47話 「侵入、西門から上級街へ」


 西門。


 第一城壁に設置された門で、第二城壁の東門と比べるとやや小さめであるが、その分だけ強固な造りになっていることがわかる。


 門自体が三重になっているうえに、周囲にも多くの櫓が設置され、仮に敵がここまでやってきても篭城できるように設計されている。


 現在、アンシュラオンはそこにいた。もちろん領主城に潜入するためである。



(地図によれば領主城はこの中にある。ちょうど都市の中心部だな。まあ、城塞都市だから当然だ。一番重要なものを守るために城壁があるわけだからさ。…しかし、時間も時間なだけあって警備が厳重だな)



 西門は、上級市民が暮らす上級街につながる唯一の場所なので、出入りは厳重にチェックされているようだ。


 東門よりも明らかに衛士の数が多い。おそらく三倍近くいる。



(まずは正攻法でいってみるか)



 アンシュラオンはそのまま接近。営業用のスマイルを浮かべながら門番らしき衛士に接触する。


 残念ながらお姉さんはいないようなので、近くにいたおっさんに話しかける。やはり、おっさん率が高い気がするが。



「ねえ、上級街に行きたいんだけど、入っていい?」


「ん? 坊やは上級市民なのかい?」


「ううん。中級市民だよ。ほら」



 アンシュラオンはもらったばかりのカードを見せる。


 そこには中級市民を示す、中くらいの大きさの城壁の絵が描かれている。


 一方の上級市民のカードは、カード一杯に絵が大きく描かれているらしいので、その差は一目でわかるようになっているらしい。



「中級市民か…」



 男はカードをまじまじと見ながら、少し困ったような表情を浮かべる。


 その段階でアンシュラオンは状況を察する。



「もしかして中級市民だと入れないの?」


「いや、そういうわけじゃない。ちゃんとした用事があれば下級市民だって入れるし、外から来る客がホテル街に泊まりに来ることだってある」


「ホテル街って?」


「上級街にある高級ホテルのことだよ。下級街にあるような安宿とは違って、外から来たお偉いさん、貴族や領主クラスの人間が泊まる宿のことだね。一泊十万以上するっていう、俺たちからすれば雲の上の世界さ」


「このあたりに貴族なんているの?」


「西側から来た貴族なんかが、お忍びで泊まりに来ることがあるみたいだな。うちの領主様が誘致することも多いらしい」


「西側の人って、このあたりに入植しようとしている人たちでしょ? 危なくないの?」


「南のほうはそうらしいが、こっちに入植しようとする国ってのは聞かないな。東大陸に来るのは、誰しもがそういったやつらじゃないってことだろうね。観光とか避暑とか、魔獣狩りを楽しむためにやってくる貴族もいるそうだ。こっちの魔獣は珍しいものばかりだとか言ってね」



(緩衝地帯、というわけかな。このあたりはいろいろな意味で西と東の境目だ。西側にとっては入植するメリットもないから、単純に東大陸を楽しめる場所なんだろう。貴族のお忍びなんて、どうせエロいことなんだろうし、こっちには自由にできるスレイブもいるからね)



 偏見である。


 とは言いきれないかもしれない。


 東大陸では容認されているスレイブ制度も、西側では完全に撤廃されつつあるものなので、これを目当てにこちらにやってくる者たちもいる。


 エロが目的の場合もあるだろうが、多くは人材の確保が目的である。


 鉱山などの危険な仕事をさせる格安の人材という意味では、スレイブに勝るものはないからだ。



「それで、オレって入れるの?」


「一応目的を訊いてもいいか?」


「明日、この街を出て行く友達にあげるお土産が欲しいんだ。上級街のお店なら、良い物が売っているって聞いてさ」


「そうか。まだ店もギリギリ開いている時間だな」


「じゃあ、入れてくれる?」


「うーん、普段なら入れるんだが…今日はちょっと……制限があってね」


「領主の命令?」


「う、うむ。よくわかったね」


「なんとなくかな。ちょっと警備が物々しかったからね。全体から少し緊迫感が滲み出ているっていうか…」



 衛士たちの雰囲気が、少しばかりいつもと違う。


 さして衛士と触れ合っていないので普段の様子はわからないが、明らかに緊張感を抱いているようである。


 そして、その理由は簡単に推測できる。



(今さっきの話を聞く限り、西側の人間が来ているってことかな? 警備を増やして門限もつけるとなれば、少なくとも領主にとっては、それなりに価値のある人間みたいだ)



 貴族あるいはそれに準ずる誰か、というところだろう。



「今日だけなんだ。すまないね。明日なら入れると思う」


「そっか。それは残念。また来るよ」


「ああ、そうしてくれ」



 アンシュラオンはあっさりと諦める。


 が、あくまで正門から入るのを諦めたにすぎない。



(強引に通ってもいいけど、衛士のおっちゃんたちに恨みがあるわけでもないしな。べつにここから入る必要もない)





 そのまま壁沿いに北に移動。


 グラス・ギースの内部には、城壁内でも最低限の自給自足が可能なように、森のような場所が点在している。


 西門の周囲は東門同様、森に囲まれているのでそこに潜り込み、四キロほど移動する。


 ここまで来れば、もう誰もいない。こんな夜に森を出歩くとすれば、デート中のカップル程度のものだが、今夜はそんな者たちもいなかった。



「念のためだ。モヒカンから借りた(奪った)これに着替えよう」



 それは変装グッズと呼ぶべきもの。服はもちろん顔を隠すマスクとマントもあるので、どこぞの舞台で使いそうな安っぽい仮装に近い。


 言ってしまえば、コスプレである。


 スレイブ館には、お客の要望に応えるために小道具がたくさんある。客の中にはおかしな性的趣向を持っている人間もいるので、こういった類の衣装も大量にあるわけだ。


 ただ、その大半が女性物だったので、致し方なく消去法でこれを選択。



(完全に変態だな。こんなものを着て行ったら一生トラウマになりそうだが…変装としては悪くない。このほうが印象に残るだろう)



 変な格好のほうが相手は強く印象に残るので、このほうが効果的だと割り切ることにした。


 マスクは、鼻下と口が見えているタイプの白いもので、仮面舞踏会でも使えそうである。それに白いスーツと黒いマントを羽織えば、完全に変態の出来上がりだ。



「白仮面様ってところか。まさかこんな恥をかくことになろうとは思わなかったけど、全部サナのためだ。さて、門が駄目ならば…これしかないな」



 アンシュラオンは上を見上げ―――城壁を登った。



 片方の足をかけて跳ねた瞬間、もう城壁の中ほどには到達しており、さらにもう片方の足で跳ねた時には、身体は城壁の上にあった。


 気配を殺しながら周囲を見回す。



(城壁の上もそこそこ広いな。といっても警備の連中はいないか。さすがに城壁の上までカバーできないよな)



 城壁は場所によって幅はまちまちであるが、厚い場所によっては二キロから三キロという長さを持つ場所もある。


 城壁の内側には梯子もあるので、有事の際には登って応戦するという選択肢も当然あるだろう。


 そのために城壁の上には、いくつかの施設やバリケード、馬防柵のようなものが点在しており、万一の場合はここで防衛ができるようになっている。


 しかし、通常は防御結界が張られているので、城壁の上に魔獣が近寄ることはない。近寄っても上空数百メートルで弾かれてしまうだろう。


 それを知っている衛士たちは、城壁の上まで警備を行っていない。結局のところ防御結界は、人間も魔獣も等しく弾くからである。


 その分、衛士たちは門を中心に防衛すればよいので、この防御結界こそが城壁都市の最大の防御の要とも呼べるものかもしれない。


 アンシュラオンは、すでにその情報を入国時に知っていたので、特に驚くこともなく結界を探し、見つける。



(結界は…あれか。たしかにそこそこ強めの結界があるようだな)



 今いる場所から数十メートル先に、肉眼では透明に映るであろう薄緑の結界が張られているのがわかった。


 結界は城壁ごとに張られているので、第三城壁、第二城壁、第一城壁と三つの結界が重なっていることになる。


 内側にいけばいくほど強力になり、この第一城壁の結界ともなれば最後の砦なので、アンシュラオンから見ても『そこそこ強い』結界が張られている。


 が、ただそれだけである。



 アンシュラオンはそのまま結界を素通りし―――破壊。



 術式の一部を消失させ、直径五十メートル程度の穴が生まれる。



(うーん、オレって術式は壊せるけど、術自体が使えるわけじゃないから直せないんだよね。…しょうがない。このままでいいか。オレが悪いわけじゃない。喧嘩を売った領主が悪いんだから、これくらいべつにかまわないだろう)



 この防御結界は巨大な大きな一枚の膜ではなく、こうした五十メートル程度の結界がいくつも重なって生まれているもののようだ。


 しかも数百年のうちに劣化したのか、すでに網状に穴があいているところも散見される。



(オレが心配する義理じゃないが、大丈夫なのか? 絶対にメンテナンスしていないだろう? それともできないのか? たしかに大掛かりな仕組みみたいだし、それ相応の術士がいないと難しいだろうが…防御の肝なのにな。よく今まで無事でいられたものだ)



 ラブヘイアの情報では、四大悪獣によって破壊されて復興してからは、大きな災厄には見舞われていないという。


 その間に危機意識がじんわりと削られていったのだろう。平和であることは素晴らしいが、緩慢な空気が流れているのも事実だ。


 この都市がすでに年老いていることが、如実に示されている箇所といえるだろう。





 城壁上部を駆け抜け、下に誰もいないことを確認して飛び降りる。降りた場所も森であり、ひと気はまったくなかった。


 それから上級街の裏道を通り、じわじわと目的地である領主城に近づいていく。


 上級街は、さすが上級街と呼べるほど豪華で、住宅も下級街とは比べ物にならない大きさである。


 しかし、人口が少ないためか、賑わっているというよりは閑散とした印象を強く感じた。



(地球でもあったけど、リゾート地を作ったはいいけど、人が来ないでそのまま放置されたような場所だな。箱だけは大きいけど、中身があまり伴っていない感じだ。全然人がいないけど大丈夫か? それとも警備の影響で夜間外出禁止令でも出ているのか?)



 今日が特別な日なので、たまたま人が少ないということはある。


 当然それもあるのだが、それ以外の理由もある。


 一つは単純に、アンシュラオンが考えたように上級市民自体が少ないこと。警備強化のために出入りが制限されていること。


 もう一つは、アンシュラオンがばら撒いた一億円が、いろいろと【飛び火】していることである。


 傭兵団がどんどん金を拡散させた結果、今現在は下級街にとどまらず中級街にもフィーバーが波及しているのだ。


 その活気に惹かれて、上級街の人間たちも中級街に出ているのである。


 警備上、中に入れはしないが、外に出るのは自由なのだ。明け方まで遊ぶ計画ならば、べつに戻る必要性はない。


 そのため本来は一番上等な街である上級街が閑散とし、人が溢れている第二城壁内部にさらに人が集まっている状況になる。


 まったく意図していない事態であるが、これもまたアンシュラオンが招いたこと。自分で自分をアシストしたのだ。


 まったく誰とも会わず、アンシュラオンはついに目的地に到着する。



 目の前には最後の城壁に囲まれた城があった。



 これこそ領主が住む領主城である。



(サナがいなければ城ごと破壊するところだが、最初は穏便にいくことにしよう。そのための変装だしね。領主も娘も運がよかったな)



 アンシュラオンは領主城に侵入。



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