95話 「剥がされた仮面 前編」


 その数日後、アンシュラオンは仕事帰りにシャイナをパックンドックンに誘った。


 どうやら今日は【あの日】ではないらしく、快諾してくれた。


 少しでも食費を浮かしたいシャイナは、どうせ帰り道なので案外誘いには乗るのである。


 餌には弱い。まさに犬だ。



 シャイナの目の前には豪華な食事が並んでいる。


 肉や野菜、普段は見ない魚の干物などもあり、一般の労働者ではまずお目にかかれない豪勢な食事だ。



 それに―――食いつく。



「うわー、すごい料理ですよ! こんなの見たことないです!」


「よだれを垂らすな。はしたない」


「垂らしていません! でも、どうしたんですか、これ?」 


「永久会員の特権だ。こんなものは珍しくもない。じいさんが奮発したんだろう」


「もう少し遠慮したほうがいいと思いますけどね…入り浸りじゃないですか」


「毎回同伴して、タダ飯を平然と食っているお前に言えた義理か」


「それはその…節約の知恵です」



 あざとい答えである。タダ飯と意味は同じだ。



「まあ、飲め。ガンガン飲め」


「い、いや、私はお酒は…ご飯だけで…」


「酒と飯はセットだろう。みんな、こいつに酒の楽しさを教えてやってくれ」


「はーい♪ ほらほら、一緒に飲もうよぉ~」


「うわっ、また来た!! だ、駄目…駄目だか―――むっ!!?」


「きゃはは、また口付けだーーー!」


「ううう! また奪われたぁ~! 前も初めてだったのにぃ~~!」


「うわっ、本当!? やった! ファーストキスだ! あははは! それじゃ、もっと飲まないと」


「何の関係もないですよ!?」



 と、女の子たちに絡まれながらシャイナに酒が注がれて、あっという間に真っ赤になっていった。


 しかし、酔う前に味だけは覚えておこうと、必死になって食事に喰らいついている。逞しいものである。



 それを横目で見ながら、アンシュラオンはニャンプルと接触する。



「ニャンプルちゃん、例の件はどうなった?」


「大丈夫ですー。昨日来たので、伝えておきましたよぉ~」


「そうか。これで上手くいけば面白いことになる。ありがとう。これは取っておいて」


「わー、ありがとうございますー♪」



 スカートに札束を挟む。感情ではなく金で動く女は楽だ。



(これで今日、相手が直接動くことはないだろう。予定通りだ)



「ついでにハッスルしてあげるよ!! さあ、またがって!」


「あっ、駄目ですよぉ~~」


「オレだけ遊んでいないと変に思われるでしょう! ほら、さっさと乗りなさい!! ふんふんふんっ!!」


「あっ、ああああ! 駄目めぇ~~! またイッちゃうぅ~~~」



 アンシュラオンは、ハッスルダンスでニャンプルを攻略。



「そうだ、これを使うともっと気持ちいいんだよ」


「ぶっ!?」



 アンシュラオンが懐から「白い粉」を出すと、それを見たシャイナがぎょっと身を乗り出す。


 食べていたものが口から飛び出たので、よほど驚いたのだろう。汚いやつだ。



「せ、先生! それは!?」


「んー、なんだ? 知っているのか?」


「あ、あの…そ、それはまさか……」


「うん、そうだぞ。使うとな、とっても気持ちよくなる粉だ。知り合いからもらったんだ。これをこうして、手にたっぷりとまぶしてな…」


「ああ、そんなに使ったら!! だ、駄目っ!! 死んじゃう!」


「ええーーーいっ!」


「きゃっーーー!」



 アンシュラオンがニャンプルの乳に、たっぷりと白い粉をまぶす。


 そして、押し込むように触ると、非常にすべすべした感触が楽しめる。



「おー、やっぱりいいなー! この【ベビーパウダー】は!! ただでさえ柔らかい乳が、もう掴めないほどプルプルだ!! がはははは! 最高だ!」


「いやぁああ―――って、ベビーパウダー!?」


「うむ、そうだ。ベビーパウダーだ」


「その…あの……アレじゃなくて?」


「なんだ、アレって? これはお肌がすべすべになる粉だぞ。何を勘違いしているんだ」


「い、いや、なんでもないです! はは、はははは…」


「おかしなやつだな」



 これはモヒカンからもらったパウダーである。


 地球にあるベビーパウダーに似ているもので、使い方もほぼ同じ。最近では(エロ)マッサージにも使われることでも有名である。


 だが当然、これはわざとだ。



(こいつの頭の中は、完全に白い粉で埋まっているようだな。やはり一度、厳しくしつけないといけないようだ)



 普段なら「そんなことに使うものじゃないです!」とか言いそうなのに、それすらもスルーしていることに気がついていない。


 それだけ動揺していた証拠だ。あまりにも無防備である。



 そして、その数時間後、シャイナは完全に酔い潰れて眠ってしまった。


 これも予定通りであった。







 馬車がホテルに止まり、アンシュラオンとサナが出てきた。


 それは普段の光景のように見えるが、出迎えたホロロには一つだけ見慣れないものが見える。



「ホワイト様、そちらの手荷物は?」


「ああ、潰れたからそのままってわけにもいかないし、一応持って帰ってきたんだ」



 アンシュラオンの左手はサナの可愛い手とつないでいるが、右手には何か大きなものを抱えていた。



 それは―――シャイナ。



 自分の身体よりも大きいものを軽々と片手で担いでいる。実際に軽いのだから何の問題もない。


 しかし、アンシュラオンが次に言った言葉は問題であった。



「ホロロさん、【八号室】を使うよ」


「…かしこまりました」



 一瞬の間があってから、ホロロが了承の意を示す。


 ただし、いつもの彼女と何ら変わらない綺麗なお辞儀であるが、毎日見ている人間にしかわからない微妙な差異があったのは事実。


 多少強張ったような、そんな仕草。


 だが、それに気がついた者はアンシュラオン以外にはいない。



「それと、そろそろネズミを捕まえようかな。一緒に連れてきてね」


「かしこまりました」


「飲み物はワインでよろしく」


「はい」


「それじゃ、先に行っているからね」



 アンシュラオンは仮面の下に笑顔を浮かべながら、楽しそうにホテルの中に入っていった。



 その後ろ姿を見て、ホロロは―――恍惚な笑みを浮かべた。







「んん…んー…」



 シャイナがベッドの上でごろごろ転がり、ごつんと頭が壁に当たって目が覚める。



「うう…気持ち……悪い…」



 うっすらと目を開けるも、ここがどこなのかを考える余裕がない。無理やり飲まされた酒のせいで死にそうである。


 胃がムカムカして、今すぐにでも吐きたい気分だ。



「起きたか、シャイナ」



 そんなシャイナを見下すようにホワイトが立っていた。


 部屋の灯りが逆光になって白い仮面が黒く見えたが、ホワイトなのは間違いない。少し離れた椅子には、同じく仮面を被った黒姫もいる。


 こんな怪しい仮面を被る人間など、このグラス・ギースでは二人しかいないのだから、間違えようがない。



「んん…あれ? 先生……? なんで…ここに? 私の家…ですよぉ?」


「よく見ろ。ここがお前の部屋か?」


「んー、ふかふか…柔らかい。ぐー、ぐー」


「おい、寝るな」


「きゃふっ!」



 シャイナの乳首を摘む。



「ううう、何するんですかー! やめてくださぁーい! セクハラ、痴漢ですよぉ!」


「この酔っ払いが。あの程度で酔うとはなさけない」


「おかしい。先生のほうが飲んでいたはずなのにぃ…」


「前も言っただろう。オレにとっちゃ水みたいなものだ」


「…やっぱり……先生って…ちょっとおかしい」


「オレよりおかしいやつはたくさんいるぞ。髪の毛の匂いで勃起する男とか、他人の泣き顔を見て興奮して下着を濡らす女とかな」


「レベルが高すぎる!? どんな変態ですか!?」


「実際に出会ったオレの苦労はわかるまい。あれが本物の変態だ」



 変態道は奥が深く、罪深い。関わらないのが一番である。



「先生…治療してくださいぃ…いつものあれで、ちょちょいのちょいでぇ~。簡単でしょう~?」


「金はあるのか?」


「助手からも金を請求!?」


「当然だ。金がないなら、毎日好きなだけ胸を揉む権利をよこせ!」


「それが乙女への仕打ちですか!?」


「うん? 処女なのか?」


「そうれすよぉー。処女です。乙女ですよぉー。興味湧きました?」


「酒場の女の子たちよりは湧くな。だが、その前に証拠を見せろ。下着を脱いで股を開け。処女膜を確認する」


「ストレートすぎる!?」


「オレは簡単に人間を信じないからな」


「…私のことも…ですか?」


「信じてほしいのか? お前はそれだけのことをしてきたか? 信じてもらえるように、オレに対して真摯に向かったか? そう断言できるか?」


「……ぐー、ぐー」


「寝たふりをするな。ぐいっ」


「ギャーーー! 股に手が入ったぁ!」


「入ったんじゃない。入れたんだ」



 意味は同じだ!



「まあいい。さて、暑いから脱ぐか」


「ええ!? な、なんで脱ぐんですか!? はっ、まさか! 私をここに連れてきたのって…!」


「勘違いするな。脱ぐのはこれだ」





 ホワイトが―――仮面を脱ぐ。





「…え?」



 その姿にシャイナは目を疑う。




 予想以上に若い。そして―――美しい。




 白い髪の毛に完璧に似合う赤い瞳。整った顔立ち。その中に垣間見える未成熟な少年の魅力。


 そうでありながらも知性的で、人生の闇を知っているような陰を身にまとっている。



―――惹きつけられる



 シャイナは彼よりも年下なので魅了効果は発動していないが、補正がなくても十二分に目を奪われる容姿である。


 もしかしたら仮面を被っていると魅力が伝わりにくくなるのだろうか。


 こうして素顔のほうが何倍も魅力的だ。やはり人の情報は顔が大半を占めているのだろう。



 それ以前に、いかなるときでさえ仮面を脱がなかったホワイトだ。それがこうもあっさりと外すとは思わなかった。


 しかも今、簡単に人間を信じないと言ったばかりである。



 だから―――わからない。



「…どうし…て?」


「たかが仮面だろう。素顔を見られて困るものでもない。むしろ逆効果だったようだからな。まったくもって上手くいかないものだ。そんなに他人に興味があるなんて、暇なやつらが多いものだ。オレには理解できないな」



 仮面を被って逆に目立つとは皮肉である。


 おかげで諦めもついたので、こうしてホワイト先生から【いつものアンシュラオン】に戻ることができた。


 そう、今この場にいるのはホワイトではなく、アンシュラオン。


 これが重要なポイントだ。



「サナも暑かっただろう。ごめんな」



 仮面を取ると、黒髪の美しい少女が現れた。こちらの少女も負けず劣らず神秘的な美しさを放っている。


 アンシュラオンの浮き立ち目立つ白と、深く静かに滲み出る黒の対比が、とてもとても美しい。



 まさに美男美女の兄妹。



 シャイナは、目の前の光景が信じられないように二人を凝視している。




「顔が見たかったのだろう? どうだ? 感想は? ちなみにホワイトというのは偽名だ。オレはアンシュラオン、妹はサナ。まあ、知ったところで意味はないがな。もともとこの街には深く関わってはいない。オレも妹も外から来た人間だ」


「………」


「言葉も出ないほど感動したのか。それもいいだろう。お前の自由だ。オレは他人の自由ってのを尊重する主義でな。どうするもこうするもお前の自由なんだが…」



 アンシュラオンがシャイナの目を覗き込み―――




「害悪になるのならば話は別だ」




 真っ赤な宝石のような目が―――射抜く。




(っ―――!)



 その目は人間とは思えないほど綺麗で、とてもとても静かな色合いを放っていた。


 静かで、迷いなく、ただただ冷徹。


 そう、まるで他人の命など、どうでもいいような冷たさを持った視線である。



 その視線に晒され、思わず身体が竦む。



 自分よりも遥かに上位の存在から睨まれた一般人がする、とても自然な反応だ。



(これが…人を救う人間の目なの?)



 アンシュラオンは、まがりなりにも命気治療で大勢の命を救っている。


 それが金銭目的であろうと他意があろうと、救っていることは事実なのだ。感謝されて、まんざらでもない様子もたまに見かける。


 それが今はひどく無機質で、虫けらを見るような目になっている。




 そして―――確信。




「先生は……あなたは…酷い人……なんですか?」



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