56話 「ファテロナ侍従長の性癖」


「人間、嘘はつけないもんだな。その子の首にあるのも精神術式のジュエルだろう?」


 クイナの首にあるリボン型チョーカーにも緑色の石がある。


 彼女もスレイブだ。それも相当可愛いので、あの場にいた白スレイブの中の一人だと思われる。



「白スレイブに友達の設定を刷り込んでいるんだな。その歳でたいしたもんだよ」


「な、何のことですか!」


「なあ、しらばっくれるなよ。オレにはわかっているんだぞ。お前が白スレイブに、どっぷりはまっていることなんてお見通しなんだ。オレもモヒカンの店に行っている。いまさら何を言っても弁解できないぞ。この子も二千万で買ったそうだな」


「っ!! どうしてそれを!?」


「モヒカンに全部聞いているんだよ。そろそろ諦めろ」


「あの店主…! 守秘義務があるはずなのに!」


「どう誤魔化しても事実は変わらない。お前がこの子を奪ったことも、スレイブを友達代わりにしていることもな」


「くっ…」



 その言葉にイタ嬢の顔が重く沈んだ。


 他人に自分の弱点を突かれると、これほどまでに痛いのかと、歯を食いしばって耐えている様子がうかがえる。



(ちょっとかわいそうだが、当然の罰だな。自分のやったことを悔い改めるがいい!!)



「あ、あなたに…! あなたには関係ないでしょう!」



 それでも抵抗してきた。そうでもしないと理性を保てないのだろう。


 案外まともな神経をしているようで、逆に意外に思えたくらいである。



「そんなお前にプレゼントだ。ほら、この子の代わりにこれでも抱いていろ」



 アイテム、【イタ嬢様の痛いお友達】を突きつける。



「なっ、それは…! どうしてあなたが持っているのですか!?」


「扉の前に投げ捨ててあったぞ?」


「そんな! ちゃんとわたくしのお友達部屋に入れておいたのに!!」


「だから、お前はみんなに嫌われているんだって」


「あなたには…」


「ああ、関係ないな。お前がオレに関わらなければ、何をしようと問題なかった。好きにすればいい。だが、この子はオレのものだ」


「その子は、わたくしが買いました!!!」


「買ったことは認めたな」


「先に買ったのは、わたくしです!」


「開き直りやがって。予約していたのはオレだ」



 両者ともサナを離さない。


 掴まれているサナは、至って無表情であるが。



「これじゃ泥沼だ。だから差額の八千万を示談金として用意した。文句はないだろう」


「ありありですわ!!」


「サインしただろう」


「受け取り拒否します!」


「ワガママお嬢様か。まあ、いい。勝手に出て行くさ」


「ぎゃあああ! 止まりなさいーーー! ずるずるずるーー」



 止まるわけがない。簡単に引っ張られる。


 そこでイタ嬢はさっそく援軍を呼ぶことにした。




「ファテロナ、ファテロナ、緊急事態よ! 賊よ! 助けて!」




(ファテロナ? ここに来る間に、何度かその名前を聞いたな。たしかマキさんくらい強いって話だが…)




 少し興味が湧いたところ、近くの部屋のドアが開き、一人の女性が出てきた。



 深緋色の髪をしたショートカットの女性で、癖毛なのかパーマをしたように強いウェーブがかかっている。


 顔はとても綺麗で、衛士たちが言っていたように紛れもなく美人だ。まったく足音を立てずに歩く姿から、一瞬で暗殺者か忍者だということもわかった。


 だが、アンシュラオンには、一つだけわからないことがあった。




(どうして―――【裸】なんだ?)




 イタ嬢が呼んだファテロナという女性は、服を着ていなかった。


 かろうじてブラジャーとパンティーは身につけているが、それ以外は生まれたままの姿だ。



「お嬢様、お呼びでしょうか(ビシッ)」



 眼鏡を上げる動作をするが、そこに眼鏡はないのでエア眼鏡上げである。


 だが、裸だ。



「敵よ、賊よ! 捕まえて!」


「お嬢様に仇なす者、けっして許しはしません!(ビシッ)」



 格好良くポーズを決める。


 だが、裸だ。



「って、ファテロナ、その格好はなんですの!? どうして裸なの!?」


「野党に襲われて身包みを剥がされました」


「一緒に帰ってきたじゃないの!」


「屋敷の中で襲われました」


「そんな馬鹿な!?」


「目の前に賊がいることが、その証拠です」


「そんな! ファテロナまで襲われたの!? なんて鬼畜なやつ!」



(初対面のはずだけどなぁ…)



「はっ、お嬢様! その手に持っているものは…まさか……」


「なに? どれのこと?」


「それです。その下着です」



 ファテロナがイタ嬢が持っている下着を見て驚く。アンシュラオンが拾った薄紫色のものだ。


 たしかに下着を持って歩くという状況は異常だが、その驚愕ぶりも異常だ。



「ああ、この下着はこの人が…」


「私が投げ捨てたはずなのに、なぜお持ちなのですか!!!」


「頭に被っ……え? 投げ捨てた?」


「はい。洗濯したお嬢様の下着を盗み出し、通路に投げ捨てました」


「…なぜ、そんなことを?」


「拾った男性の誰かが、それを使ってイヤラシイ液体をぶっかけ、また洗濯籠に戻すまで待っていたのです」


「イヤラシイ液体? なんですの、それ?」


「白くてどろっとしたものですが…ご存知なかったのですね。それならそれで、私としてもまた興奮…いや、心が痛むところです。あとはそれをこそっと持ち出し、お嬢様のタンスの中に仕舞い込む予定でした。それを見たお嬢様がどんな反応をするのか…はぁはぁ、楽しみでなりませんでした!」


「何を言っているのかわからないわ! どういうことなの!?」


「はっ、お嬢様! その手に持っているヌイグルミは…!」


「ああ、これね。これはこの人が…」


「私が投げ捨てたはずなのに、どうしてここに!」


「外に投げ捨てて……え?」


「お嬢様が大切にしているお友達のヌイグルミを、ニヤニヤしながら殴り飛ばし、蹴り飛ばし、扉に叩きつけても気づかない御姿に、私がどれだけ興奮したことか…!! はぁはぁ!! なんて鈍感な!!」


「な、何を言っているの? 意味がわからないわ!!」


「よいのです。それでよいのです。お嬢様はそれでよいのです!!!」



 ファテロナは、はぁはぁしながらヨダレを垂らしている。



(何か想像していたキャラと違うな)



 美人という情報しか聞いていなかったので、普通の侍従長をイメージしていたのだが、まったく違うキャラであった。



「はっ、あなたの持っているネックレスは…!」


「ん? これ? さっきあっちで拾ったよ」



 ファテロナが【緑のネックレス】を見つめる。さっきアンシュラオンが拾ったものだ。



「あっ、それはファテロナのスレイブ・ギアス!! どうしてあなたが持っているの?」


「だから拾ったんだけど…」


「それは私が投げ捨てたスレイブ・ギアス!! か、返してくださいませ!」



 やっぱりファテロナが自分で捨てたらしい。


 いらないので普通に返す。



「うん。はい」


「ああ、私の大切なスレイブ・ギアス…」



 ファテロナが大切そうにネックレスを握り締め、頬ずりしたあとに―――




「ああああああああああ! こんなもの!!」




 投げ捨てた。


 しかもこの世でもっとも憎いものを相手にしたかのように、思いきり叩きつけた。



「ええええええ!?」



 それに驚いたのがイタ嬢である。驚くのも無理はない。行動が謎すぎる。


 だが、裸のファテロナは、さらに顔を紅潮させて悶える。



「ああああ! お嬢様の驚く声! それが私にとっては…あああ!」



(このお姉さん、乳首が立ってるな。興奮しているのか?)



 気のせいでなければパンティーも若干濡れている気がしたが、そこはもう触れないことにした。



「というか、スレイブ・ギアスって取っていいの?」



 せっかくなので、一番気になっていたことを訊いてみた。



「はい、お客様。このスレイブ・ギアスというものは、精神が一定値以下でないと効かないのです。よって、私にはまったく意味がありません」


「全部のギアスがそうなの?」


「スレイブ・ギアスの質が問題なのです。この都市で取り扱っているジュエルは質が並なので、私には使えないということです。もっと上質のものならば効果は発揮されますし、自分で取り外せません」



(そういえばロリ子ちゃんにかかっていた術式も、あまり強いものじゃなかったな)



 ロリコン妻のジュエルを思い出す。質ももちろん、かかっていた術式も弱かった。


 単純に精神術式が難しく、機械で扱えるものには限界があることと、ジュエルそのものの質に問題があるのだろう。これは貴重な情報であった。



「お姉さんは、スレイブなんでしょ?」


「その通りでございます」


「それで成立するものなの?」


「ギアスがあろうとなかろうと、スレイブであることには変わりありません!(ビシッ)」



 ビシッと教えてくれた。


 だが、裸だ。



「どうして裸なの?」


「さっき服を脱ぎ捨てました」


「もしかして、このメイド服とかナイフもそう?」


「ああ、そうです! お嬢様からいただいた大切な物!! それが無造作に投げ捨てられ、大勢の人間に踏みつけられる!! なんて、なんて…」



 ぐっと身を縮込ませてから―――




「―――カイカン!!」




 ぐわっと両手を広げて高ぶる感情を表現。



 そして、アンシュラオンが一言。



(うん、変態だな)



 この世界には変態ばかりいる。


 変態が変態を呼ぶように、至る所に変態ネットワークが生まれているようだ。


 せっかくラブヘイアと別れたばかりなのに、また新しい変態との出会いが生まれてしまった。



(美人のお姉さんだからいいか。胸も大きいしね。というかイタ嬢のやつ、自分のメイドに好き勝手遊ばれているな。なんだか本当に哀れに思えてきたよ)



 ファテロナは完全にイタ嬢で遊んでいる。


 今も困惑している少女の顔を見て、ニンマリとした下卑た表情を浮かべているので、真性のSの可能性もある。



―――――――――――――――――――――――

名前  :ファテロナ


レベル:42/50

HP :840/840

BP :480/480


統率:C   体力: E

知力:C   精神: C

魔力:E   攻撃: D

魅力:C   防御: F

工作:B   命中: B

隠密:A   回避: B


【覚醒値】

戦士:0/0 剣士:2/2 術士:1/1


☆総合: 第七階級 達験たつげん級 暗殺者


異名:イタ嬢様の侍女長、毒殺のファテロナ

種族:人間

属性:風、虚

異能:ハイブリッド〈混血因子〉、護衛、毒殺、分身、物理カウンター、毒無効、お嬢様への忠誠、お嬢様のトラウマを抉る趣味、お嬢様への歪んだ愛情表現、お嬢様の泣き顔は最高に快感

―――――――――――――――――――――――



(…まずい。姉ちゃん寄りの人だ)



 いろいろと女性を見てきたが、ここにきてパミエルキ側の人間に直面する。相当歪んでいそうだ。


 ただ、その対象が他人ならば特に問題はない。



(毒殺のファテロナ、か。なかなか怖い異名だな。オレには毒は効かないからいいけどね。ただ、この人はハイブリッドなんだな。術士の因子もあるから、なかなかの手練れだ)



 ハイブリッド〈混血因子〉は、剣士が生まれながらに同時に術士の因子を持つ場合を指す。


 この場合、通常の因子とは異なり劣化があまりないのが特徴で、修練すれば剣も術も相当なレベルまで使いこなすことができる。


 いろいろできるので便利だが、場合によっては器用貧乏で終わることもあるので、ハイブリッドだから強いというわけではない。


 マキとはだいぶHPや能力が違うが、同レベル帯の武人であることは明白だ。これらの違いは戦士と暗殺者の耐久力の差である。


 がしかし、ファテロナはイタ嬢に夢中のようだ。



「盛り上がっているようだから、オレは帰るよ。部外者がいたら邪魔だろうし」


「あっ、お待ちなさい!! ファテロナ、ファテロナ! この変態を止めて!!」


「………」


「ファテロナ、聞いているの!?」


「ううっ!!」



 ファテロナが突如、ぶわっと涙を流す。



「な、なんで泣くの!?」


「実はさきほどから、ずっと会話を聞いておりました」


「聞いていたなら話が早いわ! あいつを倒しなさい!!」


「わかっております。わかっております。ついに、ついにお嬢様にも【本当のお友達】ができたのですね!!」


「えーーー!? 何を聞いてたの!?」


「お友達と喧嘩をするまでになるなんて。ようやく、ようやく、普通の友達が!! フ・ツ・ウの! ノーマルの!! 極めて普通のお友達が!! できたのですねえええええ!」


「やめてぇええええ! 普通よ! ずっと普通だったもの!!!」


「いいえ、違います!」


「っ!!」


「こんなものは友達じゃないのです! こんなものは!!」



 ヌイグルミを引ったくり、床に叩きつけ、何度も足蹴にする。


 哀れ、ヌイグルミはズタボロになって中から綿が飛び出る。ついでに目玉も飛び出る。



「オスカルーーーーー! わたくしの友達がーー!」


「こんなものは友達じゃないのです!」


「わたくしのオスカルに何をするの!?」


「こんなものに毎晩話しかけ、『明日は一緒に遊びに行こうね』とぎゅっとしたりして、お嬢様はいったい何歳なのですか!!」


「やめてーーー!! 言わないでーーーー!」


「本当の友達とは、もっとこう、お互いをわかり合うために時間をかけるもの!! スレイブなど所詮は友達ではないのです!! ほら、この通り、スレイブ・ギアスなんて何の意味もない!」



 床に落ちているネックレスを踏みにじる。


 ガシガシと何度も足蹴にした。



「…うっ、うう…うう……ファテロナの馬鹿あぁああああ! うあぁああああ~~~~ん!!」


「ああああ! かわいそうなお嬢様!! もっと、もっと泣いてください!!!! やっはぁぁああぁぁぁっぁああああ!! さ、最高!!」



 身悶えるファテロナ。



(…帰ろう。こいつはもう終わりだ)



 助けを求めた侍女長に攻撃され、イタ嬢様の心はズタズタだ。


 当然の罰であるが、アンシュラオンはもう飽きたので、さっさと帰ろうと思った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます