67話 「王気、それは妹に贈る想花 後編」


 アンシュラオンは、ベルロアナが発した闇を見つめる。


 意識が具現化するとは、まさにこのこと。彼女の情念があまりに強いために、戦気と同じく実体化しているのだ。


 この星の大気は意思が実体化しやすい性質を持つので、地球以上に精神が具現化するのである。



 イタ嬢の名前の通りに、痛々しく、哀れで、それでいて強い。



 ベルロアナは、もともと性格の強い人間なのだろう。それは【意思】が強いということ。


 彼女の中にこびりついた強い意思が、世界を夜よりも暗い闇で包んでいく。



(それがお前の闇か。鏡とは怖いものだな。お前はまったくオレと同じ闇を持っている。姿かたちこそ違うが、ほとんど同じものだ。それは簡単には消えない。転生しても消えなかったからな)



 ベルロアナの姿は、アンシュラオンが抱える闇と同じもの。


 自分の心の中にあるどうしても拭いきれなかった大きな闇が、スレイブを求める動機になるのだ。


 ベルロアナは欲する。欲している。欲し続けている。



 だが一生、満たされることはないだろう。



 その力がどんなに強くても、ただそれだけでは人の心は満たされない。


 自分だけの独りよがりでは、相手を支配することはできないし、ましてや友達になることは絶対にできない。



(ベルロアナ・ディングラス。お前は、かつてのもう一人のオレだよ。オレもかつては同じ闇の中にあった。だからお前を否定しない。ここで出会ったのも女神様の気まぐれかな。だとすれば、痛いことをするもんだけどね)



 アンシュラオンはイタ嬢に同情の念を抱きながら、ゆっくりと目を瞑る。


 意識を黒い少女、サナに集中させ、その内面に触れるように心を広げる。



 その中は―――深遠。



 ただただ深い真っ黒な世界だけがあった。ドス黒いものではない。


 もっと綺麗で純粋な―――言ってしまえば『無』である。



(何もない。お前には本当に何もないのか?)



 何度探っても少女の中は真っ黒である。何も見えない世界が広がっている。


 どんなに意識を発しても、すべて飲み込まれてしまうようだ。そこに限度というものがない。



 なぜならば、存在しないから。



 無から有は絶対に発生しない。無は、無であり続ける。


 なぜサナ・パムという少女が、このような状況なのかは理解できない。知る由もない。



 だから―――受け入れた。



(そうか。ならば、それでいい。お前は真っ白どころか真っ黒なんだな。それでもかまわない。お兄ちゃんが、お前に生きる力を与えてやる。だから―――)








「―――サナ!」









―――光がこぼれた






 声が光となって放出され、世界を包む。




 その光は、透明ではない。


 強く、強く、ただ強く、白でありながら赤で、情熱的でありながら静かで、儚くありながら現実的で、確かにそこにある力であり―――光。


 光は、光として、光であり、燃えるように輝く。


 そうあれと願い、そうであることを祈り、そうなると知る。


 心が、心だけが、心しか、存在しえない。


 すべての実であり、すべての有であり、すべての欲求の根幹であるもの。




 目を瞑りながら―――叫ぶ!





「サナ!!! オレを見ろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」






「―――――――――っ!!!」







 その声は周囲一帯だけではなく、おそらく壁さえ貫いて、領主城にさえ届いたかもしれない大音量である。



「うっ、な、なんて大声…!!!」


「こ、これは…! これほどの…」



 イタ嬢やガンプドルフが思わず耳を塞ぐほど、強烈で痛いもの。



 触れるだけで、痛い。


 求めるだけで、痛い。


 感じるだけで、痛い。



 それは単に音量が大きかったから痛かったのではない。


 アンシュラオンの心の痛みを乗せたものだったから。


 求める気持ちを体現したものだったから。


 その【意思】を示したから。





 意思は痛みとなり―――奔った。





 黒い世界が白で埋められ、初めてサナがアンシュラオンを見る。



 緑の瞳が、エメラルドの瞳が、たしかに動いた。


 それは痛みによる反射だったのかもしれない。だが、はっきりと見たのがわかった。



 点と点が線となり、線と線が繋がり―――閃となる。



「サナ。お前は、サナ・パムだ!! クロメでもクロミでもない! サナ・パム!! それがお前の名だ!! わかるな! わかるはずだ!! オレだけは、オレだけが、お前を知ることができる!!!」



「サナ!! オレと来い!! オレの妹になれ!! だが、強要はしない!! お前が選ぶんだ!! 来い、ここに来い!! さあ、来い!! 来るんだ!! 来ないと連れていくぞ!!」



 強要しないと言いながら、来いと言う。


 来ないと連れていく、と言う。


 ワガママで自己中心的で、自分と自分の所有物以外に興味がない少年。


 粗暴であざとく、暴力すら使うことを厭わない人間。



 だが―――【意思】がある。



 白と赤に包まれた強い、とても強い意思が黒を包んでいく。



「お前に意思が無いというのならば、それでかまわない!! オレがお前に生きる意味を与えてやる!! お前に喜びを与えてやる! お前に怒りを与えてやる! お前に楽しさを教えてやる! お前に哀しみを教えてやる!! お前の中を、オレという存在で満たしてやる!!!」



 喜びを知らないというのならば、教えてやる。


 怒りを知らないというのならば、教えてやる。


 楽しさを知らないというのならば、教えてやる。


 哀しみを知らないというのならば、教えてやる。


 痛みを知らないというのならば、教えてやる。




 そして―――





「お前に―――【愛】を教えてやる!!」






 人生が愛であることを教えてやる。


 世界が愛であることを教えてやる。


 人が愛であることを教えてやる。


 霊が愛であることを教えてやる。



 すべてが、すべてのものが、ありとあらゆるものが、愛によって生まれ、愛によって育まれ、愛によって循環していることを教えてやる。



「オレが、オレだけが! お前を愛することができる!!!」






「サナ―――来い!!!」







 求める。求め続ける。


 君が、欲しいと言うから。


 あなたが、欲しいと言ったから。


 あの日、あの時、欲しいと願ってくれたから。



 わたしは行くのです。



 その白くて、赤くて、燃えるようなものに惹かれて。


 それはきっと、わたしの中にある虚無を埋めて、埋め尽くして、叩き壊して、満たして、すべてを支配してくれるとわかったから。


 あなたが、あなたの白の力だけが、黒と調和すると知ったから。




 一歩―――歩く。




 もう一歩―――よろけながら歩く。




 それはまるで赤子が初めて歩くように、たどたどしく頼りなく、怖くなるような運び。


 それでも、確かな一歩。


 その動作を三十秒という時間かけて行い、その時間が永遠にすら感じるほど長く感じられ、そこにたどり着く。



 初めて発した。


 初めて求めた。


 それが何なのかわからなくて、ただただ眩しくて、初めて触れるのが怖いと思えた。


 でも、大きくて優しくて、強くて怖くて、泣きながら怒っているその人は、暗闇の中で唯一の光だったから。




 初めて―――手を伸ばす。




 アンシュラオンが、ゆっくりと目を開けた。


 手に残る、温もりを感じたから。



 そこには、サナがいた。



 初めて意思を示した【妹】がいた。



 妹を、優しく抱きとめる。




「サナ、今日からオレの妹だ」


「…こくり」



 言葉はない。ただ頷くだけ。


 しかし、その目はアンシュラオンを見ていた。ずっと見ていた。




 そして―――スレイブ・ギアスが粉々に砕ける。




 アンシュラオンの光に晒され、その醜い正体がバレてしまった魔女のように、一瞬で存在をかき消されてしまった。




 それは、もう一つの終焉を意味していた。




 言葉は光となって、周囲の闇をすべて切り裂いた。


 ベルロアナの闇が一瞬で消えていく。消されていく。


 かつては同じ闇を抱いていた少年が、それを食い破るように白い力ですべてを潰し、満たしていく。


 その中央にいたはずのベルロアナが、呆然とへたりこむ。



「…そんな……ことが……起こるなんて……。こんなことが…こんなことが……」



 さすがの彼女も、今起こったことの意味がわかったのだ。


 アンシュラオンの光は、頭で考えずとも理解できるものだった。彼の感情、気持ち、情愛のすべてが込められていたからだ。


 触れただけで、自分が小さな存在に思えてならなかった。


 しかも白い光は、そんな自分でさえ満たそうとする。満たしてくれる。


 優しくて温かくて、心が愛に満たされるから。



 涙が―――流れた。



「うう…ううう……! 所詮、偽物だった…! 全部壊れてしまった。こんなもの、何も意味がなかった…。ファテロナの言う通りよ。あなたの言う通りよ。全部…偽りだったもの…」



 とめどなく涙がこぼれ続ける。


 怒りも憎しみもなく、空虚なものだけがあった。必死になって集めてきたものが、全部ゴミクズだった時の気分。



「わたくしは……全部、独りよがりで……なんて惨めな……」



 その愛の大きさと光に比べたら、自分が求めたものがいかに惨めかを示される。


 全部、虚像だった。幻だった。意味がないものだった。


 ベルロアナが、がくっと力なく崩れる。


 ここまで完全な敗北を味わったのだ。簡単には立ち直れないだろう。





 サナを抱き上げるアンシュラオンが輝いている。


 その光は、戦気でもなく、単なる生体磁気でもない。



 これは、これは―――



「【王気おうき】…か」



 ガンプドルフが、その言葉を紡いだ。




―――王気




 【王】だけが発することができる最強のエネルギー。宇宙を生み出した力であり、星を運行しているパワーであり、太陽が太陽であるための輝き、その熱量。



「あの少年、王の器か! ふははは、このようなところに王がいる! 我々が求め続けた王が、こんなところにいるとは!! こんなに可笑しいことはないぞ!! はははははは!!」



 ガンプドルフは可笑しくてたまらない。


 子供たちの茶番に付き合っていたら、そこから黄金が出てきたのだ。それも金銀財宝の山。一国どころか、世界すら動かしてしまえる巨万の富である。



 王は、ただの称号ではない。



 人を導き、道を示す存在。迷える人間のために舞い降りた力そのもの。女神の愛に匹敵する人類の道標なのだ。


 何千という類魂るいこんを導く、霊の中心となる存在。


 それはいつか一つになり、宇宙を駆け、新たな光となる存在。


 人の可能性であり、人の未来であり、人が霊だからこそ到達しえる究極の光を束ねる存在。


 女神が与えた無限の因子を体現する者であり、弱き人々の希望。



「動く、時代は動くぞ! 我らの道に光が見えたのだ!! 同胞よ、喜べ! 東から日は昇るのだ!!」



 当然、この地にとっての救世主にもなりえる存在である。むしろフロンティアが狭く感じるくらいの大きな器だ。


 ガンプドルフにとっても、アンシュラオンと出会えたことは僥倖ぎょうこうとしか言いようがない。


 黒き少女を抱きしめている白き少年こそが、この大地を新しい世界に導く最高の王になるという確信が生まれたのだ。


 こうして関われたことを、今は女神に感謝してもいる。もし味方に引き込めれば、ガンプドルフの目的も大いに達成できるだろう。


 しかし、まだ懸念もある。



(だが、危うい。まだ危うい。スレイブ一人にあれだけの執着を見せる。何事も大切にするのはよいことだが、それが彼を壊さねばよいが…)



 もし王が道を誤れば、それだけ被害は大きくなる。だからこそガンプドルフは、ますます少年から目が離せなくなるだろう。


 いや、彼だけではない。すべての人間が、アンシュラオンという少年に釘付けになるのだ。


 文字通り、世界が彼中心に動くことになる。それだけの光を放っているから。


 光は多くの者を寄せ付ける。清らかなものも、醜いものも、害虫でさえも。光が光ゆえに、数多くのものが彼に群がってくるだろう。




 だが、少年は歩むことを決めた。




 姉の呪縛から逃げ出し、閉鎖された火怨山から出て、初めて世界を見た。


 その世界が少年にどう映ったのかはわからない。だが、自由だと思った。


 この世界は本当の自由だと。



(ああ、満たされる。オレは、サナと一緒に新しい世界を見るんだ。自由に生きるんだ!)



 少年が初めて手に入れた『自分だけのもの』。


 それを大事そうに抱えて、彼は歩み出す。自分と正反対の色をした【黒き少女】と一緒に。




「さあ、一緒に行こう」


「…こくり」



 サナが頷く。


 ここから【彼と彼女の物語】は始まる。


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