76話 「術具屋コッペパンで、いろいろ買おう 後編」



「マキお姉ちゃんだ!! ぎゅっーー!」



 さきほどとは違い、マッハで抱きつくアンシュラオン。

 


「あらあら、相変わらずなのね! うふふ、ナデナデ」


「久しぶりだから、たっぷりと匂いを嗅いでおかないと!」


「昨日会ったじゃない」


「十二時間以上も会ってなかったんだよ。十分長い時間だよ!」


「うふふ、そうね。私も嬉しいわ」


「…じー」


「あら? その子は?」



 サナがマキをじっと見ていた。



「あっ、そうだ。この子はサナ。オレの妹なんだ!!」


「あら、妹さんなの? とても可愛い子ね~」


「ほら、サナ。マキさんだぞ。挨拶して」


「…じー」


「ほら、ぎゅっとすればいいんだよ。やってごらん」


「…ぎゅっ」


「あらぁ! 可愛い!!」



 サナがマキに抱きつく。そのあまりの可愛さに身悶える。



「でしょーー! 可愛いでしょ!!! すごく可愛いんだよ!」


「ほんと可愛いぃー! お人形さんみたいね! ぎゅっ!」


「…むぎゅっ」



 されるがままに抱きつかれるサナ。それもまた可愛い。



「はぁ、幸せだわ。こんな可愛い兄妹なんて、この世に存在していいのかしら。まさに女神様の奇跡だわ。ところで親御さんは? 一緒じゃないの?」



 門番のマキらしく、そのことに気がつく。


 『母性本能』スキルを持っているので、思わず世話を焼きたくなるのだろう。


 だが、その言葉を聞いた瞬間、アンシュラオンの表情が曇る。



「実は…今は二人きりなんだ。両親は生きているのかもわからないし、昔は姉ちゃんもいたんだけど…不幸な出来事があってさ」


「そうなの…かわいそうに。お姉さんまでなくすなんて…」



 嘘ではない。本当に不幸な出来事があって別れたのだ。正しくはないが間違っていない。



「でも、今はマキさんがいるから寂しくないよ。なっ、サナ」


「…こくり」



 その光景にマキの母性本能が―――爆発。



「ううっ!!! かわいそうに!! 大丈夫よ、私が守ってあげるからね! 私を本当のお姉さんだと思っていいのよ!」


「ありがとう! マキお姉ちゃん!」


「はぁあ! 満たされる! 私の本能が満たされるわぁあ!」



 三人が抱きついて涙を流す。



「あ、あの…ポケット倉庫は……」



 それに置いてけぼりをくらう女の子。突然の状況に対応できていないようだ。



「あっ、そうだった。もらうよ。三つともちょうだい!」


「は、はい。ありがとうございましたー!! 大儲けだーー!」



 客の前で大儲けだとか言ってしまうあたり、最近は当たりが少なかったことがうかがえる。


 その様子にマキも興味津々である。



「あら、ポケット倉庫を買ったの? すごく高かったでしょう?」


「必要経費ってやつかな。魔獣を倒した報奨金もけっこう出たからね」


「それは羨ましいわねー。私は安月給だから、ポケット倉庫なんて夢のまた夢よ。せいぜい符が精一杯かな」


「マキさんなら魔獣くらい簡単に狩れるでしょう? 根絶級くらいは軽く倒してお金稼ぎができそうだけど…」


「衛士だと狩っても報奨金が出ないのよー」


「ええ!? そうなの!? なんてセコい規則なんだ!!」


「私もそう思うけどね、これもお仕事だから」



 衛士は公務員扱いなので仕方がない。そのわりに安月給なので割に合わない職業だ。



「どうして衛士になったの? ハンターのほうが儲かりそうだけど」


「街の人々を守りたいからかな。困っている人を見ると放っておけないし、みんなの平和な暮らしを守りたかったのよ。みんなの笑顔が報酬ね。それで十分だわ」


「うっ、眩しい!」



 マキのあまりに立派な理由に、アンシュラオンの闇の心がダメージを受ける。


 スレイブを好き勝手したいという理由でがんばっている自分とは比べられない崇高な理由だ。



(さすがマキさんだな。みんな真面目ですごいな。オレには無理だよ)



 本来ならば見習うところだが、自分には無理とわかっているので早々に諦める。



「そういえば、ここには符もあるんだよね」


「ええ、私はそれを買いにくるのよ。この篭手の強化とかに使うの」


「マキさんは、よく来てくれるんですよ」



 ポケット倉庫を袋に入れた女の子が戻ってくる。


 どうやら常連というのはマキのことだったようだ。



「昨日ちょっと強く殴りすぎたせいか、篭手の調子が悪くてね。【核剛金かくごうきん】の符を一枚もらうわ」


「はい! いつもありがとうございます!」



(ラブヘイアをボコった時のか。けっこう本気で殴ったんだな)



 ラブヘイアが思ったより頑丈で、篭手が少し緩んでしまったようである。


 その調整が終わり、最後の仕上げとして符で強化しに来たらしい。


 変態はどんなときでも他人に迷惑をかけるものである。困ったものだ。



「核剛金って? 初めて聞くけど」


「物質を強化する術式なの。それをかけておくと、とっても丈夫になるのよ。前もかけておいたんだけど、もうけっこう昔だからね。そろそろ調整し直す時期だったってことね」


「どんなものでも強くなるの? 金属じゃなくても?」


「何でも大丈夫じゃないかしら。人体には効かないらしいから、それ以外なら使えるわ」


「このペンダントでも?」



 アンシュラオンがサナのペンダントを指差す。



「もちろん大丈夫よ。こういったものなら、それ全体にかかるはずだもの。簡単には切れないし、すごく壊れにくくなるでしょうね」



(こ、これは使えるぞ!! 来て大正解だ!!)



 核剛金は、原子をより強力に結合させることで、物質自体を強固にする術式である。


 これを使えば紐だろうが強固なものになり、剣でも簡単には切れなくなる。ワイヤーカッターを使っても相当な時間がかかるだろう。


 もとよりスレイブ・ギアスは簡単には外れないように出来ているので、さらに符で強化すれば戦闘中でも切れないに違いない。



「それちょうだい!」


「は、はい。わかりました! やった! 今日は当たり日だ!」


「そのペンダントを強化したいの?」


「うん。これで完成じゃないんだ。これにジュエルを入れて加工する予定。妹へのプレゼントなんだよ」


「あら、素敵ね! もしお金に余裕があれば、【原常環げんじょうかん】の符もお勧めよ。少しの傷なら自動で修復してくれるの」



 原常環は、解析したデータを保存しておくことで、軽くヒビが入ったものくらいならば即座に修復してくれる術式だ。


 無機物版の『自己修復』スキルのようなもので、よく名刀などにかけられている修復術式の簡易版である。


 何回か修復すると効果が切れるので、再度かけ直す必要はあれど、核剛金との相性は抜群だ。



「そんなのもあるんだ。最高だね! 両方買うよ!」


「すごい財力ね。一枚五十万だから、私は一つ買うのが精一杯よ」


「教えてくれたお礼にマキさんの分も支払うよ。あの変態のせいなら、オレの責任でもあるし」


「そんな、悪いわよ」


「マキさん!!」


「えっ!?」


「結婚するんだから遠慮はなしだよ。どうしても気になるなら…」


「あんっ」



 アンシュラオンががばっと抱きつき、乳を堪能する。


 やはり小百合より大きい。素晴らしい胸だ。



「これが代金だからいいんだよ! ぎゅっ、ぎゅっ」


「うふふ、くすぐったいわ。あはは、うふふっ」


「オレのものだ! 誰にも渡さないからね!!!」



 そんなやり取りを堪能しつつ、見事に目的のものをゲットである。







「うわっ、すごっ! がんがん吸い込む!」



 外に出たアンシュラオンは、さっそくポケット倉庫を使ってみる。


 まずは白い中型の倉庫を使ってみたのだが、あのがま口から、いとも簡単に大きな斧を吸い込んでしまった。


 ハンマーも軽々吸い込み、あっという間に全部なくなってしまう。



「これ、ちゃんと取り出せるのかな?」


「大丈夫よ。リストが浮かぶはずだから」


「あっ、本当だ。じゃあ、試しに玉を…っと」



 がま口からリストが放射され、その中から物理玉を選択。すると、ぬるっとがま口から玉が出てきた。


 吸い込む時は一瞬なのに、出るときはぬるっと出る。謎の仕様である。



(これで解放されたな。あー、何も持たないってのは楽でいいや)



 ポケット倉庫は、まだ大が二つある。よほど大きなものはともかく、普通の雑貨ならば気にせず放り込んで大丈夫だろう。


 マキもさっそく符術を使い、篭手を強化していた。術士しか見えない数式が浮かび、吸い込まれていく。


 次の瞬間、符が散り散りになって消失してしまった。一回限りの使い捨てだからだ。


 これで五十万とは、付術師の仕事はボロいものである。術士が家に引きこもる理由がわかった気がした。



「マキさんは今日、非番なの?」


「午前中はね。午後からは少し用事があるのよ」


「ちぇっ、お茶でもしようと思ったのにな。用事って? 仕事?」


「えっと、それは…」


「まさか男と会うの!? 駄目だよ! 許されないよ!!」


「でも私、まだ君と結婚していないし…」


「今すぐしよう!! ぎゅっ!! マキさんはオレのものだ! この腕輪が証拠だよ!」



 たまたま余っていたアクセサリーの一つをマキの右手に装着。


 これでよし。これでもうマキは『予約済み』となった。



「あーん、また君にやられちゃった~。私、君のものにされちゃうのねぇ~」


「そうだよ! ここにジュエルをはめれば、マキさんも完全にオレのものだからね! ほら、用事って何? ちゃんと教えてよ!」


「うーん、機密なんだけど君になら言ってもいいかな。昨晩、ちょっと領主城のほうで何かあったみたいで、私も一回行くことになったのよ」


「何かって?」


「詳しいことはわからないの。ただ、警備態勢を見直すとか何とか言っていたわね。お客さんも来ているみたいだから、そのあたりが関係しているのかしら」


「それって、マキさんが領主の親衛隊に入る、とかじゃないよね?」


「あはは、それはないわねー。そうなれば出世だけど、領主様はスレイブしか近くに置かない御方だからね」


「油断しちゃ駄目だよ! もしあいつがスレイブになれとか迫ってきたら、金玉を潰していいからね!! 陰毛をヒゲに移植してやってもいいからね!! いや、目に植えてもいい! 眼球に刺すんだよ! ともかく絶対頷いたら駄目だからね! もし何かあったらすぐオレに教えてね!」


「え、ええ、わかったわ」



 ものすごい剣幕にマキが若干引き気味になったが、念入りに釘を刺しておく。



(領主のやつ、ちょっと身の危険があったからってビビリやがって。マキさんに何かあったら、ただじゃおかないぞ! ファテロナさんやあの剣士のおっさんがいるんだから、それで我慢しておけよな!! エロオヤジめ!!)



 自分の嫁の一人があの領主のところに行くと思うと最低の気分になる。


 どのみちマキが加わったところでアンシュラオンには勝てないのだから、そのあたりを認識してもらいたいものである。


 もし最悪のことになったら、さらってでもマキを奪還しようと誓うのであった。



「そういえば、マキさんはどこに住んでいるの?」


「前は下級街の宿に住んでいたけど、衛士になってからはずっと東門の宿舎かな。一応、東門を出た先の砦に部屋があるけど、女は私一人だからね。すぐに出ちゃったわ」


「それはいい判断だね! 男なんて信用できないよ! マキさんは綺麗だから気をつけないと」



 マキのストーカー衛士を思い出す。ああいうやつがいると思うと、門の宿舎も危険かもしれない。



「君の宿は大丈夫? 今はどこにいるの?」


「それが、まだ決まっていないんだよね。昨日は知り合いのところに泊めてもらったけど、今日はさすがに探さないといけないし…」


「そうなの…。妹さんもいるから、ちゃんとしたところがいいわね。それなら下級街はやめておいたほうがいいわ。あそこは正直、あまり良い宿はないからね」



 マキの言葉には実体験の重みがある。武人の彼女でもそう思うのだから、子供が住むには向いていないのだろう。



「それ以外にも宿はあるの? この一般街とかには?」


「ここにも宿はあるけれど、長期間の滞在には向いていないかな。商人とかビジネスマンが利用する短期宿だからね。グラス・ギースには、どれくらいいるつもりかしら?」


「まだしばらくいると思うよ。マキさんもいるしね」


「うふふ、嬉しいわ。そうなると、やっぱり上級街のホテルかしら。…値段が高いのがネックだけどね」


「中級街にはないの?」


「あそこは一戸建て専門の区域なのよね。この街の重要機関の職員が多いわ」


「じゃあ、上級街のホテルでいいかな。今日行っても空いてるかな?」


「大丈夫だと思うわ。あそこは基本的に空いているし」


「そんなんでいいの? 経営は大丈夫なのかな?」


「最近は貴族の外遊もないし、上級街は暇なんじゃないかしら」



(そういえば、かなりガランとした感じだったな。もともと住んでいる人間も少ないしな)



 上級街は、外から来たブルジョワな人間を相手にする場所なので、あまり中の住民は利用しないらしい。


 今はホテル街も閑散としているという話である。



「そっか。一度行ってみるよ。ありがとう!」


「それじゃ、私は行くわ。また会いましょう」


「うん、気をつけてね!!」



 今日の宿の目処は立った。サナが一緒ならば、安宿という選択肢はない。


 多少高くても上級街でかまわないだろう。



(さて、これで準備は整った。次はついにあそこに行こう)


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