72話 「サナとハローワーク」


「それでは着替えてきますので、ロビーのほうでお待ちください」


「うん、わかったよ」



 無事ハローワークに着き、小百合さんが裏側の駐車スペースにバイクを止めに行く。


 バイクでの移動は初めてだったので楽しかったと素直に思える。


 小百合との仲も縮まったので、結果的にはすべてオールOKである。


 それからサナを見る。



「サナ、似合っているな」



 現在、サナの格好は着物である。


 江戸というよりは大正時代の着物のイメージに近いだろうか。小百合が小さな頃に着ていたものが残っていたので借りたのだ。


 サナは寝巻き姿だったので、それ以外の服を持っていなかった。その意味においても小百合の家に行ったことは幸いであった。



「小百合さん、いい人だな」


「…こくり」


「いい人にはちゃんと報いないといけないぞ。せめてお辞儀くらいはしような」


「…こくり」


「その代わり、悪いやつには遠慮しちゃいけない。徹底的に叩き潰すんだぞ」


「…こくり」



(うんうん、教育は大事だ。しっかりとオレがこの子を一人前にしないとな。そのために日々いろいろなことを教えてやろう)



 サナが何を言っても頷くのをいいことに、アンシュラオンは自分色に染めようと考えていた。



 アンシュラオンの考え方、価値観に染まる。



 これをイタ嬢やガンプドルフが聞いたら、おそらく顔が青ざめるに違いない。いったいどんな将来が待ち受けているのか心配になる。





 それからサナと手をつないで、ミスター・ハローの前に行く。



「ハロー、ハロー」


「…じー」


「ハロー、ハロー」


「…じー」


「ハロー、ハロー」


「…じー」



 サナがミスター・ハローを凝視している。


 初めて見るのならば誰もが驚くだろうから、サナの行動はとても自然である。


 が、ひたすら凝視を続ける。



「ハロー、ハロー」


「…じー」


「ハロー、ハロー」


「…じー」


「ハロー、ハロー」


「…じー」



(不毛だ。とても不毛な戦いだ)



 ミスター・ハローも譲らないし、サナも譲らない。両者の間で何かの戦いが起きているのは間違いないが、まったくもって無価値なものである。


 されど、ミスター・ハローのお辞儀は素晴らしいので、サナにとっては教育材料の一つだ。



「サナ、お辞儀はああやってするんだぞ」


「…こくり」


「教えてもらったミスター・ハローにお礼をしないとな」


「…こくり。ごそごそ」



 すると何を思ったのか、サナが袖から飴を取り出した。


 小百合からもらった飴で、たんきり飴というやつだ。大きな寺のある場所では、飴を切っている店がけっこうあるので、お参りに行く途中によく見かけるかもしれない。



 それを―――投げた。



 お辞儀をして、ちょうど頭を上げる瞬間のタイミングで、ミスター・ハローの顔に向かって飴を投げつける。



 ミスター・ハロー、危ない!!



 と思った人は、まだ甘い。


 飴が顔に当たる瞬間、口を開けて飴をキャッチ。そのまま何事もなかったかのようにお辞儀を繰り返す。飴を舐めながら。



「…じー」



 サナはそれをじっと見つめていた。どことなく満足げな様子がうかがえたので、どうやら飴をあげたかったらしい。


 だが、あげ方にちょっと問題があった。



「サナ、飴をあげたかったのか?」


「…こくり」


「物を渡すときは、ゆっくり手渡しをするんだ。こんなふうにな」



 飴を持って、サナに差し出す。


 サナはしばらく眺めたあと、ゆっくりと手に取った。



「そうだ。物はこうやって渡すんだ」


「…こくり」


「よし、いい子だな。じゃあ、そろそろ中に入ろうか。ミスター・ハロー、今回もいい勉強になったよ」



 中に入るアンシュラオンたちを見送るミスター・ハローは、誇らしげにお辞儀をした。





 ロビーには、まだあまり人がいなかった。


 人が少ないほうが何事も騒ぎになりにくいので、それはそれでアンシュラオンにとっては助かるものだ。



「アンシュラオン様、こちらですー!」



 小百合が手を振って出迎えてくれた。もう完全にアンシュラオンに虜のようだ。



「人が少ないね。朝ってこんなもん?」


「いつもはもっと多いですね。今日が少ないのです。さきほど同僚に聞いたのですが、昨日のアンシュラオン様の一件で、多くの傭兵がまだ酔い潰れて寝ているという話です」


「あの一億のこと?」


「はい、そうです。かなり盛り上がっていましたからね。あんなグラス・ギースは初めて見ました」



(サナのことですっかり忘れていたな。まあ、楽しんでくれたのならばいいか)



 それから窓口に行き、改めて用事を済ます。



「お金を下ろしたいんだよね。もうなくてさ」


「かしこまりました。その前に素材の代金はどういたしましょう?」


「あっ、そうだった! 魔獣の素材もあったんだ。いくらになったの?」


「原石が五千万、その他の素材が三千万、合計で八千万円となっております」


「税金は?」


「すでに引いた額がそれです。アンシュラオン様は中級市民なので、優遇措置として25%の税率で済みます」



 アンシュラオンが75、都市への税金が25。


 ハローワークはその税金から手数料を取っているので、アンシュラオンの取り分が減ることはない。



「た、高いね。原石ってそんなにするんだ」


「原石の大きさもそうですが、今回のものはとりわけ希少性が高いのです。ジュエル商にも問い合わせていますが、ああいうタイプのものはあまり見かけないようです。流通するジュエルは地層から取り出されるものが多いですからね」


「そうなんだ。地層からのほうが多いの?」


「そちらのほうが一般的ですね。魔獣が心臓を結晶化させるのは、最低でも討滅級以上なので、このあたりのハンターでは太刀打ちできません。だから数が少ないのです」


「たしかにラブヘイアでも無理だしね。それも当然か。で、それだけ高いってことは、かなり良いものなの?」


「特殊な強い力が込められているらしいのです。さすが四大悪獣の原石でしょうか。普通とは違うようです」



(原石か。これから必要になりそうだな)



 スレイブにはジュエルが必要だ。


 しかも普通のものは非常に脆くて弱いので、アンシュラオンはいまいち信用できていない。



(緑のジュエルでは駄目だ。それ以外でもっと強いものが必要となる。デアンカ・ギースの心臓は使えるのか?)



 こちらのほうが強いのならば、サナのジュエルに使ってもいい。


 が、強いという意味が違った。



「それって精神術式にも使えるの? たとえばスレイブ・ギアスとかに」


「鑑定人が言うには【攻撃強化系】のようです」


「攻撃強化系? ジュエルにも種類があるんだね」


「はい。それぞれに適したタイプがあり、攻撃強化系の力を帯びたものは武器などに使われます。一方、アンシュラオン様がおっしゃったスレイブ・ギアスは精神系なので、相性はあまりよろしくないと思います」


「系統の違うものを使ったらどうなるの?」


「無理に使うと、混線して暴走することもあるようです」


「そっか…残念だな」



(攻撃術式が付与されていたというより、あの魔獣がそういうやつだった、ということかな?)



 地層で発掘されるジュエルと違い、魔獣系のジュエルには、その魔獣の本質が反映されることが多い。


 デアンカ・ギースは非常に獰猛な魔獣である。物理攻撃に優れ、パワーで圧倒するタイプの獣なので、その性質が心臓の原石にも影響を与えているようだ。


 そういったものは攻撃系、主に武器などに使用するのが好ましいとされているので、ギアスには向いていない。



「武器などに植え込むには最上級のものらしいのですが…いかがいたします?」


「うーん、特にお金に困っているわけでもないし、無理に売ることもないかな。原石はもらって、残りの三千万円だけ換金することってできる?」


「もちろん可能です!」


「じゃあ、そうしてもらえるかな」


「かしこまりました! すぐにご用意いたします!」



 小百合は喜々として作業に入る。


 アンシュラオンの偉業に携われることが嬉しいのかもしれない。受付嬢にとっては、それが生きがいなのだろう。


 その証拠に、他の受付のお姉さんもこちらの様子をうかがっている。ホワイトハンターであり、デアンカ・ギースを倒したアンシュラオンは有名人なのだ。


 ただ、当人はそんなことは気にせず、お金やサナのことばかり考えていた。



(お金を下ろす必要がなくてよかった。一億円の貯蓄があると思うと心にも余裕ができるな。今はもう所帯持ちだからさ、へへへ)



 サナがいると思うだけで、顔がにやけてしまう。


 サナは隣でおとなしく待っている。手は握ったままなので安心だ。



(原石が使えないのは残念だけど、サナ用に何か作ってあげようかな。でも、武器か…。う~ん、今はあまり必要ないかな。作ってもどうせサナには使えないだろうしね。それにしても、やっぱり領主を殺さなくてよかったな)



 領主を殺していれば都市は混乱に陥っていたに違いない。それを思えば、あの程度で済ましたのは正しい判断であっただろう。


 ただ、領主城に行ったことは後悔していないが、いまさらながら興奮すると暴力的になることを痛感する。



(たまに凶暴になるのは姉ちゃんの悪影響だな。あの人、気に入らないことがあるとすぐに暴力に訴えるし。オレだから平気だけど、人間や魔獣だったら即死だよ)



 たまたま身近にいた人間が強すぎた結果、殴った程度では死ななかったのも加減ができない要因なのかもしれない。


 最強と名高い陽禅公、災厄の魔人パミエルキ、後の空天覇王ゼブラエス。周りがあまりにも突出しすぎていたせいだ。


 それに比べて、今手を握っている少女は、なんと弱いことか。



(サナは、弱い。何かあったら死んでしまう。オレが守らないとな)




「アンシュラオン様、こちらが代金となります」



 小百合が札束入りの紙袋を持ってきた。何度見てもミスター・ハローの絵が素敵である。



「ありがとう。助かるよ」


「原石のほうはどういたしましょう? かなり大きいものですが…」


「ああ、そうだったね。五メートルくらいあったかな? 持って歩くには邪魔だよね…。素材置き場って借りられないかな?」


「しばらくは大丈夫ですが、あまり長期間は難しいかもしれません。他のハンターの皆様もおられますし…」


「そっか。どこかの貸し倉庫でも借りようかな」


「アンシュラオン様は、【ポケット倉庫】はご存知ですか?」


「ポケット倉庫? 何それ?」


「正式名称は【空間格納術】と呼ばれる術式なのですが、無機物ならばどんな大きさでも自由に格納できるものがあるのです。取り出すときも好きなものだけを取り出せます。それでいながら本体はポケットサイズという便利なアイテムです」


「え? そんなのあるの!?」


「はい。ゴーレムを使われる無操術者の標準装備として、西側ではかなり一般的なものです」



 よく術者がゴーレムを突然出すことがあるが、あれは一瞬で生み出しているのではなく、すでに作って空間に待機させていたものを取り出しただけである。


 格納スペースは術式によって広さが違うが、一般的なものでも二十メートル四方は確保できるので、物置としてかなり重宝されている。



 ただし、マイナスの側面もある。



「便利なものですが、術式が封印されている結界内では使用できないことがあります。公の機密機関とか、そういった特殊な場所では使えませんのでご注意ください」


「そりゃそうだよね。凶器とか爆弾を持ち込めるようになっちゃうし、テロし放題だ」


「もう一つの欠点は、東大陸ではまだ本格的に普及がなされておらず、かなり値が張るのです」


「いくらくらい?」


「そうですね…。使い捨ての符なら一枚数十万円、術式が付与されたアイテムならば、最低数百万円以上はするかもしれません」


「安い! 買った!!!」



 ブルジョワのアンシュラオンならば、その程度はたいした額ではない。即決である。



「ここで買えるの?」


「こちらでは扱っていないのですが、街の道具屋で売っています。術具専門のお店もありますから、そちらでお買い求めください」


「買う買う。あっ、そうだ。サナの服も買わないと」


「それなら同じ通りに衣料品店がありますね。一般街なので、このすぐ近くです」



 その後、小百合に詳しい場所を教えてもらう。



「よし、サナ。買い物に行こうな」


「…こくり」



 サナと一緒に買い物である。楽しみだ。



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