85話 「ホワイト先生のお仕事」


 風呂から上がると、二人は着替えを始める。


 今日は、外でやることがあるのだ。



「と、そうそう。これを忘れないように」



 アンシュラオンは、お出かけ用の白い仮面を被り、サナには黒い仮面を被せる。


 もう二度とコスプレなんてしない! と思っていたものだが、案外あっさりとまたやることになったりする。


 仮面は前に使っていたものとは違い、フルフェイス状のものだ。何かを食べる時だけ、かぱっと口のところだけが開く構造になっている。


 もともとは何かの魔獣素材で作られた鎧の頭部だったのだが、余計なものを取り払ったらバイクのヘルメットみたいになってしまったので、それに多少手を加えて使っている状態だ。


 あとは蒸れないように送風ジュエルを取り付け、アンシュラオンのものだけ白く塗装したら完成である。


 最初はいびつだったが、この一ヶ月少しずつ手を加えたおかげで、それなりに見られるものになったという自信がある。



(何かあったときのために、念には念を入れて予防策を講じたほうがいいだろう)



 あくまで今の自分はホワイトなのである。外に出る際は顔を隠すべきだろう。





「ホワイト様、お出かけですか?」


「うん、【仕事】に行ってくる」



 ホテルのカウンターでホロロに出会う。


 彼女はアンシュラオン専用メイドとして常に控えているので、すべての用事は彼女を通じて行われる。こうして出るときも必ず会う決まりである。



「い、行ってらっしゃいませ!」



 ホロロの隣にいた若い女の子の従業員が頭を下げる。


 その頭の下げ方もホロロと比べると初々しく、まだ経験が足りないことがすぐにわかった。おそらく入って日が浅い新人従業員なのだろう。


 実際にその通りで、彼女は二週間前にホテルに就職したばかりの新人である。


 このご時勢で新しい人間を入れる余裕はあまりないように思えるが、アンシュラオンによって毎日収益があるホテル側が、より充実したサービスを提供するために雇ったと思えば不自然ではない。


 たまに豪勢な食事を要求したりするので、そういった際の手伝いには使えるだろう。



「えっと、何度か会ったよね」



 アンシュラオンは彼女と何度かホテル内で会ったことがあった。軽くすれ違う程度だが、一応面識はあるので気軽に声をかける。



「名前を訊いてもいいかな?」


「は、はい! ミチルと申します! 入ったばかりですが、どうぞよろしくお願いいたします!」


「ミチル?」


「っ! な、何か私の名前に問題でもありまひっ、ありましたでしょうか!?」


「………」


「あぅっ…あうう……」



 ミチルが緊張して噛んだのは、アンシュラオンがじっと見ていたからだ。今もまだ見ている。


 人間の感覚とは鋭いもので、こうして仮面を被っていても視線がわかるのだ。



 アンシュラオンは、ミチルを見ている。



 その間、彼女は小柄な身体を縮込ませていた。



「…ふむ」



 それから少しだけ視線を横にずらしてホロロを見てから、再びミチルに視線を戻す。



「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」


「は、はい!!」


「それともオレが見境なく人を襲うように見える? 仮面を被っているようなやつは信用できないかな?」


「い、いえ、そんな!!」


「ははは、冗談だよ。ちょっと知り合いの名前に似ていたからさ。昔を思い出しただけだよ」


「そ、そうですか…よ、よかったです」



 彼女が緊張するのも無理はない。なにせ他の従業員にとってみれば、ホワイトなる人物はあまりに謎に包まれているのだ。


 ホテル内においては最上階から出ることはないし、その対応はすべてホロロが管理している。ベッドメイキングまで全部彼女がやっているので、他の者が付け入る隙がない。


 ホロロは大変だと思うが、これも余計な情報を表に出さないためである。


 しかしながら、外に出るときも仮面を被るなどして過剰にガードしているので、それが逆に他人の興味をそそってしまうというマイナス面も存在する。


 人間、隠されているとむしろ気になるもの。今や上級街において、ホワイトなる人物の噂を聞かない日はない。


 ミチルもまた、そういった話をよく聞いているはずだし、実際に会うとなればさらに緊張するだろう。極めて自然な反応に思える。



 アンシュラオンは、再び玄関口に歩を進める。


 それに合わせてホロロも付いてきた。



「馬車はいかがいたしましょう?」



 アンシュラオンとサナの邪魔にならないように誘導してくれる姿は、さすがに熟練した業であると感じさせる。


 ミチルが未熟であるせいか、それがより際立って感じられた。



「馬車はいいや。ゆっくりと散歩しながら行くよ。夜になったら戻ると思うから夕食はお願いね。ああ、そうそう。帰ったら話があるから部屋で話そうか」


「かしこまりました。楽しみにしております」


「それじゃ、行ってくるよ」


「お気をつけて行ってらっしゃいませ」



 ホロロの綺麗で洗練されたお辞儀を見ながら、外に出る。







 アンシュラオンはホテルを出ると、西に向かって歩いていく。


 さすが上級街。通路はしっかりと綺麗な石畳で舗装されており、中級街と比べても歩きやすい。


 ただしその間、特に人と出会うことはなかった。



(相変わらず閑散としているな。住民がゾンビになった映画みたいだよ)



 アメリカのパンデミック映画のように、住民が謎のウィルスに汚染されてゾンビになり、廃墟と化した街並みを彷彿とさせる。


 特にこのあたりは住宅街ではないので、ある程度進んでしまうと外観は簡素になり、遠くに城壁が広がっている野原しか見えなくなる。


 実に不思議で奇妙であるが、城壁都市なのだから仕方ない。逆にホテル街だけでも景観がよいことを感謝すべきかもしれない。



 それから三キロほど移動。


 歩くペースはサナに合わせているので遅いが、しっかりとサナにも歩かせる。サナも特に疲れた様子を見せず、トコトコと歩いていた。



(サナも鍛えてあげないとな。まずはゆっくりと体力作りだな。戦士であれ剣士であれ、それが術士であっても体力は重要だ。すべての基礎は体力にある)



 どんなに強くても持久力がなければすぐに倒れてしまう。逆に体力があれば生き延びる力となる。


 体力は何においても重要なのである。


 サナが何に向いているかわからないが、こうやって少しずつ鍛えていくつもりでいた。


 しかし、こうして普通に歩いているあたり、サナは意外と体力があるような気がする。



(けっこう歩いた日もあったけど、一度も疲れたことがなかったな。それとも表情に出ないだけか? 取り戻した時もいきなり倒れたし、サナは顔に出ないから判断が難しいな。逆にポーカーフェイスは戦闘では有利なんだが…)



 表情を変えないクールビューティーも魅力的である。それも育成の選択肢の一つになるだろう。


 そもそも感情剥き出しというのはサナにはありえない雰囲気なので、選択肢はおのずと限られるが。



 そんなことを考えていると遠くに上級街の街並みが見えてきた。


 この先は商業街がある地域で、もっとも人が多くいる場所である。


 上級街全体が閑散としていても、局所的には人は集まっているものだ。その筆頭が商業街に買い物にやってくる人々である。


 中級街から来る人間もいれば、外からやってくる人々もいるので、常時それなりに賑わっている場所ではある。



 ただし、アンシュラオンの目的地はそこではない。



 そんな賑わう商業街から少し離れた郊外にある野原に、ぽつんと小さな建物があった。


 大きさも人が六人も入れば狭いと思えるほどのもので、掘っ立て小屋と呼ぶのが相応しいものである。


 それも仕方ない。何の建築知識もないアンシュラオンが、そこらに余っていた木材を適当に組み上げただけのものだからだ。


 こんな家に住みたいと思う人間はいない。アンシュラオンも、自分で建てたにしてもあまりに酷いと思える出来である。



 しかしながら、そこに長蛇の列があった。



 まったくひと気がなかった道程が嘘のように、そこだけやたらと人が集まっている。


 その数は三百人はいるだろうか。上級市民の数が約千人なので、その三割程度の人数がいることになる。


 当然、いるのは上級市民だけではない。彼らの中には、かろうじて服と呼べるようなものを着ている者もおり、裕福な上級市民とは明らかに違う人間も交じっていることが一目でわかる。


 されど、どんな人間であれ、ここにやってくる者たちの目的は同じだ。



「あっ、先生が来たぞ!」


「ホワイト先生ーー!」


「お待ちしておりましたーー!」


「きゃー、ホワイト様よー!」


「カッコイイーー!」


「黒姫様もカワイイー!」



 人々がアンシュラオンたちを発見した途端、あちらこちらから声が上がる。


 その声は老若男女から上げられ、しかも後半は黄色い声も交じっている有様だ。仮面を被っているのでカッコイイとかはわからないはずなのに、いつしかそういう声も増えていった。


 完全に噂だけが先行している印象だ。彼らの大半は貴族説を信じているのだろう。迷惑な話である。



(今日も人が多いな。時間がかかりそうだ)



 アンシュラオンは手を軽く上げて応えながら、歓声に喜ぶよりも人数の多さにげんなりする。



 ここは―――「ホワイト診察所」。



 謎の名医ホワイト先生が患者を診るための【仕事場】である。


 ホテルに行った時、場当たり的に「私は医者です」と言ってしまったので、仕方なく嘘を真実にさせるために作った診察所である。


 【診療所】としなかったのは、あくまで診察をする場所だからだ。


 所詮偽物の医者なので治せない病も多くある。そのため、ここはあくまで診察をする場所であり治す場所ではない、という意味を込めて名付けたものだ。


 だが、命気の力は凄まじく、案外どんな病気でも治してしまうので、あっという間に噂は広まって人々も増えていった次第である。


 それには当人もびっくりだ。



(なんだよ、命気って。便利すぎるじゃないか。この調子だと他の最上位属性にもとんでもない力が眠ってそうだな。姉ちゃんの臨気とかも攻撃以外に使えるんじゃないのか? 火力発電とかできそうだよな)



 水の最上位属性だけが便利ということはないだろう。他の火、風、雷、それぞれに何かしら有用性がありそうである。


 しかし、姉はきっと攻撃にしか使わないだろう。うん、間違いない。



「はい、ちょっと通りますよー。あー、触らないでくださいねー」



 アンシュラオンが通ろうとすると、力士に触る観客の如く、人々が手を伸ばしてくる。


 その中の一つの手がサナに触れようとしたので―――



「はい。汚い手で触れないでくださいね。ボキンッ!」


「ぎゃー! 腕がーーー!」



 あっさりと叩き折る。


 安心してほしい。アンシュラオンが腕を折った人物は男だ。



(どさくさに紛れて可愛いサナに触ろうとするとは、なんたるやつらだ。せめてムサい男は診察禁止とかにすればよかったよ)



 最初はこんなに人が来るとは思っていなかったので、何の条件もなく始めてしまったのが災いしている。


 しかし、そんなアンシュラオンにも癒しが存在する。



「あっ、先生。おはようございます!」



 人々を掻き分けながら小さな診察所に到着すると、白いナース服に身を包んだ金髪の女性が出迎えてくれた。


 金髪に碧眼なので、日本人が一般的にイメージする外人に近い特徴だ。


 ただ、この世界の人間はアニメ調に見えるのであまり違和感がないし、周りも多種多様なので目立ちもしない。


 可愛く明るい感じの女の子であり、今年で二十歳になったばかりだというバリバリの「若い子」である。



(元気がありすぎるのも苦手なんだよなぁ。心がおじさんにもなると、そういうのって苦手になるし…)



「うむ、シャイナ君、おはよう。モミモミ」


「きゃっ!」



 と思いつつ、当然のごとく胸を揉む。


 これはもう条件反射なので仕方がない。



「相変わらず柔らかいな。マキさんよりも柔らかさでは上か? この生乳モンスターめ」


「いきなり揉んでおいて、なんて発言ですか!?」


「褒め言葉だ」


「セクハラですよ!」


「それも褒め言葉だ。モミモミ」


「きゃっ!」



 人の話を聞かない先生は問答無用で乳を揉む。医者がセクハラをするのは当然なのだ。



(うむ、若いとはいえやっぱり女性が一番だ。シャイナを雇ってよかったな)



 シャイナは三週間前に雇った女性で、主に人員整理をやってもらっている。


 初日にホロロの母親を癒してから話が広まり、さらに患者を癒し続けたら一週間でやたら人が来るようになったので雇ったのだ。


 ナース服はアンシュラオンが個人的趣味で着させているものだが、シャイナ自身にも『看護』スキルがあるので嘘ではない。


 『看護』スキルは、単純に治療効果が増幅するので使えるスキルである。医者でなくても、薬師かヒーラーあたりで十分やっていけるかもしれない。



「今日も人が多いね。二日に一回にしたのに減るどころか増えてるよ」


「先生のような名医に診ていただけるのならば当然ですよ」


「名医…ねぇ」



(自分で始めたんだから、いまさら面倒くさいから嫌とは言えないよな。…しょうがない。この惨状も受け入れるか)



 どのみちホテル暮らしは暇である。


 飽きるまではやってみようかと思ってがんばることにした。


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