66話 「王気、それは妹に贈る想花 中編」


「うん、いい響きだ。妹…! 素晴らしいな!」


「いもう…と?」


「ああ、そうだ。妹だ。この子はオレの妹だ!!」



 アンシュラオンは自分の答えに納得どころか感動さえしているが、困ったのはイタ嬢である。


 いくら白スレイブがいかなる情報も刷り込めるとはいえ、まったく予期していなかった答えである。


 激しく困惑して、最初にこんなことを訊いてしまうほどに。



「その子は、あなたの妹…なのですか?」


「ああ、妹だ」


「血縁者という意味で?」


「は? そんなわけ…あっ、そうか」



 アンシュラオンは一瞬、「そんなわけないだろう」と言いそうになったが、これもまた人種の認識がない世界ゆえの勘違いだ。


 普通、肌の色や髪の毛の色で人種を判断するが、多様な因子があるので親子が一緒とは限らない。それゆえに見ただけでわかる親子のほうが少ないのだ。


 イタ嬢とて、父親のアニルとは髪の毛の色が違う。


 イタ嬢は濃い目の金髪だが、父親は黒に近かった。もしかしたら母親が金髪の可能性もあるが、それ自体にあまり意味はない世界である。


 だから言い直す。



「サナは他人だ。でも、今から妹にする」


「スレイブに情報として『妹』を刷り込む、ということですか?」


「そうなるな」


「それは、わたくしのやっていることと何が違うのですか?」


「オレはこの子を人形にはしない。妹として愛する。それが最大の違いだ」


「意思を尊重するということですか?」


「だが、オレの所有物だ!!! 絶対服従だ!」


「どっちなの!? あなたが理解できない! 意味がわからないですわ!!」


「オレだってお前が理解できないよ、イタ嬢様」


「イタ嬢様って呼ぶな!! わたくしは、ベルロアナ・ディングラスですわよ!」


「そうか、ベルロアナイタ嬢様か」


「交ざってる!! わかりにくくなってますわ!!」



 これでは「ベルロアナイタ」という名前かと勘違いされそうだ。



「どうやら納得はしていないようだな」



 仕方なくアンシュラオンはイタ嬢を見る。


 その表情は、あからさまに納得していないことを示していた。



「当然でしょう。あんな説明で納得すると思っていらっしゃったの?」


「ほんと、しつこいな。黙っていればまだ可愛いのに」


「わたくしが可愛いのは当然のことです」


「それだけ言えればたいしたもんだよ。で、この子に直接主人を選ばせるっていう条件を呑まない限り、お前は永遠に納得しないんだろうな」


「ええ、頑固ですもの」


「執着心が強いだけだろう」


「あなただって、たかがスレイブにこだわりすぎですわ!」


「オレにはこの子が必要なんだ」


「わたくしにだって!」



 どうやら引き下がる気は、まったくないらしい。ワガママというより頑固である。


 サナを買ったときも、こんな感じで粘ったのだろう。地位と権力を持つ以上、モヒカンでは相手にできそうもない。



(しょうがないな。オレも白黒つけないと気が済まない性格だし、ここははっきりと片をつけてやろう。余計な悪感情で邪魔されるのは面倒だ。まだしばらくこの都市にいるつもりだからな)



「いいだろう。その勝負を受ける」


「ほ、本当ですか? 最後にまた力づくで引っぺがすのは無しですわよ!」


「そんなことはしない。もしオレが勝ったら潔く引き下がれよ。二度とこの件に関しては文句を言うな。邪魔もするな」


「あなたこそ! わたくしが勝ったら、二度とちょっかいを出さないでください!」


「わかった。お互いに納得する。それでいいな?」


「当然です。それこそ書類に捺印したってよいくらいですわ」


「では、勝負の方法を決めるぞ。あの子から十メートル離れて、お互いに呼びかける。それであの子が自分のところに来れば勝ちだ」


「わかりましたわ」


「それじゃ、お前はあっちだ。オレは反対側に行く」


「いいえ、わたくしがあっちで、あなたが反対側ですわ」


「なぜだ?」


「何か罠があったら困りますから」


「ふん、困ったお嬢様だな。お好きにどうぞ」



(もしオレが本当に罠を仕掛けるなら、むしろ逆にするがな。罠なんてないけどさ)



 イタ嬢の性格を知っていれば、罠にはめることは簡単そうだ。面白いほど予想通りに動くから。


 といっても、罠などないのでどちらでも一緒だ。



 まだ地面に座っているサナから、互いに十メートルほどの距離を取る。



「それじゃ、いつでもいいぞ」


「あなたには負けませんわ!」


「オレも負けるつもりはないがな」



 こうして勝負は始まった。


 その様子にイタ嬢は、ほくそ笑む。



(くくく、主人であるわたくしが負けるわけがありません。呼べば必ずやってきますもの! 勝負に持ち込んだわたくしの勝利ですわ!)



 ベルロアナが呼べば、サナはやってくる。スレイブ・ギアスが精神に作用するものだから逆らえないのだ。


 誰がどう考えても、この勝負は明らかにイタ嬢に有利である。


 だからこそガンプドルフも不安を抱く。



(少年、どういうつもりだ? また何かをやるつもりなのか? スレイブ・ギアスに逆らうことは難しいはずだぞ)



 精神ジュエルを専用の機械なしで外すことは危険。それがわかっているアンシュラオンは、サナのギアスを外すことができない。


 しかし、目の前の少年が、そんなことを忘れているわけがない。だからこそ余計に不安なのだ。





 そして、二人の呼び合いが始まった。




 最初に仕掛けるのは、当然イタ嬢。



「クロメ、こっちよ! 来なさい!」


「おい、クロミだろう」


「うっ、ちょっと間違えただけよ! 今日会ったばかりですもの! しょうがないわ!」


「オレだって先日会ったばかりだ」


「それでどうして、そのふてぶてしい態度と自信なのですか!?」


「あれはオレのものだからだ」


「クロミ! あっちに行ったら毎日変態的なプレイを強要されるわよ! 貞操の危機よ!! だからこっちに来なさい! ここなら安全よ!!」



(酷い言われようだな)



 パンティーを頭に被り、サナの顔を舐めたりすれば、誰だって危ない人だと思うだろう。


 客観的に見れば、イタ嬢の発言はすべて正しい。



「ねえ、あなたは奴隷になりたいの!? そんなわけありませんよね? なら、わたくしとお友達になりましょう!? ねえ! あなたもなりたいでしょう!? このベルロアナのお友達に!」



 その言葉に、サナが一瞬ビクッと動いた。


 おそらく『ベルロアナ』『友達』というのがキーワードになっているようだ。


 ただ、一瞬動いただけで、サナはそれ以上は動かない。じっとイタ嬢を見ているだけだ。



(ほぉ、やはりスレイブはキーワードで支配するようだな。犬なんかが長い命令に対応しづらいのと同じだろう。簡単な言葉で刺激を与える方式なのかもしれないな)



 精神術式は難しい術である。長い命令を与えることもできるが、それだけ長い式になって両者ともに負担が大きい。


 あの緑のジュエルも品質があまり良くないらしいので、もともとそこまで高度な命令は組み込めないのだろうと思われる。


 また、領主城内部での他のスレイブの様子から、その人間の理解力によって結果も変わってくることがわかった。


 この場合、サナが『友達』という言葉をあまり理解していない可能性が高い。


 友達を知らなければ、友達になるという意味もわからず、説明しない限りはキーワードが意味を成さない。これもギアスの穴である。



 それと同時に【意思が無い】から。



 彼女は単純に、キーワードを感知すると流れる電流に反応したにすぎない。だから、それ以上何もしないのだ。


 自ら行く、という意思を発しないと、人間は歩くこともできない。その証拠をまざまざと見せ付けている。




(あの少女の希薄さは、ジュエルの影響ではないのか…?)



 ガンプドルフも、その様子を見守っている。


 少女がぼ~っとしているのは、スレイブだからだと思っていた。その首につけた精神術式が、彼女の思考を奪っているのだと思っていた。


 だが、違った。


 少女は、最初からイタ嬢の声など耳にも入っていないというように、まったく反応しない。その姿は、あまりに病的である。



(病気? 精神的ショック? それとも脳の損傷か? 何かしら原因があるはずだが…。それより彼が苛立たないかが怖いな)



 ガンプドルフにとっては少年のことのほうが心配である。


 早くこんな馬鹿げた余興は終わってほしい。それだけを切に願っていた。




 そんな中、アンシュラオンは平然としている。


 べつに自信があるわけではない。こうなることがわかっていたからだ。



(意思無き少女。意思の無い存在。まるで人形そのものだ。たしかにオレはスレイブが欲しい。自分の思い通りになるものが欲しい。だが、【ドール】が欲しいとは思わない)



 ドールをドールとして理解して趣味にするのならば、それはまったく問題ないことだ。単に嗜好の問題である。


 しかしながら、意思ある存在をドールにすること、逆に意思無き者をドール代わりにすることは意味がない。


 そんなものは、虚しいだけだ。


 そんな寂しい人生は、一回だけで十分である。




 アンシュラオンとは対照的にイタ嬢は必死に話しかけ、その成果が―――出る。




「クロミ、おいで!!」


「っ…」


「え? 動いた? そ、そうよ!! そう! もっとおいで!」



 その時、たまたま発したイタ嬢のシンプルな言葉が、少女の精神に働きかける。


 これはスレイブ館で何度も時間をかけて教え込まれた言葉だからだ。


 「おいで」「戻れ」「ご飯」「トイレ」などなど、非常に簡単な単語は理解できるし、そう言えば命令には従うのだ。



 少女が―――立った。



 そして、一歩、前に出る―――イタ嬢に向かって。



「おいで、おいで!」



 また一歩、前に出る。


 その姿は、まるで人形に語りかけるかのよう。


 命令を与えて、それをただ受け取った人形が、その行動に沿うために動いているだけの光景。



(哀れとは言わない。それがスレイブだし、スレイブの主としての気構えだ。お前はある意味、立派なスレイブ使いだよ)



 アンシュラオンは、イタ嬢を褒める。


 なぜならばスレイブとは、本来はそういった存在だからだ。自分の物であり道具であり資産。


 それが勝手に動いては困る。だからギアスを付けて管理する。住む場所や服、食事を与え、養ってあげる。自分の財産だから。


 友達だろうと妹だろうと関係ない。契約によって結ばれた二つの要素が合致して動くだけだ。


 両者にとって幸せな契約ならば、それが一番に決まっている。買い主は満足し、スレイブは安定を得る。立場こそ違うが、完璧な互助関係である。


 イタ嬢は、それを見事に実践しているだけだ。


 中にはファテロナのように、スレイブでありながら自由に過ごし、その強さから特権を与えられる存在もいる。


 荒野で苦しんで生活するよりは、よほど立派な生活であり、成功者とも呼べるだろう。


 スレイブの扱いという点に関して、イタ嬢に何の落ち度もない。だから褒めるのだ。



 また一歩、少女が動く。



 サナの身長は低いので、まだ十数歩の猶予はあるが、このままではイタ嬢の手に渡るのは明白。



 それでも―――動かない。



 アンシュラオンは、じっとその様子をうかがっている。まだ一度たりとも話しかけていない。



(何のつもりか知りませんが、この勝負はわたくしの勝ちですわね。あなたに最初から勝ち目などないのですわ!)



 イタ嬢からは、アンシュラオンが勝負を諦めたように見える。


 もしかしたら飽きたのかもしれないし、取り戻してみただけで満足したという可能性もある。


 さすがのイタ嬢もそこまで命知らずではないので、あとで一億は返すつもりだ。彼に対して損害を与えなければ、少しは納得するだろう。



 一歩。また一歩。



 クロミと呼ばれる少女が近寄ってくる。



「ああ、わたくしの友達になるのよ! あなたはわたくしと一緒に生活して、何不自由ない生活を送るの! それが一番幸せなのよ! だからわたくしの言うことを聞きなさい! 友達になりなさい!!」



 それらの言葉は、少女には届いていないだろう。それはイタ嬢も理解している。


 だが、人間にとって重要なのは自分自身である。その事象や現象の真実ではなく、自分にとってどう利益が生まれるかが大切なのだ。


 ベルロアナにとって、サナの気持ちなどは必要ではない。それが友達ではなくてもかまわない。


 傍にいて、一緒にいて、友達と言ってくれるなら誰でもよいのだ。



 彼女の中の闇が―――噴出。



 領主の娘として隔離された空間で暮らし、どうやっても外の子供たちとは相容れなかった孤独と寂しさが滲み出る。


 だって、しょうがないから。こうしたほうが早いし楽だから。


 それしか方法がないから。


 ずっと自分に言い聞かせてきた言葉は、いつしか自分の心の中に【怨念】のようにこびりついてしまった。


 それを正当化するだけの権力があったことが、彼女の人生を狂わせる。




「わたくしを見て!! わたくしに触って!! クロミ!!」




 その必死な声が、一直線に注がれる。


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