77話 「サナと馬車」


 それからハローワークで小百合に軽く挨拶をしてから、裏の素材置き場でデアンカ・ギースの原石を回収。


 それもすっぽりとポケット倉庫に入ったので、便利この上ないアイテムである。


 慣れてきたら種類別に整理する必要があるが、今はとりあえず中サイズのポケット倉庫で間に合いそうだ。



(この原石はギアスには使えないが、これだけ大きければかなりの量になる。そのうち使うこともあるだろう)



 武器には適合するらしいので、また機会があれば使おうと思っているが、しばらくは倉庫の中で眠っていてもらおう。





 そして、アンシュラオンが向かったのは、ハローワークの近くにある馬車乗り場。


 さすがに昨晩のように街中を走っていくのは問題があるので、サナのために馬車を借りて向かうことにしたのだ。


 馬車乗り場は壁に囲まれた大きな倉庫の中にあり、その背後には馬を預かる厩舎も併設されている。


 壁には「馬車組合公認」という看板が掲げられ、その隣に馬車の番号と持ち主の名前が記されていた。


 グラス・ギースでは、衛士たちのような領主軍以外に公の機関は存在していない。


 ほぼすべての業務をハローワークなどの民間に委託しており、馬車も民間の組織が運営している。


 組織といっても個人事業主の集まりであるので、基本的には個人対個人の契約で物事が進められていく。


 この馬車組合も同じで、共同スペースは同じ馬車業の人間で管理するが、それ以外は個人の自由というシステムになっているようだ。


 よって、料金も各馬車でまちまちである。



(領主の手抜きシステムに見えるが、実際のところ悪い案じゃないな。経済の活性化は常に民間によって行われるからな。それに加えて金も税金で自動的に手に入る。あの領主が儲かると思うと腹立たしいが、胴元の特権だな)



 さすがに全行政機能をハローワークに丸投げはどうかとも思うが、荒れ果てた地方の領主があれこれやるよりも、全世界的に知名度がある大組織を誘致したほうが楽なのは事実である。


 都市を脅かす存在以外に対しては、領主は基本的に何もしない。経済は民間任せ。これがグラス・ギースの基本理念だ。


 黙っていても税金は手に入るので、実にあこぎな商売である。宝くじを買うより、売る立場になったほうが儲かるのは当然だろう。




 それから案内板に従って移動すると、倉庫の中に数台の馬車が停まっていた。そのどれもがかなりの大きさである。



(地球の馬とは少し違うな。かなり太くて逞しい)



 馬車を引く馬は、競馬などで走るサラブレッドとは違い、もっと強靭な肉体をしていて大きい。


 人を乗せたソリを引っ張る「ばんえい競馬」というものが地球にあるが、あれに使われる重量級のばんえい馬に似ている。


 他に違う点があるとすれば、ツノがあるくらいだろうか。それ以外は馬と呼んで差し支えない外見をしている。


 前から見るとかなりの迫力だが、馬の目は穏やかで人に十分慣れていることがわかった。



「ねえ、この馬車って好きなところに連れていってくれるの?」



 アンシュラオンが、御者だと思われる若いあんちゃんに声をかける。



「ああ、もちろんだ。指定してくれれば、街中ならどこでも行くよ」


「区間を走っている馬車とは少し違うね」


「あれは定期馬車だからな。こっちは指定馬車だ」



(バスとタクシーの違いかな?)



 アンシュラオンの想像通り、指定馬車はタクシーのようなものだ。どこにでも連れていってくれる代わりに少しばかり値が張る。



「下級街の『八百人』って店までお願いできる?」


「了解だ! 任せてくれ!」


「いくら?」


「五百円だな」


「けっこう安いね」


「そうか? そう思ってくれるなら嬉しいが、定期馬車だと百円もしないから高いほうだけどな。速度はどうする?」


「どういう意味?」


「こういう馬車は観光用にも使っているから、そうした要望にも応えているんだ。速くすることもできるが、定期馬車ほどは速度は出ないな」



 このタイプの馬は、スピードよりもパワーに長けている種である。


 実際この馬車の定員は十人なので、多くの人を安定した速度で運ぶことを目的としているのだろう。


 つまりは観光用というわけである。



(焦ることもない。ゆっくりと楽しむか)



「ゆっくりでいいかな。そのあたりは任せるよ。はい、千円」


「五百円のお釣りだな。待ってろ」


「細かいのはいいよ。釣り銭は邪魔になるし。そのまま取っておいてよ」


「おっ、さてはお前ブルジョワだな。なら、ありがたくもらっておくぜ! じゃあ、乗ってくれ」



 この世界にチップの習慣があるのかは知らないが、お釣りはいらないので五百円はあげる。


 受け取ってくれたので、観光用の馬車においては普通にあることなのかもしれない。また一つ勉強になった。



「サナ、乗ろう。手を出して」


「…こくり」



 アンシュラオンが先に乗って、サナを引っ張ってあげる。ちゃんと手を差し出してくれるので、なんだか嬉しくなる。



「それじゃ、出しますよー」



 そして、出発。


 馬の筋肉が収縮を始め、大きな馬車がゆっくり強く動き出す。


 少しずつ流れていく街の光景を見つめながら、アンシュラオンは思いに耽る。



(平和だな。それがこの都市の日常なんだろう。昨晩の騒動が嘘のようだよ)



 領主城に忍び込んだのは昨晩のことだが、すでにかなり昔のことに感じる。


 それはおそらく、サナがいるから。


 サナを手に入れる前と手に入れた後では、その充足感は天地ほどの差がある。世界が完全に変わってしまったかのように、すべてが輝いて見えるほどだ。



「…じー」



 そのサナは、流れる景色とそこに暮らす人々をじっと見ていた。


 このあたりは一般街なので、普通に働いている人が多い地域だ。汗水流して働く人々を見て何を感じているのだろう。


 同時に、昼間から働きもしていない兄を見て何を思っているのだろうか。



(まあ、人間の人生なんてそれぞれだ。地球にいた頃も、オレはずっと自由人だったからな。今とあまり変わらない)



 社会が変わる中でいつしか働き方も変わっていく。それにつれて評価基準も変わっていくものだ。


 それでも変わらないものは金。労働の対価となるもの。


 この世界でも金が意味を持つのならば、金持ちのアンシュラオンは優雅に馬車でスレイブ館に向かってよいのである。


 少なくともここは人間の社会。金が通じる世界。火怨山のような武だけが幅を利かせる世界ではないのだから、よりいっそう平和に感じるのだろう。





 時間をかけて、ゆっくりと街を見物しながら進む。


 一般街から下級街に移ると景観がだいぶ変わるが、その変化を見ているのも楽しいものだ。


 ここでようやく半分の道程といった頃、少し変わったことが起きた。



「お菓子あるよ」


「軽食もあるよ」


「甘い果実はどうだい?」



(ん? もしかしてオレたちに言っているのか?)



 馬車が下級街の通りに入った瞬間、カゴを持った女性たちが群がってきた。


 スピードを落としたのでおかしいと思っていたら、観光移動用の馬車は下級街の売り子たちと業務提携をしているようだ。


 彼女たちの売り上げの一部が馬車組合に入り、それによって馬を養う費用を捻出する仕組みである。



「ほらほら、美味しいよ! そこのカッコイイお兄さん、一つどうだい?」


「可愛らしいお嬢ちゃんも、お一つどうだい?」



 カゴの中に商品を入れて掲げ、歩きながら馬車の上に向けてアピールしてくる。お菓子や肉や野菜を挟んだパン、食べやすいようにカットした果実もある。


 子供二人が馬車に優雅に乗っている姿から、どこぞのお坊ちゃんとお嬢ちゃんだと思われている可能性がある。


 事実、金はあるので彼女たちの目は確かであるが。



「サナ、何か食べるか?」


「…じー」



 視線が明らかに一点に集中している。欲しいらしい。


 サナはしゃべらないので目で物を訴えてくる。よくよく観察していれば、何が欲しいかはすぐにわかるようになる。



「じゃあ、そのお菓子ちょうだい」


「まいどありー!」



 少し太ったご婦人が、クッキーがたくさん入った袋を差し出す。値段は二百円だ。


 クッキーの相場を考えれば高いが、観光地と同じく値段が割り増しになっているようである。


 だが、ブルジョワにとっては、はした金だ。



「千円でいいかな。お釣りはいらないよ」


「っ!! ありがとう! 嬉しいよ!! それじゃ、もう一個持っていきな!」



 御者のあんちゃんもそうだが、こういうときに遠慮しないのは逆に素敵である。あげたほうも気分がいい。


 が、その行為が周囲の熱を煽ってしまった。



「こっちのお菓子は美味しいよ!!」


「こっちも最高だよ!!」


「いや、ちょっと…そんなにたくさんは…」


「生活がかかっているんだよ! 買っておくれよ!!」


「息子が死にそうなんだ!」


「旦那が行方不明で!!」


「足がかゆくて!!」


「心が哀しくて!!」


「尻が割れて!」



 最後はもう意味がわからない理由で、ガンガン押し付けてくる。


 もはや問答無用で馬車の中に投げ入れるので、完全に押し売りである。



「わかった。わかったよ。買うからさ!」


「本当かい!! 金! 金をくれ!!」



(とんでもないパワーだ。デアンカ・ギースより強いんじゃないのか?)



 アンシュラオンが根負けするくらいに、おばさんパワーは凄まじい。


 正直、その執念は四大悪獣すら上回るのではないかと思えるほど活力に満ちている。生活がかかっている女性は逞しいものだ。


 しかし、このままでは埒が明かない。押し売りスパイラルに呑み込まれ、馬車の速度もさらに落ちている。


 御者のあんちゃんもさすがにまずいと思って打開しようとしているが、当たり屋のように前に立ち塞がって妨害してくるおばちゃんもいる。もはや暴徒である。



 こうなったら奥の手しかない。




「必殺! 紙幣ばら撒きの術!! とおおっ! さあ、好きなだけ拾うがいい!!」


「っ! お金だよ! お金が舞ってる!」


「これは私のもんだよ!!」


「誰にも渡すもんか!!」


「どきな! 全部私のもんだ!!」



 ロリコンにも語っていた『ばら撒き』攻撃が炸裂し、馬車の背後で醜い争いが勃発する。


 もはや視線は完全に金に移っており、馬車を追いかける者はいなかった。



「ふっ、やはりこの技は人を獣に変えてしまうな。人間の欲とは醜いものだ…」


「もくもく」


「サナは金銭欲よりも食欲か。女性は正直でいいな」



 さっそくサナはクッキーを食べていた。小さなお口でハムスターのようにかじっている。可愛い。


 そして、あっという間に全部たいらげてしまった。



(もしかしてサナは、けっこう食いしん坊なのかな? 太らせないように気をつけないとな)



 地球時代の友人が「女性は皮下脂肪が多いものだ」という理論で嫁を放置していたら、力士のような姿になってしまった恐ろしい過去がある。


 毎日一緒にいると見慣れるので、その異変に気がつきにくくなるのだ。罠である。


 アンシュラオンも、ついついサナを甘やかしてしまいそうなので注意が必要だ。





 そして、ついに目的の場所に到着。



 そこは―――スレイブ館「八百人」。



 相変わらずレストランのような見た目だが、店の前の看板には「現在営業中止」の文字が追加されていた。


 アンシュラオンが店内を壊したので、まだ営業は再開されていないらしい。



 それを見て―――清々しい気分になる。



(うん、まったく罪悪感を感じないな。これくらいで済ませたオレは、なんて優しいんだろう。今回、相当な損害が出たんだ。あいつにはこれからも死ぬ気で役立ってもらわないとな)



 馬車を降りて、ゆっくりと店に向かった。


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