38話 「白き英雄の側面 後編」


「ギギイィイイオオオオオオオオオオオォオォ!」



 デアンカ・ギースが怒り狂ったように攻撃を開始。さきほどよりも速い触手乱舞が飛び交う。


 今の彼は、もうアンシュラオンしか見ていない。


 アンシュラオンは触手を再び迎撃。今度は余裕をもって対処していく。



「五つになって、ずいぶんと楽になったな。お前も軽くなっただろう? 安心しろ。これから一つ一つ切り落としてやるからな」



 今までも無理をすれば攻略できた攻撃である。それをしなかったのは単純に面倒だったからであり、ラブヘイアを戦いに参加させるためだ。


 ただ、それも終わりである。



「ラブヘイア、これからこいつを仕留める。お前は下がっていろ。だが、殲滅級以上の魔獣は必ず奥の手を持っている。追い詰めれば何かやってくるぞ。なるべく距離を取って隠れていろ」


「はい!」



(触手が再生を始めている。早めに畳みかけるか)



 ジュオオという音がして、今切った触手が少しずつ再生を始めていた。『自己修復』スキルである。


 その速度は一割ずつなので遅いが、この魔獣の戦闘力を考えれば厄介な能力である。


 普通の軍隊がようやく一本切ったとしても、またすぐに再生を開始するのだから最悪の状況だ。


 が、アンシュラオンは普通の軍隊以上の力を持っている。触手を防御しつつ、曲芸のように回転しながら腰から包丁を抜く。



 それを一閃。



 今まさに襲いかかろうとしていた触手に食い込み―――切断。


 包丁から伸ばされた剣気がたやすく触手を切り落とす。



「ギッ、ギッ、ギッ、ギッ!!」



 その光景にさらに怒り狂うデアンカ・ギース。身体の色がさらに赤くなっているのは気のせいではないだろう。



「普段は慎重なのに怒るとキレるタイプか? そんなにカッカすると危ないぜ」



 デアンカ・ギースの攻撃が大振りになっていくのがわかった。感情の赴くままに振っている。


 この魔獣はかなり頭が良い部類で、常に慎重なのが売りであったが、それが崩れれば―――



 三本目を、切り裂く。ボトリ、ドスーーーーンッ!



 四本目を、切り裂く。ボトリ、ドスーーーーンッ!



 五本目を、切り裂く。ボトリ、ドスーーーーンッ!



「悪い。なんか違う生き物みたいになっちまったな。ただの気持ち悪いゾウの中身みたいだ」



 触手を落としたせいか奇妙な姿になってしまった。


 はっきり言って、キモい。


 皮を剥いだゾウの胴体のような猟奇的な光景にさえ見える。



「ギきぃぃいいぃぃっぃいぃイイッィィイィイイッィィイイィl」



 これにはさすがのデアンカ・ギースもパニックに陥る。


 なぜ、この小さな存在は死なないのか。


 なぜ、こんなに全力で攻撃しても反撃してくるのか。


 なぜ、届かないのか。


 なぜ、なぜ、なぜ。


 それが極限にまで高まった時、彼は選択。



「ギョギョギョギョゴゴギョゴギョゴゴゴ」



 奇怪な声を上げ、デアンカ・ギースが【地中】に潜ろうとする。胴体を回転させて、ぐねぐねと入り込む。


 『地中移動』のスキルである。デアンカ・ギースが移動しても誰にも気がつかれないのは、普段はこうして地中で暮らしているからだ。


 そして、獲物がいそうな場所にまで来たら静かに待つ。それが彼の狩りのやり方である。


 逃げればいい。あんなものを相手にする理由はない。【命令】もされていない。自分はただ、ここに来れば多くの獲物が手に入ると思っただけだ。


 それがなんだ、これは。ただの大損だ。さっさと逃げるに限る。


 デアンカ・ギースは傲慢な性格ではない。どちらが強いかなどに興味はない。怒ったのは縄張りを守るためでしかなかったにすぎない。



 だから逃げる。



 が、これも相手が悪すぎた。



「ごめんな。それは予想していたよ。ずるいよな、お前のデータを知っているってのはさ」



 アンシュラオンは掌に水気を集めると、それを放出。


 濁流がデアンカ・ギースが入ろうとしている穴に激突し、隙間から入り込んでいく。




―――激痛




「グゴオゴッゴガオギャオオ―――!!!!」




 身体か焼ける痛みに、デアンカ・ギースが悶える。


 水覇すいは硫槽波りゅうそうは


 水気を酸性に変化させて対象に叩きつける技である。受けるだけでも水流でダメージを負うが、酸による追加ダメージが厄介である。


 しかもアンシュラオンのものは量が違う。


 普通は大量の硫酸をぶっかけられるぐらいのものだが、彼が放つものは巨大な穴全部を硫酸の海に変える。


 デアンカ・ギースが掘っても掘っても硫酸しか出てこない。染み込んで、先回りして、世界のすべてを満たすからだ。


 どんどん注がれる酸の雨に、たまらずデアンカ・ギースは地上に逃げ出す。


 そこを、追撃。


 一気に接近して本体に一撃を見舞う。



雷神掌らいじんしょう!!」



 掌底と同時に激しい雷光が走った。衝撃がデアンカ・ギースの全身を貫く。


 覇王技、雷神掌。戦気を雷気に変えて敵に叩きつける技である。発勁の一種で接近するまでが大変だが、与えるダメージは大きい。


 さらに感電の追加ダメージ。相手はスタンして動けなくなる。



「ギイッ…イィ……」



 それでも四大悪獣の名は伊達ではなかった。


 非常に動きが鈍ったが、まだ触手を動かして逃げようとしている。



「さすが巨体だな。やっぱり頭が弱点なのかな?」



 ビクビクと半痙攣しているデアンカ・ギースを観察しながら、弱点を探す。


 当然だが、頭が弱点の魔獣は多い。脳を破壊してしまえば生物としては終わりだ。


 ただ、魔獣の中には脳が複数あったり、心臓がいくつもあるタイプがいるので油断はできない。



 そして、デアンカ・ギースにもこうなった場合の『奥の手』がある。



「ゲベォォオゴオゴオオオオオオオオ!!」



 観察しているアンシュラオンに対し、突如口から大量のヘドロを吐き出した。


 これは、地中を移動するときに掘った土を体内に蓄えておき、排出する行為でもある。


 ただしその排出速度は、まさに弾丸。


 デアンカ・ギースはこれをジェットエンジンのように吐き出して、すでに掘った穴の中においては高速地中移動をすることができるのだ。


 それを利用した奥の手。さらに口の中で細かく拡散させることで、大量のヘドロがショットガンのように襲いかかってくる。


 中身もただのヘドロではない。体内で溶かす際に【毒性】が含まれるのである。


 対象者にとっては毒のヘドロであり、汚染されるだけで命にかかわる凶悪な攻撃だ。まさにデアンカ・ギースの奥の手に相応しい。



 アンシュラオンは、その奔流に呑まれる。



 大地が吹き飛びながらヘドロに置き換わり、いつしか大きな山が生まれた。


 周囲には鼻をつくような痛みを伴う刺激臭が漂う。その臭いにあてられるだけで周辺の生物が死んでいく。



「ぐっ…このようなものが…」



 ラブヘイアも遠くにいたが、臭いだけで毒に侵される。頭痛と目眩がして、ふらふらと膝をつく。


 彼には毒耐性があったのでこの程度で済んだが、本来ならば即座に意識を失っていただろう。それは死を意味する。



「ギッギッギイイ! ギッギッ!」



 デアンカ・ギースは知性ある魔獣である。おそらく人間の子供以上の知能はあるだろう。


 その知能は、勝ったと思っている。


 敵対する存在を屠ったと。倒したと。


 普通ならばそう思ってもいいだろう。それが普通の相手ならば。



 ヘドロの山から―――光の刃が伸びた。



 十メートル、三十メートル、五十メートル、百メートル、二百メートル、ついに三百メートルに到達。



「グゴバッ―――!?」



 それが悦びに打ち震えていたデアンカ・ギースの口に突き刺さる。



「楽しかったか? 勝利を確信した時ってのは最高の気分だよな。でもな、おかげで汚いお口が開きっぱなしだよ!」



 ヘドロの山からアンシュラオンが飛び出す。手の包丁からは剣気が伸びていた。剣硬気である。



 そのまま押し込んで―――



―――上に切り裂く


 口が裂け、鼻が裂け、額が裂ける。



―――下に切り裂く


 顎が裂け、胸が裂け、胴体が裂ける。



 そこから左右に切り裂き、体内をぐちゃぐちゃにしていく。



「ギッギッ……ギッ」


「すぐに逃げるべきだったな。それとも吐いた気持ち悪さで動けなかったか? それはわかるな。胃酸で食道が焼かれて痛いもんな。だから奥の手なんだよな」



 アンシュラオンはこの瞬間を待っていた。


 あれだけ優勢であっても油断はしていない。最後の最後、相手が完全に死ぬまで油断はしないと教えられたからだ。


 一回の油断ですべてが終わることを知っているから。


 そして、笑う。



「オレはこの瞬間が好きでな。何より一番楽しいのは、勝ったと思った相手をさらに圧倒的な力で踏みにじることだよ。お前にはわからないだろうな。そういう人間的な楽しみはさ」



 剣硬気をさらに伸ばして、デアンカ・ギースを岩盤に釘付けにする。


 それから包丁を放して上空に手を伸ばした。



「久々の戦いだ! 観客もいるから全力を見せてやる!! 爆発集気!!!」



 アンシュラオンの身体に激しい戦気が満ちていく。全身が赤く輝き、燃えていく。その激しい揺らめきで大地が揺れる。


 地震。


 大気が震え、世界が揺れていく。すでに薄暗くなった世界に光が激しく灯されていく。


 それは白き力。アンシュラオンが持つ破壊の力。


 直視するだけで目が灼けるほど大量の戦気が両手に集まった。



「オレが放てる最強の技で倒してやるよ! 覇王流星掌!!」



 両手に集まった巨大な戦気を上空に放出。地表数千メートルにまで上昇すると、狙いを定めて一気に急降下していく。



 それは流星の煌き。



 一発が十数メートルはある巨大な戦気の塊が、数百という流星群を生み出して襲いかかっていく。


 なんと美麗な光景だろう。夜を切り裂く流星の輝きに、多くの恋人たちは酔いしれるに違いない。「ほら、見てごらん。天から舞い降りた祝福の輝きだよ」と。


 されど、それはこの世でもっとも残酷な光であった。


 流星光弾は、ヘドロを吐き出して細くなったデアンカ・ギースを蹂躙していく。切り刻み、潰し、破砕し、叩き割り、折り曲げ、引き抜き、すり下ろす。


 数十発で相手が死んだにもかかわらず、さらに攻撃は降り注ぎ続け、直径七百メートルの範囲を完全に破壊し尽した。



 残ったのは、肉の残骸だけ。



 かつて、デアンカ・ギースと呼ばれていたものの成れの果てだけ。



「ふぅ…久々に全力を出したらちょっと疲れた。少しやりすぎたかな。完全にオーバーキルだったしな」



 覇王流星掌は、戦士因子8でようやく使えるようになる最高位の技である。


 素のままで使っても8000は軽く減らしただろうし、爆発集気を使って戦気を凝縮したので16000以上というダメージを与えたはずである。


 すでに弱っていた相手に使うには明らかに過剰な攻撃であった。


 ちなみに流星を彗星に変えれば覇王彗星掌という技になる。流星が一つに重なるので、さらに単体に強ダメージを与える。


 ただ、地中に逃げた場合を考えて周囲一帯を破壊しておいた。それだけのことである。





(今、私は【英雄】を見ている)


 ラブヘイアが見たものは、とてもとても美しい子供の姿をしている。


 男とは思えないほど、整った顔立ち、美しい顔。


 流れる白い髪は、まるで天使の羽のように神々しい。


 赤い目は、まっすぐに相手を見据え、引くことを知らない野生の輝き。


 その美しさを持ちつつ、ひどく粗暴で凶暴な一面を持つ。子供が持つ残忍さを宿しながら、大人のように理性的で、時には女性のように優しく穏やかで、それでもやはり男の強さを持つ。



 英雄。



 人によっては悪魔とも呼べそうな存在だが、ラブヘイアにとっては白く輝く英雄そのものである。


 その姿に、涙を流した。


 美しさに、感動した。


 強さに、ひれ伏した。


 これがアンシュラオン。


 後に欠番覇王となり、最強の【白き魔人】となる男の若き姿である。



「ああ、なんと…美しい…。あなたは私が求めた……最高の………がくっ」



 そして、ラブヘイアは意識を失った。顔面から落ちたので、かなり危険な倒れ方である。



「え? …なんで急に倒れたんだ? 変態だから…か?」



 その姿に呆然とするアンシュラオンであった。いきなり倒れるとかなり怖い。




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