41話 「帰還。ラブヘイアへの報酬」


 太陽が少しずつ落ちようとしている時分、グラス・ギースの南門では、今日も大勢の人々が都市に入ろうとしていた。


 多くは商人だが、一般人も多い。一般人は徒歩の人間も多いので大変そうだ。親子連れや老人もいる。


 その様子にアンシュラオンは首を傾げる。



「しかしまあ、よくこんな都市にまでやってくるもんだ。ここに来たって、その先には何もないのにな」



 ブシル村から北には火怨山しか存在しない。そこは完全に未開の土地であり、豊富な資源はあっても人間が立ち寄れる場所ではない。


 警戒マップを見る限り、西地方にも人間が暮らせそうな場所はないだろう。となれば、ここが終着駅である。


 正直、もう発展の見込みがない都市であり、ただ存在しているというだけの街である。それでも人々はこの都市を目指すのだ。



「この都市はそんなに人気なのか?」


「人気と言いますか、安全なのが売りですからね」



 後ろで荷車を引いているラブヘイアが答える。


 帰る道中、けっこうしごいたので足腰はガクガクいっているが、まだなんとか走れる元気はあるようだ。


 一方のアンシュラオンは自作の五台を平然と引っ張っているので、周囲の人間は異様なものを見るような視線を送っているが、けっこうな生臭さもあってかすぐに目を逸らしていく。


 関係ない話だが、荷台を引っ張りながら走っている最中、いくつか肉を落とし、それに滑って転んだおっさんがいたりもした。


 もはや走る災害である。



「安全って…この城壁のことか?」


「そうです。他の都市はここまで覆っているわけではありませんから、【安全に見える】のでしょう」



 デアンカ・ギースを知ってしまった以上、ラブヘイアにはそう答えるしかない。


 それでも下級の魔獣相手には鉄壁の守りを敷いている。それこそがグラス・ギースに赴く理由なのであろう。



「ここの人間は南から来ているのだろう? お前も南にいたと言っていたが、あっちはどうなんだ? そんなに環境が悪いのか?」


「私は大きな都市にいたのであまりわかりませんが、グラス・ギースよりも小さな都市や、さらにこじんまりとした集落がたくさんありました。もともとこの大地には、そういった自治区がたくさんありますし」


「それは国ではないのか?」


「国…ですか。無秩序に住んでいるだけですから、やはり国家と呼べるものではないのでしょう」


「自治区間で協調はしないのか? 交易は?」


「このあたりでもやっているような最低限の取引はあると思います。ただ、大きなことをやるとしたら都市から来る商人程度で、あとはあまり干渉しないようです。もちろん侵略以外は、ですが」


「それが続けば、何かしらの集団や組織が生まれそうなものだがな」


「自治領が集まった大きな組織はありますね。たしか…シェイク〈混ぜこぜ〉とかいう名前だったような。大昔に西側からやってきた人間と、昔から東側に住んでいる人間が一緒くたになった組織だと聞いています」


「ほぉ、そんなものがあるのか。組織立った集団というわけだな」


「それでも国家にまでは至っていないようです。もともと各地から流浪してやってきた人間たちですからね。まとまりがあまりないのでしょう。それに、西側が本格的に入植を開始していますから、それに対抗するだけで精一杯のようです。徐々に支配域を失っているようですから」


「このままでは西側に食われる…か。その混乱で人々が北上してくるんだな。…ところで東には行かないのか? 東大陸はまだまだ東に続いているのだろう?」


「東側には、もっと古い土着の自治区がありまして、実は西側の入植に対抗して東からも侵略が始まっているようなのです。そもそも未開の大地ですから、侵略という言葉が適切かはわかりませんが…武力を背景にしていることは確かです」


「なんだと? それでは手詰まりじゃないか」


「ここから相当東に行くと、ロフト・ロンと呼ばれる大きな都市があるのですが、東側からの侵略にそなえて軍備を拡大しているようで、かなりの緊張状態が続いているようです」


「そこが落ちたら、次はグラス・ギースにもやってくるのか?」


「それは魔獣がいますから…無理でしょうね。ちょうど火怨山が盾になっているのです。といっても、ここもほぼ魔獣に支配されている地域なので、お互いに魔獣には困っているということなのですが…」



 この周辺は火怨山に近いため魔獣が強い。それによって西側諸国からも東側国家からも隔離された場所となっている。


 デアンカ・ギースのような魔獣は彼らでも討伐は難しく、そのおかげで安全地帯が生まれている。そこに人々が入り込んでいるのだ。



(オレも逃げる方向が東だったら、そっちの都市に行っていた可能性があるな。その場合はどうなっていたんだろう…。人間同士の戦いに巻き込まれていたか? …そして、南はさらに混沌としているようだな。西と東の両側から狭まっていくとなれば、争いを避ける人々が北に移動するのも必然か。人間より魔獣のほうがましとは…皮肉だな)



 人間の欲深い感情に晒されるよりは、まだ剥き出しの野生のほうが安心できる。彼らは必要以上に殺したりはしないから。


 実に皮肉な話である。



「あっ、そうだった。お前に髪の毛を渡しておこう」


「っ!!! 本当にくださるのですか!?」


「いらないなら…そのほうがいいんだが。この素材の量なら、そこそこ金になるだろう。けっこう分け前をあげられるぞ? どうだ、そのほうがよくないか? 考え直さないか?」


「いいえ!!! アンシュラオン殿の偉大なる髪の毛の前には、どのような金銀財宝も無力!! その至高の輝きを抱いて毎日眠れるのならば、これほどの至福はありません! どうそお気遣いなく!」


「…寝るの? 抱きながら?」


「はい! お守りに入れて抱いて寝ます! 毎日!!」


「なんで?」


「至福だからです!!! 抱き枕、FU~~~!」



 FU~とか言った。


 あげたくない。



「くっ、とても残念だが、オレは約束を破ることはしたくない。いかにお前がド変態で、男のオレでもドン引きする行為に及ぶとしても、それによってオレの心がどれだけ痛もうと、約束したことは守る! 勇気を出せ、オレ!」



 自分を励ましながら、髪の毛をひと房切り落とす。


 それを荷台に置いて、さっと避難。



「ほら、置いたぞ」


「はっ、はっ、はっ!!! ぐはーーーーーー! キクーーーーーーーー!」



 なんかよくわからないテンションで飛びついた。犬のようにクンクンしまくっている。


 しかも気のせいか、股間が膨らんでいる気がしないでもない。見なかった。そんなものは見なかったのだ。最初からなかった。そうしよう。



「すんすんすんすんっ! あああああ! なんという素晴らしい匂い! あの時に見た白き輝きを彷彿とさせる光沢! おお、やはり柔らかい!! 段違いだ!! それなのにこの弾力とは! ああ、何度揉んでも飽きない!! 眼福、至福! 私の宝物だ!!」



 まるで女性の肌を触っているかのような感想だが、男が男の髪の毛を触っている感想である。


 その光景にアンシュラオンはもちろん、周囲にいた一般人も、かわいそうな視線を通り越して異常な狂気に恐れおののいていた。



(慣れないな。永遠に慣れることはないのだろう。趣味が違うやつとは一生わかりあえないからな。できるだけ関わらないようにしよう)



 そんなことを悟るアンシュラオンであった。


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