステスを彷彿とさせる。


 彼女の名前は、ソイドマミー。文字通りにダディーの妻である。



「オヤジにはまだ伝えていない。こんなこと言えるかよ」


「いつまでも隠しきれる状況じゃないでしょう。私の祖父ながら、なかなかにキレる人だもの。すぐにバレるわ」


「わかっている。オヤジをのけ者にしているわけじゃねえ。ただ、世話になったからな。逆に言えないんだよ。申し訳なくてな」



 ソイドマミーはツーバ・ラングラスの孫娘。そのことからもソイドファミリーが、ラングラス家と深いつながりにあることは明白である。


 ダディーはツーバのことをオヤジと呼び、慕っていた。ラングラス一派の組長は誰もがツーバをオヤジと呼ぶが、彼の場合、それは単に組織体系だけの問題ではない。


 彼がストリートファイトと魔獣狩りに明け暮れていた荒れた少年時代、ツーバに拾われた過去があるからだ。


 両親を魔獣に殺されて自暴自棄になっていた彼を拾い、実の父親のように接してくれたのがツーバ。


 自分の力を存分に生かす場所をくれ、目に入れても痛くないほど溺愛していた孫娘まで嫁にくれた恩人である。


 そんな彼に対して、売り上げが激減したなどと言えるわけがない。麻薬の売り上げは、都市運営においても重要な資金となるのだ。



(今は寝たきりのオヤジに、これ以上の心労をかけるわけにはいかない。申し訳ないし、まだ長生きしてほしいと思っている。まだまだ恩を返しきれていないからな…)



 自分を組織の長にしてくれて、今でも信頼してくれるオヤジだ。最近では身体も弱っているので、あまり刺激を与えたくない。


 しかし、いつまでも隠しきれるわけではない。金がなければすぐにバレてしまい、ツーバの顔に泥を塗ってしまう。


 自分たちの問題だけならばいいが、四大市民としての権威に傷が付くのは問題だ。発言力の低下を招くことになる。


 そうなればラングラスが率いる組織全体が弱体化し、他のグラス・マンサーの勢力が幅を利かせることになってしまう。


 そんな状況を、他の同勢力の組長が黙って見ているわけもない。同じ派閥内でも売り上げによって権威に差が出てくるのだ。



(イニジャーンが文句を言うのはもちろんだが、ソブカのクソガキがまた図に乗る。早めになんとかしねぇとな)



 ソイド商会と同じくラングラス一派である、大型医療機器を担当するイイシ商会の組長イニジャーン、麻薬以外の医薬品を担当するキブカ商会の組長ソブカ。どちらも売り上げで競っている相手である。


 このことを知れば、彼らが黙っているわけがない。他人に興味が薄いソブカはともかく、イニジャーンは昔かたぎの男だ。ツーバの面子を潰すことは絶対に認めないだろう。


 ただでさえ、ツーバの孫娘を嫁にもらっているのだ。それだけで贔屓と考える者たちもいる。その口を塞ぐために懸命に麻薬販売に尽力し、今の地位を保っているのだ。


 よって、この状況はまずい。ひどくまずい。



「それで原因は? 流通が仕事のマミーなら、とっくに調べがついているはずだろう?」



 テーブルの対面に座っていた若い男が訊ねる。年齢は二十代半ばだろうか。


 顔はダディーによく似ており、身体にも逞しい筋肉がついているので、瓜二つとまではいかないが、明らかに血縁者であることがわかる外見だ。



 彼の名は、ソイドビッグ。ダディーの息子、長男である。



 普段は部下相手に威圧的な振る舞いを演じているが、ここは家族だけの会議の場なので、いつも通りの軽い口調でしゃべっている。


 これを部下が見たら、いつも凶暴な熊が親熊に出会って急に甘え出すのと同じような違和感を覚えるだろう。


 見た目がゴツいので、そのギャップがすごいのだ。だが、それが家族というものである。



「もちろんよ。ホワイトって名前を知っているかしら?」


「ホワイト? 誰? 初めて聞くな」


「あんたね、こんな城壁に囲まれた街なんだから、それくらい知らなくてどうするのさ。父ちゃんみたいに身体ばっかり大きくなってさ。頭のほうも働かしなさいな」


「しょうがないだろう。ずっと栽培のほうで忙しかったんだから。第一城壁の中のことまで知らないって」



 長男のビッグは、麻薬の栽培を担当している。


 この第一城壁内にも栽培場所は存在しているが、需要が増えるにつれて確保が間に合わなくなり、第三城壁内の敷地に新しい栽培畑を作っているのだ。


 アンシュラオンは気づかなかったが、初めて都市に入った時に見た畑の中には、麻薬も含まれていたのだ。


 あまりに当たり前に存在しているので逆に気づかない。それだけ日常のものなのである。


 そして、第一城壁内と第三城壁内は、もはや別の都市。


 往復だけでも片道百キロという距離を移動しなくてはならないので、一度出てしまえば上級街の話などは伝わってこない。


 昨晩収穫を終えてようやく戻ってきたら、なにやら家族が深刻な表情を浮かべていたので、一番びっくりしているのは彼に違いない。



「兄さん、ホワイトってのは医者のことだよ」



 困惑している長男に話しかけたのは、次男のソイドリトル。


 次男は長男とは違い母親似であり、全体的にすらっとした痩せ気味の二十歳前後の青年である。武の心得はなく、父親や兄と違って荒事は得意としていない。


 目の前に父と兄という大きな体躯の男たちがいるせいか、小学生が交じっているかのような印象さえ受ける。


 ただ、その代わりとして頭脳はそこそこ優秀で、ソイドファミリーの経営にも携わることを許された人材でもある。



 その弟の発言に、兄は首を傾げる。



「医者? そんな名前の医者がいたのか?」


「外から来た医者らしいよ。それが凄腕で、どんな病気でも治すんだ」


「どんな病気でもって…末期患者は?」


「当然、治す」


「…シロは使うのか?」


「使わない。病気が治れば痛みもなくなるからね」


「それはまずいじゃないか! 一大事だ!」



 ここでようやくビッグは状況を察する。


 ちなみに彼らは麻薬のことを「シロ」という隠語で呼ぶ。ホワイトも白なので、なんとも奇妙な一致である。



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