39話 「やりすぎた結果の後始末」


「あー、今日は帰れそうもないな」



 空に輝く光の海を見上げながら、アンシュラオンはぼやく。


 眼前に広がるのは肉の山、ミンチとなったデアンカ・ギースの成れの果てである。


 さすがに強靭な肉体をしているだけあって、覇王流星掌をくらっても現存している部位はある。そこから素材を探しているのだ。



「ラブヘイアも倒れちまったし、自分で探すしかないんだよな…」



 ラブヘイアはそこらへんに適当に転がしてある。おそらく毒にやられたのだろう。


 といっても直接受けたわけではなく、当人も毒耐性を持っているので大丈夫だと判断し、特に何か治療をしたわけではない。


 たぶん死なないだろうという程度の認識であり、かなりずさんな対応ではあるが、そこまでして男かつ変態の面倒をみる理由はない。



「死んだら見込みがなかった、というだけの話だしな。それよりどこが売れそうな部位なのか、まったくわからん。んー、ハブスモーキーの足が売れるならこいつの足も…って、もうぐちゃぐちゃだな」



 切り落とした触手も半分以上はミンチである。こうなると、どの部位かもわからない。


 仕方ないので触手だと思われる部分を荷台に放り投げていくが、いかんせん巨大である。すぐに荷台が埋まっていく。



「先に新しい荷台を作るか…。これ、絶対に足りないしな」



 そこらにある岩を剣気でスライスして、平べったい石の土台を作る。その両端に穴をあけ、なんかよくわからない触手の筋のようなもの(スジ肉的なもの)を通してロープにする。


 地面にこすりながら引っ張っていけばいいので、余計なタイヤはつけない。要するに載せられればなんでもいいのだ。


 それを五台作るだけで、いつしか空は完全に闇に包まれていた。


 それから再び素材集めに戻る。



「目玉、見っけ! まだ残っているとは頑丈だな」



 やたら大きな目玉を発見。大きさはアンシュラオンの身長以上ある立派なものだ。何に使えるかは不明だが、とりあえずゲットである。


 それから肉の海を漁っていると、ひと際大きな塊を発見した。



「おっ! 心臓じゃないか、これ? ダビアにも確認したからジュエルなんだよな」



 中央付近に、これまた巨大な心臓を発見した。大きさは五メートルくらいあり、さまざまなところが結晶化して赤く輝いている。


 たとえるならば、巨大なアメジストドームのようなもの。多少空洞のところもあるが、ぎっしりと固まっている部分も見受けられる。



「この世界はジュエル文化だしな。これは売れるだろう。持って帰ろうっと」



 ヒューーーー、ゴンッ


 ぽいっと荷台に投げる。が、丸かったのでゴロゴロ転がっていき、寝ていたラブヘイアにぶつかって止まる。



「う、ううっ……重い……臭い…」


「えっと、あとは……もうよくわからないから、適当にガンガン投げていくか」



 面倒くさくなったので、そんなラブヘイアを無視して次々と素材を投げ入れていく。


 デアンカ・ギースが売れなかったときのために、食い散らかされたハブスモーキーからも素材を剥いでおく。


 たしかに頭のところに玉があった。睾丸とかだったら嫌だが、金になるなら仕方ない。足も切り取って一緒に投げ入れておく。



「ふー、少し休むか。あー、今日はがんばったなー」



 体力的にはあまり疲れていないが、気持ちが一杯で充足感と疲労感が訪れていた。



(火怨山での生活とはまったく違う。同じ魔獣を倒しているのに、こっちのほうが達成感がある。何か特定の目的があるからだな。人間は野獣とは違う。ただ破壊するだけの生活じゃ、いつか限界がやってくる。…いい機会だったのかもしれないな)



 火怨山での戦いは、常に生き残ることが重視されている。それが日常になって楽勝になると、今度は姉やゼブラエスとの模擬戦が主体となる。


 それもまた楽しいものだが、正直に言えば目的がなかった。


 姉とイチャラブするのが目的だったので、ある意味においてはすでに達成されているものであったが、それだけの生活にも少し飽きがきていたのかもしれない。


 今は自分の目的のために行動するのが楽しい。初めて明確な目的ができたからだ。



(サナ・パム…か。可愛い子だったな。あれがオレのものになる。想像するだけで楽しみだな)



 ともすればペットのようなものかもしれない。白スレイブなんて、どう言い繕っても所詮はそんなものだろう。


 だが、それでも問題ない。自分にとって初めての【所有物】が生まれるのだ。それが重要だ。



(サナは大切に育てよう。たくさん愛情を注いで、綺麗にしてあげて、いつかオレの子を産んでもらおう。まだ幼いから無理をさせず、少しずつ教育して……おお、いいな。ドキドキしてきたぞ。あの子にもドキドキワクワクするような世界を見せてやりたいな)



 考えれば考えるほど楽しみが生まれてくる。


 以前の生活では子供がいなかったアンシュラオンにとって、誰かを育てるという行動には惹かれるものがある。


 それが実際には大変な苦労が伴うものだとしても、むしろそれを味わってみたい。今ならばそれができる自信もある。


 アンシュラオンは自分の物は、とてもとても大切にするタイプである。


 誰もが簡単に使い捨てにする安い道具でさえ、完全に壊れる、これはもう駄目だ、というレベルまで手入れをして使っていた。


 100円の爪切りでも、どんなに切れなくても、自分で買ったものだからと六年くらいは普通に使う男であった。


 だから見捨てないし、捨てない。自分の物は、どんなに劣悪でも改善しようとするし、良くしようと心がける。


 そんな自分に買われるサナは幸せだ。本気でそう思ってもいる。



(オレの家族になるんだ。サナを幸せにしよう。…少し慣れたら他のスレイブも買うか。今のところ性欲は湧かないからラブスレイブは後でいいかな。オレだけのスレイブ集団を作るってのも面白い。育成ゲームと同じようなもんだしな。…と、ふぁぁ、少し寝るか)



 闘争本能が満たされたので眠くなる。


 武人にとって闘争本能とは、食欲や性欲と同義のものである。満たされれば強い満足感を得られる。戦うことで進化する生物だからだ。


 まさに動物。野獣と同じ。


 だが、この時こそ至福である。身体が自然とまどろみの中に引き込まれていった。







「アンシュラオン殿……死にそうです」


「自業自得だ」


「うう…昨日は共同作業をした仲ではありませんか…」


「気色悪いことを言うな! お前はほとんど役立たなかっただろうが!」


「酷いです…がんばったのに…」



 翌日、肩を押さえて呻くラブヘイアがいた。


 明け方、ラブヘイアがアンシュラオンの髪の毛の匂いを嗅ごうとしていた気配で目が覚めた。


 そこで肩を蹴っぱぐった時に脱臼したのだ。すでにはまっているが、痛みが残っているようだ。


 つまり自業自得である。何一つ同情の余地はない。



「お前な、そのうち殺されるぞ」


「髪の毛のためならば本望です」


「死ぬのは勝手だけどな。オレを巻き込むなよ。ほら、お前も回収を手伝え」


「はい。すごく…生臭いです」



 一晩経ち、周囲には腐敗臭が満ち始めていた。


 あまりにも量が多かったので、取りきれない部分は放置となっている。それが腐ってきたのだろう。


 そして、カラスに似た鳥たちが群がって肉をついばんでいる。知らない間に蛆が湧いているところもある。ただし、大きさはやたらでかいが。



(自然は見事だな。まるで無駄がない。星のシステムを管理している女神様が、いかに大変かがわかるよ)



 すべての生物には役割が設定されている。蛆は腐敗した肉を食べてくれるし、その蝿は違う生物の食糧にもなる。


 この世界は摂理によって完璧に制御されている。微生物に至るまで完全な法則の中にあるのだ。


 改めて女神の偉大さ、全宇宙の生命を維持している霊の力に驚く。



「こっちのは冷凍してあるが大丈夫か?」


「おお、アンシュラオン殿は凍気を使えるのですね!?」


「水属性が得意だからな」


「それは便利ですね。私も水を使いたいものです」


「人それぞれの生まれ持った体質もあるしな。お前は風を伸ばしていけばいい」



(こういうのって性格も関係しているからな。覚えたくて覚えられるものじゃないし)



 属性は誰にでも使えるものではなく、当人の性格上の気質に寄るところが大きい。


 今までの経験からいえば、芯が強い熱いやつは火、独特な感性を持つやつが風、人情味のあるやつが雷等々、それなりの相性があるようだ。


 アンシュラオンが得意とするのは水であり、水は知性的な人間に多い気質である。


 凍気は水を得意とする人間が到達できる上位属性で、文字通り凍結能力のある気質である。


 ダビアのクルマが襲われた際にも使ったが、こうして冷凍保存にも使える便利な気質なので重宝する。


 ただ、戦気で化合すると攻撃的な気質になるので、デアンカ・ギース以外の肉に使うと粉々になってしまった。よって、他の肉はそのままだ。



(今思うと、姉ちゃんに用意していたジュースの氷も凍気で作ったよな。あの人、あれを普通に飲んでいたが…大丈夫だったのか? むしろ美味そうに飲んでいたな…)



 水気実験によって、あれは相当危険なものであることがわかった。となれば凍気もまた同じである。


 それをまったく気にせず飲むという段階で、姉はやはり恐ろしい存在である。



「昨日はああ言ったが、デアンカ・ギースは金になるのか? 一応素材を積んでみたが…ここまでやって無駄だったらさすがに泣くぞ」


「あの時は言い出せなかったのですが、デアンカ・ギースには特別な懸賞金がかけられています。値段の詳細はわかりませんが、少なくとも数千万はすると思います」


「それはウォンテッドモンスター…指名手配とかそういうものか?」


「そうですね。四大悪獣といえばグラス・ギースにとっては悪夢みたいなものですから、それを討伐したとなればそれなりの褒賞も出るはずです」


「それなら安心だな。だが、こんなにミンチにしてしまって、オレたちがデアンカ・ギースを倒したと証明できるか? 何の肉かもすでに判別できないぞ」



 やりすぎた、と終わった後に後悔する。よくあることである。


 たまに美術家が明らかに変なものを作るが、やりすぎた結果なのだろう。気持ちはわかる。



「残骸の一部からでも登録されている魔獣なら照会ができます。魔獣の生体磁気もそれぞれ波長が違いますからね。このあたりにいる魔獣や四大悪獣のような昔からいる魔獣は登録されているはずです」


「そっか。それなら安心だな。じゃあ、戻るか」


「あの…また荷台に乗るのでしょうか? …肉が…ありますが」



 乗る = ぐちゃ、ぬちゃっ、うっ、冷た生臭い



「乗りたいのなら乗ってもいいが、目的のものは手に入ったんだ。急ぐ旅でもない。夕方くらいまでに戻ればいいだろう。帰りの道中、少し鍛えてやるからお前も走って帰れ。それも鍛錬だ」


「あ、ありがとうございます!!」



(帰ろう。サナが待っているあの街に!)



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