87話 「ホワイト先生の診察 男性編」


「じゃあ、次の方」


「いたた…いたた…」


「どうしました?」


「腕が…腕が痛くて…何もできないんでさぁ」



 今度は筋骨隆々のおっさんが入ってきた。上腕あたりを押さえて痛そうにしている。



(なんだ、男か。やる気出ないな。適当に対応するか)



「じゃあ、そこの床に座ってください」


「は、はい」



 ベッドではなく、硬い木の床に座らせる。


 あのベッドは女性専用である。まだ幼い男の子ならいざ知らず、おっさんを乗せることなど絶対にできない。床で十分だろう。


 これだけ筋肉があるのだから問題ないはずだ。



(これは一応、話を聞くパターンかしら?)



 それを見ていたシャイナは、今までの経験からそう予測する。


 患者が男の場合、「門前払い」「診察をしない」「一応診察はするが治療はしない」「治療もする」、という四つのパターンがある。


 どうやら男全部を嫌っているわけではないようだが、なかなか見分けるのが難しい。



(この人は労働者系かしら? けっこうそういう人には対応するのよね)



 ロリコンやダビアもそうだが、社会構造の下層で働いている男性に対しては、それなりにアンシュラオンは柔和な対応をする。


 一方、権力者や中流階級、幸せそうな男に対しては厳しい態度に出ることがある。


 これは単純にアンシュラオンが地球時代、あまり裕福でなかったことが原因でもある。もともと反社会的な精神を持っているので、権力者は嫌悪しているのだろう。


 また、「病気でも、それ以外は幸せなんだろう?」的なひがみもあるので、そのセンサーに引っかかるとアウトである。


 幸いながら目の前の男性は、アンシュラオンにとっては「汚い労働者」としか見えていないようなので、こうして診察の段階にまで至ったのだ。


 だが、まだ安心はできない。



(女性以外は、見返りがないと治療しないのよね…)



 若干の軽蔑の表情を浮かべながら、シャイナが仮面を被った医者を見る。


 胡散臭い。雇ってもらった自分でもそう思う。


 自分はもちろん、さっきの母親に対しても意味不明な理由でセクハラをしたし、その中身はやましい気持ちで一杯に違いないのだ。


 しかし、実際にあらゆる病を治す名医だ。命を救うので、同じ読みでも「命医」と呼んでもよいほどだろう。


 彼はどんな病気でも治してしまう。普通の医者が発見すらできない身体の奥深くにある小さな腫瘍でさえ見つけ出し、一分もかからず消し去ってしまうのだ。


 その神業治療は重い病にとどまらない。彼にかかれば身体中の毒素をすべて抜くことも可能なのだ。


 一度アルコール中毒の男がやってきたが、細胞のすべてを洗浄して一瞬で治してしまった。


 当然治せるのは身体的なものだけなので、その後に彼がまた飲めば同じなのだが、身体を一度正常な状態に戻すことができるのだ。



(だったらどうして…。いや、今は仕事に集中しないと。私だって看護士志望なんだから)



 シャイナは看護の勉強をしている。医者になるかはまだわからないが、人の命を助けるような人間になりたいと思っている。


 だからこそ、この名医と呼ばれるホワイトのところに来たのだが、正直すべてが規格外で学ぶものが何もない。



(なんであんな簡単に…。この人は、本当に何者なんだろう?)



 あまりに謎すぎて、どこから詮索すればいいのかもわからないほどだ。


 そんなホワイト医師ことアンシュラオンは、男と話を続ける。



「その腕、どうされました?」


「いやー、原因がわからなくてなぁ。一ヶ月くらい前から痛くなっちまってさ。困っていたんでさぁ。おいら、大工でね。商売上がったりですよ」


「ほぉ、大工ですか。なるほど、なるほど」



 大工と聞いて、アンシュラオンの表情が変わる。



(あっ、この声音は悪いことを考えている時のものだわ)



 シャイナは直感した。これは食いつく、と。


 仮面を被っているので表情は見えないが、この声音の感じは興味を抱いた証拠である。しかも「利用できる」と思った時のもの。


 彼女はホワイト医師のことをつぶさに観察していたので、わずかな差異も見分けられるようになったのだ。


 そしてその通り、アンシュラオンはこんなことを考えていた。



(大工か。大工なら、この小屋を作り直せるんじゃないのか? おっさんだから適当にあしらおうと思ったが、これは使えるかもしれないな。どちらにせよ大工とつながりを持つのは悪いことではない)



 誰だって快適な場所で暮らしたいと思うもの。


 いくらアンシュラオンとて、さすがにこの小屋には嫌気が差してきたところだ。もっといい小屋がいい。


 それに今後のことを考えれば、大工と知り合うのは悪い話ではない。そのうち自分の家を建てるかもしれないのだ。


 その時にまた使えると思い、治療することにした。



「それは大変だ。すぐに治してあげましょう」


「ああ、でも、先生。実はあまり金がなくて…。名医だって聞いたから…その…きっと高いんだろうなぁ」


「なるほど、お金がないのですか。でも、あなたはここに来た。可能性があることを知っているからだ」



 男の身なりはあまりよくない。労働者階級なので、裕福でないのは自然なことだ。


 だが、期待もしている。


 彼らがわざわざ長い距離を移動してここまでやってきたのは、ホワイト医師の噂を聞いたからだ。


 多少は悪い噂もあるが、女性から話を聞けば、それはもう神様のような人に聞こえるだろう。


 普通なら医者にかかるだけで、かなりの大金がかかる。それをほぼ無料で治療してくれるのだ。期待しないほうが嘘である。


 この男も、わずかな希望にすがってやってきたのだ。そんなことは態度を見ればすぐにわかることだ。



「ちなみに、あなたは腕の良い大工ですか?」


「そりゃぁもう、ガキの頃から何十年もやってるからなぁ。自信はあるさぁ」


「ならばあなたにもわかるはずだ。仕事は金のためだけにあるわけじゃない。誰かの役に立つためにあるのです」


「うん、その通りだ。おいらだって、この仕事に誇りを持っている。自分が建てた家で新しい家族が生まれる日なんて、もう最高の気分だぁな。がんばってよかったぁって思う。そんときゃ金のことなんて考えてねぇよ」


「そう、その通りです。私も同じことです。あなたを助けることは、きっと大勢の人々の幸せを生むことにつながるはずなのです。助けた人がまた誰かを助け、それが広がって社会がよくなる。素晴らしいことです。ですから、お金などいりませんよ。これはお金なんかで計算できるようなことじゃない。ぜひ治させてください」


「せ、先生…本気なのかぁ?」


「はい。私の目を見てください。嘘はついていませんよ」



 仮面で目が見えないが、何一つ嘘は言っていない。目的は金ではないからだ。



「うう、先生…ありがてぇ。どうか、たのんまさぁ。おいらは腕がなくちゃ生きていけねぇ。このお礼は必ずするからぁよぉ、どうかたのんますぅ!」


「ええ、私に任せてください」



 その言葉に、ニヤリと笑うアンシュラオン。


 獲物が罠にかかった瞬間の猟師の顔である。



(自分から言い出すとは扱いやすい男だ。まあ、どんな患者でも財産以上の医療費を請求すれば、こう言うしかないけどね。くくく、ちょろいもんだ)



「では、始めましょう。腕を見せてください」



 おっさんの腕に命気触診を開始。


 始めて数秒で、すぐに原因を特定。



(普通に骨折しているな。治りかけているけど、破片が神経に刺さっているのかな? それで痛いんだろう)



 原因は簡単。骨折した際に剥離した破片が突き刺さっているのだ。


 おそらく仕事中に骨折したが、そのまま放置していたのだろう。折れた箇所も若干変形しており、違和感が残っているはずだ。



(こんなもん一瞬だ。剥離した骨を溶かして、神経を修復して、折れた箇所の骨を整形してっと…)



 命気が即座に腕を修復。完治である。



「はい。終わりましたよ」


「え? もう!?」


「動かしてみてください。痛みはないはずです」


「ほ、本当だ! い、痛みが消えた!! 痛くねえ!」


「よかったですね。これからもお仕事をがんばってください。みんなのために」


「先生! いつでも呼んでくだせぇよ! うちの若い衆も連れてきて、どんな家でもすぐに建てちまいまさぁ!」


「ああ、ありがとう。とても助かります」


「うちは下級街に店があるんでさぁ。本当にいつでも呼んでくだせぇ! 恩を受けたら絶対返す! それが下町の男だぁな!」



 そう言って、男は自分の店の場所を教えて帰っていった。



「うむ、予定通りに事が進んだな」


「やっぱりまた打算でしたか」


「治してやったんだ。それくらい当然だろう? 金以外でも受け付けているんだから、十分良心的だと言える。いや、もはや仏や神に等しい慈悲だ。オレは素晴らしい!」


「自分で言ったら価値が半減ですよ!」


「いちいちつっかかるな、お前は。乳を出せ! 揉んでやる!! それが雇う条件だったはずだ!!!」


「きゃっーー! 嘘つかないでください! そんな約束していませんよ!」



 バコンッ


 覗き撃退用の木の棒で殴られた。酷い。痛くはないがショックだ。


 ただ、収穫もあった。この棒は威力に問題があるとわかったので、今度釘バットにしようと思った。毒を塗るのも面白い。



「あのな、お前には簡単に見えるかもしれないが、この治療も疲れるんだぞ」


「そうなんですか?」


「これは普通のものとはまったくの別物だからな。それ自体を維持するのは問題ないが、相手に合わせるのはなかなか大変だ」



 命気は戦気が昇華したものなので、それ自体はアンシュラオンの精神エネルギーの一部である。


 自分のオーラを相手に合わせるのは、なかなか難しい。相性もあるし、相手の属性によっては反発することもある。


 それを誰にでも適応させるために、毎回相手に合わせて微調整を行っているのだ。そのうえで病気を治療するのだから高等技術のオンパレードである。



「本当ならば治らない病気も多い。それだけでも感謝してもらいたいもんだな。そもそも病気の大半は自業自得でなることが多い」


「…そう……ですね」


「それじゃ、次を入れてくれ。さくさくいくぞ」


「…はい」


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