40話 「魔剣士の厄日」


 アンシュラオンが去った数時間後、昼前の魔獣の狩場。


 北側から接近してきた輸送船三隻が慎重に接近し、砂煙を上げながら止まる。


 これは民間で使われている一般的な船であり、ダビアのクルマと同じくホバー機能を使って動くものだ。


 このあたりではそう多く見られないものだが、ハピ・クジュネから来る商人も使っているので、それがここに現れたからといって珍しいことではない。


 ただし、輸送船から出てきた人間は、おおよそ商人とは思えない者たち。装備こそ傭兵風だが、動きが違う。明らかに訓練された者たちであった。


 その中でも貫禄のある男、おそらく隊長であろう者が周囲を見回す。



「ここが魔獣の狩場か。…思ったより殺伐としているな。聞いていた話では、もう少し賑やかだということだったが…」



 目の前で動いている者はほぼ皆無。人間はもちろん魔獣でさえ動いていない。


 そう、動いていない。


 たしかにいるにはいるが、草食魔獣は倒れたまま動かない。死んでいるようだ。



「外傷はないな。…毒あるいは感染症か?」



 男が臭いを嗅いで確かめる。たしかに少しだけ異臭がするが、すでに刺激臭と呼べるものではない。


 一晩かけて多くの毒素は風で拡散してしまったようだ。



「閣下、こちらへ」


「何か見つかったか?」


「魔獣の死骸が散乱しています。かなり大型の魔獣の死骸もありますが、ここと違って損壊が激しいものばかりです」


「わかった。今行く」





 誘導され、西の砂地側に移動。


 副官のメーネザーの言う通り、損壊した大型の魔獣の死骸が散らばっている。東同様、動くものはいない。



「凄惨、という言葉はまさにこれだな」


「魔獣同士の戦いでしょうか?」


「魔獣が殺戮を楽しむとは、あまり聞いたことがないな」


「中にはそういった凶暴な存在もいるという話です。ここは東大陸、その辺境です。未知の生物がいる可能性もあります」


「これほどの破壊を好む魔獣がいたら、我々の任務も相当苦しくなりそうだな」


「閣下が怖れるような相手などおられるのですか?」


「怖い相手などたくさんいる。ルシアの雪騎将せっきしょうとかな」


「それはまた…笑えない冗談ですね」


「それとメーネザー、今の我々は【傭兵団】だ。閣下ではなく団長と呼べ」


「はっ、失礼いたしました!」


「…そこから変えないと駄目だな」



 敬礼をするメーネザーにその男、ガンプドルフは苦笑いである。



(傭兵か。この格好にも違和感があるが致し方がない。ただでさえ目立つのだ。余計な連中に目を付けられないようにしないとな)



 ガンプドルフの装備は、今はとても簡素なものである。


 本来身につけているフルプレートは目立つので、道着の上から所々を鉄で覆った革鎧をまとい、具足もそこらで売っているものを履いている。


 一見すれば安そうに見える外見だが、中はジュエルによって強化されており、それそのものが術具といってもよいほど豪華なものに置き換えられているので、戦闘になっても問題はない。


 しかし、この惨状を見ると少しばかり不安にもなる。



(戦闘があったのは間違いない。大きな魔獣が暴れたという可能性が一番高いが、それならば相手がいないと成立しない。魔獣単体が無秩序に暴れるという現象はあまり聞かないしな。強い魔獣にちょっかいを出した違う魔獣がいるはずだ。少なくとも敵と認識するほどの、な)



 荒々しく伸びた煤けた梅幸茶ばいこうちゃ色の髪の毛を、強引にバックにした髪形は、どこかライオンのたてがみを彷彿させる。


 その髪の毛に負けない迫力ある滅紫けしむらさきの瞳が、荒れ果てた大地を見つめる。



「周辺を探索する。注意を怠るなよ」


「了解しました」







(…なんだあれは?)


 探索が始まって数分。


 岩山に上って周囲を観察していたガンプドルフは、大地が大きく破壊され、そこだけクレーターとなっている地点を発見する。


 明らかに異常現象の痕跡である。


 岩山を移動してさらに接近すると、その光景の異常さがさらに際立つ。周囲は完全に破壊され、その中央には何かの残骸だけが残されている。



(魔獣の死骸…か? 相当傷んでいる、というよりは粉々にされたという感じだな。となれば、やはり攻撃跡なのか?)



 昨日までデアンカ・ギースと呼ばれていたもの、その肉片である。


 持ちきれずに放置された肉にはすでに大量の虫が湧いており、鳥型の魔獣もついばみに来ている。


 魔獣が死んでから一日も経たず、それは自然の中に還ろうとしていた。自然の逞しさを痛感する。



「メーネザー、来てみろ。すごいぞ、これは」


「この痕跡は…何か巨大なものでも落ちたのでしょうか?」


「そうかもしれん。…が、これは技だな」


「技…とは?」


「戦気の痕跡がある。人間がやったという意味だ」



 戦気には独特の破壊跡が残る。


 アンシュラオンが使った覇王流星掌は、放出系の戦気弾の系統に入るので、特に強い痕跡が残るのだ。


 それを見逃さないガンプドルフもさすがである。



「そんな! これほどのクレーターですよ! 不可能です!」


「生身ならば驚愕の一言だが、神機に乗っていればこれくらいは可能だろう。私のミーゼイアでもやろうと思えばできるが…、ここまで広域な攻撃となるとやはり難しいか。どちらにせよ魔獣に対しては過剰な威力だ」


「それほどの魔獣だったのでしょうか。ここまでしなければ倒せないほどの…」


「それはありえる。かなりの大きさの魔獣だったのだろう。しかし問題は、これだけのことができる武人が、すぐ近くに存在しているということだ」


「っ! 警戒を強めます!」


「ああ。だが、絶対に戦闘はするな。お前たちでは万一にも勝ち目はないぞ。問題が起こったら、できるだけ話し合いで片をつける。話が通じれば…だが」



(最悪の状況だな。今回は訓練のつもりだったから若手の騎士ばかりだ。いや、そもそも兵がどれだけいても意味はない。この力は、もはや通常の武人の領域を遥かに超えている。私でも対応できるかどうか…)



 単なる野良神機の暴走という可能性もある。その場合、これによって力を失ってくれていれば非常にありがたい。


 されど、いまだ健在ならば最悪の状況である。少なくとも交戦は避けねばならない。



(我々は戦いに来たわけではない。それは最後の手段だ。できれば平和的に事を進めたい。あのようなことは最低限にとどめねばな)



 砲撃で炎上するクルマを思い出す。


 幸いながらあの後は特にトラブルもなかったが、犠牲は少ないほうがよいに決まっている。



「閣……団長、訓練はいかがいたしましょう? 撤収しますか?」


「手ぶらで帰るのは癪だ。領主に大見得を切って出てきたのだぞ。何かしら手土産がなければ、こちらの戦力を誇示できん」


「あの領主は信用できるのでしょうか? あまり好ましいタイプではありませんが…」


「好き嫌いで政治は動かんよ。我々は土地と物資、彼らは防衛のための戦力。互いにメリットがあるのだから多少のマイナス要素は妥協せねばな」


「はっ。では、予定通りに魔獣狩りを行います」


「魔獣は人間とは違う動きをする。若いやつらには良い訓練になるだろう」


「【魔人甲冑】はどういたしますか?」


「使うさ。使えるものは何でも使う。我々に残された数少ない戦力だからな」



 輸送船の中では、部下たちが【魔人甲冑】、通称MA、マジンアーマーを用意している。


 この時代は、まだ魔人機まじんきというものが本格的に量産されていないので、あるとすればナイトシリーズのようなオーバーギアか、WG《ウルフ・ガーディアン》が各国に配給したフレームから組み上げたものに限られる。


 中には地盤工事や発掘作業の際に遺跡が見つかり、そこで新しいフレームが見つかることもあるとはいえ、魔人機の絶対数は多いとはいえない。


 せいぜい象徴機を含め、小国で数機~、中規模国家で数十~、大国で~数百といった程度であろう。


 それ以外は神機に頼るしかない。公認神機の乗り手はあらかた決まっているので、野良神機を捕まえるのが一番簡単な手段となる。


 それでも野良神機を捕らえるのは物理的に非常に困難であり、捕獲部隊が全滅することもしばしばであるから、神機の数もそう多くはないのが現状だ。



 魔人機が強力な兵器であるのは事実であるが、数がなければ性能をすべて発揮するのは難しい。MGとはいえ、戦艦の集中攻撃を受ければ無事ではすまない。


 よって、この時代の主流は、いまだ戦艦。



 そして、【歩兵】である。



 砲撃戦をしながら相手の艦に乗り込んで制圧する白兵戦術が、極めて重要な意味を持っている。これは後年でも同じで、やはり武人とは歩兵でこそ価値を発揮するものなのだ。


 ただ、強い武人は少ない。


 アンシュラオンのような存在が、そこらに湧いているわけではない。あれは稀有な例であり、ほとんどはラブヘイアのような【普通の武人】である。



 そこで考えられたのが【パワードスーツ】。



 生存率を上げ、一般的な武人でも強力な戦力になれるように開発された、機械甲冑である。


 この数百年以上後には、「人間のMG化」という新しいコンセプトが生まれるわけだが、現在のコンセプトは【MGの人間化】である。


 魔人機を小型化してパワードスーツとして着込む発想。そこから発展したものがこの魔人甲冑、MAである。


 もちろん、まだMG生産技術は本格的に流通していないので、オーバーギアを参考にしながら自己流で甲冑の強化を図っている最中である。


 あくまで甲冑なので魔人機よりも製造がたやすく、装備の自由度が高いので、使い方次第によっては大きな戦力になると期待されている。



「魔人甲冑か。本格導入できれば盛り返せるかもしれんが…」


「他国でも開発が進んでいるという話です。ルシア製のは相当な出力と聞きます」


「仕方がない。もともとルシアから来た技術だからな。それにしても近年のルシアの軍事化は、あまりに異常だ。際限がない。やつらは本当に西側の覇権を握るつもりかもしれん」


「噂によれば、技術開発の担当者に新参者が就任したとか。凄腕の錬金術師と聞いています。魔人甲冑もそこから出た技術のようです。独自にMGを開発しているという話もあります」


「また噂か。正確な情報が掴めない段階で我々は遅れを取っている。服従派のやつらは、すでに衛星国家であることを受け入れているし…もう手遅れだろう。こちらの計画を進めるしかない」


「となれば、動くのは早いほうがよいでしょうな」


「そうだな。やつらの地盤が固まる前に、あの御方だけでも逃がさねばなるまい。そう思ってやってきたわけだが…前途多難だな」



 目の前に広がるのは、破壊の痕跡。


 改めて東大陸の混沌さを思い知った感覚である。



(いかに前途が多難であっても進まねばならない。もう後戻りはできないからな…)



 振り返り、準備をしている部下に命令を出す。



「魔人甲冑の起動実験をする! 周囲の警戒は最大にしておけ。手に負えないものが出てきたら私に連絡だ。ミーゼイアも出す。荒地用に換装は終わっているな?」


「はっ! 魔人甲冑を出せ!」



 命令を受けて数機の魔人甲冑が姿を見せる。


 MGに若干似ているが、やはり甲冑と呼ぶのが相応しいフォルムである。また、武装がゴテゴテしているので、やたら四角いロボット然としている。


 現在は性能を重視しているので外観にまで手が回らないのである。


 そのせいか―――少しよろけて転んだ。



「何をやっている! しっかりせんか! それでも名誉ある騎士か!」


「申し訳ありません、副長!」



 メーネザーの怒号に若手の騎士が必死に操作を行っているが、まだまだ実戦で使えるかどうか未知数な動きである。



(メーネザー、お前もだぞ。普通に騎士とか言っているしな。それでは偽装した意味がなかろうに…。早く現状に慣れてもらわねばな…)



「ミーゼイア、出ます」



 それから、ガンプドルフのミーゼイア、ゴールドナイト99-092、ゴールドミーゼイア〈黄金の研篝矢けんこうや〉が姿を見せる。


 魔人甲冑とは明らかに異なる存在であり、大きさも十二メートル以上はある巨大な人型のロボットである。


 これこそ魔人機。人間が持つ最大戦力の一つである。



(ああ、私のミーゼイアがあんな色になるとはな……無残だ)



 黄金の機体は目立つので、その上から黄土色のスプレーで塗装しているのだ。これならば荒野でも目立つことはない。


 ないのだが、魔人機自体が希少なので、そもそも存在しているだけで相当目立つ。



(本当は出したくないが、しっかり調整して、いつでも動かせるようにしておくべきだろうな。なにせここには、大型魔獣を圧倒的な力で殺せる何者かがいるのだ。警戒しておいて損はない)



 そして、再び荒れ果てた魔獣の狩場に視線を移す。



(こんな場所で訓練ができるか怪しいが、やらないわけにもいくまい。交渉があるから夜までには戻らねばならないし……今日は厄日かもしれん)





 彼らはその後、デアンカ・ギースが傷つけてボロボロになったハブスモーキーを数匹と、怯えきったエジルジャガーを十数匹狩るのが精一杯だった。


 アンシュラオンの戦いの余波で、多くの魔獣が奥地に逃げてしまったからだ。


 やはり今日は厄日であったと魔剣士は嘆く。


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