89話 「眉毛じいさんの酒場でハッスルタイム」


 馬車に乗って、サナとシャイナを連れて酒場に行く。



 目的地は―――上級街の歓楽街。



 上級街の歓楽街は上品な店が多いので、これから行く酒場も高級店だと思われる。


 ただし、やはり人はあまりおらず、よく言えば静かだが、どことなく寂しい雰囲気を醸し出していた。



(せっかくいい店が並んでいるのに…勿体ない。領主の計画は破綻しているっぽいな。壁なんて壊せばいいのに)



 第一城壁がすべてを阻害しているのは間違いない。まさに壁となっている。


 何よりも距離という制約が大きい。ちょっと飲みに行くだけで数十キロ移動するなんて、地球のような電車や車社会ならばともかく、馬車では厳しいの一言だ。


 しかも厳重な門を越えねばならないので、そうした手間もかかる。いちいち身分証を提示しなければならないのだ。


 仮にこの壁がなくなれば、多くの人が上級街にやってくるに違いない。



 ちなみに今のアンシュラオンの身分は中級市民ではなく、外部からやってきた旅行客という立場になっている。


 上級街のホテルに滞在している間は、ホテルが身分を証明してくれる仕組みなので、ずっと上級街にいても問題はない。仮の身分証も発行してもらっているので安心だ。


 金を落としていく外客に対して、このグラス・ギースは寛容になる。実に現金なものである。



(今はまだ仮面暮らしでいいかな。不便だけど、このほうが気楽だ)



 今の自分はホワイトである。サナも黒姫だ。


 仮にアンシュラオンが、もともとの中級市民として実名で医者になれば、その功績であっという間に上級市民になれるだろう。何も恥じることはない。


 しかし、それはメリット以上のデメリットを呼び込むことになる。


 有名になればなるほど多くの人間の目に触れることになり、狙われる機会も増えるだろう。


 だが、仮の身分証ならば、もし何か騒動があってもレッドカードにはならない。そういった気軽さが気に入っていた。



「へー、はー、おー」



 アンシュラオンの前方から、妙な声が聴こえてくる。


 シャイナが外の景色を覗きながら呻いている声だ。



「何やってんだ?」


「い、いや、なんだか珍しくて。綺麗だなーと」


「上級街で働いているんだ。珍しくもないだろう」


「そんなことはないですよ。あくまで労働者で来ているのであって、市民じゃないですから」


「お前は下級市民じゃないのか?」


「労働者用のパスで入っています。ハローワークで発行してくれるんです」



(小百合さんの話では、この都市に住む人間の半数は市民証を持っていない。外部から人も常時入ってくるし、実際はもっと大勢いるんだろうな)



 シャイナもその一人。下級市民ですらない人間である。


 しかし、それでは働く際に不便が多いので、ハローワークでは「一時労働証明」という身分証明書を発行しており、それで仮に身分を証明しているのである。


 上級街は労働証明書があれば入れるので、シャイナもそうやって入っているのだろう。


 ただし、普通の市民とは違うので制限は多い。立ち入れない区域もあるし、宿以外の滞在時間も限定される。あくまで労働者なのだ。



「労働者だって街の見学くらいするだろう」


「なんか気後れしちゃって…。こうしてちゃんと見るのは初めてなんです。やっぱり表は綺麗だな…」


「そこそこ金を渡しているはずだが…それで遊ばないのか? 上級街でもそれなりに楽しめるはずだぞ」



 シャイナには毎回五万円を渡している。最初のほうは毎日診察所を開いていたので、すでに百万円以上にはなっているはずだ。日本円なら約五百万円に匹敵する。


 それくらいあれば、上級街でも普通に生活することができる額である。少なくとも店を回ってショッピングくらいはできるだろう。


 だが、シャイナは答えづらそうに視線を外す。



「それはその…いろいろとありまして…」


「駄目な男に貢いでいるのか? それとも乳をさらに大きくするために貯蓄か? どちらも虚しいな」


「人を何だと思っているんですか!? 違いますよ!」


「違うのか? じゃあ、何だ?」


「あっ…うん……それは……」



 シャイナは再び口篭る。どうやら言いにくい理由のようだ。



(若い女が金を使わない理由か。男でないなら借金くらいしか思いつかないな)



 単なる貯蓄という発想はないのだろうか。



「ところで黒姫ちゃんも一緒に連れていくんですか? 大人のお店ですよ? 教育上、よくないですって」


「知識は多いほうがいい。どんな知識も役立つ」


「でも、小さな女の子ですよ? 絶対によくないですって」


「オレがお前の生活環境に干渉しないのと同じで、お前にそれを言われる筋合いはないぞ。オレにはオレの考えがある」


「そうですけど…悪影響がありますよ。やっぱり」


「まるで実体験があるような言い方だな。身に覚えでもあるのか?」


「普通に考えればそうなります」


「残念だったな。この子は普通じゃない。特別なんだ。常識で縛ろうとすれば小さな枠組みで終わってしまうぞ。お前とは器が違う」


「はっきり言われた!?」


「この子は、お前たちの頂点に君臨する女になる。今から楽しみだ」


「…私はすごく心配ですよ」







 そして、歓楽街の中央に来た時、馬車が止まる。どうやら着いたようだ。



(高級酒場『パックンドックン』。…ネーミングには問題があるが、見た目は悪くない)



 ジジイのネーミングセンスに若干の不安を覚えたが、店の外観は派手ではなく落ち着いた雰囲気で、なかなか好感が持てる。


 これならば中も期待できそうだ。



「おお、待っておったぞ! さあ、入れ!」



 馬車を降りると、約束通りにじいさんが待っていた。



「連れが二人いるけど、いい?」


「そんな細かいことは気にするでない。さあ、入れ、入れ! がはははは!」


「それじゃ、遠慮なく」



 じいさんは、気前よく二人も入れてくれる。前に会った時よりも明るい印象だ。


 おそらく初対面の時は病気のこともありストレスが溜まっていたのだろう。今は完治したので元気一杯で、気持ちも前向きのようだ。



(地球でもそうだったけど、年寄りってのは基本的に口が悪いんだよな。昔はコミュニケーションの本とかも売っていなかっただろうし、勉強する機会がなかったにすぎない。ただ、それさえ気にしなければ、それなりにいいやつも多いんだよな)



 昔は今のように自己啓発本や心理学本、コミュニケーション本などは充実していなかっただろうから、老人といえば口が悪い人が多かった気がする。


 ただ、根が悪い人間はそうそういないもので、単純に言葉遣いを知らないか、アンシュラオンのように人生の末期になって、敬語を使うのが馬鹿らしくなった場合もあるだろう。


 仕事で気を遣ってばかりいた人間ほど、その反動が出るものである。それを理解してやらねばならない。


 仮にあの時に老人を見放していれば、この機会も失われたことになるので、その意味では助けて正解だったと言える。





 それから中に入る。


 スレイブ館の裏店のような少し薄暗い室内ではあるが、やはり普通の店なので多少の活気が見受けられた。客も何人かいるようだ。



「中も悪くないね」


「当然じゃ。わしの店だからな。ほれ、客が来たぞ。もてなさんか」


「はーい♪ いらっしゃいませー」



 五人の若い女性が出てきて、アンシュラオンたちを奥のテーブルに案内する。


 思ったより若い子だったので安心した。これで全員おばさんだったら涙も出ないほど枯れてしまうだろう。



「全員、若い子だね」


「そうじゃな。二十前後かの」


「個人的には三十前後が好みだ」


「若いわりにマニアックじゃな!?」


「三十はまだまだ若いと思うけどね。で、彼女たちは上級街の子?」


「いや、多くは下級街から連れてきた子らじゃ。職にあぶれている若い子が多いからの。そもそも上級街は人が少ない。若い子は少ないんじゃ」



(彼女たちもシャイナと同じ労働者か。大変そうだな)



 上級街の人口が千人だとすれば、その中では若い女性というだけで貴重な存在となる。


 それにこだわってしまえば雇うのが大変なので、見た目の良い若い女性を下町から連れてきているのだろう。


 労働者という意味ではシャイナと同じだ。多少若いが、どれも可愛い子なので厳選されていることがうかがえる。



 そして、首にはジュエルが―――無い。



「スレイブじゃないみたいだね。スレイブは使わないの?」


「下級街ではどうか知らんが、上級街ではまず使わないの。イメージってのがあるからの」


「スレイブも労働者も同じって聞いたけど?」


「似ているが厳密には違うのぉ。労働者はあくまで従業員じゃが、スレイブになると【動産】になる。それはそれで面倒なのじゃ」



 スレイブはスレイブで、実際は扱いにくいものである。


 所有者はスレイブの管理に責任を負うので、客に粗相をした場合など、問題が起きればいちいち対処せねばならない。体調管理も大変で、使えなくなったときの処理も面倒である。


 それを考えれば、下級街で職にあぶれている普通の女の子を雇ったほうがいいだろう。


 彼女たちはあくまで労働者であり、自分の人生と生活には自分で責任を負う。彼女たちには自由があるのだ。



「スレイブになる子ってのは、どういう子が多いの?」


「そうじゃな…。うちの店からもそういった子は出たが、急な大金が必要になってやむにやまれぬ場合か、あるいは楽をしたいと思う子が多かったかの」


「そっか。自分の人生を売り渡すってことは、それだけ楽になれるしね」



 簡単に言えば、他人が用意したレールに乗っかるお気楽人生である。


 自分で考える必要はなく言われたことに従事していればいいので、それが楽だと思える人間も多くいるだろう。


 また、普通の労働者よりも待遇が良いこともあるわけで、下手に働くより多くの金と自由を手に入れられる場合もあるのだ。


 スレイブになるということは、自分のすべてを捧げる代わりに相手の人生に投資する、ということなのだろう。


 主人が成功すれば、自分も成功する。失敗すれば死ぬか売られる。まさに人生をかけたギャンブルである。



「スレイブはスレイブ専門の店がある。まあ、西側から来る人間にはそっちのほうが受ける場合もあるそうじゃが、わしにそっちの趣味はないのぉ」


「あー、オレもそうかな。自分のスレイブを他人に触られるなんて嫌だしね。それなら労働者のほうがいいか。勉強になったよ」



 また一つ勉強になった。


 自分の大切なもの(スレイブ)は極力手元に置き、それ以外は死んでもいいようなどうでもいい労働者を道具として使う。


 実際はスレイブこそが道具なのだが、アンシュラオンの考えは世間一般とは違う。スレイブはあくまで自分の所有物だから大切にしなくてはならないのだ。



「そうそう、会員証を渡しておこう。これを持ってくれば、いつでも自由に店を楽しめるぞい」


「ありがとう! 眉毛ジジイ!」


「はっはっは。まったく口が悪い小僧じゃな!! 見事、見事! 実力が伴えば清々しいものよ」



 病気を治したこともあるが、アンシュラオンの自由奔放な態度が気に入ったらしい。


 たしかにこんな横暴な少年はあまり見かけない。希少である。希少でなくては社会が成り立たなくなる。



「それじゃ、楽しませてもらおうかな」



 それからアンシュラオンは、隣に座った茶髪のグラマラスな女の子に声をかける。


 牛の乳のようにかなりの巨乳である。



「君、名前は」


「ニャンプルでーす♪」



(…すぐに源氏名だとわかるな。日本でもここでも同じか)



 その名前の雰囲気からして、明らかに源氏名だとわかるから面白い。


 そして、それを知ったアンシュラオンはこう思った。



(普通ならばここでトークを楽しむところだが、せっかく永久会員権をもらったんだし、女の子も源氏名を使うような店だ。ならば、楽しまなければ損だ!! 遠慮はいらぬ!)



「ニャンプルちゃん、ここに座りなさい」


「えー、そこってー、お膝ですよー」


「さあ、乗るんだ。早く! カモンっ!」


「もう、しょうがないなー」



 アンシュラオンの膝に女の子が座る。なんというかバイクに乗る際、軽く腰をかけるような座り方である。


 当然―――それは認められない。



「もっとがばっと! 両足を広げて!! こっちを向いて、またがるように!!」


「あーん、お客さんのエッチ~」


「ほら、早く! 乗らないと尻を引っぱたくぞ!」


「はーい、これでいいですかー?」


「よしよし、いいぞ。ほら、腰を振るんだ。股間と股間が合わさるようにな!」


「あっ、ああ! そんなことしたら駄目ですよぉ~」


「駄目なのか? 眉毛ジジイ!? オレはお前を救った神だぞ! 神の言うことは絶対のはずだ!」


「そういう店ではないんじゃが…仕方ない。多少のことは我慢してやってくれ。あとでボーナスを出そう」


「はーい、それなら大丈夫でーす!」


「よしきた! ふんふんふんっ! いい尻だ!! ふんふんふんっ!」


「あっ、あっ、あっ! 激しいですぅ~!」



 女の子に腰を振らせながら、尻や乳を堪能する。いわゆる「おっぱいパブ」などにある、ハッスルタイムと呼ばれるものである。


 多少のお触りは容認されるものの、この店はそういったピンク店ではないので本当は駄目だが、命の恩人であることを笠に着て、完全に店を私物化するつもりである。



「いやー、楽しいなー」



 アンシュラオンはハッスルを楽しむ。実に楽しそうだ。


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