92話 「シャイナ、吠える 後編」


(また…か。どうしてこいつはそう感情的になるんだろうな)



 シャイナがそうすることは、アンシュラオンの想定内であった。どうせそうするだろうとは思っていた。


 ただ、それを見越して冷たい態度に出たわけではない。彼女が止めなければ、そのまま帰すつもりだった。


 それはアンシュラオンの判断であり、逆にこうして止めることも彼女の判断であり、お互いに自由だ。


 その自由を行使して、シャイナは吠える。



「先生は間違っています! こんなの酷いです!」



 しかし、いつも通りの反応だが、今日はやたら声が強い。明らかに怒りの感情が滲んでいるのがわかる。


 若干涙ぐんでいるので、もしかしたら同情したのかもしれない。相変わらず単純な女である。


 本当ならば無視をしてもいいが、一応助手という立場である。仕方なく相手をしてやることにする。



「どうしてだ? オレが今言ったことに嘘があったか?」


「嘘はありません。でも、誰だって好きでこうなるわけじゃないですよ!」


「そうかもしれんな。では確かめよう」



 アンシュラオンは再び随伴の女性に向かう。



「お訊ねしますが、麻薬はどういった経緯で始めたのですか?」


「あっ、ええ、最初の動機はわかりませんけど…たぶん、つらかったんだと思います。いろいろと哀しいことが重なったので…」



 人間関係のいざこざで職を失い、その時にたまたま親を失い、そのつらさを紛らわすために麻薬に手を出す。


 薬に頼っている間は心が落ち着くので、次第にやめられなくなっていった。


 気の弱い人間が薬を使えば気が強くなる。普段は言えないことも言えるようになる。自分が強くなった気がするのだ。


 政治家に餅バッシングを行い、美談を求めるクソ野郎どもにハチミツをぶっかけ、子供にサンタが事故に遭ったことを伝えるなど、シラフの状態ではできない。


 それができる快感は、さぞや彼を楽しませただろう。


 だが、薬が切れればまた弱くなり、使わないといられなくなる。怖くなる。不安になる。だから使う。


 まさに典型的な依存症のパターンである。



 しかし、アンシュラオンは同情しない。



「ほら見ろ。最後に決めたのは自分じゃないか。ならば自分の責任だ」


「そ、そうですけど、あまりに厳しいですよ!」


「そうか? 強制的に打たれて中毒にされたならば同情するが、そうでないのならば自分の責任だろう。それならば自分で何とかするしかない」



 アンシュラオンが姉が欲しいと願って、もれなくパミエルキが与えられたのならば、姉から逃げる選択を下したのも自分自身の考えと決断である。


 簡単に逃げられたわけではない。それはもう決死の覚悟で挑んだのだ。そのために修行も真面目にやった。


 つまりは自分の責任を自分で取ったのである。その自負があるからこそ、その考えを貫くのだ。


 こうして常に「今も姉に追われているのではないか?」と不安を感じることも、当然の責任だと思って受け入れている。自分が求めたのだから仕方ないと割り切っている。


 それこそが責任。自分がやったことに対する結果を受け入れるのだ。


 だが、それで納得しないのがシャイナという女性である。



「そんな便利な力があるなら簡単でしょう!? すぐに治せます!」


「いつも言っているだろう。治せるのは身体だけだ」


「それでも治せるじゃないですか! 中毒が消えれば、新しくやり直すことだってできます!」


「それができれば苦労はないだろう。中毒は消えても依存は残り、また麻薬を欲しがる。元の精神力が弱いんだ。何をやっても駄目だ」


「そんなのわからないじゃないですか!」


「たしかに可能性はある。それを否定はしない。真面目に更生するやつもいるだろう。が、それ以前に医者は職業だ。つまりは仕事だ。対価があるからやっている。金がないなら治療はできないぞ」


「女性にはやるくせに!」


「それはオレの自由だ。力ある者の特権だな。そして、その分の対価ももらっている」



 たしかに女性はセクハラをされる代わりに治療を受けられる。


 それは相応の対価。


 アンシュラオンは女体を愛で満足し、一方の女性はそれだけ我慢しているということだ。立派な代償である。


 だが、男にはそれがない。ならば、あとは金か物、あるいはそれに見合うもので払うしかない。



「だから五十万出せばやると言っているだろう。それがそんなにおかしいか?」


「そんな! その力があれば……そんなことができるなら…」


「もっと多くの人を救ってもいい、か? お前の言う『人を救う』は、ずいぶんと簡単だな」


「先生ならできるでしょう!?」


「治療してもらいながらそれに感謝もせず、また中毒になる連中を、どうしてオレが無料で救わないといけない? こいつらは自分で選んだんだ。自分の道を自分で選び、その対価を受け取った。まさに平等じゃないか」



 彼らには、『それをしない』という選択肢もあった。それを忘れてはならない。


 いつだって人間には『選ぶ自由』が存在するのだ。それを『する』か『しないか』である。



 そして、アンシュラオンは『偽善』はしないと決めている。



(かつてオレも慈善はやったことがある。続けたこともある。自己満足としては悪くはない。だが、やはりオレには無理だな。特にこいつが求めるようなことはな)



 自分を犠牲にして他人を助ける。それが素晴らしい偉業であるのは言うまでもない。


 だが、人間は利益なしでは動けないのだ。どうやってもいつか限界がやってくる。それは神が与えた自己保存の法則によって、身を守るようにできているからだ。


 それなのに自分に嘘をついて、本当は見返りを求めているのに『いやいや、私は善行がしたいんです。見返りはいりません』などと言う人間こそ、まさに信用できない者たちだ。


 そんな人間にはなりたくないので、アンシュラオンは正直に生きることにしている。


 それが素直な自分だからだ。偽るよりは何倍もましであろう。



「お前がそうしたいなら勝手にやればいいが、オレはやらん。では、話は終わりだ」


「先生は最低です!」


「そんなに褒めるなよ。照れるじゃないか」


「だから、褒め言葉じゃないですよ!?」



 罵倒すれば、むしろ喜ぶ。どうしようもない。


 アンシュラオンに対抗することができるのは【力】のみ。純然たる力のみ。


 議論や理論ではない。それが可能な実行力。金や物、力や技という、より直接的な力だけである。


 安売りされた倫理観や性善説などアンシュラオンには通用しないのだ。それをまだシャイナは理解していない。



(だから面白いんだけどな。オレに堂々と逆らう女も珍しい)



 当然だが、アンシュラオンは従順な女が好きである。姉に束縛された影響があるので、イタ嬢のような上から目線の女性は好きではない。


 しかし、周囲を常にイエスマンだけで固めておくのがよくないことも知っている。


 サナをより楽しむために他の女性にセクハラをするように、従順な女性をさらに楽しむためには、シャイナのような女性も必要だと最近になって気がついた。


 イラッとする時もあるが、相手が弱い存在なので可愛くも見える。たとえるならば、力のない頭の悪い子犬が、筋肉ムキムキの格闘家の成人男性に吠えているようなものだ。


 その差を知っているから、さして頭にくることはないのである。強者の余裕だ。



「とりあえず今日は帰ってもらう。それでいいな」


「知りません!」



 自分で言い出したのに、答えが「知らない」というのは意味不明だ。


 だが、ヒステリックな女というのはそういうものだろう。



(オレの魅力に抵抗できるってのも珍しい。ある意味で希少かもな)



 魅力がAなので、どんな人間でも物事が上手く運ぶ。が、なぜかシャイナは対抗してくる。


 そういうレアケースも今後あるかもしれないので、さりげなく実験台にしている面もあった。





 その後、本日の診察が終わるまでシャイナは終始不機嫌であった。


 職場でこういう人間がいると、とても迷惑するものである。


 特にアンシュラオンは感情を制御できない女は嫌いだ。姉を思い出すからだ。


 ただし、姉とシャイナとでは決定的に異なっている点がある。



(姉ちゃんは快楽を与えてくれるけど、シャイナは何もしてくれない。実際のところ、オレが気を遣う理由はないんだよな)



 パミエルキはアンシュラオンを支配するが、その分だけ愛情と快楽を与えてくれる。すべてが溶けてしまいそうなほど、濃密で甘い時間を提供してくれる。


 支配されることを受け入れるのならば、かつて師匠が言ったようにそれ以上の幸せは存在しないだろう。



 が、シャイナは吠えるだけだ。



 それが可愛いと思えるならば十分な見返りだが、今日はやたらとたてついたので、相応の罰は必要だろうと判断。



「ほら、四万円だ」


「一万円少ないです!?」


「オレに文句を言った罰だ。なんならもっと引いてやってもいいんだぞ? んん? 一回文句を言うたびに千円減らしてやろうか? それとも二千円がいいか? お前の文句の量だったら毎回マイナスになるぞ。この程度で済んだことを感謝してもらわないとな」



 仮面で見えないが、きっと悪い顔をしているに違いない。



「ほんと、先生って最低ですね」


「お前も雇ってもらっているんだから反発するなよ。オレの国だったら即クビになるぞ。もっと和を大事にしろ」


「…べつに悪いと思ってませんから」


「そうか。じゃあ、オレも悪いと思わないことにする」


「きゃっ!? 股間に手を回さないでください!」


「悪いと思わないぞ!! お互い様だからな!!!」


「それは反省してください!!」



 謎の理論でセクハラ。



「明日までに機嫌を直しておけよ。気まずい職場ってのは、すぐセクハラだとか言う馬鹿女と同じくらい、オレが一番嫌いなものだからな」


「それって私のことですか!? 普通の主張ですよ!」


「オレの職場では、甘んじて受け入れるのが決まりだ。喜んで股を開け」


「もうっ! そんなことしていたら本当に天罰が下りますよ!」


「ならば天すら穿ってやろう、この拳でな」


「…駄目だ、この人。…もう帰ります。お疲れ様でした」


「今日は飲みに行かないのか? オレと一緒ならタダ飯だぞ」


「今日は…その、早く帰りたい気分なんです。疲れてますし」


「あまり無茶をするなよ。さすがのオレも妊娠だけは対処できないぞ。言っておくが、妊娠したら即座にクビだ。退職金などは出ない。むしろ賠償金を請求するから覚悟しておけ!」


「そっちで疲れているわけじゃないですから!? って、非人道的ですよ!」


「他人の精子を受け入れたやつなど、この職場にはいらん!! 気色悪いだけだ!! オレ以外の精子は認めん!」


「違うって言っているでしょう! もうっ! 帰ります!」



 プリプリと怒って帰ってしまった。


 そんなシャイナを見ながら、座っているサナに向かう。



「サナ、ああいう女になってはいけないぞ。力もないのに、あれこれと言っても無意味だからな。それなら黙っているほうが賢い。わかるな? それが処世術というものだぞ」


「…こくり」


「うむ。サナはお利口さんだな。よしよし」



 こうしてサナへの教育も忘れない。


 事実、アンシュラオンの言うことも正しい。シャイナの理論が通じるのは、日本のようにある程度成熟した社会だけだ。


 この荒れた大地においては、力以外に頼れるものはない。力がなければ、力ある人間に媚びなくてはならない。


 それができないで中途半端に反発しても、結局は潰されることになる。



(相変わらず、危なっかしいやつだよな。よくあれで生きてこられたもんだ。スレイブになっていないのが不思議だよ)



 アンシュラオンが女性に甘いためこの程度で済んでいるが、他の職場ならばシャイナは危うい立場になっている可能性が高い。


 まだグラス・ギースが比較的安全な都市なので、今まで無事でいられたのだろう。


 が、その幸運が続くかどうかは誰にもわからない。安全な日本でさえ、突発的な事件は起こるものなのだから。





 アンシュラオンは診察所を閉めて、外に出る。


 いつもならば酒場に行くかホテルに戻るのだが、今日は違う。



「サナ、今日は少し寄り道をするぞ」


「…こくり」


「さて、何か面白いものが見れるといいが…あまりいい予感はしないな」



 そう言うと、アンシュラオンはサナと一緒に夜の街に消えていった。



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