71話 「小百合さんと一緒に通勤」


「小百合さん、朝だよ」


「う、うーん…」


「もう六時過ぎだよ。大丈夫?」


 

 ベッドで寝ている小百合を優しく起こす。


 何度か軽く揺すっていると、ようやく小百合の目が開く。だが、その目はとろーんとしている。



「アンシュラオン…様? んんっ、あれ…? わたし、どうしてここに…。あれ? パジャマ?」


「うん、オレが着させたんだ。お風呂上りだったみたいだから、風邪引いちゃうと困るし」


「んー…。そうだ、たしか…マッサージを受けて…んふっ!」


「小百合さん、大丈夫?」


「んふっ…んっ…、だ、大丈夫……あはっ、ですぅ…」



 動くたびに小百合の身体に電流が走る。



 それは―――快楽。



(はぁはぁ、この快感はいったい…。ああ、そうだわ。寝る前にアンシュラオン様からマッサージを受けて、私は何度も…。ああ、まだ身体が痺れているみたい)



 まさに夢のような時間。


 【女】にとって最高の時間があるとすれば、それがまさにあのマッサージだと思わせるほど、何度も快楽を味わわせてくれた。


 おかげでパジャマに触れるだけで快感を得るほど、肌が活性化している。まるで十代の敏感な年頃に戻ったようだ。



「はぁはぁ…アンシュラオン様……」


「ん? なに?」


「好きっ!」



 がばっとアンシュラオンに抱きつき―――再び電流。



「あはぁああ! いい、最高! もう離れられない!! あなたの好きにして!!」


「え? あの…小百合さん? ちょっと状況が…」


「あはっ! そこに触れたらぁああ! あはーーーんっ!!」



注意:抱きつかれたので背中に触れただけです。







「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」



 朝食時、小百合から謝られた。



「問題ないよ。小百合さんの可愛い一面が見られて楽しかったし」


「うう、アンシュラオン様の意地悪。そんな人…そんな人……大好きです!」



 いつでも心に正直なお姉さん、小百合。


 その顔はすっきりしていて、今までの寝不足も疲労も、欲求不満さえも一気に抜けたようだ。


 命気マッサージ店を開けば、連日女性で一杯になりそうだ。もちろんお姉さん限定だが。



「こうして妹もお世話になっているし、小百合さんには大感謝だよ。サナ、美味しい?」


「…ぱくぱく、こくり」



 隣では、サナがパンをかじっている。食パンに似たものに柑橘系のジャムを塗ったもので、地球にあるものによく似ている。


 その様子にアンシュラオンもひと安心である。



(よかった。まったく問題ないみたいだな。むしろ元気になった気がするぞ)



 小百合を起こした後、サナも目を覚ました。


 突然むくりと起き上がり、それからお目々がパッチリである。


 朝食の準備をしている小百合をじっと見つめる姿は、餌を待っている猫のようで愛らしかった。


 小百合もその姿に「か、可愛いです!」と何度も嘆息したものだ。



(魅力が高いから人目を引くんだろうな。イタ嬢だってサナの魅力に気がついたから買ったんだろうし。その意味では、あいつはなかなか見る目がある)



 サナがどういった経緯でスレイブになったのかはわからない。


 ただ、この魅力のおかげでいろいろな人に助けられて生きてこられたのだろう。


 イタ嬢が黙っていれば可愛いように、無駄にしゃべらないからこそ愛らしさが倍増する。まさにおとなしい猫である。


 ただし、新しく発見した側面もある。



(サナは案外、はっきりしているな)



 こうしてみると、サナはかなりはっきりした性格をしているようだ。


 寝るときはがっつり眠り、こうして食べる時は、普段の無表情が嘘のようにバクバク食べている。


 小さな口なので一回一回の量は少ないが、もくもくと一心不乱に食べている。その姿は可愛く、どこか小気味よい。


 そう、遠慮がないのだ。恥ずかしがることもないし臆することもない。


 ただただ目の前の食事に集中している。実にはっきりした態度だ。



(ぐだぐだした性格よりも、よっぽどいいな。またサナが好きになったよ)



 そんな意外な側面を見つつ、料理も堪能する。


 メニューは朝食らしく、パンとジャム、目玉焼き、サラダ、それとスープまで付いている。



(こうしてちゃんとした料理を食べるのって初めてかな? ダビアと一緒に来たときは、ほとんど保存食だったしね)



 いざ改めて思うと、この旅で料理をちゃんと食べるのは初めてだ。


 ダビアと一緒の時は、半分緊急事態だったので満足な食事はなく、せいぜい集落に寄った時の鳥の丸焼きくらいなもの。あとは乾物などの保存食がメインだ。


 アンシュラオンも料理はできるが、独りだと面倒に感じてあまりやらないものである。


 捕まえた魔獣で多少ダビアに料理を作ったりもしたが、適当に調味料をぶっかけて焼いただけのものばかりだった。


 これが姉ならば、下ごしらえして丁寧に仕上げるが、男に対してはそんなものである。


 だから小百合の料理には興味があるし、作ってもらうなんて滅多になかったこと。貴重な体験である。



(味もあまり地球と変わらないな。こういった料理は、この地域独特のものなのか? それとも一般的なものかな? そのあたりもよくわからないな。まあ、訊いてみるのが一番早いか)



 ただ、直接「この料理って一般的なの?」と訊くのはおかしな感じがするので、出身地を訊いてみる。


 それがわかれば料理のこともわかるだろう。小百合の出身には興味があったのでちょうどいい。



「ねえ、小百合さんって、もともとこのあたりに住んでいたの?」


「地の人間ではありませんね。私は幼い頃に両親と西側からやってきたんです。両親もハローワークの職員でして、新しく東に支部を作るために移住してきたんです。今勤めている人たちは、だいたいそういった感じの人ですね」



(ダビアと同じってことか。でも、政治犯とは関係ないみたいだし、単純に仕事で来たって感じだな)



 小百合から感じる雰囲気が、明らかにダビアとは違う。


 ダビアは何かこう、反骨心のような明らかに強い意思をもって人生を歩んでいる感じだが、小百合からはそこまで強いものを感じない。


 人生において激しい労苦を味わうと、人間の顔つきも変わってくるものである。ダビアにはそれがあり、小百合にはない。


 悪く言えば流される人生だろうが、良く言えば尖った部分がないので、とても柔らかく感じる。女性ならば後者のほうがよいに決まっている。



「西側って文明が発達しているって聞いたけど、食事とかもそうなの?」


「それは場所によりますね。隣接している国でも風習は違いますし、東側とあまり大差ない国もあったりします。私がいた国はレマール王国と呼ばれる中規模国家だったので、それなりに発展はしていましたね」


「レマールの食事ってどんなの? ここにあるのと同じ感じ?」


「そういう人もいましたが、あそこはお米が多かった気がします。幼い記憶ですが、ごはんに味噌汁が定番だったような…。たしか納豆もありましたね。あっ、納豆というのは…」


「それって完全に日本じゃん!!」


「へ? ニホン?」


「あっ、いやいや、ごめんごめん。つい興奮しちゃってね。納豆は知ってるよ」


「おお、それは素晴らしいです! このあたりでは作っていないので、たまに懐かしくなります」


「そのレマールって国をもっと教えてよ」


「ご興味がありますか? ただ、教えるといってもそこまで特徴がある国ではないですよ。水が豊かな国で、国色は水色ですね。国旗も水色の地に竜が描かれたものですし。あとは剣術が盛んですね。ダマスカスも古流剣術で有名ですがレマールにも多くの剣豪がいて、みなさん刀を愛用しています」


「刀…サムライソードってやつ?」


「それもご存知ですか。ええ、そうです。このあたりでは刀はあまりないですけどね。どうやら扱いが難しいとかで…」


「もしかして着物とか着てる?」


「はい。着ている人は多いですね。私も昔は着物を着ておりましたよ」


「その国の人たちって、髪の毛の色は黒系が多い?」


「私のような、ですか? どちらかといえば水色が多いですね。血統遺伝のあるレマール王家は、全員が水色の髪の毛をしています。真っ黒もいますが、さほどではないですね。水色から赤黒の間、少し濃い紫色が一番多いかもしれません」



(やっぱり人種は多様なんだな。しかし、水色や紫頭で着物に刀か。完全なるサムライかぶれの外国人じゃないか。観光地にいそうだよな)



 江戸村でコスプレをする外国人を想像してしまった。



「しかし、アンシュラオン様は博識ですね」


「たまたまだよ。オレが住んでいた国も似たような文化だったからさ」


「それはまた素晴らしいです! 私との相性もばっちりというわけですね!」



 そうして笑う顔は、どことなく日本を思い出させる。



(小百合さんが日本人の系譜というよりは、そのレマールって国が日本に似ているのかもしれない。これは興味深いな。ただ、日本は飽きているから行きたいとは思わないけどね)



 そんなことを考えていると、サナが食べ終わる。



「サナ、美味しかったか?」


「…こくり」


「ああ、ちょっとこぼれてるな。お兄ちゃんが拭いてあげるからな。ふきふき」


「………」


「サナ、小百合さんに『ご飯、ありがとうございました』って言うんだぞ」


「………」


「『ごちそうさま』は?」


「………」



 サナはじっとアンシュラオンを見るだけである。



「うーん、しゃべるのは無理か。小百合さん、ごめんね。妹はあまり声が出ないんだ」


「お気になさらずに! まったく気にしておりませんから! それより朝から素晴らしいものを見せてもらいました。ああ、素敵なお二人ですね…うっとり」



 アンシュラオンもサナも美形なので、二人が並ぶだけで絵画のような美しさを醸し出すのだ。


 小百合にそういった趣味はないが、そんな彼女でも見惚れるくらいに素晴らしい光景であった。







 それから出勤の時間となり、三人は外に出る。


 アンシュラオンもハローワークに用事があるので、一緒に行くことにした。



「小百合さんはどうやって職場まで行くの? 馬車とか?」



 グラス・ギースなどの大きな都市では、移動は馬車が基本である。


 アンシュラオンも見かけたが、大通りには定期的に各区間を馬車が走っており、バスの感覚で利用されている。


 場所が近ければ歩いても行けるが、ここからハローワークまでは五十キロくらいある。歩くのは無理なので、何かしらの交通手段を使う必要があった。



「馬車で通う同僚もいますが、私は使っていませんね。時間がかかりすぎますし」



 馬車もそんなに速度が出るわけではないので、三時間以上揺られて通勤する人もいるようだ。


 しかし、それだと時間がかかりすぎるし、いざというときに困る。



 そのため、小百合はこれを使っている。



 家に併設されているガレージを開けると、そこには黒く輝く物体があった。


 それを見て、アンシュラオンが思わず叫ぶ。



「あっ!! バイクだ!!」



 それは【バイク】。


 まさに日本で見かけるようなもので、しっかりとまたがって乗る大型のものである。


 ただ、車輪はないので、ダビアのクルマと同じく風の力で浮かして走るものだと思われる。



「私はこれで通勤しています。これならば一時間もかかりませんし、うっかり寝坊しても大丈夫なのです」


「へー、すごいや。サイドカーもあるんだね」


「残念ながら今までは誰も乗せる機会はありませんでしたが…ついにこの日がやってきました!! さあ、お乗りください!! サナ様と一緒に!」


「サナ、お兄ちゃんと一緒に乗ろうな」


「…こくり」



 アンシュラオンがサナを抱っこしてサイドカーに乗る。


 サイドカーは大人一人用だが、二人とも大きくはないので二人乗っても問題なかった。



「これは…これは記念すべき日です! ぜひ写真に収めたいです!」


「あっ、写真はごめん」


「はうーー! 残念です!」



 とても残念そうにうなだれる。


 かわいそうだが、これには理由がある。



(小百合さんには申し訳ないけど、あまり顔を晒したくないんだよね。また領主とかにちょっかいをかけられると嫌だし、何かの拍子でサナの顔が流出したら困るんだよ)



 アンシュラオンは顔を隠していたが、サナを連れていれば一目でバレるだろう。


 そういったリスクも考えて、あまり目立つ行為は控えたいと考えていた。これも幸せに暮らすためである。



「では、行きましょう!」


「おおっ、浮いた!!」



 バイクは浮き、まさに風に乗るように重みを感じさせずに加速していく。


 便利ではあるが、地球のバイクに慣れていると振動がないので物足りないかもしれない。


 人間は不思議なもので、不便がゆえに愛着を感じるものなのだろう。それもまた人が持つ愛嬌の一つである。



(このバイクも西側の伝手で買ったんだろうな。昨日のおっさんにしてもダビアにしても、オレはけっこう西側の人間と縁があるみたいだ。意図しているわけじゃないんだけどね…)





 三人はバイクで出発。馬車を軽々と追い越しながらハローワークに向かう。


 この都市は案外しっかりしていて、馬車と人が通る道はちゃんと分かれているので、多少飛ばしても大丈夫である。


 これは円滑な輸送を考えてのことであり、こうでもしないと都市内部で物流が滞ってしまうことがある。


 特に東門から上級街に行くまでが大変なので、この間に時間をかけると、いざという場合に食糧不足になる可能性があるのだ。それを防ぐためである。


 領主城や上級街のためのシステムではあるものの、道だけを見れば、なかなか考えて設計されているようだ。



 そして、八時前にはしっかりとハローワークに到着したのであった。


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