61話 「アンシュラオンと魔剣士と」


(おっ、ちゃんと追ってきているな)



 アンシュラオンは、背後にガンプドルフが追ってくる気配を感じる。


 特に加減なく普通に移動しているのについてこられるのだから、相手の実力は間違いなく上級レベルにある。


 今はそれが少しだけ嬉しい。



「ひぃ、ひぃいいい!」


「暴れるなよ。落ちたら死ぬぞ」



 現在、左手にサナ、右手にイタ嬢を抱いている状態である。


 サナは大切に抱っこしているが、イタ嬢は担いでいる状態に近いので少し不安定だ。


 武人ではなさそうなので、四階の屋根から落ちたら大怪我は間違いない。死ぬ可能性もある。



「こんな場所を走るなんて!!」


「たかが屋根の上だ。跳ぶぞ」


「と、跳ぶ!? う、うひゃぁあ―――!!」



 アンシュラオンが屋根の端から跳躍。


 そのまま領主城外周の中ほどにまで飛び降り、駆けていく。


 一通り追っ払ったおかげで、衛士たちの姿は見られない。いたところで何もできないが、邪魔されるのは手間である。



(攻撃はしてこないか)



 背後から追いかけてくるガンプドルフは、特に攻撃を仕掛けることはない。


 イタ嬢に当たる可能性を考慮して、というよりは、単純にこちらの様子をうかがっているようだ。




 そのまま茂みまで走り抜け、一回のジャンプで領主城の城壁を飛び越え、上級街の森に到達。


 それからさらに、ひと気のない森の中央付近にまで走り―――そこで止まる。



「このあたりでいいかな」



 そこでサナとイタ嬢を降ろす。


 サナは相変わらずの様子だが、イタ嬢はかなり消耗していて声も出ないらしい。


 よほど心労がたたったのだろう。がっくりとうな垂れて、地面に膝をついていた。


 改めて見るとパジャマの下半分は破れているので、この現場を目撃されれば、かなり誤解を招きそうな光景ではある。


 が、今はイタ嬢のことにかまっている暇はない。



「そろそろ出てきなよ」



 声をかけると、木の陰からガンプドルフが現れる。



「規格外の速度だな。しかも二人を抱えながらか」


「こんなの空気みたいなものだよ。怪我をしないように気を遣うから、そういった面倒さはあるけどね」


「ここが君の目的地か?」


「そういうわけじゃないけど…悪くない場所かな」



(ここで止まったのは意図的か。…目的は何だ?)



 ガンプドルフは波動円を展開。周囲三百メートルの気配を探知。


 結果、周囲には誰もいないことがわかった。


 こうして常に周囲の警戒を怠らないのは優れた武人の証明である。



「やっぱりやるね。それだけ伸ばせれば一級品だ」


「君には劣るな。千メートル以上も軽々と伸ばせる武人は初めて見た」


「そう? 姉ちゃんなんて軽く五千メートルはいけるけどね」


「…それはそれは、たいしたご婦人だ」



 正直、冗談だと思いたい。そんな存在は聞いたこともない。


 もしいたとすれば本物の化け物である。



「ここには我々以外は誰もいないようだ。…君の名前を訊いてもいいかな」


「正義の白仮面」


「少女を人質に取るのが正義か?」


「悪を滅するのが正義だよ。犠牲を払ってもね」


「そういう考え方もあるか。私は好きではないがな」


「騎士道ってやつかな。残念。オレには関係ないね。オレはオレの正義だけを貫く」


「では、なぜここまで私を【誘導】したのか、その真意を訊きたいな」



 アンシュラオンは意図的にガンプドルフを誘導した。


 もし本気で逃げようと思えば、二人を抱えたままでも簡単に逃げ切れただろう。肉体能力ではアンシュラオンのほうが上なのは、すでに対峙した時には理解していたからだ。


 こうして二人が一緒にいるのは、アンシュラオンがそう望んだからにほかならない。


 アンシュラオンとて余計な面倒は嫌っていたはずである。そうであるのならば、突然心変わりしたのはなぜなのか。


 その理由は簡単。



 ガンプドルフに興味を抱いたからだ。



「不思議に思ってさ。それだけ強いのに、どうしてあんな領主におべっかを使うの?」


「それが政治というものだよ、少年」


「そうかな? オレはずっと思っていたんだ。それが政治なのかどうかってね。政治ってのは優れた人間が行うべきだ。愚鈍な不純物は必要ない」


「それは領主のことか?」


「それ以外にいるの? まあ、この子もそうだけどね」


「ひぅっ!」



 アンシュラオンが再びイタ嬢の頭を握る。



「待て。その子には手を出さないでくれ」


「スレイブにしようと思ったんだけど…あんたが買う?」


「それでもかまわない。いくら欲しい? 一億か、二億か? 損害分に加えて慰謝料も払おう」


「ずいぶんと執着するんだね。領主への手土産になるから、かな? 恩を売れるからね。価値があるなら連れてきてよかったよ」


「…そこまで読んで動いていたのか。どこまで知っているのだ?」


「何も知らないよ。ただ、あの会話を聞いていれば最低限の事情は察することができる。西側の人間なら入植か魔獣狩りか…。そうでないとしても、何かしらのやり取りがある関係なんだろうね。それだけわかれば十分だよ」


「たしかに領主とは多少の関わりがある。それで、君は何が目的だ?」


「オレ個人の目的は、最初に言った通りだよ。この子を取り戻すのが目的。次に制裁を加えること。それだけかな」


「すでに君は目的の物を手に入れた。領主にだって損害は出た。それで納得はしてくれないのか?」


「領主が損害だと思わなければ意味がないよ。スレイブを殺したって、あいつは痛くない。だからこいつを奪った。大切なものを奪われた痛みを教えないとね。つまりは教育ってやつさ」


「少年、それだけの力を持つのだ。大人になってはくれないか。人が生きるうえで妥協は必要だ。相手に譲るときも人生にはある。おべっかを使っても相手を動かせるようにならねば、争いはなくならない」


「心理学くらい知っているよ。自尊心を満足させてやれば、人の心だってそれなりに操れる。ただ、面倒なだけ。オレはもう世辞や媚を売って生きるのは嫌なんだ。うんざりしたし、飽きたからね。これからは好きに生きる。誰の指図も受けない」


「大人のような口ぶりだな。本当に少年か?」


「それなりに経験をしているからね」


「では、そうと知りながら、あえて騒動を起こしたのか?」


「そのつもりはないけど、それならそれでもいいと思った。殺したくはないけど、殺してもいいと思った。落とし前に犠牲は付き物だ」


「マフィアのようなことを言う」


「でも、大事だろう? 落とし前は」


「領主は強引なやり方だったようだ。…不快にさせたなら謝ろう」


「あんたに謝られてもね…。でも、あんたにしかできないことがあるよ」



 アンシュラオンは笑う。


 ここは、そのために用意した舞台。



「あんた、強いね。オレと戦おうよ」


「それなりに自信はある。しかし、私闘はしない」


「こいつが賞品なら私闘じゃないんじゃないの?」



 ずいっとイタ嬢を持ち上げる。



「いたたたた! 首が、首が伸びますわ!!」


「お前は【物】だ。おとなしくしていろ」



 サナともども二人を戦気で覆い、強烈な戦気壁を形成。外界と遮断する。


 そこにさらに命気を注入。



「ごぼごぼごぼっ、なんですの、これは! お、溺れるぅ!」


「それは命気だ。飲んでも問題ない。確認済みだから安心しろ」



 命気は極限にまで薄めているので、水と大気の中間のような感覚である。それが肺に入り込んでも問題はない。


 むしろ、傷んだ細胞を修復してくれる便利なものなのだ。



(そう、水気は危険だけど、命気はまったく問題ないんだよな)



 領主城内で女の子を診察したあたりから気がついていたが、命気はまったく人間に害を与えない気質なのである。


 もともと【羊水】とも呼ばれる気質なので、健康にこそなれ害にはならない。摂取しすぎた場合の検証はしていないが、アンシュラオンが長年毎日のように使っていても問題ないので、それも大丈夫だろう。


 命気を入れたのは緩衝材の役目をさせるためだ。もし二人が触れても怪我をしないようにと、外部から破壊されないようにである。



「命気…まさか、あの命気か? 水の最上位属性を使えるとは!」



 ガンプドルフも初めて見た気質である。何か特殊なアイテムを使えば可能だろうが、生身で扱える武人はそうはいない。



「さあ、イタ嬢が賞品なら文句はないだろう。まだ身体が熱くてさ。魔獣だけじゃ物足りなかったんだ」



(やはりこの少年が、あの魔獣を…)



 それならばすべてが納得できるとも思えた。目の前の少年から感じる波動は圧倒的。魔獣が可愛く思えるほどだ。


 そしてアンシュラオンの身体は、まだ少し疼いていた。


 久々の戦いによって覚醒した闘争本能が、酒を飲んで少し酔ったときのような、非常に心地よい気持ちを与えてくれる。


 本来ならば、これから身体が温まってもっと楽しい気分になっていくのだ。だが、デアンカ・ギースは、その前に死んでしまった。


 物足りないのだ。


 まだまだ足りない。


 サナを取り戻して少しは落ち着いたが、領主が煽ったおかげで血に飢えた一面が顔を覗かせてしまった。


 今のアンシュラオンには、ガンプドルフがデザートのように思えてならない。食後の軽い楽しみであり、火照った身体を冷やしてくれる存在に。



「あんたを波動円で感じた時から、面白そうだと思っていたんだよ」


「そのために私を呼んだか…」


「そういうことだね。あんたに恨みはないよ。ただ、このまま帰ってもつまらない。ムカついたまま気持ちを晴らさないでおくのは、健康のためにもよくないからね」


「どうしても退いてはくれないか」


「領主の土下座は? 誠意ある謝罪は?」


「それは難しそうだ」


「そう。あいつが落とし前をつけないなら、これもしょうがない。言っておくけど、やる気のない戦いをしたらイタ嬢は殺すよ」


「まったく、その綺麗な声で悪魔のような台詞を言うものだ。恐ろしいよ」



 ガンプドルフは、腰にあった【ロングソード】を抜いた。


 魔剣ではなく、予備として持っている剣だ。



(あの剣を抜かない? 何かありそうだな)



 アンシュラオンは、その段階で腰の剣が怪しいことに気がつく。


 装飾も普通のものとは違うので明らかに特殊装備だ。それをいきなり使わないということは、それだけの理由がある証拠である。



(使えないのか制限があるのか、それとも奥の手か。それはそれで楽しみだな。今回は情報公開を使わないでおこう。今後のためにもね)



 ガンプドルフには情報公開を使わない。


 最近はけっこう使っているスキルだが、このスキルに頼りすぎるのも危険である。


 使えない日が来るかもしれないし、通じない相手もいるかもしれない。そういうときのために日頃から慣れておく必要がある。


 ガンプドルフは、そういった練習台に選ばれたのだ。



(火怨山では戦うことが日常だった。今にして思えば、武人としては最高の環境だったんだな。闘争本能を満たしながら修練もできる。そりゃ強くなるわけだよ。だが、ここは平穏すぎる。たまには刺激も欲しくなるよ)



 そんな極めて自分勝手な都合であるが、こうして対峙するとワクワクしてくる。


 領主城で倒した敵など、敵の範疇に入らない。あんなものは遊びでしかない。


 しかし、目の前の相手は本物の武人だ。


 身内以外の初めての武人。その意味でも楽しめそうである。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます