45話 「そりゃないだろう、モヒカン野郎 前編」


 街灯が付き始め、徐々に通りには人も増えていく。


 これから夜が始まるのだ。


 夜は、どこの都市も賑わう。今日という日を締めくくる大切な区切りの時間だからだ。


 友達や同僚と飲んだり、家族と触れ合ったり、恋人と愛し合ったり、夜はいつだってロマンと人情味に溢れている。


 ただ、今日の街の様子はいつもと違った。



(意図したわけじゃないけど、いい感じで盛り上がってるな。これで花火でも上がれば完全にお祭りだ)



 ハローワークから出てきた傭兵たちが、大騒ぎをしながら商店街を飲み歩いているのだ。


 店に入るや否や、札束をカウンターに叩きつける。



「オヤジ! 店の酒、全部出してくれ!」


「おいおい、何の騒ぎだ?」


「お大尽だ、お大尽!」


「お、おい、いいのか? そりゃこの店で一番高い酒を全員におごるってことだぜ?」


「当然、知ってるぜ! 酒だけじゃねえ! 全部払ってやるよ! 全部だ!!」


「か、確認するぜ! 本当にいいんだな? ごくり」


「今日はとんでもない当たりがあったんだ。そこの兄ちゃんたちもガンガンやってくれ! 代金はこっちで払うからよ!」


「お客さんたち、今日はこの人のおだいじんだ!! 盛り上がってくんな!! 酒だ、酒! 全部出してくれ! 食い物も適当にどんどん出すんだぞ!! 在庫の一掃セールだ!!」



 店のオヤジが酒をガンガン持ってくると、店内のテンションが一気に上がる。


 ついでにいつもは売れ残るような珍味、消費期限ギリギリの燻製肉を酢漬けにした料理、「マチョッパP」までガンガン出す。



「いよっ、おだいじん!」


「ひゅーひゅー、おだいじん!」


「礼なら俺の兄弟に言ってくれ! ほら、そっちの姉ちゃんも飲もうぜ!!」



 有り余る金があるので、おごるだけではなく、これから違う店に飲みに行く連中にもマネーのプレゼントを行っている。


 なかなか気の好い連中である。


 ただ、そのせいで周囲からは「アンシュラオン、万歳」コールが響いている。


 顔も知らないやつの名前だが、とりあえず名前を叫んで賛辞を送っておけば酒が供給されるシステムが構築されていた。


 アンシュラオン万歳 = おかわり!


 である。



(楽しんでくれているなら何よりだ。今日は祭りだからな、羽目を外すといい)



 そんな陽気なエネルギーを少しもらいつつ、アンシュラオン自体は闇に消えていく。


 目的地はスレイブ館。サナのいる場所だ。



(さて、オレも酔いしれるか。初めてのスレイブ、サナを手に入れて…ぐふふ、楽しみだ。オレのもの。あれはオレのものだ。何して遊ぼうかな。抱っこして、ナデナデして、可愛い服を着せて。そうだ、一緒にお風呂も入ろう。…ああ、夢は広がるな!! 最高の気分だ!!)



 もう頭は少女のことで一杯である。興奮して今日は寝られるかどうかわからない。思わず顔がにやけてしまう。


 夜の喧騒を聴きながら、鼻歌交じりに八百人に向かう。




 だが、そこでは思いもしなかった事態が起こっていた。








「すんませんっす!!!」



 店に入った瞬間、土下座しているモヒカンがいた。


 その様子に、アンシュラオンは嫌な予感がした。


 少し様子を伺いながらも、とりあえずモヒカンが土下座している手前にあった椅子に座る。



「モヒカン、何をしている。ほら、金だぞ。あの子を連れてこい」


「すんませんっす!!!」


「なぜ謝る? 理解できないな。サナを連れてくればいい。それだけだ」


「すんませんっす!!! すんませんっす!!!」


「お前が欲しがっていた金だ。一億ある。改めて考えると三百万は安すぎるから、全部くれてやってもいいぞ。サナの値段はオレが付けるとしよう。あの子は一億で買う」


「い、一億…っすか」


「そうだ。見せてやろう」



 アタッシュケースを開けて札束を見せる。すべて新札の非常に美しい眺めだ。


 三百万が一億になる。ボロ儲けである。普通ならば最高の気分だろう。


 だが、モヒカンの顔色はさらに悪くなっていくばかりであった。



「なんだ? 嬉しくて言葉が出ないのか? それともオレが、あの子にこれだけの金を出すとは思わなかったか?」


「そ、それは……」


「正直に答えろよ。そのほうがお前のためだと思うからな」


「は、はいっす。お坊ちゃんの道楽かと…思っていた…っす……」


「道楽なのは否定しない。実際オレにとっちゃ、人生なんて道楽みたいなもんだ。この世界に来てからもそれなりに楽しかったが、やっぱり物質世界なんてこんなもんだろう。オレにしてみれば道楽以外の何物でもない。そう、こんな大金だって、オレにとっちゃ無価値なものだ」



 アンシュラオンが立ち上がり、ひと束百万円の札束を三つ手に取る。



「…で、そろそろ説明したほうがいいんじゃないのか? まあ、お前が土下座する理由など一つしかないが……オレが本気で怒る前に、誠心誠意、心を込めて説明したほうがいいと思うな。謝罪は大事だぞ? 失敗して炎上するやつらなんてゴロゴロいるからな。お前はどうする? 言っておくが、失敗した場合の炎上は…文字通りの火達磨だ」



 そう言って、近くにあった紙を火気で燃やす。


 明らかな圧力の変化に、モヒカンから冷や汗が流れる。



「ひぃっ! 勘弁してくださいっす!! 違うっす! これはその!!」


「ほら、説明しろよ」


「…実は……旦那が来るまえに、売れて…いたっ―――!!」



 パッコーンッ!


 札束で殴る。

 

 せっかくなので三百万の束で殴ってみた。なかなかいい音がする。



「札束、痛いっす!! 思ったより痛いっす!」


「紙を甘く見るなよ。オレが本気で札束で殴れば、お前の頭を吹っ飛ばすなんて簡単なんだぞ。これは優しく撫でているのと同じだ。感謝しろ。そんなことより、オレの言ったことを聞いていなかったのか? 待っていろ、と言ったよな」


「それはっ……その通りっす。でも…いたっ!! 目に、目に当たったっす!!」


「でも、じゃない。何を勝手に売ってるんだ!! 約束も守れないのか、お前は!! このモヒカンには脳みそがあるのか! ああ!? バシバシバシバシッ!」


「いたいいたい! でも、幸せな痛みっす!! なぜかもっとやってほしいっす!! ―――っいた! ケースは反則っす!」



 調子に乗っていたので、ケースで殴ってみた。


 モヒカンの頭に大きなたんこぶができたが、同情の気持ちは、まったくこれっぽっちも湧かない。


 むしろ、この程度で済ましている自分を褒めてあげたい。


 その理由の一つはこれだ。



「実はな、さっきオレは中級市民になったんだ。ほら、このカードが証拠だ」


「そ、それは…おめでたい……っす…」


「お前は市民権を持っているのか?」


「は、はいっす。中級市民権を…」


「ほぅ、お前がそこまで街に貢献しているとは知らなかったな。掃除でもしたのか?」


「スレイブを貸し出して…工事などに協力しているので……それでもらったっす」


「そうか。お前は運がいい。どうやら同じ市民権を持つ者を殺すと、このジュエルが赤になるらしい。犯罪者の証ってわけだな。赤くなるとどうなる? 追放か?」


「その、いろいろあるっすが…投獄とか罰金とか、追放もあるっすが…」



 モヒカンが少しだけ安堵したのがわかった。


 同じ市民同士を殺せば犯罪者となる。だから自分は殺されない。



 ―――とでも思ったのだろう。



 が、アンシュラオンの答えは違う。



「ふーん、で?」


「…っす?」


「それで、それに何か意味があるのか?」


「意味とは……その……いろいろ大変っす」


「たかが色が変わるだけでか? 赤になって性能が三倍になるわけでもあるまい。で、それがどうかしたのか? べつに街に依存しているわけじゃないし、気にすることもないだろう? そもそもオレは、こんな街の連中に頼らねばならないほど弱いわけじゃない。追放されたってかまわない」


「あ、そ…そうっす……ね」


「なあ、モヒカン」


「ひっ」



 モヒカンの肩に手を置く。それだけで相当身体が強張ったのがわかった。


 一度首を絞めているので、その時の恐怖が蘇ったのだろう。ついでに大切なことも思い出してもらう。



「オレは言ったな。裏切ったら…お前を殺すって」


「ひっ、ひいいいっ!! か、肩が肩が肩がぁあああ!」



 ギリギリと力を込めてやる。


 アンシュラオンからすれば、虫を押さえつけるような難しさがある。思わず力が入れば簡単に潰れてしまうから。



「冗談だと思ったか? オレがそんなに甘い人間だと思ったのか?」


「そ、そんなことは!! 思ってないっす!!! 本当っす!! う、裏切りじゃないっす! そのつもりっす!!」


「なるほど、なるほど。お前はオレとの約束を意図的に守らず、来る前に売ってしまった。そうでありながら裏切りではないと言うんだな? オレとお前の裏切りの概念はずいぶんと違うらしい。一つ勉強になったよ」


「っ…うう……」


「オレが本気だっていう証拠が欲しいか? そうだ。裏に見張りの傭兵がいたな。そいつの首でも持ってきてやろうか。お前も一人じゃ寂しいだろう。相棒が欲しいよな? まあ、首だけだから相手はしゃべられないだろうけど、少しは自分の立場がわかるだろう。うん、いいアイデアだ。そうしよう」


「ま、待ってくださいっす!!! 勘弁してくださいっす!! お願いっす!」



 アンシュラオンが奥の扉に向かおうとするのをモヒカンは必死に止める。


 本気だからだ。


 長年多くの人を見ている彼には、相手が本気かどうかがわかるのである。



「もう一つ言っておいたよな。お前だけじゃなく、ここにあるものすべてを破壊するって。お前たちの財産、土地、金、人、そのすべてのことだぞ。ならば、これは当然の行為だろう」


「スレイブ一人にそれはちょっと……いたっ!! いたっ!!」



 札束往復ビンタ。


 モヒカンの両頬が腫れ上がったが、まったく同情できない。塩でも塗りこんでやりたいくらいだ。



「あれはオレが予約した。そうだな?」


「その…通りっす」


「小学生の頃さ、予約ってすごい重かったんだよ。大人になればそこまでドキドキしないものなんだが、ガキの頃はいつだってドキドキしていた。ゲームソフトの発売日前には本当に幸せな気分だったよ。実際にそれが手に入るより楽しかったかもしれないな。遠足は前の日のほうが楽しいってやつだな。だから、今回も楽しみにしていたんだ。ああ、楽しみだったんだよ」



 ぽんぽんと札束でモヒカンの頭を軽く叩く。


 モヒカンには、それがとても重いものに感じられた。まるで斧か何かのように。



「それが今はとても気分が悪い。最低の気分だ。理由はわかるな? お前の足りない脳みそでも理解できるな? 発売中止や雨天中止ならいいんだ。そんなことくらいは我慢できる。が、他人に奪われたとなったら話は違う。オレの楽しみを奪ったやつがいると思うと、夜も眠れないくらい悔しいよな」



 アンシュラオンは頭にきていた。


 サナ・パムを手に入れるためだけに、あんな変態と一緒につるんでいたのだ。我慢していたのだ。


 なまじ楽しみにしていたからこそ期待値が大きく、怒りがふつふつと湧き上がってきた。


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