60話 「ガンプドルフと少年と 後編」


「ベルを放せ!!!」


「まったくあんたは、お決まりの台詞ばかり言うね。ある意味で尊敬するよ。そうだな。領主ってのはこれくらい傲慢でなくちゃいけないし、これはこれで面白い余興だと思えてきてさ。で、どうすればあんたが苦しむのか考えた結果、これが一番いいかなと思ってね」


「ど、どういう意味だ?」


「娘に甘いんだってな。だからこんな痛いやつに育つんだよ」


「わたくしは痛くないですわ!」


「おっ、痛くないのか? ぐにぐにぐにっ」


「いたたたたたたたたた!!!」


「動くなって。トマトになりたいのか?」


「トマト?」


「そう、ぐちゃっとしたトマトだ」


「そ、それってまさか…」


「悪い。ミートソースの間違いだ。脳みそはドロっとしているからな」


「ひぃいいいい!! そっちのほうが怖いですわあああ!」



 少年は、いつでもイタ嬢の頭を潰せるように掴んでいる。その気になれば、本当にあっという間にミンチだろう。



「お嬢様!」


「お姉さんは動かないでね。この距離じゃ間に合わないよ」


「はぁはぁ、す、素敵な笑顔ですよ! ナイス泣き顔!!」


「うぇええええーん!! ファテロナの馬鹿ぁああああ!」



 違った。助けようとすらしていない。



「おじさんも動かないでね。あんたに動かれると本当に手元が狂うかもしれないし。手加減できないよ」



 ガンプドルフにも忠告する。



「スレイブが目的なのだろう。彼女を放してくれないか」


「この子も当事者でね。反省の色もないし、これくらいは当然だよ」


「若気の至りだ。若い頃は誰だってミスを犯す。そうだろう? 誰だって環境によって左右されてしまうものだ。自分の意図しないところで性格が歪んでしまうことはある。彼女もそういった被害者にすぎない」


「…たしかに。それはあるね」



 少年は、少し思い出すようなそぶりをしてから何度か頷く。身に覚えがあるのかもしれない。



「まったく、面倒事ばかりだ。オレはただ、この子が欲しかっただけなのにさ。こんなことをしたくはなかった。目立ちたくもなかった。こいつらが横取りしなければ、すべて順調だった」


「まだ間に合うだろう? 穏便に済ませられる。お互いに血を見なくても済むはずだ」


「あんたはそう思っていても、この子とそいつは違うんじゃないのか?」



 領主がこちらを睨んでいる。


 娘を人質に取られたのだから怒り心頭である。が、怒り心頭なのは少年も同じであるようだ。


 それを知っているガンプドルフは、必死に説得を開始する。


 まずは元凶である領主に対して。これ以上馬鹿なことをされては困るからだ。



「領主殿、ここは引いていただきたい。お嬢様のためにも見逃してやってほしい」


「わしの領地だ! わしの家だぞ! ルールは領主が決めるものだ!」


「わかっております。しかし、お嬢様はあなたにとって大事な存在。違いますか? 目に入れても痛くないほどだ」


「それは…当然だ」


「たかがスレイブ一人ではありませんか。代わりなど、いくらでもおります。お嬢様と対等なわけがない。所詮、使い捨ての道具です」


「うむ…」


「聡明なあなたならば、おわかりのはずだ。大事な娘さんのことで頭に血が昇ったのでしょうが、ここは落ち着くべきところです。より大きな利益のために」


「利益…か」


「そう、利益です。お嬢様が助かる。我々も助かります。残るは領主殿のお気持ちだけですが、支配者の度量を示すときでありましょう。相手はまだ少年です。お嬢様とそう変わらない。羽目を外すこともある。礼節を知らぬこともありましょう。それにいちいちかまって、余計なリスクを取るのは割に合いません」


「…ふむ」


「時にはこういうこともあります。しかし、そのつど冷静に利益を選択するべきだ。その積み重ねが大きな成功を呼ぶのです。この都市も、そうやって発展してきたはずです」



(領主は現実主義者だ。説得はできる)



 ガンプドルフは、領主の怒りが少し収まったのを感じた。頭の中でいろいろと計算をしているのだろう。


 ガンプドルフも、ここで争って変な噂が飛び交うのは避けたい。素性が判明すれば、他国からの介入もあるかもしれないのだ。


 領主は、そういうこともわかる男である。



「わかった。いいだろう。だが、高くつくぞ」


「心得ております」


「話は終わった?」


「そうだ。終わったのだ。少年、彼女を放してくれないか?」



 これで少年が領主の娘を放せば、すべてが解決する。


 そう誰もが思ったが、事態はそう上手く運ばない。



 少年が少年ゆえに、彼は他のことに興味を示さないから。



「肝心なことを忘れているようだけど、オレはまったく納得していないよ?」


「なっ…まだ不満があるのか?」


「そりゃそうでしょう。こっちのことを無視して上から目線で納得されてもね。そういうのって本当にムカつくよ。よくあるんだよ。そっちが悪いのに『許してやろう』的な態度でくるやつがさ。そいつらって自分がお偉いさんだと思っているようだけど、実際はナイフ一本で死ぬ程度のやつらなんだよね。ははは、お笑い種だよ」



 地球でも、そういったやつらは大勢いた。だが、所詮は人間。ナイフで心臓を刺せば死ぬ程度の存在。


 現実を理解していないで傲慢な態度に出れば、いつしか自分に刃が降りかかってくるというのに、それを意識できない実に哀れな存在である。


 領主を見ていると、そんな連中を思い出して笑えてくる。


 力こそがすべての世界で、その行為がどういう結果を生むのか、教えてやりたくなる。



「オレは納得していないよ? さあ、どうするの? どうやって場を収めてくれるのかな?」



 その目は笑っていた。


 弱くて矮小な存在が喚く姿を楽しむような。あえて混乱を求めるような。抵抗してくれたほうが面白いといったような。



(なんと恐ろしい少年だ)



 ガンプドルフは、本気で背筋が震えた。


 この少年は、自己のことを理解している。深く理解している。していながら暴力的なことを受け入れている。力を、力として使うことを知っている。


 力こそが、もっとも強いのだと知っている。


 それが何から生まれた感情なのかはわからないが、ただただ恐ろしい。



「どうすれば…納得してくれるのだ?」


「領主が土下座して謝るなら許してやってもいいよ」


「何を馬鹿なことを!!」



 領主が声を荒げる。だが、切り札を握っているのは少年である。



「あっそ。じゃあ、イタ嬢様はトマトかな」


「ひぃいいっ!」


「いや、待てよ。こいつをスレイブにするのも面白い。顔は可愛いから、痛いやつだってわかっても人気はあるだろう。どこぞの好色家に売り飛ばせばそれなりにすっきりするし、損害も回収できるかな。領主の娘なら高く売れそうだ」


「ベルはわしの娘だ! スレイブとは違う!」


「何を言ってるのかなぁ。何の差もないよ。オレからすれば、みんな同じだよ。力を入れれば、バンッと弾ける。脳みそをぶちまけて死ぬ。ね? 同じでしょう?」


「ひっ…ううっ…」



 少年の手に冷たいものが満ち、娘が震える。


 それは純然たる殺気。


 目の前に迫ったリアルな死に、娘の身体が凍り付いて硬直した現象である。


 脅しではない、という明確な意思表示だ。



「で、どうするの? 土下座する? まあ、オレは土下座されたって何の自尊心も満たされないけど、弱いやつが這いつくばるのは、それはそれで面白いからね。さあ、どうぞ」


「ぐぬううう! ふ、ふざけおって!!」


「領主殿、落ち着いて!!」


「これが落ち着いていられるか!! ベルを放せ!!」


「会話が通じそうもないね。それじゃ、バイバイ。こいつはスレイブにして売り飛ばすよ」



 少年から戦気が放出され―――天井が吹っ飛んだ。


 そして、跳躍。屋根に出て一気に逃げていく。



「ま、待て!!」


「領主殿、ここは私が! あとの処理は我々に任せてください!」


「ガンプドルフ殿! 頼む! あの子はわしの宝なのだ!! 絶対に取り戻してくれ!」


「わかっております!」



 ガンプドルフは少年を追う。



(少年、どういうつもりなのだ? これは君にメリットがある行動なのか? 何か意図があるのか? それとも暴力と破壊を求めているだけなのか?)



 その心に不安と疑念を抱きながら。


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