101話 「シャイナの事情 後編」


(これでシャイナが、麻薬中毒者に対して大きな反応をする理由がわかったな。父親が麻薬に溺れて借金を作って、その負債を肩代わりしている。となれば過剰反応して当然だろう)



 しかも皮肉なことに、自分が麻薬を売って相手をさらに中毒の螺旋に引きずり込んでいる。まさに泥沼だ。


 だが、まだ疑問がある。麻薬を売っていた点だ。それほど憎むのならば普通はやらないだろう。



「売人をやっているのはなぜだ? 脅されたからか?」


「はい。父親は…売人だったんです。その代わりをやれと言われて…」


「なるほど。だから持ち逃げができたか。しかし、お前は女だ。売人じゃなくても娼婦の選択肢もあっただろう?」


「ひどい!? それは…無理です。ああいうのは…無理です」


「自分の身を汚すより、相手が不幸になるほうが楽だもんな。責めはしないさ」


「それって責めてません!?」



 地味にさっきの仕返しをしたりする。



「父親はソイドファミリーの一員か?」


「…いいえ。そのさらに下です」


「お前の立場と同じ…ということか。皮肉なものだな」



 人生とは不思議なものである。なぜか忌み嫌うものと関わることになる。


 ただ、それもまた彼女の弱さ。父親への甘さが招いたことだ。



「父親はどこにいる?」


「都市にはいません」


「ん? 逃げたのか? ならば借金など無視してもよさそうだが…」


「捕まって収監されているんです。都市内部ではなく、第三城壁の【収監砦】の一つにいます」


「捕まっているならちょうどいい。そのまま見捨てればいい。そこならやつらも手は出せないだろう」


「そんなこと…できませんよ。囚人には同じように捕まった売人がいて、そういう人たちに監視されているんです。お前の父親なんていつでも殺せるって…」


「やれやれ…だな。そこまで真っ黒か」



(ソイドファミリーは、どうやら収監砦の衛士たちとつながりがあるようだ。当然だな。麻薬は都市に必要なもの。おそらく背後には大物がいるんだろう。領主の可能性もあるが…最終的にはそこを押さえないと駄目だな)



 グラス・ギースの収監所、正しく言えば北東の砦の一つを使っているので【収監砦】だが、そんな施設を私的に使える以上、都市の中枢にかなり近い人物が裏にいると思われる。


 ソイドファミリーを壊滅するだけではなく、その人物を押さえないと螺旋は止まらないようだ。


 それが領主ならば今度こそ遠慮なく殺すが、それ以外の可能性もある。リンダが知っていればいいが、知らないとまた調査の必要がある。



 まとめるとこうなる。



 元売人のシャイナの父親は麻薬を持ち逃げして捕まり、収監され監視もされ、その駄目な父親の借金で脅され娘も売人稼業にまっしぐら。


 娘は甘いので父親を見捨てられない。それどころか治せないなら麻薬中毒者にもう少しましな薬を、とか言う始末。


 仮に借金を返しても、売人であった事実は変わらない。今度はそれをネタに脅されるだろう。


 足を洗って新しい職場に就職しても「そいつは昔、売人だったんだ」と吹聴され、上司などが襲われて怪我をさせられれば居場所がなくなる。


 末路は再び売人か、シャイナならばやはり娼婦といったところ。相手は死ぬまで搾り取ろうとしてくるはずだ。


 覚悟を決めたアンシュラオンでさえ、嫌気が差すような現状である。



「まだ疑問がある」


「…もう疲れましたよ」


「お前が疲れているのは自分の人生にだろう。やっていることに矛盾があって、それに満足していないからだ」


「自分勝手な先生には、私の苦悩はわからないですよ!」


「たしかにわからんな。お前のことはまったく理解できん。イタ嬢と同じくらい理解に苦しむ」



 強い人間には、弱い人間のことはわからない。それもまた事実だろうが、実態は違う。


 強い人間も最初から強かったわけではない。さまざまな人生を経験して強くなったのだ。強くなれることを知っているからこそ、弱い人間に強く言うのだ。


 ただ、そこに至っていない弱い人間には、それを理解できないにすぎない。つらい道の途中で、がんばればその先に明るい世界が待っていると言っても、見たことがない人間には信じられないので歩みを止めてしまう。


 今のシャイナに何を言っても理解はできないだろう。それは仕方がない。


 だが、疑問は解決しておかねばならない。



「結局、お前がオレに近づいた目的は何だ? ソイドファミリーに言われたからか?」


「自分の意思です。先生が麻薬中毒者を治したと聞いて、もしかしたら治す方法がわかるかもしれないと思ったんです。でも、全然駄目。あんなの無理です」



 シャイナは、アンシュラオンから治療方法を学ぼうと思った。将来はそれを生かして罪滅ぼしをしたいと考えていた。その前にまず、自分の父親を治せれば光が見えるかもしれないと思ったのだ。


 だが、命気という馬鹿げた治療法の前に、その希望も潰えた。


 なまじ希望が見えただけに、それは彼女の心をズタボロに切り刻んだ。



「私には何もできないんです…ほんと……最低」


「うむ、最低だな。そのイライラをオレにぶつけていたとは、あとで全部払ってもらうから覚悟しろ」


「慰めてくれないんですか?」


「じゃあ、尻を出せ」


「そっちじゃないですよ!!!」


「それが一番だと思うけどな」



(あらかた聞き終えたか。今の精神状態では、これ以上は無理だな。あとはおいおい問いただせばいい)



 シャイナの事情はだいたい理解できた。予想以上のこともあったが、概ね想定内である。


 イレギュラーもあったので計画に多少の変更は必要であるものの、やること自体は変わらない。



「さて、さっきの話に戻るぞ。昨晩、ソイドファミリーにメッセージを送った。近いうちに相手から接触してくるだろう」


「そ、そんな…そんな……駄目ですよ…」


「お前とオレはお仲間になった、ということだ。これからもよろしくな。一緒に儲けようぜ。弱いやつらを食い物にしてな。はははははは!! 弱いやつをいたぶるのは最高の気分だもんな!!」


「っ!!」



 パンッ!


 シャイナがアンシュラオンの顔を殴った。


 素顔だったので、思わず手が出てしまったのだろう。仮面の時はバットだったし。



「―――つっ!!」



 しかし、逆に自分の手を痛めてしまったようである。肉体そのものが違うから当然の結果だ。



「お前な、女の子なんだからグーじゃなくて、せめてビンタにしろよ。拳を痛めただろう? 慣れていないと拳で殴るのは難しいんだぞ。馬鹿なやつだ」


「先生は最低です!!」


「お前もな。悪党ぶりはオレ以上だよ。いやはや、お前には負けた。偽善者ってのは、まさにお前のことを言うんだな。いや、実に見事だ。オレより非道なやつが、こうも目の前にいるとはな。オレもまだまだ修行不足だな」


「違います! 私は…私は……お父さんが…麻薬で…なったから……ううう!」


「シャイナ。泣いても誰も助けてはくれないぞ。ここはそういう世界だろう?」


「そんなの、そんなの、ううう、うわぁあああああ~~~んっ」



 ついに犬が泣いた。


 溜まっていたものが全部出たのだろう、子供のように大泣きだ。



「ニヤニヤ、哀しいのか? ううん? つらいのか? あん? ほれほれ、もっと泣けよ。つんつん」


「うぇえええ~~~! 先生の馬鹿ぁああ~~~! 最低だぁあ~~~!」


「うん、ありがとう。泣いているやつを見ると、もっと虐めたくなるんだ」


「人間として最低ですよぉお! うわーーーーんっ!」



(うむ、ファテロナさんの気持ちもわかるな。虐めたくなるというのは、こういう心境か。楽しくてしょうがない)



 もともとアンシュラオンもドSなので、ファテロナとは気が合うのだろう。


 もっと言ってしまえば、パミエルキもドSである。残念ながらドSとドSが出会うと、より強いドSが上位に君臨するので、他の者が必然的に受けに回らざるをえない。


 アンシュラオンはそういうストレスも抱えていたので、今自分が上位のドSになったことに快感を感じているのだ。


 彼が弱者をいたぶって楽しむのは、こういうことも要因である。実に楽しい。



「………」


「…サナ?」



 そんな時、今までずっと見ていたサナが椅子から降りて、トコトコ歩いてきた。


 そのまま一直線にシャイナに向かっていく。




 そして、目の前まで行くと―――頭に手を置いた。




「…ナデナデ」


「うえぇ~~んっ」


「…ナデナデ」


「ひっく、ひっくっ……」


「…ナデナデ」


「…くろひめ……ちゃん?」



 サナはシャイナの頭を撫でる。その姿は、まるで彼女のほうが年上に見えるほどに穏やかで深みがある佇まいだ。


 深く、とても深い黒が、その罪さえも吸収してしまう。


 闇はいつだって優しい。どんなに真っ黒になった者さえも受け入れる。



「…じー」



 それからアンシュラオンを見た。


 その目に非難はない。ただただ純粋な瞳だけがそこにあった。



「…サナ、シャイナを許すのか?」


「…こくり」


「こいつは売人で、言ってしまえば敵側に加担しているやつだぞ? 最低のクズだ」


「…ふるふる」


「違うって?」


「…じー」


「………」



 サナがアンシュラオンを見つめる。見つめ続ける。



 それで―――折れる。



「わかったよ。あまり意地悪するなってことだろう。子犬みたいだからな、つい遊んでやりたくなっちまう」



 遊び方がおかしいことには触れないでおく。


 それからサナと同じように、アンシュラオンもシャイナの頭に手を置く。



「安心しろ、とは言わないが、お前が想像しているようなことにはならん。ソイドファミリーは潰す予定だ」


「…え?」


「偵察程度ならば放置してもよかったが、オレに直接喧嘩を売った以上、許すわけにはいかん。皆殺しにする」


「っ!」



 それに反応したのは、シャイナではなくリンダである。


 ようやく少し落ち着いたのか、アンシュラオンが言っていたことを思い出したのだ。


 アンシュラオンはリンダのところに行き、髪の毛を引っ張って顔を引き上げる。



「うぁっ…」


「リンダ、もう一度だけチャンスをやるぞ。さっきも言ったがオレに全面的に協力しろ。まあ、お前に選択肢などはないが、従順な女は嫌いじゃない。もし条件を呑むなら、お前と婚約者だけは見逃してやろう。これが最後のチャンスだ」


 さきほどは一度抵抗したが、今のリンダにそんな力は残っていなかった。


 ただ頷くことしかできない。



「わかり…ました。でも…あの人が納得するか……」


「するさ。オレがそうさせてやる。ただ、相手がお前を見捨てるかもしれん。その場合、男は殺すしかないな」


「………」


「要するにお前たちの愛次第ってわけだ。従っていれば悪いようにはしない。それで納得しろ」


「…はい」



 こうしてリンダは落ちた。


 あとは婚約者のほうだが、そこは愛次第だろう。そこまではどうにもできない。


 そもそも男を生かすのだ。出血大サービスである。チャンスをあげたこと自体に感謝してもらいたいものだ。



「私のこと…どうするんですか? その人みたいに…」



 それを見たシャイナが、ようやく自分の身を心配する。


 少しはまともな思考力が戻ってきたらしい。まったく面倒な女である。



「してほしいならするが、お前にそこまでの価値はないだろう。オレに付きまとった理由も、あまりにくだらないものだったしな」


「そんな! 私にとっては大事ですよ!」


「お前にとってはな。だが、オレには興味がないことだ。正直に言えば、お前自身にもあまり興味がない」


「女性が好きじゃないんですか? それとも私は好みじゃないんですか?」


「そうだな、見た目は嫌いじゃない。金髪生乳モンスターもコレクションには加えたいが…オレが好きなのは『従順な女』だ。ホロロさんのようにな。ぐにぐに」


「あっ! ホワイト様!!」



 ホロロの股に手をつっこむ。いい感触である。


 恥じらいながらも我慢している感じがいい。アンシュラオンの嗜虐心と支配欲を刺激してくれる。



「ほら、ホロロさん。こういうときは何て言うの? 教えたでしょう?」


「はぁはぁ…いい、気持ちいいです。好き! 触られるの、大好きです!!」


「よしよし、いい子だ」



 ご褒美にもっと股間を撫でてあげる。そのたびに顔を真っ赤にさせて身体を震わせる。



「舌を出して」


「は、はい」


「指を舐めて」


「んっ、んっ…ちゅぱっ、んちゅっ…はぁはぁ! 早く、早く奪って! 私の処女を奪ってください!」


「まだ駄目だよ。もっと焦らしてからね。熟れたほうが美味しいからさ」


「はぁはぁ!! あああ!」



 ガクガクと痙攣して―――達する。


 立っていられなくなったのか、床に膝をつくも、それでもまだ指を舐めている。


 その光景にアンシュラオンは大満足だ。まさに従順な女である。



「こんな感じだ。お前にできるか?」


「無理です!」


「そうか。それも個性だな」


「個性というか…普通だと思いますけど…。先生って、本当に人間として駄目すぎる気がします…」


「オレからすれば、自分の意思や信念を貫けないほうが駄目な人間だと思うがな。お前は、自分を利用しているやつらを潰そうとは思わないのか?」


「そんなこと…できたらしています」


「負け犬だな。その根性を少し叩き直してやる。ほら、股を開け。気持ちよくしてやる」



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