62話 「ガンプドルフの実力 前編」


「ルールを決めようか。バトルフィールドは、直径三百メートルの範囲。あんたの波動円の距離内だ。それと広域技は極力禁止しよう。ここは都市の中だからね。関係ない人間に迷惑がかかると悪いだろう」


「周囲のことは考えてくれるのだな。安心したよ」


「何もしていない人間を殺すほど悪趣味じゃないよ。どう、それでいい?」


「了解した」



 ガンプドルフが波動円を展開。周囲三百メートルを覆う。それが今回のフィールドである。


 この森もそれなりに広いので、この範囲内ならば多少激しく戦っても外に影響は与えないだろう。


 多少憩いの場が削れる程度。この都市が滅ぶことに比べれば微々たる損害である。



 ガンプドルフは、アンシュラオンを観察。


 無造作に立っているが隙がない。自然体で構え、どのような状況にも対応できるようにしているのだ。



(私を前にしても、まったく緊張していない。それだけ己の実力に自負があるのだ。むしろ私のほうが緊張しているな。…このようなことはいつ以来だったか)



 ガンプドルフほどの剣士を前にすれば、多くの武人は緊張するものだ。実力の高い人間でさえ、ある程度の緊迫感を滲み出すもの。


 それがまったくない。


 かといって油断しているわけでもない。いかなる攻撃であっても耐え切れる自信、それだけの戦いを経験してきた自負が漲っている。


 しかもアンシュラオンは無手。ファテロナの時のように武器は持っていない。


 これこそ相手の実力を認めている証である。生半可な剣士としてではなく、生粋の戦士として戦う気構えを見せている。


 それに―――熱くなる。



(面白い。私も久しく真剣勝負からは遠ざかっている。熱くならないと言えば嘘になろう。武人として受けて立つ!)



 ガンプドルフの魂の奥底から闘争本能が噴き出してくる。強い敵と戦って自己を高めたいという欲求が溢れ出る。


 これこそ武人。戦うために生まれてきた存在。


 武人としてまみえた以上、全力を尽くすのが礼節である。



 まず仕掛けたのは、ガンプドルフ。



 一気に間合いを詰めて剣を一閃。凄まじい速度の横薙ぎが襲う。


 アンシュラオンはそれを屈んで回避。左腕で剣を下から弾いて反撃の構え。


 だが、即座にガンプドルフの回し蹴りが飛んできた。それを右腕でガードしながら同時に反撃の蹴りを放つ。


 轟音を放ちながら飛んできた蹴りを身体を捻って回避するも、激しい衝撃波がガンプドルフを吹っ飛ばす。


 されど、防御の戦気を張ってガード。ダメージはない。


 木を足場にして跳躍し、軽く着地してみせる。



(戦気の質が違うね。雑魚とは別格だ)



 アンシュラオンは、笑う。


 アンシュラオンが腹を抉った領主の騎士は、戦気に触れただけで手が砕けていた。


 だが、ガンプドルフの戦気は非常に上質で硬い。軽く触れた程度では簡単に相殺されてしまう。


 しかも体術もかなりのレベルである。普通、剣士はあまり蹴りを放ってこない。それよりも剣の扱いを重視したほうが効率が良いからだ。


 それでも身体のバランスを考え、牽制であれ蹴りまで使うのは好感が持てる。


 むろん普通の武人であれば、ガンプドルフの回し蹴り一発で気絶しているだろうから、あれはあれで立派な攻撃手段であるが。



「まだまだ軽いね。もっと出せるでしょう?」


「様子見の必要はない、ということだな」


「そんな余裕はないと思うけどね」



 アンシュラオンの掌から戦気の塊が放射される。


 戦気弾である。拳圧と一緒に放てば修殺になるが、モーションを必要とせず撃ち出すこともできる。


 普通の戦士がこれをあまり使わないのは、放出系の能力が高くなければ武器としてはイマイチだからだ。


 しかし、アンシュラオンは全因子を持っているので、戦弾一つでも砲弾並みのパワーを持っている。


 直撃すれば、人間どころか建造物程度は簡単に粉々になるだろう。



 それをガンプドルフは―――よけない。



「はああ!!」



 真正面から切り裂き、二つに割れた戦気弾は両側の木に衝突して爆散。木々を吹き飛ばしながら消失していく。


 剣気をまとった剣は、やはり強い。


 これこそ剣士にとって最強の武器であることを証明する。



(オレの戦気弾を斬るか。なるほど、これが本物の剣士ってわけだな。これと比べると、ラブヘイアなんて未熟も未熟だ)



 目の前の剣士が発する剣気は、実に濃厚で力強く、ただのロングソードが名刀にでもなったかのような輝きを放っている。


 剣気と一言でいっても、当然ながら当人の気質によって大きな差が生まれる。ガンプドルフの剣気は、若干黄色を帯びた赤といった色合いのものであり、見る者に美すら感じさせる段階に至っている。


 紛れもなく達人レベル。いや、それを超えた懐の深さを感じる。彼ならば、ファテロナでさえ軽くあしらえるだろう。



 ただ、感嘆しているのはガンプドルフも同じである。



(凄まじい一撃だ。たしかに様子見をしている余裕はない。だが、これは好都合。こうして相手から、まみえる場を提供してくれたのだ。余計なリスクなく、相手の強さと人間性を確認できる)



 魔獣の狩場で見た痕跡はショックであった。単純に恐ろしいと思ったし、危険だと感じていた。それは正体が不明だからだ。


 人間は、正体がわからないものを必要以上に怖れる。しかし、知識によって正体が判明すれば冷静に対応が可能となる。


 そうやって数々の自然現象を解明し、人は成長してきた。ならばこれも同じ。


 アンシュラオンと戦うことで憂いを晴らせるチャンスである。



「本気でいかせてもらう!」



 ガンプドルフは、針状になった細かい無数の剣気を周囲十メートルに展開する。



 戦技結界術、張針円ちょうしんえんである。



 剣王技に分類される結界術の一つで、針状になった剣気が範囲内に入った敵を自動的に迎撃するオートカウンターの技だ。


 針は剣気で生まれているので鋭く強く、鎧で身を包んだ対象であっても穴だらけにする凶悪な結界術である。


 これを展開しつつ、アンシュラオンに向かって突進。そこから高速の剣を振るう。


 アンシュラオンは迷うことなく前進。ガンプドルフの結界内に侵入。それと同時に張針円が一斉に襲いかかる。



 それを―――すべて回避。



 数百という細かい針が襲っているのに、それを紙一重ですべてよける。


 当たりそうなものは叩き落しながらも、流れるような動きでかわしていく。



(この間合いで全部よけるか!)



 ガンプドルフは驚愕。


 たしかに張針円の迎撃機能は直進的で読みやすいが、普通は数本程度はくらうものである。


 そのために細くして、当たりやすくしているのだ。それをすべて見切るのは尋常ではない。


 ただ、その正体をガンプドルフは見破っていた。



(【無限抱擁】か。しかもなんという洗練された気質なのだ。…美しくすらある)



 アンシュラオンの周囲にも、ガンプドルフのような結界が張り巡らされていた。


 しかし、それは相手を攻撃するためのものではなく、周囲の状況を素早く感知するためのもの。


 戦技結界術、無限抱擁。周囲を濃厚な戦気で満たし、範囲内のあらゆるものを完全に感知する技である。


 波動円の上位版の技であるが、薄く伸ばすのではなく濃密な質量を周囲に展開させることで【水場】のようなものを生み出し、さらに感度を上げたものである。


 どんなに小さなものでも、結界に触れれば触覚ですべてが理解できるので、形状、速度、角度が一瞬で把握できる。


 それによって三百六十度、どこから何が来ようが即座に対応が可能となる。もちろん、かわすだけの体術がなくては意味がない。


 しかもアンシュラオンのものは水の属性で作ったものなので、実に美しい水色をしている。穢れなく清らかで、所々が白く輝いている。


 まるで清流が固まって生まれた宝石のようだ。生命力と純粋さに溢れ、それだけで一つの芸術品である。



「ならば、これはどうだ!」



 ガンプドルフが雷衝・五閃を放つ。五つに分かれた雷の刃が、地面を這って襲いかかってきた。


 雷衝はラブヘイアが使っていた風衝の雷属性版である。


 それを五つも同時に放てるのだから、剣士としていかに優れているかがわかる。



(雷衝か。オレの水系とは相性が良すぎるんだよな。しかも地面を這わせるとは、嫌な使い方をする)



 水と雷は相性が良すぎる。両者は結びつき融合する性質を持っているので、無限抱擁での迎撃は難しいと判断。


 アンシュラオンは、跳躍して回避。



 が、ガンプドルフは追撃。



 上空に逃げたアンシュラオンに対して、さらに高く跳躍し、剣気を雷気に変えて力を溜める。


 そのまま集めた雷気を振り下ろすと、落雷のような一撃が発生。放たれた一撃が真下に向かって、強烈な一撃となって降り注ぐ。


 剣王技、剣雷震けんらいしん。集めた剣気と雷気を一緒に放出して、真下に叩き落す技である。


 剣衝のように斬るのではなく、質量を生かして叩きつけるので、打撃に近い圧力を与えることができる技だ。


 さすがに上空では攻撃をよけることはできず、アンシュラオンも攻撃を受けるしかない。



 落雷―――激震。



 爆音を上げ、森の中に雷が落ちた。


 街で馬鹿騒ぎしている連中がその音を聴いたかはわからないが、もし聴いてもお祭りの余興だと思って、どんちゃん騒ぎを続けることだろう。


 それほどまでに響き渡る一撃。剣士の因子レベル3の技であるが、使い手の能力が高ければ一撃必殺の技ともなる。


 その威力は絶大で、地面に直撃した瞬間に大地はもちろん、周囲の木々も焼け焦げるほどの威力。



 大地に激しい雷の跡を残して、技が終了。ガンプドルフも着地する。



(手応えはあったが…)



 ガンプドルフの手には、しっかりと直撃した感触が残っている。あれをかわすことは、いかに少年でも難しいだろう。


 倒したとは思わない。多少手傷を与えられればと思って見たが―――平然と立っていた。


 マントが焦げて消失してしまっているが、服や仮面にはまったく傷がない。


 思わず、汗が滲む。



(これだけの威力の技でも無傷なのか! 防いだ? いや、違う。流したのだ!!!)



 気がつけば無限抱擁が消えている。展開した結界を放棄し、その質量を使って雷撃の一撃を水と一緒に流して防いだのだ。


 相性が良い水と雷だからこそできる芸当だ。水に雷を吸収させ、そのまま地面に流した。アース線と同じ要領である。


 そう言えば簡単に聞こえるが、今まさに強力な攻撃を受けようとしている中で、そこまで冷静に対応することは至難の業である。


 特に剣士の攻撃力は高いので、アンシュラオンとてダメージを負うはず。それを怖れずに対応する精神力に驚嘆を隠せない。



(この少年、やはり強い! 只者ではないどころではない。超一流の武人だ。ルシアの雪騎将すら超えるぞ!)



 ガンプドルフが怖れる相手は少ない。


 せいぜい西側で勢力を拡大している大国、ルシア帝国の天帝直属の騎士である雪騎将くらいだ。


 あるいはニアージュ王国の百軍将と呼ばれる、制圧戦専門の強力な武人たち。


 彼らと比べてもアンシュラオンは遜色がない。それどころか彼らでさえ、ガンプドルフの一撃ではダメージを受けるはず。


 それを無傷で防ぐ段階で、すでに超越している。


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