99話 「お仕置きタイム、恐怖の叫び再び 後編」


 スレイブ・ギアス。スレイブに付けられる反抗防止用の鎖である。


 もともと精神術式自体が高等術式なので、付与できるのは簡単なものに限られる。


 たとえば「服従しやすくなる」「逃げようと考えにくくする」といった程度の軽いもので、言ってしまえば【暗示】のようなもの。絶対強制はできない。


 しかも基本的に、相手側がそれを納得して受け入れねばならない。


 スレイブは自らの要望を申し出、雇い主が受け入れる。お互いに納得したうえで成立する【契約】である。


 互いの協力があるからこそ、軽度な暗示でも効果が発揮されるのだ。もちろん、それは脅迫でも構わない。相手に従う意思があれば問題はない。


 捕らえられて強制的にスレイブになる劣等スレイブなどは、脅しや拷問によって肉体的、精神的ダメージを受けて、最終的に契約に合意する。まるで、さきほどのリンダのように。



 しかし、目の前のものは少し違う。



 契約は契約でも、より凶悪なものを目指したものなのだ。


 それをリンダに説明してやる。そのほうが自分の状況がよくわかるだろう。



「これは普通のスレイブ・ギアスのような合意形式ではなく、【強制的】にギアスをかけようとするものだ。その意味がわかるか?」


「え!? そ、そんなことが…」


「まだ実験中で改良中だが、理論的にはできる。というより普通にできる。むしろ現在のスレイブ・ギアスのほうが、本来とは違う使い方をしているものだ。支配を契約というものに落とし込むことで、より一般向けに調整したにすぎない」



 精神術式には、そもそも相手側の承認などいらない。抵抗する力がなければ、そのまま勝手に支配下に置かれるだけである。


 アンシュラオンが領主城で手に入れた宝珠もそうだ。当人の知らないところで相手が攻撃を仕掛けてきていた。もし負けていれば、今頃は珠に精神を乗っ取られていた可能性がある。


 そのように本来の精神術式には、『支配する』か『支配されるか』の二択しかない。



(その意味でも、この機械を作ったやつは天才だ。相手に同意させることによって、一般のレベルにまで落とし込む。かけやすくする。そいつは精神術式を知り尽くしている。まったく、オレでさえ恐ろしいと思うな。まるで姉ちゃん並みだ)



 姉と対等という言葉は、アンシュラオンにとって最大限の賛辞である。彼が恐ろしいと思うのは姉だけなので、この機械を作った人間も同じく畏怖に値する非常に希少な存在だといえる。


 同時に、感謝もしている。


 自分に支配の手段を与えてくれたのだ。スレイブという制度ともども、これまた最大限の賛辞を与えたいものだ。



「理解したか? だからお前の同意は必要ないし、あらがってくれたほうがいい実験になる」


「そんな! まっ―――がはっ!」



 リンダの後頭部を持って、顔面を機械に押し付ける。


 相手は抵抗したいが両手足が動かないので、端から見れば無抵抗の人間にさえ見える。しかし、まだ屈服していない。彼女の心は折れていない。


 アンシュラオンがスレイブ・ギアスに関して煩わしいと思っていたのは、相手の合意が必要なことだ。


 今までスレイブを増やさなかった理由の一つが、そこにある。


 自分の好きにギアスをかけられないのが不満だったので、まずはその問題をクリアできないかを探っていたのだ。



(白スレイブが子供なのは、精神構造が柔らかくて脆いからだ。その段階ならば抵抗感なく術式を刻める。しかし、成人になると固定観念などが生まれて、それが邪魔になって上手くいかないんだ。これをなんとかしたい)



 それがクリアできれば、アンシュラオンは自分の好きにスレイブを増やすことができる。


 サナのような白スレイブに限定すればなんら問題はないが、それだと妹しかできなくなってしまう。


 アンシュラオンは【姉】も欲しいのだ。


 マキや小百合、ホロロのようにすべての女性が魅了されるのならば問題ないが、シャイナのような人間が出てくる可能性もある。


 また、リンダのように敵対する勢力の女性を入手することもあるだろう。


 支配するにせよ懐柔するにせよ、あるいは利用するにせよ、そういったときのために対策は必要だ。そのための実験でもある。



「逆にありがとうな。自分から進んで実験台になってくれるなんて、本当に嬉しいよ。やっぱりオレから強制するのは悪い気がするしさ。逆らってくれてよかったよ」



 さすがに従順な女性にこれをやるのは心苦しいので、逆らってくれて大助かりである


 逆らった相手ならば、遠慮せずに実験することができる。気分もいい。後味も悪くならない。



「これはオレとお前の精神の勝負だ。お前が強ければ耐えることができるだろう。さっきみたいにオレに逆らってみせろ。それができればだがな」


「ひっ、ひっ!! や、やめっ、がっ!!」


「さあ、楽しもうぜ」



 アンシュラオンが強いイメージ波を送る。


 サナに送った時とはまるで違う支配的で暴力的なものであり、ただ使役されるためだけに生きている【道具】としてのイメージ。




 それはまさに―――【奴隷】。




 そのイメージを強く、強く増幅させ、リンダに向かって放り込む。



「あああ、ああっ!!! あーーーーー!!」



 婚約者の顔が見える。粗暴な面もあるが、自分には優しい笑顔を向けてくれる人。


 一緒に婚約指輪を買いに行って、結婚も誓い合った大切な人。




―――破壊




 白い力が拡大して、濁流となって掻き回し、今までの記憶すら埋没させて粉々にしていく。


 叩き伏せ、叩きのめし、殴りつけ、何度も何度もシェイクしていく。そのたびに婚約者の顔が、古ぼけた映画のフィルムのようにノイズが入って見えにくくなっていく。


 リンダは必死に抵抗するが、魔人と人間が対等なわけがない。この男と精神力で勝負するなど最初から不可能なのだ。


 混濁した意識が正常な思考を奪っていくと同時に、奴隷としてのイメージを送り込む。


 あらゆる命令に従う道具としての自分、という精神構造を植えつけていく。




 ガンガンガンッ バキバキバキッ (壊す音)


 ジージーージーーーー (白いノイズの音)


 ギリギリリギリギリ (イメージを力づくで押し込む音)



 ガンガンガンッ バキバキバキッ


 ジージーージーーーー


 ギリギリリギリギリ



 ガンガンガンッ バキバキバキッ


 ジージーージーーーー


 ギリギリリギリギリ



 ガンガンガンッ バキバキバキッ


 ジージーージーーーー


 ギリギリリギリギリ




 そして―――あっさりと屈服。



 リンダの精神が圧倒的な力によって強引に削られていく。


 一番つらいのは、大切な思い出が消えていくこと。浅い眠りの中で見る夢のように、それが現実か夢かもわからなくなり、次第に古ぼけていく。


 それを削岩機のようなものが、ガリガリと砕いていくのだ。強く意識を保っていなければ、徐々に自分のことすらも思い出せなくなりそうだ。



 人が、人でなくなっていく感覚。



 人が人足りえるのは知性があるからだ。それが失われれば、もはや動物にさえ劣ってしまう。


 人間の知性の根源である霊、それを表現する精神、媒体である肉体。霊は不滅なので壊せないが、その中間にある精神を操作することで、霊からの情報を遮断し、物的な奴隷に変えることができる。


 脳が欠損すれば精神が表現されないように、精神への攻撃は霊にとっても非常に危険なのだ。




 リンダが―――絶叫。




 自分の精神が滅茶苦茶にされる恐怖が、彼女から人間の体裁というものを捨てさせる。


 泣き叫び、再び失禁し、吠えるように懇願する。



「ひーーーーひぃいいいい!!! た、助けてええええ! イヤだ、イヤだ、イヤだぁあああああ!! もう嫌ぁああああああ!」


「うーん、やっぱり抵抗が強いな。お前、余計な倫理観とか考えていないか? そんなくだらないものは、さっさと捨てろ。散々他人の人生を貪ってきたんだ。お前にそんな資格はない。それと婚約者への未練も捨てろ。それが邪魔をしている。捨てないと人格の部分まで壊れるぞ」


「むりむりむり!! 無理ぃいいい! いやああああああ!! やなのおお! これは嫌なのおおおお!」


「指輪は没収する。さっさと未練を捨てろ」



 指輪は没収。こんなものがあるから未練が残るのだ。


 だが、逆効果だったのか、リンダの抵抗は強まるばかりだ。



「やだ! 返して!!! ゆびわぁあ!! かえしっ…あああーーー!!」


「言っておくが、あと数分この状態が続いたら【廃人】だからな」


「ひっ!?」


「実はな、前にお前みたいな密偵の女を捕まえて四人ほど試したんだが…【全員失敗】している。自我が崩壊して、ただの壊れた人形みたいになっちまった。そいつらはどうなったと思う? なあ、どうなったと思う?」



 リンダの股間に、ぐいっと手を入れる。それも優しくではなく、少し強めに押し上げる。


 女性の大切な部分に触れられ、リンダがビクンッと弾ける。だが、頭を押さえられているので動けない。



「ひっ、ひっ、ひっ!!」


「売ったよ。【ラブスレイブ】としてな」


「っ!!」


「お前も、もうすぐそうなる。そうなったら婚約指輪は返してやろう。そのほうが興奮する変態もいるだろうしな」



 その女たちは、モヒカンの管理するラブスレイブ専門の館に売り払った。


 実験失敗は非常に残念だが、もう自分の世話すら満足にできないので、他人に飼われるしかないのだ。


 世の中には、女性を犬のように扱って楽しむ変態もいる。そういう客には喜ばれるだろう。


 このままではリンダも、もうすぐ仲間入りである。



「やっ!! やだあぁあああ!! いやああああああああああああああ!」


「そんなことを言われてもな。オレだって失敗したくてしているわけじゃない。お前たちが反抗するからだぞ。自業自得だ。力もないのに反抗して、そんなことをしたらどうなるか…わかるだろう? お前たちがいつもやっていることだからな」



 こうしているとかわいそうに見えなくもないが、リンダは麻薬組織の一員である。


 彼らがやっていることを忘れてはいけない。力の流儀に従って、相手を支配しようとしているのは同じである。


 ただ、アンシュラオンのほうが強いにすぎない。圧倒的に強いにすぎない。



「オレのほうがお前より強いってことだ。ならば、オレにはお前を好きにする権利がある。だが、うーむ。また失敗か…さすがにショックだな。やっぱりやり方が間違っているのかもしれん。どうやっても機械の安全装置が解除できない。やっぱり自分で術を学ぶしかないのかな…」


「許して!! 許してえぇええええ!! お願いですぅううう! お願いぃいいいいいいいい!!!」



 アンシュラオンの興味が自分から離れていくのを感じ、リンダは叫ぶ。


 それはつまり、もうどうでもいい存在になりつつあるということ。自分が何の価値もない廃人になることを意味していた。


 目の前の少年は、それでもいいと思っている。


 どうせ皆殺しなのだ。また誰かを捕まえて情報を訊き出せばいいと思っている。仮に誰もしゃべらなくても、あと三十一回、それを繰り返せばファミリーは全滅だろう。


 たったそれだけのこと。


 男も女も婚約者も関係ない。彼には理由なんて必要ない。殺すことに動機は必要ないのだ。



 そのことを悟り―――ひたすら懇願。



「お願い、お願い、お願いしますううううう!!!! お願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いぃいいいい!!」



 その言葉は心の奥底から出たもの。魂から搾り出した声。


 それを聴き、少しだけアンシュラオンに興味が戻ってくる。



「しょうがないな、最後のチャンスをやろう。今後オレの言うことはすべて聞け。少しでも逆らったら廃人にして売り飛ばす」


「ひいい…ひぃいいい。うぇえええええええ!!」


「返事はどうした? オレはあまり気が長くないぞ」


「はいいいっ!!! はい、はい、はいっ!!! 聞きます!!! 聞きますからぁああ!!」


「なんだ、その言い方は。喜んで聞くのが筋だろうが!! 『はい』は一度だ。言い直せ!」



 股間に入れた手をぎゅっと握る。その気になれば女性器ごと抉り取ることも簡単だ。


 その圧力に、涙でぐしゃぐしゃのリンダの顔がさらに歪む。もうどんな表情なのかわからないほどだ。



「やぁああああああああああ!!! はい! 聞きます! 喜んで聞きます!! だからお願いします!! お願い…しますぅうう」


「ふん、まだまだしつけがなっていないが…いいだろう。手がお前の小便塗れになっちまった。…舐めろ」


「は、はひぃっ! ぺろぺろ…ぺろぺろ」


「しゃぶりつけ」


「は、はい!! んっんっ…ちゅっ、ちゅぱっ…んっ…」


「案外上手いじゃないか。そっちのほうは仕込まれているようだな。このメス犬が」


「ううっ…」



 リンダを床に放り投げ―――命令。



「オレがもういいと言うまで、床に口付けをしていろ。少しでも口が離れたら続きを行う」


「はひっ! はひっ!!」



 リンダは口を床に押し付けて、声が漏れないように必死に口を塞ぐ。


 その頭に足を乗せ、さらに押し付けるが抵抗するそぶりはない。


 完全に心が折れたようだ。


 少し物足りないが仕方ない。すでに屈した相手を潰す理由もないだろう。



「もっと抵抗してくれたら、半分くらい自我を壊してやってもよかったんだがな…。そいつをお前の婚約者に見せ付ける楽しみがなくなったよ。残念だが、違う余興にしよう」



 なかなか楽しそうな再会シーンが見られると思ったが、案外根性がなかったようだ。他の密偵は最後までがんばったというのに。


 ただ、最後のほうは命乞いをしていた気もするが、よく聴こえなかったのでしょうがない。誰につくかを見誤った段階で、彼女たちの人生は終わっていたのだ。


 この男は敵を絶対に許さない。これは彼に敵対行動をした当然の罰である。



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