36話 「白き英雄の側面 前編」


「お前の言う通り、相当な大物だな」


「はい。凶悪な悪魔です。まさかデアンカ・ギースがこのような場所にいるとは…」


「よく見かけるのか?」


「そんなことはありません。この魔獣の狩場に現れることなど初めてです。本来はもっと南西の大地にいると言われています」


「では、食糧不足か何かで移動してきたかな。基本的に魔獣が縄張りを移動するのは、食糧に困るか強敵が現れた時だけだ。このあたりにあいつに匹敵する魔獣はいるのか?」


「そのような話は聞きません。同じ四大悪獣が三体おりますが、あの四体は同種の存在らしいので互いに戦うことはないと記録されています。グラス・ギース周辺を襲った際も共闘のようなことをしていたようですし」


「食糧で決まりだな。こちらのほうが豊かなのだろう。それとも食い尽くしたかな」


「とても危険なことです。街まで五百キロしかありません。何かの拍子で向かってくれば…グラス・ギースは全滅です」


「そのために城壁を造ったんじゃないのか?」


「そうですが…はたしてあの悪獣に通じるかどうか。実際に見て確信しました。あれを相手に城壁は無力です。時間は稼げても長くはもたないでしょう」



(たしかに強さのレベルが違うな。そこらの魔獣くらいなら大丈夫かもしれんが、あのクラスが相手だと都市レベルでは対抗できないか)



 魔獣のデータを見てもわかるように、普通の人間とは桁違いの数値である。一般人などゴミ屑以下であろう。



(HPも高いな。魔獣は総じてHPに高い傾向にあるが、殲滅級の中でも体力があるほうだな。まあ、撃滅級になれば五万超えも珍しくはないが…あいつは『自己修復』スキル持ち。こっちのほうが手間だ)



 『自己修復』スキルは一定時間経過するとHPが一割自動回復する能力だ。単純にHPが高いより、こちらのほうが面倒なことが多い。


 姉の持つ『完全自己修復』に至っては三割回復するというチートスキルである。姉のHPを考えると毎回三万以上回復するのだから最悪のスキルだ。


 が、このスキルは特定の技で停止させることができる。技の中には『防御機能破壊』というものがあるので、それを使えば一定時間無効化も可能だ。



「一応確認しておくが、あれは金になるのか? 倒しても金にならなければ意味がないぞ」


「…まさかとは思いますが戦うおつもりでは?」


「お前の回答次第だな。最初に言っておくが、オレはお前とは違う。殲滅級を倒せるホワイトハンターだ。それを認識したうえで正直に答えろよ」


「………」



 ラブヘイアはさすがに迷っているようだ。


 敵があまりに強すぎる反面、それが街に行けばどれだけの被害になるかも考えていることがわかる。



(こいつは慎重だし、そこそこ思慮深い。オレと違って性格も案外素直だ。変態でなければ少しは好きになってもいいやつなんだが……いかんせん度胸がない。才能としてはかなりのものを持っているが、そのせいで成長が止まっている)



 ラブヘイアの才能値は、実は相当に優秀である。


 戦士と剣士の覚醒限界が3なので、それをフルに覚醒させればかなりの使い手になるだろう。名崙めいろん級剣士だって夢ではない。


 それを阻害しているのが、ある意味で長所でもある思慮深さである。考えすぎてチャンスを潰しているのだ。



(死んだら終わりだから当然だけどな。それでもオレと組んだからには雑魚のままで終わらせはしない。きっかけくらいは与えてやるか)



「ラブヘイア、ハンターとは何だ?」


「…ハンター…ですか?」


「そうだ。オレはガキの頃から魔獣と戦っているが、それはハンターとしてではない。ただ生きるためであり、文字通り【喰う】ためにやってきたことだ。そこには矜持も信念もない。ただ相手を殺し、奪うためだけの野獣と同じ生き方だ。では、ハンターとは何だ? オレとは違うのか?」


「ハンター…」


「お前たちはなぜ戦う? 生活のためか? だったら無理に危険を冒す必要はないだろう。儲かるだけならば商人だっていいはずだ。そこに何を求める?」


「私は…武人として……いや、そうではありません。人それぞれに考えはありますが、私は…この力を少しでも役立てたいと思ったのです」


「なぜだ? なぜ役立てたい?」


「自然な…心の欲求だと思います。やむにやまれず湧き出る何か…でしょうか」


「武人の闘争本能を満たすためではなく、か?」


「時々、私も血に飢えることはあります。激しい戦いを求めるのが武人の性だということも知っています。しかし、それならば軍にでも志願すればいいこと。どこかの私設軍や傭兵になってもいい。それをしないのは…」



 ラブヘイアはデアンカ・ギースを見つめる。


 禍々しく恐ろしい存在であるが、どこか心を惹き付ける。人間社会に生きていては絶対に見つけることができない宝石がそこにはあった。



「人々の役に立ちながら…まだ見ぬ世界を探している。宝石を探している。初めて見る美しいものに心ときめく瞬間を渇望しているのです」


「あれを見て興奮するか? 街の周辺では絶対に見られないものだろう。お前の中に熱いものは込み上がっているか?」


「…はい。怖くて怖くてしょうがないです。ですが、それ以上に…心が震えます。あれは美しいものです」



 暴力の権化、力の権化。圧倒的な存在に憧れるのは人間としての性である。


 ラブヘイアの心は渇望している。求めている。より強いものを。


 ならば、アンシュラオンがやれることは一つ。



「エンヴィス・ラブヘイア!!!!」


「は、はいっ!」


「ならば見せてやろう! お前の心に刻んでやろう! お前が求める力というものがどんなものなのか。そこに答えがあるとは限らない。だが、感じろ。お前自身の心で感じ取れ! 野獣と野獣の戦いの中から光を見つけろ!!」



 アンシュラオンが歩を進める。


 あの巨大な生物、デアンカ・ギースへと。



「お、お待ちください! あの魔獣は…」


「あの魔獣がいくらになるかなんてことは関係ない。お前に見せてやると言っているんだ。それに値など付けられるものか」


「っ! 私のために戦われるおつもりなのですか!? な、なぜ…」


「馬鹿なことを言うな。ラブヘイア、お前も来るんだ。お前も戦え」


「わ、私が…!? そんなことは―――」


「無理などと言うな!!!!!!!」


「っ―――!!」



 アンシュラオンから強い光が発せられた。


 淡くも強く、白く輝く光が周囲に満ちていく。



(この光は…なんだ? な、なんと美しい…)



「オレはそこまでたいした男じゃないが、これだけは言える。最初から諦めるやつに未来なんてない。覚悟を決めないやつに先なんてない。お前は一生クズで変態のまま終わるつもりか! くすぶって生きていくつもりか! 燃やせ!! お前の中の可能性を燃やせ!!」



 アンシュラオンから戦気が湧き上がる。武人の闘争本能の結晶であり、可能性という塊である。




 独り、大地を駆ける。


 近づくほどに相手の大きさが鮮明になっていった。



 幅六十メートル、長さ百五十メートル以上の化け物。



 しかもそれは本体の大きさであり、そこから六つのミミズのような太い触手が生えている。それを含めれば長さは二百メートルを遥かに超える超大魔獣である。


 デアンカ・ギース〈草原悪獣の象蚯蚓ゾウミミズ〉の名前の通り、本体の顔は象の頭部に似ている。


 ただ、身体はぎゅっとしまった筋肉の塊であり、皮膚すらなく中身が丸見えのグロテスクな外観である。


 そう、まるでミミズのような色合い。あの肉々しい暗い赤ピンクの色合いをしている。あの触手も筋肉の塊であり、それが硬質化したものだと考えられる。


 そして、そこから繰り出される一撃は―――



―――簡単に真っ二つ




 食べやすいようにハブスモーキーを叩き切った。


 あのぬめぬめして剣でさえ滑るような魔獣を簡単に圧し潰したのだ。その威力は、遠くにいても揺れを感じるほどだ。



「魔獣ってのはこれくらいでないとな。ようやく久々にまともなやつに出会えたぞ」



 第一級の撃滅級魔獣を相手にしていたアンシュラオンにとって、これくらいの魔獣は当たり前。


 むしろ、ここ一ヶ月で出会った魔獣のほうがあまりに弱々しく、おかしく思えたくらいだ。


 火怨山には、こんなものがごろごろいる。山が動いたと思ったらそれが魔獣だった、ということもざらだ。


 ただ、油断はできない。


 魔獣の強さは階級で示されるようなものではない。場合によってはランクの低い魔獣のほうが厄介なことがあるからだ。



「ほら、こっちを向け。お前のお食事タイムは終わりだぞ」



 アンシュラオンが拳を繰り出すと拳圧がうねりとなって飛んでいく。通常の修殺とは違い、弾丸のように高速回転がかかっている。


 拳圧を戦気と一緒に打ち出す覇王技の修殺しゅさつに回転を加えたもので、これを修殺・旋と呼ぶ。貫通力が増し、射程も威力も数段上となっている上位技だ。



 それが―――頭部に直撃



 デアンカ・ギースのゾウのような顔の額に当たり、巨体が一瞬揺らいだ。


 衝撃に驚いたのか動きを止める。



「………」



 見る。


 真っ赤な瞳が、アンシュラオンを捉えた。


 その瞳には強い【不快感】が宿っている。



「ははは、そりゃムカつくよな。オレが飼っていた犬もさ、すごいおとなしくて従順だったけど、餌を食べている時にちょっかいを出すとものすごく怒ったんだよ。動物ってのは餌に対しての執着が半端ない。だからお前は今、すごくムカついたはずだ。邪魔をしたオレにな」



 生物を怒らせるにはどうするか。当然、嫌なことをするのだ。


 縄張りを荒らすのも効果的だが、一番は楽しい時間を邪魔すること。人間だって性行為の最中に邪魔をされたら強い不快感を抱くだろう。


 それと同じく、魔獣にとっては食事中が最大の快楽を味わう瞬間なのである。


 それを邪魔すれば、デアンカ・ギースは怒る。



「さすがに体力があるな。今ので300くらいしか減ってないが、少しは痛かったか? ちくっとしたか? そうだ。オレは敵だ。放っておいたらどんどん嫌がらせをするぞ。さあ、こいよ」



 デアンカ・ギースはハブスモーキーを捨て、アンシュラオンに向く。すでに餌は確保したので、それを邪魔する敵を排除しようと思ったのだ。


 だが、動かない。


 怒っていないわけではない。そういう【性格】なのだ。


 待ち伏せ型だと思われるデアンカ・ギースは、自らの領域を守る色合いが強い魔獣である。縄張り意識が強いことからもそれが推測できる。


 そして、今の一撃を受けて警戒を強めている。相手の力量を測っているのだ。


 これは今までの魔獣にはない特性である。相手の力量も考えずに襲いかかってきたエジルジャガーとは、生物としての格が違う証拠だ。



「案外臆病だな。だからこそお前は今まで生きてこられたか。しかし、それも今日までだ。放っておけば、こうだぞ」



 アンシュラオンが再び修殺。



 その目標は―――ハブスモーキー。



 激しいうなりを上げて拳圧が迫り、餌として確保していた魔獣が砕け散る。さらに回転は続き、粉々になって周囲に爆散した。



「ギイイイイイイイイ!!!」



 それにはさすがに激怒。


 邪魔をされるだけではなく獲物の横取り。これが一番腹立たしいからだ。



「ははは、本気で怒ったか!! ムカついたか! お前が来ないならハブスモーキーを全滅させてやる。それだけじゃない。お前に付きまとって餓死するまで獲物を横取りし続けてやるぞ!! どうする! お前はそれでもこないのか!! この臆病者が!!」


「ギッギッギッ!!」


「怒れよ。ムカついただろう。さっさと―――」




―――アンシュラオンが消えた




 これは移動したのではない。恐るべき勢いで繰り出された触手が伸び、アンシュラオンがいた場所を薙ぎ払ったのだ。


 数十メートルは余分に距離を取っていたのだが、あの触手はさらに伸びた。全身がしなやかな筋肉でできているので、それを鞭のようにして射程を伸ばしたのだ。



 その攻撃範囲は本体から三百メートル以上かつ―――速度は超高速。



 弾丸以上の速度で放たれた触手の一撃が、半径二十メートルの大地ごと大きく抉り取った。凄まじい攻撃力である。



「アンシュラオン殿!!」



 遠くから見ていてもあれが危険であることがわかる。ラブヘイアは動けない。あまりにレベルが違うからだ。


 甘かった。相手は強すぎる。魔獣を侮っていた。


 そんな考えがラブヘイアによぎる。




 が、アンシュラオンは―――笑った。



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