31話 「どうしてあなたは髪の毛を愛するのか? なぜなのか? 僕には理解できない。したいとも思わない」


 改めてその男、エンヴィス・ラブヘイアを見る。


 深い草色の髪を肩口まで伸ばし、綺麗に整えている。目の色は青。顔立ちは悪くはない。


 美男子ではないが標準以上の顔はしているだろうから、女性にモテようと思えば何とかなるだろう。


 合コンに行くときに、とりあえず『あいつが来るから』とか言って餌にされるくらいの顔はしている。


 着ている濃いモスグリーンのロングコートには、所々に鉄鎖が入っているようで、たまにチャリチャリと音がしていた。


 腰にはロングソードと予備の短刀。武器に特別な力はなさそうだが、使い込んでいる様子がうかがえる。


 また、特に臭いというわけでもないので、傭兵のわりにはなかなか小奇麗にしているように見えた。



 だが変態である。



 これが重要である。


 こいつは変態だ。


 しかし、傭兵は強ければ許される。それもまた重要な要素だ。



「で、お前は強いのか?」


青毛級狩人ブルーハンターのライセンスを持っています」


青毛級ブルー。オレの白牙級ホワイトの二個下の第四階級か」



 下から数えて無足級ノンカラー赤鱗級レッド、そして青毛級ブルー。計算では、第四級の根絶級魔獣を倒せるレベルにある。


 根絶級は『街に近寄った場合、根絶すべき危険な獣』なので、それくらいの敵は倒せるということだ。


 だが当然、こんな変態のことをアンシュラオンは信用しない。


 遠慮なく自分で調べてみた。



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名前 :エンヴィス・ラブヘイア


レベル:22/50

HP :110/530(殴られたから減ってる)

BP :120/120


統率:F   体力: D

知力:F   精神: E

魔力:D   攻撃: D

魅力:F   防御: D

工作:D   命中: D

隠密:C   回避: E


【覚醒値】

戦士:0/3 剣士:1/3 術士:0/0


☆総合:第九階級 中鳴ちゅうめい級 剣士


異名:危険な毛髪男

種族:人間

属性:風

異能:毛髪診断、毛髪収集癖、孤独の剣士、広域剣術強化、毒耐性

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(ほぉ、剣士因子が1か。つまりこいつは、れっきとした武人だということだ)



 剣士因子が1あれば立派な武人である。


 この0と1との間には、計り知れない差があるからだ。


 0でも戦気を出せる人間はいるが、1になれば【技】を修得できる。これが最大のメリットとなる。


 ラブヘイアは剣士なので、おそらく剣王技ソードスキルを修得しているものと思われる。


 ちなみに剣王技は、普通に『けんおうわざ』と呼んでもかまわない。覇王技は、ロードスキルあるいは『はおうわざ』。魔王技は、マスタースキルあるいは『まおうわざ』である。特に決まりはない。


 ただ、覚えられる技には因子レベルが関係しているので、因子レベル2の技は、どんなに強くても1の人間には覚えられない制限がある。



(1あれば使えるな。知力と魅力はカスだが、魔力、工作、体力、攻撃、防御、命中がD。Dってのは一人前のレベルを指すから、総合的に考えれば、それなりに体力があって、そこそこ器用で使える剣士といったところか)



 それに加えて、隠密がCである。


 完全に変質ストーカーとしか思えないが、このCがあったからこそ、考えに没頭していたアンシュラオンも気がつくのが遅れたのだ。


 もちろん敵意があれば一瞬でわかるが、まさか髪の毛を嗅ぐとは思わなかった。



(しかし…毛髪診断って何だ? 初めて見たぞ。名前から察するに、そのままの意味か?)



 そもそも珍しいから異能なのだ。初めて見るものがあっても仕方ない。


 これは当人に聞いてみる。



「お前は、髪の毛から何かを調べられるのか?」


「おおお、それに気が付かれるとは、さすが私の…」


「次の言葉を言ったらお前を丸刈りにする。永久脱毛だ。転職先は僧侶かボディビルダーだけとなる」


「…では、なんとお呼びすれば?」


「普通にアンシュラオンでいい。で、どうなんだ? 何かわかるのか?」


「はい。相手の本当の美しさがわかります」


「美しさ?」


「どんなに偽っていても美は隠しきれません。ああ、あなたほどの美しい髪の毛には初めて出会いました!! もう私は虜です」


「…ひぃっ」



 本気でつらい。やめたい。こいつの能力も使えない。無意味だ。



「お前はいつも単独で動いているのか?」


「はい。あまり組んでくれる人がおりませんので、独りで魔獣を狩ることが多いのです」


「うん、当然だな」


「それに気が付かれるとはさすが…」


「うん、誰でもわかることだぞ。自覚しろ、そろそろな。しないと近いうちに闇討ちに遭うぞ」


「はぁ…理不尽な世の中です」


「正しい世の中だ。少なくともこれに関してはな」



(スキルの『孤独の剣士』は何だろうな? スキルの詳細までわかればいいんだが、さすがにそこまで便利じゃないか。こういった感じのスキルは、能力に影響を与えるものが多いのはわかっているんだが…)



 ちなみに孤独の剣士は、単独で戦闘に入ると攻撃の能力値に1.3倍の補正が入る強力なスキルである。


 ただし、常に寂しいので精神の値が落ちるというマイナス効果もある。



(広域剣術強化ってのは、たぶん広域技に補正がかかるんだろうな。…あとは毒耐性。両方ともあって損はないスキルだ。はぁ、変態でなければ少しは使えるやつなんだろうが…変態か。それならそれで利用するか。非常に苦渋の決断だが仕方ない。収集癖があるならば、この手が通じるかな?)



「じゃあ、取り分は10:0でいいな」


「気のせいでなければ、下がっているような…。むしろゼロになっています。さすがにそれは…」


「髪の毛が欲しくはないか? 白くて綺麗で良い匂いがする、この世界でもっとも上等な髪の毛を」



 これ見よがしに自分の髪の毛を触る。



「っ!! そ、それはまさか…! 私の目の前にある…至高の!」


「死ぬほど嫌だが、本当に嫌だが、泣きたいほど嫌だが、報酬としてお前にオレの髪の毛をひと房やろう。これくらいだぞ。これくらいだからな!!」



 軽く握ったくらいの量だ。


 モコモコしているので、ちょっとくらいなくなっても問題ない。この一ヶ月で少し伸びたし。



「そのようなご褒美、よろしいのですか!? はぁはぁ、ごくり! じゅるり!」


「ご、ご褒美…。ぐっ、そう…だ。ご褒美だ。それとも髪の毛は無しで、報酬の折半がいいか? オレはむしろ、そのほうがいいような気がしてきたが。…今後のお互いのためにも…いやむしろオレのために」


「そのようなこと!! ぜひとも髪の毛を頂戴したいと思います!! なんなら追加料金を払ってもいいです!! ぜひともお願いいたします!!」



 土下座した。



「そう…か。なら、それで…いいか。お前がいいなら…な」


「ありがたき幸せ!! ぐへへ、じゅるる、はぁはぁ」



(ちくしょう。何か失った気分だ。スレイブって、こんなにつらい人生を歩んでいるんだなぁ。こんな変態が雇い主だったら、オレ、死を選ぶわ)



 人生において、金よりも大切なことがあると知った瞬間である。


 人間の誇りとかプライドは、やはり重要であると。






 それから準備を整え、門に戻る。



「お姉さん!」


「あらあら、見つかったのかしら?」


「うん、あの人と一緒に外に行くんだけど…」


「あら、大人の人が一緒なのね。誰なの?」


「護衛で雇ったんだ。でもね、ちょっと変な人なの。僕の髪の毛を触って、匂いを嗅いで、よだれを垂らしてはぁはぁするんだ。大人って、みんなああいうことするの?」


「…へぇ。そうなの。少し待っててね。そこのあなた、ちょっとこっちに」


「え? 私ですか?」



 お姉さんは、ラブヘイアを裏に連れて行く。



「この変態が!!! 恥を知りなさい!!」



 ガス、ドゴッ!

 


「はぐっ!? ぶはっ!! な、なぜいきなり!? なんですかこの仕打ちは!?」


「人間のクズが! あんたみたいなやつがいるから、ここの治安が荒れるのよ! あの子に何かしたら、ただじゃおかないからね!!」


「いやもう、ただで済んでは…ぐはっ、うぼっ! ひぎゃっ! ひでぶっ!」



 ガス、ボス、バキ、ドカ、グシャ!!





 五分後、いくつかの罵声と打撃音が聴こえ、ボロボロになったラブヘイアが放り出された。


 顔面の半分が崩壊している。



「お姉さん、どうしたの? 何かあったの?」


「ううん、大丈夫よ。もう何も心配いらないわ」


「そうなの?」


「うん、そうよ。もしあいつが何かしたら、また教えてね。今度は二度と立てないようにするから」


「ほんと!? ありがとう! それとね、これもあの人が壊しちゃったんだ」


「あらあら、リングにヒビが…。いいのよ、ちゃんとあの人に請求しておくから。君は悪くないわ」


「よかった。お姉さん、大好き!」


「んふふ、気をつけて行ってきてね」



 リングは、ラブヘイアを殴った時に亀裂が入ったようである。


 リングが戦気を吸収したおかげで彼は死なずに済んだのだろう。


 ならば修理代金の支払いくらいは安いものだ。自分の命の代金なのだから。



「あの、どうして殴られたのでしょう? なにかすごい罵倒されたのですが…意味がわからないです」


「意味がわからないのはお前の存在自体だろうが。全部自業自得だ。さっさと行くぞ」


「は、はい…。やはり理不尽な世の中です…」


「極めて正当な世の中だ」



 こうして不本意ながら、変態との共同作業が始まる。


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