88話 「ホワイト先生の診察 ジジイ編」


 それからアンシュラオンは淡々と治療をこなす。


 明らかに裕福そうな女性からは多少もらうが、女性は基本的に無料である。もちろん、おばあちゃんも無料。


 女性に対しては、とことん公正を貫く男なのだ。


 一方で男は基本一万円。気に入らないやつだと二万~三万となったりするが、この都市の平均月収が四万円程度らしいので、そこそこの額であろう。


 今や獣医とて手術代を十何万と平気で取るのだから、それくらいの値段だと思えばわかりやすい。


 一般の病院で普通に手術することを思えば破格であるので、慈善といってもよい料金設定である。かなり良心的だ。


 が、たまにこういう患者もやってくる。



「なんだ、名医というから来てみれば、こんな子供が医者なのか? それに仮面を被っているとは…胡散臭いやつじゃな」



 入ってそうそう、そんなことを言う老人がいた。



(むっ、失礼なジジイだ。これは制裁対象だな)



 アンシュラオンはイラっとしたが、実際のところ正論でしかない。


 この老人、実に的確な判断力と慧眼を持っている聡明な人物としか言いようがない。何一つ間違っていない。


 だが、どんなに的確な正論であり、それが老人であっても【報復】は忘れない。



「じゃあ、座ってください。この【剣山の椅子】に」


「剣山に!? こんなのに座ったら怪我をするじゃろうが!」



 制裁用として、木製釘を打ち付けたお手製剣山椅子を指差す。座ったら確実に尻とイチモツが危険なことになる。



「嫌なら帰れ。二度と来るなジジイ! この眉毛ボーボーのジジイめ! どこの総理だ、お前は!」


「客に対してその態度!?」


「オレは医者様だぞ。どうするかもオレの自由だ。違うか? あん?」


「くっ、たしかにその通りじゃな」


「どうする? 座るの? 座らないの? 座らないなら帰れ。オレはまったく問題ないよ」


「あっ、この人、本気です」



 シャイナがそれが真実であることを告げる。そういう男なのだから仕方ない。



「ぐぬぬっ! しょうがない! 正座じゃ!!」



 意外にもがんばる。しかも正座だ。


 男なのでイチモツを守ろうと防衛本能が働いたのかもしれない。


 が、ざくっと足に針が突き刺さる。いい音だ。何度聴いても惚れ惚れとする。



「おお、がんばりますね。足から血が出ていますよ」


「今の若いもんじゃあるまいし、耐えてみせるわい!! どうじゃ、文句なかろう!」


「では、お訊ねしますが…」


「うむ」


「足を怪我するためにわざわざ医者に来たんですか? 頭悪いですね」


「お前が乗れと言ったんじゃろうが!?」



 医者に来て怪我をするという最悪のパターン。


 よく片方の足を骨折して入院するも、入院中に転んでもう片方の足を骨折することが意外と多いらしい。


 高齢者の皆様はぜひとも気をつけてもらいたいものである。


 ただし、今回に限っては明らかに人災であるが。



「それで、どこが痛いの? 帰ってもいいよ。面倒だからさ。どうしてもって言うなら治療費は一千万円ね」


「やる気ないのに法外な値段じゃぞ!?」


「じゃあ、三千万でいいや」


「高くなっとる!?」



 お約束。



「嫌なら帰っていいよ」


「ぐう! 足元を見おって!」


「可愛い女の子のお孫さんがいるなら、代わりにその子の身柄でもいいけど。ああ、処女限定ね」


「もっと酷くなったぞ!? 犯罪組織か!?」


「うち、ブラックなんで。嫌なら帰れ!!」



 しっしと手を払う。


 だが、老人は諦めない。



「わしはまだ死ねん! 治してくれれば金は払う!」


「三千万?」


「もう少し安くはならんか!! 最初の一千万はどうなったんじゃ!」


「しょうがない。一千万でいいよ」


「五百万でどうじゃ!」


「シャイナ、お茶入れて。おっと、手が滑った」


「あっつーーーー! 何するんじゃ! 顔がーー!」


「嫌がらせして帰ってもらおうと思って。一千万だと言っただろう」


「ここは九百万とか言うのがセオリーじゃろうが!!」


「値切りは面倒だからしないよ。一千万あるいは、それに見合う何かだね。ジジイなんだから財産くらいあるでしょ? なんとか工面しなよ」


「…金以外のものでもいいのか?」


「物によるね」


「わしは上級街で酒場を経営しておる。そこの永久会員権でどうじゃ?」


「なんだ。酒場全部じゃないのか」


「経営するのは面倒じゃぞ。じゃが、永久会員ならば、好きな時に来て好きなだけ遊べる」


「…なるほど、それは楽だな。飲み放題? 食べ放題? ずっと?」


「うむ」


「…女の子はいるの?」


「おるよ」


「スナックのおばさんじゃないだろうね」


「馬鹿を言うな。ピチピチのギャルじゃ」


「ギャルってまた古い言葉を…。触ってもいい? お触りOK?」


「当然じゃ。任せておけ」


「おじいさんって改めて見るといい人だね。実はこれ、治療するかどうかの試練だったんだよ。クリアおめでとう。あなたの心はとても綺麗です」


「それよりまずは剣山をどけてくれぃ!! 足が死ぬ!!」


「あっ、そうだった」



 血塗れになった足を抜いてやり治療もしてやった。



「それじゃ、先に契約書ね。『永久会員権が嘘だったら、お店と土地を全部譲渡します。足が血塗れのジジイより』と」


「お前さん、鬼畜じゃな」


「ありがとう。嬉しいよ」


「それって褒め言葉なんですか?」



 シャイナの疑問も、もっともである。だが、この業界では褒め言葉。



 それから本格的に治療を開始。


 直接触るのは嫌なので、離れた距離から命気で診察する。



「うん、なるほど」


「わかったか?」


「じいさん、死にそうだね。今すぐにでも詰まりそうな脳血管が多数に、心臓に大動脈瘤まであるじゃん。放っておいたら、一年ももたないかもね。普通の手術をするにしても血管を止めたら脳梗塞くらいは普通に起こりそうだし。まあ、この場所じゃそんな高度な手術もできないだろうけど」


「そうか…。やはりな」


「知ってたの?」


「薄々はな。他の医者のところにも行ったが、どうにもできないと言われてしもうた。ここが最後の望みだったんじゃ…」



 すでに軽く詰まっている血管もあるので、当人も違和感を感じていたのかもしれない。


 また、大動脈瘤は一部が骨にまで当たるほど肥大化しているので、妙な圧迫感があるだろう。



「それで、治せるのか?」


「もう治したよ」


「早すぎる!! わしのエピソードは!? ねえ、苦悩のエピソードは!?」


「早くて文句を言われる筋合いはないし、じいさんのお涙頂戴エピソードなんていらないよ。歳を取ったら、人間誰だってどこかしら痛いもんだ。そういうのを受け入れて生きていくのが人生だしね」


「お前さん、妙に達観しておるの」


「それなりに生きているからね。それより会員権を忘れないでね」


「うむ、わかった。好きなときに店に来るといい。店の場所はこの名刺に書いてある」


「よっしゃ! 行くよ!! 特別待遇をよろしく!」


「任せておけ。恩には報いるぞ。来るときはいつでも連絡するといい。連絡馬車で伝えてくれれば用意して待っておるよ」


「うんうん。人助けはするもんだなぁ」



 最初から要求をするのは人助けではない。





 ただ、誰もが老人のように治療を受けられるわけではない。


 相手の態度が悪かったり、金がなかったり、面倒だとこうなる。



「で、俺の症状は何なんだ?」


「あなたはコミュニケーション障害を患っています。毎日街で土下座をすれば治ります」


「頭が痛いんだが…それで治るのか?」


「脳腫瘍っぽいのがありますが、大切なのは心を清めることです。一日土下座千回です。忘れないようにしてください」


「では、次の方」


「先生、腕が…」


「なるほど。もう腕なんていらないと。ぼきんっ」


「ぎゃーーーー! 腕がーーー!」


「はい。これでもう思い煩う必要はありませんね。次の方、どうぞ」


「先生、尻が…」


「焼いた木でも突っ込めば治りますよ。ぶすっ」


「ぎゃーーー!」


「はい、次の方」


「うう、昨日から胸が…」


「恋患いですね。諦めましょう。結婚している場合は離婚してください。もう無理です。はい、次の方」



 飽きたのか、最後のほうは適当に終わらせていく。


 このあたりがいまいち評判が上がらない点だろう。







「ふー、今日もがんばったなー」



 こうして治療を終えたら、いつの間にか日が落ちようとしている時間だった。


 命気の放出をこれだけ続けられるのもアンシュラオンだからこそだ。火怨山での鍛練が生きている。


 ただ、やはり他人を相手にする疲労感はあるものだ。それだけ多くの違うエネルギーに触れるのだから、そういった精神的な疲れはある。


 そして、ずっと座って見ていたサナを気遣う。



「退屈じゃなかったか?」


「…ふるふる」


「楽しかったか?」


「…こくり」


「そうか、そうか」



 サナはずっと見ていただけであったが、この場所にいれば多くの人と触れ合うことができるのは間違いない。


 実際、その手には飴玉があった。患者のおばあさんがくれたのだ。


 そういう付き合いがサナの人格を豊かにしてくれることをアンシュラオンは知っている。



(オレは正直、良くも悪くもまともな人間じゃないからな。普通の人間に触れることも大切だよな。サナにはオレとは違う人生を歩んでほしいしさ)



 アンシュラオンも、自分が歪んでいることを知っている。


 パミエルキの影響はあるが、実際のところ姉とは似た者同士なのだ。あまりに合いすぎるから困るのであって、男と女の違い以外、本質はかなり似通っている。


 しかし、サナは普通の女の子だ。少なくともパミエルキとは違う。


 姉と同じようにならないように、これでも多少は気を遣っているのである。



 それから目の前に置かれている札束に目を向ける。


 中には硬貨も多く交じっているが、それなりの額があった。今日の売り上げである。



「今日は…四百万ちょいか。悪くないかな」



 今日は外からやってきた商人の治療もしたので、そこでふんだくった四百万で一気に潤った。


 暴利を貪ったわけではない。相手は末期ガンが治って感謝していたし、他の場所なら軽く数千万になっていただろうから安いものだろう。


 そのおかげで、その後の患者の治療費も安くできたので、全体的には十分満足すべき日だったといえる。



 アンシュラオンがホテルで豪遊できているのも、こうした収入があるからだ。



 もちろん口座にはまだ一億があるが、それを崩さないで生活できるのは素晴らしいことだ。


 最上階の部屋を借り続けるにも一日百万近くは必要となるので、これくらいの収益がないと困るのだ。


 最上階は全部が最高級というわけではなく、アンシュラオンとサナが生活している部屋が高く、他の部屋は各々十数万の部屋である。


 一気に全部を借りているので多少の割引が発生して、合計で百万となっている。


 ただし、諸経費もかかるので、毎日百万以上の収入がないと安心はできない。



(最悪は魔獣を狩ればいいけど、サナがいると大変だしな。しばらくは医者でいいか)



 領主城での一件があったので、サナからは一瞬たりとも目を離さない。常時傍にいる。


 その代わり、どこに行くにも連れていかねばならないので、魔獣狩りとなるといろいろと大変だ。


 その点、医者は座っていればいいだけだし、サナの人生勉強にもなって大金も手に入る。一石二鳥…いや、女性にも触れるので一石三鳥であろうか。



「シャイナ、今日の賃金だよ。お疲れ様」



 シャイナに五万円を渡す。


 四百万に比べれば安い金額だが、平均月収を考えれば高額である。日本でいえば、五時間程度で二十万以上を稼ぐようなものだ。


 しかも女性が健全な仕事をして、である。


 多くの女性が身を売るスレイブや性的な仕事をして稼いでいることを思えば、今は二日に一度程度の診察であっても十分な稼ぎだといえるだろう。



「ありがとうございます! でも、こんなにもらっていいんですか?」


「いいっていいって。金なんてすぐに手に入るしね。医者は一度なると儲かりすぎてやめられないってのは本当みたいだし」


「先生って何者なんですか?」


「ん? ただの医者だよ。それ以上でもそれ以下でもない、ね」


「…そうですか。気になるなぁ」



 シャイナも噂話が気になっているのだろう。謎の名医、ホワイト先生に興味を抱かない人間は少ない。



「そうか。気になるか…」



 そんなシャイナをアンシュラオンは、じっと見ていた。


 仮面で隠されているので目の色はわからないが、彼女を見ていることだけは間違いない。



「オレもお前のことが気になるな」


「え!? そ、そうですか?」


「よくよく考えれば歓迎会も開いていないし、親睦を深めるということをしていなかった。ここでもやるだろう? その職場の人間同士で軽く飲み食いして仲良くなるってやつをさ」


「え、ええ、はい。たまに…」


「せっかく酒場経営のじいさんと知り合えたんだ。明日あたり行ってみようと思う。シャイナも来るか?」


「え!? いいんですか!?」



 アンシュラオンの意外な申し出にシャイナのほうが戸惑ってしまう。



(今までまったくそんな気配はなかったのに…どうしてかしら。私には興味がないと思っていたけど…)



 胸を揉むなどのセクハラはするが、それ以上はあまり入ってこなかった男である。


 そもそもこのホワイトなる人物はガードが固い。仮面からもわかるように慎重で用心深い性格をしている。


 そんな彼が誘うのだから、喜びよりも心配や不安のほうが増すのは自然な感情だろう。



「遠慮するな。ただの親睦会だ」


「わ、わかりました。ぜひご一緒させてください」


「そうするといい。タダ飯、タダ酒だからな。あいつの店が潰れそうになるほど楽しんでやろう」



 普通、少しは遠慮するものであるが、この男にそんな心得などはない。


 タダはタダ、そう割り切る男なのだ。



(この人のことが少しでもわかるかもしれない…)



 そんな期待を秘め、シャイナは覚悟を決めた。


 しかし、その決断が自分の運命を大きく狂わせてしまうことを、彼女はまだ知らない。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます