64話 「ガンプドルフの実力 後編」


 防御の戦気を貫通し、破壊し、砕いていく。


 水気を発生させて雷撃を大地に流しているが、追いつかない。鮮血が舞い、雷撃が肉を焼いていく。



 剣は骨にまで到達し―――砕く。



 アンシュラオンの左腕の骨が折れた。


 デアンカ・ギースの攻撃でさえ防いでいた腕が、折れる。


 それだけガンプドルフの攻撃力が高い証拠であり、この一撃があればあの魔獣を倒せる可能性すら秘めている実力者である。



 だが、ガンプドルフの眼が見開く。



 勝利の気配を感じ取って喜びを宿してよいはずの眼が、驚愕して、ただ一点を凝視していた。



(まさか…これは…)



 ガンプドルフが見ていたのは―――リング。


 アンシュラオンの左手にはめられている、生体磁気を抑制する腕輪である。


 領主の娘と少年に気を取られていて、まったく気がつかなかった。ただのアクセサリーだと思っていた。



 それが―――爆散、消滅。



 ガンプドルフの攻撃によってダメージを負ったのもあるだろう。


 しかし、これは別の理由。



 その時、ぼそっと呟いた声が聴こえた。



「楽しいね。やっぱり人間と魔獣は違う。…殺すのは惜しいかな」



 ぞわり、と毛が逆立ったのを感じた。


 有利なはずなのに、なぜか感じる悪寒。


 少年から発せられた、残忍で凶悪で、純粋なまでの殺意に身体が震えたのだ。



 その予感は的中。



 アンシュラオンから溢れ出る戦気が、濁流となって世界を覆いつくす。



(なんだ、この圧倒的な戦気は!!!)



 リングが爆散したのは、アンシュラオンが本当の戦気を解き放ったからだ。


 リングの効果で半減されていてもホワイトハンターの力を持つアンシュラオンが、本来の戦気を解き放った。


 それは、輝く白い力。赤白い戦気が身体を覆い、強化していく。


 アンシュラオンが手を伸ばす。



 右手でガンプドルフの剣を―――破壊。



 剣圧と雷気によって強烈な一撃となっている剣を、破壊。


 それは技が発動されたから。



「覇王・滅忌濠狛掌めっきごうはくしょう



 そのまま掌が胸にあてがわれた瞬間、ガンプドルフは―――自ら跳んだ。


 交通事故にでも遭ったかのように、三十メートルほど吹っ飛ぶガンプドルフ。だが、これはアンシュラオンの攻撃によるものではない。


 自ら発した攻撃の余波をあえて受け、自分から背後に跳んだのだ。


 激しい衝撃によって鎧に亀裂が入った。それは内部にまで行き渡り、吐血。



「ぐっ…ふっ……」



 自分の技をくらうのだ。それほど惨めなことはない。


 だが、この判断に後悔はない。もしあのままだったら、自分は死んでいただろう。


 ガンプドルフは自身の折れた剣を見つめた後、さきほどまで自分がいた場所を見て確信した。



 完全に―――消失



 範囲こそ直径三メートル程度だが、その空間には何も存在しなかった。


 いまだに激しい力の痕跡が残っており、大気すらも存在を許されないかのように空間が歪み、周囲の物質を吸収し続けていた。


 覇王・滅忌濠狛掌。


 戦士の因子レベル6で修得が可能な技で、圧倒的な力で効果範囲を完全に抉り取って消失させる覇王技である。


 範囲を限定するからこそ殺傷力は高く、あらゆる対象物を圧砕し、握り潰し、壊滅させる。


 これに抵抗するには、単純にそれ以上の力をぶつけるしかない。だが、おそらくガンプドルフにはそれはできなかっただろう。


 剣が、その証拠。あのままとどまっていれば、自分がああなっていたのだ。


 長年の戦いによって蓄積された戦闘経験値が、自分を救った。



(まさか現状で出せる最高の技ですら通じないとは…。しかもリングをはめたまま、【ハンデ】を背負って戦っていたというのか。ここまで実力差があると、本気を出させたのは幸か不幸か…)



 アンシュラオンから発せられる戦気は、今までのものとはレベルが違う。次元が違う。


 正直、勝ち目というものがまるで見えない。


 こちらはほぼ全力であるが、相手はまだまだ余力がある。下手をすれば半分の力も出していないだろう。


 このままでは絶対に勝てないどころか、生き残ることも難しい。


 そう、【現状のまま】では。



(抜くか? それしかないか?)



 自身の腰にある金色の剣、【魔剣】と呼ばれる存在に手をかける。


 あまり使いたくはないが、これを使えば万に一つも可能性が生まれる。これはそれだけのものだからだ。


 ただし、代償もある。



(しばらく【彼女】に手を焼きそうだが…致し方がない。今は領主の娘を守るほうが先決だ)



 そう決意を固めた時、事態は一変した。



「はははは!! あはははははははは!!」



 少年が笑い出した。それはもう、楽しくてしょうがないという声で。


 ガンプドルフは一瞬、心臓が止まりそうになったが平静を装う。これも長年の経験によるものだ。



「いいね、楽しいよ! あんた、そこらの武人じゃ相手にならないほど強いよ。腕を折られるとは思わなかった。さっきの技、姉ちゃんの軽い蹴りくらいの威力はあるよ」


「それは…褒め言葉と捉えていいのかな?」


「最高の褒め言葉だよ。前は折られるくらい当たり前だったけど、今じゃそうそうないからね。この痛みも懐かしいし、新しい刺激でビクビクしているよ」



 アンシュラオンの左腕がビクビクしている。


 それも当然、感電しているのだ。ビクビクしてもおかしくないだろう。


 ただ、彼にとってはそれも新しい刺激に思える。



「新しい場所に来てよかった。こんなに楽しい気持ちになるなんてね」


「お役に立てて光栄だ。しかし、君は強すぎる。おそらく奥の手を使っても勝てないな」


「へえ、奥の手があるの? 見てみたいな」


「そうならないことを心の底から祈っている。君も私も無事では済まないだろうからね」


「それって脅し?」


「まさか。君相手に脅しなど無意味だよ。これは希望的観測だ」



 ガンプドルフが魔剣に手をかける。


 アンシュラオンが攻撃態勢に入れば、躊躇なく抜く、という意思表示だ。



(普通の剣じゃなさそうだ。何か特殊な能力があると思っていいな。どうしようかな)



 左手を命気で治しながら、サナ・パムを見る。


 イタ嬢とは対照的に、サナは極めて冷静にじっとこちらを見ている。



「うん、これでいいや」



 アンシュラオンの中で、一つの区切りがついた。



「今日はここまでにするよ。それなりに満足したからね」


「…いいのか? まだ途中だぞ?」


「これ以上やると殺しちゃうかもしれない。あんたは殺すには惜しいよ。もっとこう、ちゃんとした理由があればいいけどさ、領主の代理としては、あんたは上玉すぎる。この戦いには見合わないな」



 ガンプドルフは、しばらくアンシュラオンを注視する。


 その言葉が本当かどうかを見定めているのだ。



(本気…か)



 そこには、軽く運動をして汗を流した人間の姿があった。適度に満足し、力が抜けている姿。これ以上やってもいいが、今日はまあいいだろう、といった充足感を得ている状態。


 それを確認し、ガンプドルフは魔剣の柄から手を離した。



「わかった。私にはもともと戦う理由はないから助かる。…確認しておくが、領主にはもう手は出さないでくれるか?」


「あっちからちょっかいをかけなければ興味ないな。でも、しつこかったら殺すよ」


「こちらから言い含めておく。それは問題ない」


「あんたが責任を負ってくれるならいいけどさ」


「約束しよう。それで、娘さんは返してもらえるのかな?」


「ああ、そうだったね」



 バリンと戦気壁が割れ、イタ嬢が解放される。



(この少年、戦気壁と命気を維持しながら戦っていたのか…。どれだけ恐ろしいのだ)



 アンシュラオンは遠隔操作で戦気壁と命気を維持しつつ、ガンプドルフの凶悪な攻撃に対応していたのだ。


 それだけ余裕があった証拠である。戦いが続かなくてよかったと、思わず冷や汗が流れる。



「景品はあんたのものだ。よかったね。せいぜい領主からふんだくってやりなよ」


「そうさせてもらう。が、取引は対等であるべきだ。欲張りはしない」


「真面目なやつだなー。オレの希望としては、あんたが領主を殺して、代わりにこの都市を管理してくれたほうが好都合なんだけどな」


「悪いがそれはできない。誰かの場所を奪ってまで繁栄するつもりはない」


「そう? 甘いんだね。あんたがいた場所はどうか知らないけど、こっちじゃ苦労するかもよ。力だけが正義の世界だからね」


「そうかもしれん。だが、人には誇りと矜持が必要だ」


「それがないやつも多い。領主とかね」


「ずいぶんと嫌ったものだな。彼の性格を思えば気持ちもわかるが、一つの方向からではすべては見えないぞ。彼はけっして悪者ではない。為政者として優れた面も多い」


「だろうね。でも、領主とオレが一緒に歩む必要はないし、相手を理解する必要もない。オレがそうしたいと思えば別だけど、そんなことがあるのかな?」



 グラス・ギースが今まで生き残ってこられたのは、紛れもなくディングラス一族のおかげである。


 たしかに出会いは最悪だったが、為政者として最低限の力量がなくては都市は維持できないだろう。


 当然、アンシュラオンもそれは理解している。理解したうえで、それでいいのだ。



「ずいぶんと自由な考え方をする」


「それは自分でも思うよ。今までの反動ってやつかな。うん、そうだね。【前の人生】からの反動かもしれないな。それはオレの問題だからしょうがない」


「不思議な言い方をするな」


「そういう人生を送ってきたからね。…じゃあ、今日はこれでおしまいだね。それでいいかな?」


「願ったり叶ったりだ」



 ガンプドルフが鎧を解除。その途端、激しい疲労が襲う。



(何度も死んだ気分だ。今は解放感しかないな)



 戦場に出ても、これほど疲れることはないかもしれない。


 それほど目の前の少年は強かった。実際、死んでいた可能性もあるのだから、安堵するのは自然なことだろう。




 しかし、すべてが円満に終わると思ったその時、再びそれをかき回す者がいた。





「お待ちなさい!!」





 頭を押さえながら、イタ嬢が立ち上がった。



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