「ホワイト先生と太陽の子犬」編

82話 「ホワイト先生の優雅な暮らし」


 サナを手に入れた日から一ヶ月の時が経った。


 グラス・ギース自体に大きな動きはまったくなく、いつもと同じ平和な時間が過ぎていく。


 新しい発展がない代わりに、静かで細々とした生活が続くのが、この都市の特徴である。


 周囲を強力な魔獣に囲まれたこの地方では、人間が進出できる土地はなく、現状維持が精一杯なのだ。これも仕方のないことである。


 しかし人々は、一ヶ月前のことをふと思い出しては「ああ、あの時は楽しかった」と懐かしむ。


 そう、あの瞬間だけは、街全体が若さを取り戻したように活気付いていた。


 若者は歳相当に馬鹿騒ぎし、中年も久々に熱気を取り戻し、老人も新しい余興に渇いた心が潤った。



 それを演出した張本人―――アンシュラオン。



 彼にその気はまったくなかったのだろうが、単なる気まぐれが街全体をお祭り騒ぎに導いた。


 もともと規格外な人間なので、やること成すこと全部が破天荒で、その規模も大きくなる。


 古いものをあっさりと捨て去り、壊し、踏みつけて自分の都合よく改変してしまう姿は、横暴だが活気に満ちている。


 この年老いた都市において、彼の活力は珍しく、とても貴重なものである。


 人々は、あの楽しい日がまたやってくることを期待したが―――




 一ヶ月経っても何も起こらず、それどころか彼の姿を見た者はいなかった。




 そもそも彼がグラス・ギースに滞在していた時間は短く、立ち寄った場所もスレイブ館とハローワーク程度。


 実際に姿を見た人間もごくごく少数なので、「アンシュラオン万歳 = ビールおかわり」といった風習と噂ばかりが一人歩きしていく。


 そのため当然ながら一切の消息が掴めず、まったく音沙汰もない。そのせいで一時期、彼はこの都市を去ったのではないかと噂されることもあった。


 事実、彼は下級街や一般街に姿を見せることはなかった。



 そう、アンシュラオンという名前の人物は。



 しかしながら、彼が都市からいなくなったわけではない。


 では、どこにいたのかといえば―――




―――高級ホテル




 グラス・ギースの第一城壁の中にある上級街。その一角には富裕層だけが泊まれる宿泊施設がある。


 マキから教えてもらった【ホテル街】である。


 通常のビジネスホテル風のものもあるが、多くはリゾート地を意識したような高級ホテルが居並んでいるエリアである。


 城壁内部なので海は見えないものの、特別に作られた池は大きく、見ようによっては海と錯覚するかもしれない造りになっている。


 これでヤシの木でも生えていれば、まさにリゾート気分を満喫できるだろう。



 そのホテル街で一番高いホテル―――ホテル・グラスハイランド〈都市で一番高い場所〉



 このホテルもリゾートを意識した造りであるが、名前の通り、このグラス・ギースで一番高い建造物である。


 もともと第一城壁内部が一番高い台地となっており、そこにホテルを建てたので必然的に高い場所になる。


 領主城よりも高い建造物を建てることは権威の関係上、好ましくないと思うかもしれないが、ホテルが大きい分には、障壁が破られた場合に砲撃を防ぐ盾になるので許容されているらしい。


 加えて、外国の貴族などが泊まる際、地方領主より格が上の王族が来る可能性もある。そうした場合の、ちっぽけな自尊心を満足させるためにも有用であるようだ。


 そして、そのちっぽけな自尊心を満喫している人物が、グラスハイランドの最上階にいた。




 その人物の名は―――ホワイト。




 ミスター・ホワイト、あるいはホワイト先生と呼ばれる【医者】である。


 その名前の由来はとても簡単で、彼の白い髪の毛や、いつも着ている白い服などから容易に想像できるし、当人もわかりやすいと思っている。


 ホワイトは、グラス・ギースで一番高いホテルであるグラスハイランドの最上階、二十五階にある一番値段の高い部屋を借りている人物である。



「今日もいい天気だなー」



 ホワイトは今、屋上にいた。


 屋上にはプールが設置されており、最上階を借りている客だけが利用できるVIPエリアとなっている。


 そこにはバーもあるので、夜に街を一望しながら優雅な時間を過ごすこともできる。


 ただし最上階にある八部屋は、ホワイトなる人物がすべて借り切っているので、このプールを利用できるのは現在では彼しかいない。


 いや、もう一人。彼の隣にいる黒い少女、通称「黒姫」だけが利用できる。



 もう面倒なのでぶっちゃけると―――当然ながらアンシュラオンとサナの二人のことである。



 アンシュラオンはサナにジュエルを付けた後、上級街のホテルに向かった。そこでホワイトという偽名を使ったのだ。


 騒動を起こした領主城に近い上級街に行く以上、あまり目立ちたくはなかったのだ。また、アンシュラオンという名前がどこかで漏れているかもしれないので用心のためである。


 高級ホテルは、お忍びでやってくる人間が多い手前、客に対して詮索をしないことがルールになっている。


 少年と少女だけが泊まりに来ようが、金を持っていれば何も言われず大歓迎されるのだ。


 しかも一気に最上階全部を借り切ったほどの金持ちならば、何を詮索する必要があろうか。逆に、一日でも長く泊まっていてほしいと思うものであろう。


 そして一ヶ月の間、彼と彼女はここで優雅な生活を満喫しているというわけである。



 彼は今、どんな生活をしているのか?



 自分の人生を楽しむためならば手段を選ばない男である。


 そんな人間が真面目に暮らすわけもないが、せっかくなので、それをこれから少しずつお見せしようと思う。



「サナ、いつもの体操をしような」


「…こくり」



 サナは頷き、アンシュラオンと一緒に『ラジオ体操』を始める。


 これは毎朝欠かさずやっていることだ。


 おや、意外に真面目じゃないかと思った人は、この男のことをまだ甘く見ている。


 しばらくは普通のラジオ体操のように身体を動かしていたが、突如両手を天に掲げ―――発射。


 両手に集めた戦気を上空に放出。



 ドーン シュルルルルッ




 上空高くに舞い上がり、放物線を描いて―――領主城に命中。




 城の四階に当たり、一部が吹っ飛んだ。



「いやー、爽快爽快!! 今日も気分がいいなー! サナはどうだ?」


「…こくり」


「そうかそうか。サナもいい気分か! いやー、やめられないな、こいつは! 毎朝の楽しみだよ!」



 毎朝、アンシュラオンは領主城に戦気弾をお見舞いしている。


 最初は領主城を見るたびに、領主の傲慢な振る舞いを思い出してイラついていたのだが、思いきってこれをやり始めてから、あまりの爽快感に癖になってしまったのだ。


 今では領主城を見るたびに清々しい気持ちになるほどだ。



「おっ、慌ててる、慌ててる。あはははは!! 見ろよ、サナ。人が蟻のようだ! 毎日やっているんだから、そろそろ慣れればいいのにな! はははははは!」



 その爆音に衛士たちが慌てている。


 アンシュラオンはそう言うが、実際にやられる側としてはたまったものではない。


 しかも遠隔操作でカーブをかけたり、螺旋を描きながら毎回当てる場所を変えるので、相手は防ぎようがない。


 一回、結界のようなものが張られたことがあったが、それをあっさり破壊してからは相手も諦めたようで、特に対策はしてこなかった。


 おそらく事情を察したガンプドルフあたりが、「もう受け入れるしかない」とか言ったのかもしれない。


 もはや毎朝の災害として認識されており、「今日も降ってきた!!」とうろたえることしかできないのが現状だ。



 ちなみに今日狙ったのは、イタ嬢の部屋の前の通路である。


 ここを潰したためイタ嬢はすぐに移動することができず、朝食にありつくのが一時間遅れることになる。


 ただ、これはアンシュラオンだけが原因ではない。


 助けようと思えばすぐに助けられたはずだが、その役目を果たすはずのファテロナが、孤立したイタ嬢を眺めながら一時間悶えていたのだ。


 侍従長が助けないのだから、他の侍女が助けるわけにもいかない。



「はぁはぁ、お嬢様! ナイス困惑顔です!」


「ファテロナ、何をしているの!? 早く助けなさい!」


「嫌です!! ぐへへへ!! さあ、泣き叫べ!」


「ファテロナの馬鹿ぁぁぁあーーーー!」



 というやり取りが今日も聴こえてくるようだ。実に平和である。



「さて、オレたちも部屋に戻って朝食にしようか」


「…こくり」







 部屋の前の通路に戻ると、ちょうど一人の女性が朝食を持ってくるところだった。



「これはホワイト様、黒姫様、おはようございます」


「うん、おはよう。ホロロさんは今日も綺麗だね」


「うふふ、ありがとうございます」



 ホロロは、手を頬に当てて笑顔を浮かべる。


 ホロロ・マクーン。アンシュラオンがこのホテルで部屋を借りた時、従業員の中から自ら選んだ【メイド】である。


 当然ながら女性であり、マキや小百合と同じくらいの年齢帯の美人のお姉さんである。髪の毛は濃い目の紫、目は黄色の虹彩を放っている。


 マキが凛々しい、小百合が可愛いとすれば、ホロロは艶っぽいお姉さんだ。歩いているだけでも、ついつい見惚れてしまう色気を放っている。


 だからというわけではないが、アンシュラオンが―――ホロロの尻を触る。



「うん、今日もいい触り心地だ」


「あんっ、ホワイト様ったら…黒姫様も見ておられますよ」


「大丈夫、大丈夫。この子はそんなつまらないことにこだわる子じゃないから。モミモミモミ。あー、癒されるなー。この内側もいいんだよな」


「あっ! そこは!」



 尻から股間に手を回して太もも側に侵入し、その感触を堪能。


 柔らかくて温かくて、実に楽しい時間を味わう。



 セクハラである。



 完全に完璧にセクハラであるが、ホロロはじっと耐えている。べつに泣き寝入りをしているわけではない。



 その顔は―――とろんと緩んでいた。



 顔を紅潮させて興奮する表情は演技ではない。声を押し殺しながらも嬉しそうにしている。



(オレのお姉さん殺しは絶好調だな)



 今日も自分のお姉さんに対する魅了効果を確認。ホロロも年上なので、当然ながら魅了効果が発揮されているのだ。


 それからしばらく尻を堪能したあと、下着にチップの一万円を挟む。



「ホワイト様、はぁはぁ…お望みなら、いつでもお相手いたします…。今すぐにでも…はぁはぁ」


「ありがとう。そのときはまた頼むよ」


「もう、そう言ってなかなか呼んでくれないんですから…意地悪な御人です」


「こう見えても忙しいからね。そうそう、お母さんの調子はどう?」


「おかげさまで元気になりました。先生には本当に感謝しております」



 アンシュラオンがホワイト医師を名乗っているのは伊達ではない。しっかりと治療も行っているのだ。


 医療知識などないので病名は適当に言うしかないが、命気を使えばある程度の病気ならば回復できる。


 特に細胞系に強く、ガン細胞くらいならば一瞬で破壊・再生が可能である。


 ホロロの母親もガンで寝込んでおり、ろくな治療もせずに他の医者からは余命数ヶ月と言われていたらしい。


 グラス・ギースは大きめの都市とはいえ、あくまで城塞都市の域を出ていない。まだまだ文化的にレベルは低く、医療も万全とは言いがたい。


 ろくな設備もないので高度な診察もできず、こうした末期患者は麻薬で痛みを誤魔化しながら死んでいくしかない状況である。



 それをアンシュラオンが、一瞬で治療。



 それからホロロは完全にアンシュラオンに魅了されてしまった、というわけだ。



「このような高額なチップまで毎日いただいて…この感謝の気持ちをどうお伝えすればよいか…」


「いいって、いいって。いつも違うところで返してもらっているからね。これからもよろしくね」


「…はい。あなたのためならば」



 股間を堪能するだけではない。それ以外の面でもホロロには世話になっているので、実に使える女性である。


 今では信頼できる貴重な人材の一人、言ってしまえば「スレイブ候補」であろうか。


 アンシュラオンのスレイブは、まだサナ一人であるが、次にスレイブにする人材の目星を付けている段階である。


 ホロロは見た目や体格、技能、献身性を考えれば十分合格といえる。



(こうなるとホロロさんも嫁候補かな。といっても、その前にマキさんと小百合さんだな)



 アンシュラオンには、マキと小百合という二人の嫁がいる。順番としてはそっちからやらないと、あとで揉められても困る。



(側室の序列はしっかりしとかないとな。やっぱり声をかけた順、マキさん、小百合さん、ホロロさんかなぁ)



 アンシュラオンは案外、こうしたところはしっかりするのである。


 昔の経験から、上下関係はちゃんとしておかないと、家庭だろうが組織だろうが崩壊してしまうことを知っているからである。


 もちろん、その状況を簡単に受け入れられないから揉めるのだが、今のアンシュラオンには魅了効果があり、その言葉はほぼ絶対だ。


 年上は魅了し、それ以外はギアスで縛る。そうすれば秩序は絶対的に保たれるのだ。


 アンシュラオンが、サナが一番だと言えば一番だし、マキが二番だと言えば二番となる。その点では非常に便利な世界である。


 江戸時代にも魅了とギアスがあれば、大奥も和やかな場所になっていただろう。



「…じー」


「おっと、考えている暇はなかった。まずはご飯を食べようね」



 サナの視線がさきほどから朝食に釘付けなので、まずは彼女のお腹を満たしてやらねばならないだろう。


 主人たるもの、女性のお腹を満たすのは最低限かつ最優先の義務であるのだから。



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