57話 「領主登場、深まる対立」


「じゃあ、そういうことで」


「ま、待ちなさい…待って……」


「最初より元気がないじゃないか。どうした、イタ嬢様」


「イタッ!? いたい、いたい、いたい!! どうしてなのか、その名前はすごく痛いですわ!!!」


「お前の素敵なニックネームだろう? 街じゃ、お前のことをみんなそう呼ぶ。しょうがない。スレイブを友達にして自己満足に浸っているやつだからな。そりゃ引くわ。ドン引きだ」


「ひいっ!!! 嘘、嘘よ!!! 知らない! そんなの知らない!」


「さよなら、イタ嬢様。クイナちゃんと仲良くな。その子は頭がいいから、ちゃんとお友達ごっこに付き合ってくれるだろうさ。二度と会うことはないだろうけど元気でな」


「ま、待ちなさい! あなたは、あなたはその子をどうするつもりなの!?」


「決まっている。オレのものだから好きなようにする。一緒に寝て、お風呂に入って、ご飯食べて、ちゅっちゅして、ナデナデして、抱っこするんだ」


「わたくしより最低ですわ!!! なんですか、それは! ただの姦淫ではありませんか!!!」


「お前と一緒にするな。愛情を確かめ合う共同作業だ」


「一方的でしょう!!」


「そんなことはない。お前のように一方的に人形にはしない」


「いいから、クロミを放しなさい!」


「はっ? クロミ?」


「その子の名前よ! わたくしが付けた、ね。黒いからクロミ。いい名前でしょう?」


「壊滅的なネーミングセンスだな」


「あなたには聞いていないわ! クロミ、こっちにおいで!」



(何を言っているんだ。こいつは…)



 と、アンシュラオンが思ったとき、腕の中にいたサナが、もぞもぞと動く。降りたそうにしている。



「なんで…ああ、そうか! スレイブ・ギアスか!」


「クロミは私と契約しているのよ! 命令には逆らえないわ!」


「お前、友達に絶対服従を強いているのか。本気で最低だな。だから白スレイブを探していたんだな。痛い女だ」


「あなただけには言われたくないわ!! ファテロナ、捕まえて!」


「嫌です」


「嫌!?」


「お友達同士のやり取りに、メイド風情が割って入るのは道理に合いません」


「と、友達ってそういうものなの?」


「そうです。思いきり感情をぶつけ合うのです!! 激しく! 燃えるように! あああああ!」



 思いきりオスカルを引き裂く。



「オスカルがー! ファテロナ、言うことを聞きなさい!」


「私はお嬢様のスレイブではありません。あくまで領主様のスレイブです」


「そ、そうだけど! 私のお付きでしょう!」


「ごらんの通り、裸です」


「脱いだのはファテロナじゃないの!」


「ナイフもなくしたので無防備です。そういうわけですので、私はここで見ております。はぁはぁ。もっとお嬢様が苦しんでくれれば最高なんですが……泣け、早く泣け! クカカカカ」



 涙ぐむイタ嬢を観察して興奮するファテロナ。相当歪んでいる。



「いいわ! あなたにはもう頼まないから! 出あえー、出あえー! 侵入者よ! 私の七騎士、出てきなさい!!」



 イタ嬢が廊下のスイッチを押すと警報が作動。


 その音を聞きつけて六人の騎士が走ってきた。どうやら通路の東側は彼らの待機室だったようだ。



(ああ、あそこにいたやつに似てるな)



 忠犬ペーグのような魔獣の鎧に身を包んだ男たちが、息を切らせながら整列する。



「お、お嬢様! お呼びでしょうか!」


「よく来たわね、私の七騎士! そうよ、曲者よ! ついにあなたたちの出番がやってきたのよ!」


「それは…はぁはぁ、ありがたいことで…ぜぇぜぇ」


「なんで息切れしているのよ!」


「何年も出番がなかったものでして…少し運動不足で…」


「何をやっているの! 毎日ぐーたらしているからでしょう!」


「申し訳ありません! タダ飯が美味くて、ついうっかり!!」


「ほら、さっさとあいつを捕まえて!」


「了解しました!!」



 ちなみにペーグがいないことには誰も気がついていない。



「よ、よし、みんな! ついに我々の出番だ! お嬢様のために戦うのだ!」


「お、おう! や、やろうぜ!」


「じゃあ、あれか? やるっていうなら、最初はあれだろう?」


「おっ、あれか? できるかな?」


「あんなに練習したんだ。やれるさ」


「い、いくぞ! 隊列はいいな? いっせーのー!!」



 何やら七騎士、もとい六騎士が何かをやっている。どうやら隊列を組んでポーズを決めたいらしい。


 イタ嬢に雇われてから三年。侵入者などまったくやってこないので、日々肥えていき、衰え続ける自分たちに危機感を感じていた。


 何よりも、その存在意義に疑問を感じていた。


 そんな彼らにとってアンシュラオンの出現は大歓迎である。


 そして、ついに三年かかって修得した決めポーズが発動する。



「俺の名前は、韋駄天のグ―――」



 ドスッ



「私の名前は、強撃のゴ―――」



 ドスッ



「わたすの名前は、大壁のベ―――」



 ドスッ



「オラの名前は、震天のプ―――」



 ドスッ



「オイラの名前は、千軍のヌ―――」



 ドスッ



「ミーの名前は―――」



 ドスッ





「「「「「「 お嬢様…どうかお元気で―――がくっ 」」」」」」





「私の七騎士が―――!!!」




 彼らがポーズを決めている間、アンシュラオンが腹を殴って回ったのだ。


 七騎士、一度も戦闘せずに全滅である。



「ちょっと!! どうして待たないの!!」


「男の決めポーズなんて見て楽しいか? オレは楽しくない」


「なんなのよーーー! なんなの、なんなの、なんなのーーーー!! あなたは何なのよーーーー!!」


「だから白仮面だって。それじゃ―――」




「これは何事だ!」




「あっ、お父様!」



 アンシュラオンが帰ろうとしたとき、騒ぎを聞きつけたのか、一人の男性が護衛の騎士二人と一緒にやってきた。


 領主城内に響いているので、これだけ警報が鳴っていれば気がつくのは当然だろうか。



(お父様? …もしかして、あれが【領主】か?)



 目の前にはヒゲを生やした五十代くらいのおっさんがいた。


 西側の貴族を少し意識したような豪華な赤い服を着て、頭には羽付き帽子も被っている。それだけ見れば、たしかに貴族に見えなくもない。


 が、顔はどちらかというと普通以下なので、あまり似合っているとはいえない。



(家の中で着るには不便そうな服だな。まあ、おっさんの服の趣味なんてどうでもいいけどさ)



 領主はいつもこんな格好をしているわけではない。今日が特別な日だからだ。


 ただ、そんなことを知らないアンシュラオンにとっては、そういった趣味のおっさんとしか映らないし、同時にそれでもまったく問題ないことである。


 それより重要なことは、この男が領主であるということ。



(領主か。こいつも娘と同じく、オレの物に手を出したやつなんだよな。このまま出会わなければ見過ごしてやろうと思ったが…どうするか)



 サナを取り戻したので、もうここには用事はない。


 あるとすれば報復だが、イタ嬢はあまりに痛いので見逃してもいいとは思っていた。領主はすでに若干忘れていたが、今こうして出会うと少しばかりの怒りも湧いてくる。


 まずは相手の出方をうかがおうと、アンシュラオンはじっと立っていた。


 案の定、イタ嬢が助けを求める。



「お父様、この人が私のクロミを!」


「クロミ? 何だ、それは?」


「昼間買ったスレイブですわ! 彼女がクロミです!」


「ああ、そうだったな。…あれか」



 領主は、アンシュラオンに抱かれているサナに視線を移す。


 その目には、娘に買ってあげた【玩具】、という以上の感情は見られない。



「クロミがさらわれそうなの! 助けて!」


「あいつは誰だ?」


「知らない人よ! 賊だわ!」


「まったく、この忙しい時に…たかが玩具で…」



 領主にとっては、そんなことよりも大事なことがある。それを邪魔された怒りのほうが強かったようだ。


 加えて、イタ嬢は彼にとって大事な娘。唯一の跡取りである。そのため、こういった口調になる。



「なんだ、お前は! 娘の玩具をどうするつもりだ! あれはわしが買ったものだぞ! この盗人が! どうやって入った!」


「盗人…だと?」


「そうだ。他人の物を奪えば盗人だ。それ相応の罰が与えられるぞ。いくら子供とて罪は変わらない」



 わかってはいた。そうなると予想していた。


 だが、実際にそう言われるとイラッとするものだろう。



「そうだったな…。そういうやつだっていう可能性も十分あったな。オレも大人になったつもりだったが、ムカつくものはムカつくな。いや、相当ムカつくな、こいつは」



 ぶつぶつと独り言のように呟きながら、改めて怒りが湧き上がるのを感じた。


 領主に興味はなかったが、これによってアンシュラオンは、ただで帰るわけにはいかなくなった。



「お前が領主か。人の物を奪っておきながら、その言い方はムカつくな」


「奪ったのはお前だろう!」


「この子はオレが予約していたものだ。それを奪ったのはお前だ」


「お前だと? 領主に向かって、その口の利き方はなんだ!?」


「おい、論点をすり替えるなよ。お前が奪った話をしているんだぞ」


「わしは何一つ奪ってはいない」


「スレイブ館で白スレイブを、この子を買っただろう。先に予約していたのはオレだ」


「それがどうした。先に金を払ったのはこちらだ。それ以前に、この都市はディングラスの個人都市だ。嫌なら出て行けばいい」


「出て行くという点に関しては、オレもそれでまったく問題ないが…所有権に関しては譲れないな。それにそこまで言われたら、詫びを入れてもらわないと収まりがつかないぞ」



 サナを抱きながら領主に一歩一歩近寄る。


 その気配を察して、護衛の騎士二人が前に出る。首にジュエルがあるところを見ると、彼らもスレイブのようだ。



「おい、そのスレイブは市民権を持っているのか?」


「スレイブに市民権など必要なかろう! 早くそいつを捕らえろ!」


「はっ! ただちに!」


「そうか。それを聞いて安心した」



 アンシュラオンの手が―――伸びる。


 高速で放たれた一撃は誰の目にも捉えられることなく、護衛の騎士の腹に突き刺さった。


 鎧を壊し、皮膚と筋肉を抉り、さらに貫く。


 覇王技、羅刹らせつ


 手に鋭尖の戦気をまとわせ、貫手ぬきてで相手の肉体を抉る技である。非常に速度が早い技であり、初速では最速ともいわれている。


 騎士も、気がついた時には、すでに腹に穴があいていたという状況だ。



「なっ…が……これは…!?」


「どうした? ほら、引き抜いてみせろよ」


「ぐううっ、くうっ!! ぐぐあああ、手が! 手が焼ける!!」



 アンシュラオンが戦気を放出し、腕の周囲をガードする。


 それだけで騎士は、アンシュラオンの腕に触れることができず、それどころか近寄っただけで自分の手が焼け崩れていく。


 両手の指が完全に消失。もはや武器すら持てない状態に陥る。


 ガタンッと持っていた剣が落ちた。



「ははは。それじゃ鼻くそもほじれないな。そんなやつを守るからだぞ。では、もう一つ罰を与えてやろう」



 アンシュラオンが軽く蹴った瞬間―――男の両足が吹っ飛ぶ。


 ほとんど触れてもいないのに、戦気の余波だけで足が消え去った。支えるものが失われ、がくんと男は通路に崩れ落ちる。



「ぐっ、ひっ、ひぃいい! あ、足がぁあああ!」


「あはははは! まるで虫けらだな! どうしたんだ、おい。オレを捕まえるんじゃないのか? なあ、おい」



 倒れた騎士の頭を、足でぐいっと押す。


 だが、騎士はそれどころではないようで、ただただショックを受けて悶えている。


 その様子にアンシュラオンは興醒め。



「つまらんな。もう終わりか。安心しろ、命までは奪わないさ。これからも這いずって、こいつに媚を売って生きるんだな。まあ、使えなくなったスレイブがどうなるかは知らないけどさ。…ほら、早く治療しないとお仲間が死ぬぞ」



 その言葉に、慌ててもう一人の騎士が駆け寄って応急手当を行う。


 抉られた腹は焼かれており、出血は止まっている。だが、ショックのほうが酷くて、スレイブはすでに失神してしまっているようだ。


 まだ生きているのは、強靭な生命力を持つ武人の因子があるからだろう。そうでなければ、すでに死んでいたはずだ。



「なっ…!! これはいったい!!」



 領主は、何が起こったのか理解できていないようである。


 娘よりも若く見える背の小さな男が、簡単に護衛のスレイブを倒したのだ。驚くのが普通である。



「さて、次はお前だな」



 それから領主に向かう。そもそものターゲットは領主だからだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます