80話 「サナと契約 前編『青き輝きのジュエル』」


「旦那、加工が終わったっす」


「思ったより早かったな」



 サナに早めの夕食を食べさせ、まったりしていた午後七時過ぎ、モヒカンが戻ってきた。


 その手には、クッション箱に入った青く輝く美しいジュエルがあった。



「加工はそんなに早くできるのか? 急いで粗悪品になっても意味がないぞ」


「そこは大丈夫っす。一番腕の良い職人に任せたっすから問題ないっす。単純に最優先でやらせただけっす。職人もかなりやる気だったっすから、仕上がり具合には自信があるっす」



 モヒカンも「急がなくていいから良いものにしてくれ」と頼んだのだが、その原石のあまりの見事さに職人が魅了され、他の仕事を放り出して夢中になってしまったのだ。


 職人も芸術家である。その燃え滾るリビドーを爆発させ、一世一代の大仕事と言わしめるほど実に見事な出来栄えとなっている。


 ペンダントともぴったり。まさに職人芸だ。



「そうか。それなら安心だな。お前にしては張り切ったもんだ」


「そりゃもう、今後ともよろしくされたいっすからね」


「商売っ気を出しやがって。まあ、オレに従う限りはお前にも利益を与えてやるから安心しろ」


「ありがとうございますっす! 期待するっす!」



 そのモヒカンの欲望に塗れたにやけ顔は、人によっては嫌悪感を抱くかもしれないが、逆に信頼できるものだ。


 アンシュラオンにも一つの矜持がある。


 それは、どんな相手だろうが支配下に治めたならば利益を与える、ことである。



(人間は利益がなければ動かない。ただの暴力だけでは限界がある。それを前の人生で知ったからな)



 アンシュラオンが抱くある種の人間不信は、数々の失敗体験によって生まれたものである。


 だが、そのおかげで大切な教訓を得ることができた。人を動かすのは利益であると。それに例外はないと。


 その利益は金だけではない。その人間の自尊心だったり自意識の拡充であり、承認欲求と呼ばれるものであり、金では買えないものも当然含まれる。


 人間は誰しも他人あるいは神から認められたいという願望を持っている。これを抱かない者はおらず、むしろ人間はこのためだけに生きているともいえる。


 たとえば無私無欲はこの世界にありえない。なぜならば、いかなる無私の善行とて、霊はその先に未来と進化があることを知っているからだ。


 善行をしたという自己満足があり、正しいことをしたのだという正義感があり、社会に貢献したのだという充足感があり、自己犠牲を果たしたことによる陶酔がある。



 それすなわち―――【快楽】。



 人間は快楽を常に求めている。


 安定した収入、幸せな家庭を求めるのも、心の安息と快楽を得たいからである。


 そうした、その人間にとって居心地のよい地位や場所を提供することも、円滑に支配するうえで大切な要素の一つだ。


 モヒカンは単純に金だろうが、働きを認めてやることも彼の欲求を満たすことにつながるはずだ。それによってさらに役立ってくれるだろう。


 支配の対価に、その人間の欲望を満足させる。それはある種、もっとも対等な関係でもある。



「それで、そのジュエルは使えるのか?」



 デアンカ・ギースの例があるので少し心配だったのだ。これで使えないとか言われたら、さすがのアンシュラオンもショックである。


 だが、モヒカンは笑う。



「大丈夫っす。むしろ、凄いものだったっす! これが鑑定書っす!」



 モヒカンがジュエルの鑑定書を渡してくる。


 ジュエルに限らず、物品の価値を証明する際には鑑定が必須である。


 この世界においても鑑定は非常に重要な要素であり、このグラス・ギースにも鑑定屋があるほどだ。


 むしろ鑑定をしていないジュエルは怪しくて使えないというのが、この世界における常識らしい。



(なんだ、店に行けば誰でも利用できるのか。それならオレも最初からそうすればよかったよ。といっても、そこまで調べたいものではなかったから、どうせ放置だっただろうけどね)



 それから渡された鑑定書を見る。



「なになに? サンダーカジュミロン〈帯電せし青き雷狼の凪〉? それがあの魔獣の名前か?」


「そうらしいっす。調べてもらったっすが、かなりの希少種らしいっすね」


「あの程度の狼が…か」


「図鑑を見ても名前しかわからないそうっす。現物を見た人間はいないとかいう話っす」


「火怨山の麓の森にいたやつだからな。たしかにこのあたりでは希少かもしれないな」



 アンシュラオンが倒した魔獣は、サンダーカジュミロン〈帯電せし青き雷狼の凪〉という、狼型の希少魔獣であった。


 第五級の抹殺級魔獣にガルドックの上位種であるカミロンという狼がいるが、そのさらに上位となる存在である第四級の根絶級魔獣であるカジュミロンの、そのまたさらに上位の希少種である。


 このサンダーカジュミロンは第三級の討滅級魔獣に該当するが、希少性を考えれば第二級の殲滅級魔獣にも相当するという。


 このランク付けは、ただの強さだけを示しているのではない。希少性や有用性なども考慮されているから、弱くても上位指定になることがある。


 サンダーカジュミロン〈帯電せし青き雷狼の凪〉が得意とするのは、雷による攻防能力と、雷をまとった咆哮による精神衝撃波。


 感電させながら相手の精神もズタズタにする危険な魔獣である。不意打ちとはいえ、それを秒殺したアンシュラオンがおかしい。


 当然、そんな魔獣がこの付近にいるわけもないので、その原石ともなれば最上級の逸品であることだけは間違いないようだ。


 それを加工して作ったのが、この青いジュエルである。



「しかし、図鑑にも載っていないのに、よく魔獣の名前がわかるな」


「鑑定は術式っすから、使うとデータが自動的に紙に書き出されるらしいっす。そこに魔獣の名前が載っていたそうっす」


「ほぉ、それは興味深いな」



(物の情報を読み取る術なのか。とすれば、オレの情報公開に似ているな)



 アンシュラオンの情報公開は人間のデータを読み取り、鑑定は物のデータを読み取るものなのだろう。


 こうなると人間のデータを読み取る術式もどこかにありそうだ。



(読み取れるのがオレだけじゃない可能性は十二分にありえる。…ある程度気をつけないとな。まあ、読まれたところで何も変わらないけどさ。お互いに情報を知っていればイーブンだし)



 相手が読むならこっちも読む。マイナスにはならない。


 ただ、相手が密かに情報を取得していると遅れを取るので、そこだけは注意が必要だろうか。



「鑑定書には『雷の属性』とあるな。ジュエルにも属性があるんだな」


「発掘された地層の影響を受けるっすね。魔獣の場合は、その魔獣の属性が宿るみたいっす。用途と合致していると効果が倍増するっす」


「ギアスは何の属性が合うんだ?」


「そこまでは知らないっす。うちが使っているのは【汎用無属性タイプ】っすから」


「誰にでも合うようにってことか。それもまた道理だな。この青い石の適応タイプは…『精神』。こちらのほうがギアスに特化しているのは間違いないな」



 傾向としては、物理攻撃に特化している魔獣が『攻撃』、装甲の厚い魔獣が『防御』、術式などの攻撃を仕掛けるものが『魔力』と、それぞれ特性に応じてタイプも変化する。


 サンダーカジュミロンは精神攻撃を仕掛けるタイプの魔獣ゆえに、原石の適合タイプも精神。まさにスレイブ・ギアスにはぴったりである。


 また、このどれにも属さないものを『汎用』と呼び、何にでも使えるタイプもある。


 が、使いやすい反面やはり器用貧乏なので、どれかに特化したものより品質は落ちるらしい。



(属性に関してはあまり関係なさそうだな。重要なのは精神タイプかどうかだ。これだけ綺麗なのだから大丈夫だろう)



 アンシュラオンから見ても、なかなか美しい宝石である。


 非常に純粋で清らかで、サナにとてもよく似合う色合いだ。雰囲気も良い。



「加工屋は、これほどのものをスレイブに使うのは勿体ないと言っていたっす。売れば相当な額に…数十億は軽いと…」


「欲を出すな。それはサナへの【プレゼント】なんだ。欲しければまた違うのを取ってきてやるから諦めろ。それより準備をしろ。今からやるぞ」


「了解っす。それじゃ、さっそく機械にセットするっす」



 モヒカンが、術式を付与する機器を持ってきた。


 何かの液体が入った透明な筒が付いた箱状のもので、見た目は簡素だが高度な術式が付与されていることがわかった。



(これは思っていたよりすごいな。結界の術式レベルだぞ)



 城壁の上にあった術式も相当なものだったが、この機器もかなり高位のものである。作った人間は紛れもなく天才に違いない。


 しかし、用途が用途なので、それが善人であるかは疑わしいところだ。



(一度改めて解析してみないと何か仕込まれていたら怖いな。とはいえ、すでに確立された技術のようだから安定性は高そうだ。今はそのまま使ってみるか。しかしまあ、なんとも無造作に扱うものだ。無知とは怖いな)



 モヒカンは何気なく使っているので、その危険性にはまったく気がついていない。


 この世で一番幸せなのは金持ちや成功者ではなく、無知なのではないかと思える瞬間である。何も知らないとは平和なことだ。


 そんなアンシュラオンの思いをよそに、モヒカンは加工した青いジュエルを筒の中に入れる。


 液体に重みがあるのか、ジュエルは真ん中あたりで浮いていた。



「その液体は何だ?」


「術の効果を高める触媒っす」


「原料は何だ?」


「錬金術師から仕入れるっすが、中身は知らないっす。名前はたしか…『思念液』とか言うっす」


「錬金術師…リングを作ったやつか。腕は良さそうだが、どうにも胡散臭いな。変なことはしていないだろうな」


「術式自体、自分たちからすれば全部胡散臭いもんっすよ。疑い出したらきりがないっす。使えるものは使うっす」


「たしかに合理的な考えではあるが…。ところで一度付けたギアスは解除できるのか? イタ嬢のものが残っていたらどうする?」


「表向きには、ジュエルを外せばギアスは解除される、ということになっているっす。でも実は、ジュエルがなくなっても、しばらくその影響は受けるっす」


「精神に痕跡が残るんだな。理由はわかる」



 精神構造は、意識して作られるものである。


 たとえば英才教育のように、子供の頃から同じことを繰り返していると、潜在意識にその痕跡が刻まれて特定の構造が生まれる。それによって無意識に熟練した動作をすることができるようになる。


 言語や思想もこれと同じである。同じことをずっと考えていると、いつでも頭の中にそのことばかりが浮かんでしまい、自然と同じ考え方をしてしまうようになる。


 宗教家や思想家、経済学者などが、何があってもその理論に基づいた考え方をする理由がこれだ。頭の中にすでに独自の思考回路が生まれているので、新しい考え方ができなくなることが多い。


 精神術式はそうした新しい精神構造を刻み込むものなので、一度その構造が生まれてしまうとジュエルがなくなっても、しばらくはその影響が残る。


 その人間の意思が弱ければ、精神構造は残り続け、あるいは自ら強化してしまい、死ぬまで影響下に置かれることもある。


 精神術式とは怖いものなのだ。



(だが、サナがギアスをかけられていた期間は、たかだか半日。半日で素人がベテランにならないように、その程度ではまったく影響はないと思っていいな。それに、ベルロアナ程度の闇ではオレには勝てん)



 実際、アンシュラオンの光はベルロアナの闇を切り裂いている。


 あの光景は、つまるところ「精神世界での優劣」を示している。


 ベルロアナがかけた精神的圧力よりも、アンシュラオンの精神エネルギーのほうが圧倒的に強力であり、より上位のものだったのだ。


 それから判断しても、仮に影響が残っていてもアンシュラオンならば上書きはたやすいと思われる。


 粉々に砕き、消失させ、そこに新しいギアスを植え付けるのだ。もはや誰も立ち入れない領域である。


 逆にアンシュラオンがかけたギアスを誰かが外すのは、ほぼ不可能であることも示している。



「ふむ、その件は大丈夫だろう。それで、どうやる?」


「触媒用の術式が刻まれた緑のジュエルをここにはめて、あとは旦那がここに手を置いて、スレイブになる子はそっちに手を置くっす。それから契約内容を強く念じるっす」


「念じるだけか?」


「そうっすね。簡単っす。錬金術師が言うには、この液体が思念を術式に変換して刻み込むらしいっす」


「だから思念液か」



 使うものは、機械、思念液、触媒となるジュエル、それと刻み込むジュエルである。


 契約者の意識が思念液で増幅・変換され、触媒のジュエルに刻まれた精神術式を介し、新しいジュエルに刻み込まれる。そういう仕組みだ。



「では、さっそくやるか。オレはこっち、サナはこっちだ。ほら、手を置いてごらん」


「…こくり」



 アンシュラオンが、手型の形にくぼんだ場所に手を乗せ、その反対側にサナが手を乗せる。


 ちなみに腕がなくても、どこかしらが軽く触れていれば問題ない。多少離れていても大丈夫だ。そもそも精神は肉体にあるのではなく、霊体のオーラに格納されているからだ。


 ただ、手を乗せたほうが一般的には集中しやすい。それだけのことである。



(念じる。イメージを。サナとオレの関係を)



 アンシュラオンはイメージを膨らませ、強く、強く念じた。


 想像するのは、サナと一緒にいる自分。兄としての自分。妹としてのサナ。


 あの時、約束した誓いを思い出す。


 意思無き少女を自分の意思で埋めること。




 喜びを教えてあげること  ――― 笑っているサナの顔


 楽しさを教えてあげること ――― はしゃいでいるサナの顔


 怒りを教えてあげること  ――― 怒っているサナの顔


 痛みを教えてあげること  ――― 苦しそうなサナの顔




 最初はぼやけていたものが、少しずつ具体的な形になっていく。映像になっていく。事象になっていく。



(サナ、サナをどうしたい? 妹として愛したい。オレの本当の妹のように接したい。本物の妹よりも、もっともっと深く、オレの心の奥底まで埋めるような存在に! そして、オレもまたサナを埋められるような存在に!!)



 強く強く、強く思う。


 もっと強く もっと強く もっと強く

 もっと強く もっと強く もっと強く

 もっと強く もっと強く もっと強く


 サナに対する愛情をこれでもかと注ぎ込み、固め、圧縮し、燃やしていく。


 上昇し、下降し、うねり、回転し、ひしゃげるように想いが絡まった瞬間、不思議な現象が起こった。



 アンシュラオンの身体が輝きを帯び、室内を白い光で包んだ。




 その中に―――幻影を見る。




(サナ…? サナ…なのか?)




 それはサナの姿。


 ただし、サナは今の姿とは違う。


 もっと大きくなって背も伸びており、すっかりと大人びた雰囲気を醸し出している。



 しかし、黒い着物はズタボロで、手に持った黒く美しい刀も真っ二つに折れていた。



 場所は暗くてわからないが、周囲が赤く燃えていることがわかる。


 建物は崩れ、大地は割れ、木々は燃え、天は裂け、人々は倒れ、世界がいている。



 空に輝く二つの禍々しい星が激しく衝突して、世界を破壊していく。


 そして両者が砕け、絡み合いながら堕ちていく。



 天が終焉を告げ、世界が割れていく。



 それは終末、まるで【災厄】が再来したかのような壮絶な光景である。




 サナは何かに立ち向かおうとしていた。折れた刀を構えて、戦おうとしていた。




 だが、それを一人の女性が止める。必死に何かを訴え、サナを引きずっていく。


 抵抗するが、すでに力尽きていたのだろう。がくっと倒れて、女性に抱かれながら引っ張られていく。




 そのサナは―――泣いていた。




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