48話 「ガンプドルフの予感」


(散々だったな…)



 傭兵姿のガンプドルフが、今日の外仕事を終えて部屋に戻る。


 砂に塗れた服を投げ捨て、軽く身体を拭いてから、いつも通りの格好になる。


 戦闘用のフルプレートではなく、日常任務に使う軍用コート姿だ。当然、自国の国章や隊章は消してあるので見られても問題はない。



(…どんな姿になっても、これだけは手放せないな)



 その腰には一本の剣がある。黄金の装飾が施された金色の柄のもので、刀身まで金色という非常に珍しいものだ。


 これは手放せない。傭兵姿だろうがフルプレートだろうが、これを離すわけにはいかない。いや、手離せないのだ。


 魔剣といえば聞こえはいいが、もし本当に性能が良いだけのものならば聖剣となっているはずだ。


 魔剣には魔剣と呼ばれるだけの所以、大きなデメリットが存在するのである。それを受け入れてこそ、強い力を手に入れることができるのだから相応の代償だろう。


 そんな頼りになりながらも使い勝手の悪い相棒を触りながら、一度ソファーに座って心を落ち着ける。



(領主城か。その名前から察するに、ここの領主は一国の主のつもりのようだな。まあ、それは家を持った男と同じ。自分が主人となった世界において、人は誰しも権威を保ちたいと思うものだ。それがどんなに小さな枠組みでも…な)



 ここは領主城、その尖塔に用意された彼の部屋である。


 室内は、バスケくらいならばできるくらい広く、一人で暮らすには大きすぎるくらいだ。


 普段は貴族などがやってきたときに使用される部屋のようで、調度品もそれなりに立派なものがそろっている。


 むろん、本場である西側からやってきたガンプドルフには、それらは珍しいものではないが、もともと武人であり軍人である彼には興味のないものである。


 それより重要なのは、このグラス・ギースが都市として最低限の機能を有していること、領主が為政者として支配権を維持していることである。


 その条件さえクリアしていれば、領主城がどのような場所でもあまり問題ではない。


 それから再び今日の出来事を考える。



(散々な日だったが、そんな日もある。それに収穫はあった。戦艦を長期間隠せそうな場所が見つかった。魔獣が少ないのはむしろありがたい。これでしばらく安全を確保できる。メーネザーには申し訳ないが、あそこを拠点にしてもらおう)



 グラス・ギースには、さすがに戦艦を格納できるスペースはなく、よそ者が大勢ぞろぞろやってくるわけにもいかないため、部下の大半は荒野で生活することになる。


 今日訪れた岩石地帯に戦艦が隠れられる場所があったため、そこを外部の拠点にするつもりだ。


 もともとあそこを訪れたのは、そのためでもある。魔獣退治はオマケにすぎない。



(あの付近に前哨基地を作れれば、だいぶ楽になりそうだ。問題は資材と物資の搬入だが、地道にやれば数ヶ月で物にはなる。それもこれも、あの大型魔獣がいなくなったおかげと見るべきだろうな)



 警戒区域には大型の魔獣が出ると聞いていたので、それだけが心配だった。


 戦艦とはいえ万能ではない。地中から攻撃されれば撃沈する可能性がある。耐えるにしても、陸上で座礁するのもまた面倒である。


 それを思えば、唯一の懸念だった大型の魔獣が、あの場からいなくなっていたのは助かった。


 どんな相手でも自分とミーゼイアならば対応できると思われるが、無駄な消耗は避けたいのが本音だ。


 ミーゼイアの修理用の部品も最低限しかないので、無駄に損耗してWGにオーバーホールに出すともなれば、もう目も当てられない大損害だ。


 その点において【謎の存在】には感謝している。



(結局、その人物とは出会えなかったな。いや、それでよかったのだ。相手が温厚で知的な人間とは限らない。血に飢えたような人間ならば危険だった。…それならそれで問題ではあるが、今はそれでいいだろう。しかし、この件については調べてみる必要がありそうだ。それだけの武人を野放しにはしておけない。あまりに危険だ)



 すでに傭兵としてハローワークには登録してある。その伝手を使って調べてみるのもよいだろう。


 案外、傭兵というものも便利である。同僚の魔剣士の一人が、よく傭兵に成りすまして諜報活動をしていたものだが、その意味がようやくわかった気がした。


 ちなみにガンプドルフの評価は、第三階級の黒爪こくそう級狩人であった。通称、ブラックハンターである。


 リングをしていない状態での審査であったものの、彼もまた数値には出ない力を持っていることも事実。腰の魔剣がそれを証明している。


 剣士にとっての強さとは、武器や防具の質を含めた力なのだ。それを含めれば、ホワイトハンターレベルにあるのは間違いない。



 この二日でホワイトハンターとブラックハンターが一気に加入したハローワークでは、その話題で持ちきりである。


 と言いたいが、某謎の人物がデアンカ・ギースを倒してしまったので、ばら撒いた金の件も含めて、すでにガンプドルフは話題にもされていない。


 ただ、当人にとってはそのほうが好都合であるし、任務に出ていたので噂になっていたことすら知らないでいるが。



(現状の戦力は乏しい。そういった危険人物に出会っても対応できるかどうか…。それ以前に、このあたりには強い魔獣が多い。やはり人間の統治が行き渡っていないからだろう。だからこそ今のうちに魔獣に対応しておきたかったが、今日の訓練は最悪だったな)



 今日狩った程度の魔獣では慣らしにもならない。せいぜい魔人甲冑を動かせたのが最大の収穫だろう。



(魔人甲冑はまだまだ機動性が甘いが、使えるには使える。生存率は上がるだろうな。量産できれば戦車代わりにはなりそうだ。白兵戦でも使えるようになれば面白い素材になる)



 魔人甲冑は、魔獣相手でも十分効果を発揮した。


 基本は武人が乗るものだが、一般人でも扱えるものにできれば即席で軍隊を生み出すこともできる。


 当然、訓練されていない人間が使うには危ういが、あるとないとでは雲泥の差だ。


 特に文明が発達していない東大陸においては、そうした存在だけでも視覚的威圧効果が見込める。軍事力を誇示することができるのだ。



 この地において重要なのは血筋ではなく、単なる力、暴力。



 力がなければ何もできない。貴族だとうそぶいたところで、魔獣に噛み殺されるか、そこらの人間にナイフで刺されて死ぬだけの無情の世界である。


 力。力が必要なのだ。


 この大地を自らの手で獲得し、耕し、繁栄させるための力が。



(ずいぶん遠くまで来たものだ。しかしそれは可能性があるということ。ここを領土にしても誰からも文句は言われない。誰にでもチャンスがあるフロンティア…か。たしかに魅力的だな。西から東にやってくる人間の気持ちもわからんでもない)



 東大陸の西側は荒れ果てた大地が広がっており、今まで国家が生まれたことはない。


 その最大の要因は、魔獣。


 西側にも強い魔獣はいるが、東側はそれ以上である。特に火怨山という場所から強い魔獣が南下してきた時などは、人間の集落など一瞬で潰されるだろう。


 そのせいで人間の文明は発達せず、進退を繰り返して今に至っている。文明が安定しなければモラルも低くなり、スレイブという制度が残る一つの要因ともなっている。


 魔獣と無法地帯の楽園。


 されど、そこは誰のものでもない。力があれば自らの国を興すことだって可能なのだ。



(東の風は、まだ我々には馴染まない。が、可能性はあるのだ。可能性は。あとはそれをいかに広げて維持していくか。そのためには領主の力は必要だ)



 グラス・ギースの領主、アニル・ディングラス。



 五十を過ぎたくらいの小太りの男で、一見すると冴えない人物だが、このあたり一帯を代々治めてきた豪族の長である。


 西側からの入植が進む中、こういった豪族たちとの争いが激化しているところもある。先祖代々守ってきた土地であるので、彼らが譲らないのは当然だ。


 上手く買収した国もあるが、多くは争いの火種を蒔き続けている。それにてこずって入植の速度は遅くなっているようだ。


 このグラス・ギース一帯は魔獣が多いという関係上、西側国家からは敬遠されてきた土地である。


 開拓に時間がかかるし、リスクも大きい。デアンカ・ギースのような存在に出会えば全滅もありうるので、現在は調査団すら派遣されなくなっていた。



 だからこそ、ここは自由である。



 どこから来た人間であれ受け入れる土壌がある。それは偉大な風土である。


 もともと人種という存在に無頓着な世界であるが、西側から来た人間を簡単に受け入れることは難しい。入植の件もあり、警戒するのが普通だからだ。


 だが、アニル・ディングラスは、ガンプドルフたちを受け入れた。その事実は大きく、ありがたいとも思う。


 当然、互いにメリットがあってのことである。



(彼にとっては戦力強化の意味合いは強い。自国防衛のほかに、我々の存在が他の西側国家の楔にもなる。むろん、我々にどこまで期待しているかは未知数だが、彼らにとっても土地の開拓停滞は頭の痛い問題だ。これだけ魔獣がいれば当然だな)



 領主もまた、この大地にてこずっているのだ。


 アンシュラオンが見た通り、この都市には未来がない。発展の兆しがまるで見られない。その閉塞感は領主も感じているところだろう。


 だからこそガンプドルフを受け入れた。新しい領土を開拓すれば必然的に魔獣を討伐することになり、それだけグラス・ギースにも恩恵が生まれる。


 新しい都市が生まれ、新しい人がやってくる。それは物の流れを生み、発展を促すことになる。


 資源はそこら中にある。力さえあればもぎ取れる。その力の一端をガンプドルフが与えるのだ。



(そして何より、人と争うことなく得ることができる。人間と血みどろになって殺しあうことなく土地が手に入るのならば…傭兵まがいのことも喜んでやるさ)



 ここに国家を樹立させるのは、思っているよりも難しいことだろう。

 

 されど不可能ではない。


 領主の積極的協力があれば可能なのだ。そのためにもガンプドルフにとって領主は重要な存在である。この大切な時期に何かあっては困る。



(さて、そろそろ行くか。今日の交渉で少しは具体的な方向性を示すことができれば、今後もやりやすく―――)



 ガンプドルフが領主のもとに向かおうとしたとき―――





―――何かに触られた





(―――っ!)



 それはガンプドルフだけではなく部屋全体を塗り潰し、さらに広がっていく。


 ある一点から球状に広がり、城を覆っていった。


 害はない。


 これは、敵を害するものではない。


 だが、味方の人間が使うものではない。



波動円はどうまどか…だと? どこから使っている? いや、何メートル展開している? 三百……五百……千メートルを超える!! 馬鹿な!? 何者だ!)



 波動円は探知術の一つで、周囲の気配と意識を同調させて異変を探る技である。


 自身の戦気を薄く伸ばすもので、それ自体は非常に希薄になっているので無害であるが、戦気を遠くまで展開維持するだけの技量が求められる。


 達人ともなれば範囲内にいる虫の一匹ですら正確に探知できる。常人で二十メートル。達人で数百メートルが精一杯だろう。


 ならば、それを超える者は何者か。


 千を超え、さらに広がり続けている。もはやガンプドルフから血の気が引くほどに、領主城全体を巨大な気質が覆っていた。



 その人物は、何かを探していた。



 ガンプドルフに触れた際、身長、体重、外的特徴を収集しているのがわかった。このことから、おそらく【誰か】を探しているのだろうと思われる。



 が、直後―――波動円は消えた。



(私が感づいたことに…気がついた? それで警戒して解いたのか? …これだけの力を持ちながら、なんと慎重で図太いのだ。まずい、まずいぞ。これだけの気質を展開できる人間がいるとは、いったい何者―――っ!)



 その瞬間、脳裏に浮かぶ人物がいた。


 巨大魔獣を圧倒的な力で破壊した謎の存在。その人物がどこの誰かは知らないが、少なくとも近くに存在するという事実を思い出す。


 そして、なぜその存在がここに来たのかを想像し、ガンプドルフの顔色が一気に暗くなる。



(ここは領主城。そこで探す人物など一人しかいないではないか。まさか暗殺? そのようなことをする理由があるのか? わからん。わからんが、放ってはおけん。今は何があっても彼を失うわけにはいかないのだ!!)



 ガンプドルフは、部屋を飛び出した。


 このレベルの相手との戦闘になれば、自分が死ぬ可能性すらあることを知りながら。


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