29話 「ハローワークに行って、ハンターになろう! 後編」


 ハローワークはスレイブ館と同じく木製の造りで、ここが森ならば、のどかなログハウスかと思えるような外見である。


 地球時代のニュースで、どこかの村がこういったログハウスを役場に使っていたのを見たが、感覚的にはそれに近いだろうか。


 ただ、普通の建物より数倍大きく、それこそ学校かと思うほど巨大な三階建ての建造物であった。



(石畳にログハウスってのも、ちょっと違和感はあるんだけどね。基本は岩と木材を何かで固めて建物を造っているみたいだ。あの城壁も大きな岩を集めて固めているみたいだしね。コンクリートかな? まあ、コンクリートも古代ローマ時代からあったみたいだし、そこまで珍しいものではないけど…もう少し頑丈かな?)



 この世界は術式ジュエル文化なので、所々に術式で補強している可能性もある。


 ともかく軽い地震くらいでは崩れないようなので安心だ。



「よし、さっそく入ろう!」






 室内も同じく木壁の落ち着いた雰囲気で、ハローワークというイメージはあまりない。


 入ると大きなホールがあり、そこにさまざまな格好をした人間がいた。


 武器を持っている者もいるので、おそらく傭兵なのかもしれない。それ以外にも一般人のような人間も大勢いる。



(左側は…待合室? 準備室なのかな? 受付は…あっちか?)



 しばらく人々の流れを観察し、状況を整理する。


 左側にも大きな部屋があり、何十人という人間が座ったり準備運動をしていたりする。


 明らかに彼らは職員ではないだろう。待合室か何かだろうと思われる。


 右手側の奥には五つの窓口があり、人々が入れ替わり立ち代り話しかけているので、おそらくあちらが受付だ。



(ここで多様な人間を見ているだけでも楽しいけど、時間がない。さっさと行こう)



 空いていたので真ん中の受付に行くと、そこには黒い制服を着た美人のお姉さんがいた。


 さすが全世界に支部がある組織。制服は銀行のそれに似ており、清潔感があって印象がよい。


 受付のお姉さんは、アンシュラオンが来るのを見て笑顔を浮かべる。営業スマイルではない。好意的な視線だ。


 大きな組織になればなるほど、子供相手でもしっかり対応してくれるものだ。それだけでハローワークへの信頼感が増す。


 商売にとって受付役がいかに大切かを思い知る瞬間である。中身はボロボロでも、受付だけ良ければ少しは長生きできるに違いない。



(門のお姉さんの時みたいにいきなり抱きつきたいけど、窓が邪魔だな…。仕方ない。公共の場だし、ちょっと事務的に対応するか)



 ちなみに門も公共の場である。



「あの、魔獣を狩りたいんですけど、許可が必要って聞いて…」


「はい。魔獣の討伐申請ですね。身分証はございますか?」


「ないんですけど…ないと駄目ですか?」


「いえ、身分によって取り分が変わる仕組みなのです。この都市の市民権があれば、取り分が20パーセント多くなります。それ以外に、公益ハンターなら別途優遇制度もございます」


「取り分ってことは、魔獣を狩ったら利益の何割かを納税するってことですか?」


「ええ、そうです。身分証がない一般ハンターですと、半額程度の納税義務がございます」



(半額か…。今の状況だと、ちょっと嫌だな。でも、仕方ないか。まっとうな生き方ってのはそういうもんだ)



 半額の税金は多いように思えるが、市民権があれば納税額は三割になるので、それほど暴利ではない。


 こうして優遇措置を採用しているということは、強いやつにはなるべく市民権を取らせて、自分の勢力に取り込みたいということだろうか。


 ただ、もう一つ、気になる用語があった。



「ハンターって、何ですか?」


「魔獣を専門で狩る傭兵のことです。ここでは便宜上、魔獣討伐申請をなさる方全員をそう呼んでおります。たくさん狩って公益ハンターに認定されれば、どの都市の管轄内でも自由に魔獣が狩れます」


「へー、すごいですね。ハンターは僕でもなれますか?」


「年齢制限はございません。子供でも現役の傭兵はたくさんおられます。ご登録なさいますか?」


「登録って強制なんですか?」


「いえ、任意です。登録しないでやっている方もおられますが、登録すると施設の設備を使用できます。裏にある素材置き場とか解体室等ですね。それに身分証もお渡しできます」


「市民権とは別の身分証ですか?」


「はい。別扱いですね。ただ、それに匹敵する価値はあります。ハンターは都市の安全のために歓迎される傾向にあります。森と密接な関係にある都市などは生態系の管理もしておりますので、ハンター登録しないと入れないこともありますし、入って不便はありませんよ。登録は無料です」


「じゃあ、入りたいです。必要なものってありますか?」


「お名前と血液サンプルだけでけっこうです」



(血液サンプル。DNA検査とかか?)



 その言葉には一瞬ドキっとする。


 やましいことはないが、自分の遺伝子データを取られるのは、まだまだ抵抗があることだ。悪用されたら怖い、という思いもある。


 そのアンシュラオンの顔を、採血に怖がっている子供、と捉えたお姉さんが優しく説明してくれた。



「大丈夫です。採血パッチを貼るだけですから。その色でハンターのランクを決めるのです」



 お姉さんが、無色透明のパッチを見せる。


 画鋲のような小さな針が付いているので、肌にぱちんと貼り付けることで血を採るもののようだ。



「色が変わるんですか?」


「はい。血液に触れると色が変わる仕組みなんです。これはハンターの皆様が安全に狩りをしていただくための措置です。自分の階級を知らないと大怪我しますからね」



(そっか。単純に弱い人を助けるためのシステムか。そりゃそうだね。武人でない人に危ない仕事を任せられないしね)



 ハンターには六つの階級がある。


 上から順に―――



第一階級 金翼きんよく級狩人 :その者、金色の翼を狩る者なり

第二階級 白牙はくが級狩人 :その者、白き牙を狩る者なり

第三階級 黒爪こくそう級狩人 :その者、黒き爪を狩る者なり

第四階級 青毛せいもう級狩人 :その者、青き毛を狩る者なり

第五階級 赤鱗せきりん級狩人 :その者、赤き鱗を狩る者なり

第六階級 無足むそく級狩人 :その者、無き足を狩る者なり



 これは、それぞれのレベルに代表される魔獣を示しており、それを倒せるくらいの実力者である、ということだ。


 無足むそく級は、足の無い芋虫のような魔獣を狩れる者、という意味だ。


 芋虫といっても酸を吐く危険な駆除級魔獣に相当し、油断すれば成人男性でも簡単に死んでしまうほど危険である。


 そう、このランクは、それぞれが駆除級以上の魔獣のランクに対応しており、金翼級は第一級魔獣の撃滅級魔獣を倒せるハンターに与えられる称号である。


 第一階級の金色の翼とは、火怨山にも生息する『黄金鷹翼おうよく〈常明せし金色の鷹翼〉』のことだと思われる。


 昼間に太陽光を吸収してエネルギーにし、夜になっても余熱で輝いているので実に美麗な魔鳥である。


 何もしなければ温厚なので、アンシュラオンも餌で誘き出して夜間の蛍光灯代わりに使っていたものだ。


 いざ戦闘になると周囲にレーザー光線を発して壊滅させるので、非常に強力な魔獣でもあるが、戦闘力だけでいえば撃滅級魔獣の最下層に位置する。


 これを狩れるからといっても、ハンターの道程はまだまだ長いだろう。あくまで最低レベルという意味である。



「はい、ちょっとチクってしますよ」


「怖いけど、がんばるよ。お姉さん、手を触っててもいい?」


「いいですよ。うふふ」



 完全に猫を被り、お姉さんのすべすべの手を堪能しつつパッチテストを受ける。


 一滴の血がパッチに吸われ、少しずつ色を変える。


 無色から、赤に、赤から青に。青から黒に。


 黒から白に―――かすかに金色にはとどかないあたりで色は止まった。



(あれ? 止まったのかな? 色があるのかないのかよくわからないな…)



 一瞬、無色のようにも見えたが、どうやらそれは白であったらしい。


 その証拠に、目の前から絶叫が轟く。



「す、すごいです!! し、白までいくなんて!?」


「すごい…んですか?」


「はい! すごいです! 上から二番目です。…信じられない。この支部では百年以上ぶりですよ、たしか! 私も聞いただけなので詳細は定かではありませんが、実に大変なことです!」


「白…か。髪の毛と一緒だ」



 なんとなく髪の毛の色で対応しているのではないかと思ったが、自分と同じ色ならば、それはそれでいいだろう。



「じゃあ、これでハンターの身分証を発行してもらえるんですね」


「はい、もちろん! こちらにお名前をどうぞ!!」


「えと、カタカナでいいのかな? アンシュラオン…っと」



 よくよく考えてみれば、文字を書くのはこれが初めてであった。


 少しドキドキしたが、お姉さんは問題なく受け取ってくれた。文字も普通に大丈夫のようだ。



「しかと承りました! アンシュラオン様の才能は相当なものです。がんばって金を目指してくださいね!」



(きん? かねのこと? このお姉さん、どうしてオレが金に困っていることを知っているんだ? エスパーか?)



 もはや頭の中が金で一杯のアンシュラオンにとっては、金翼がかねにしか見えない。


 金がもらえないのならば、どの階級でも同じである。



「あっ、それともう一人、大人のハンターを紹介して欲しいんですけど…」


「仕事の依頼ですね。公募ではなく、ハンター登録者からの斡旋という形でよろしいですか?」


「はい。その人への報酬は、狩った額の折半とかにしてもらえると嬉しいです。三十分以内に来られる人限定でお願いします」


「では、その条件で探してみましょう。少々お待ちください」



 ハローワークの優れているところは、こうして一緒に仕事をする人間を探せるところだ。


 その時に仕事がなくても、条件に適合すれば仕事を回してもらえる。


 入り口の左手にあった部屋は、そういった者たちが待機する部屋だと思われた。



(便利だな。ここに来れば人材には困らないや。スレイブを基本として、それでも間に合わなければ利用するのもいいかな)



 そう考えていると、お姉さんが候補を見つけてきてくれた。



「お待たせいたしました。三名おられますね。さきほどの条件以外にご希望はございますか?」


「一番強い人でお願いします」


「わかりました。では、この方になりますが…」


「エンヴィス・ラブヘイア、男、二十八歳。男…か。女性はいます?」



 即答である。男と組むと思うだけで反吐が出る。



(ゼブ兄とかならいいけど、他の男はお断りだね)



 唯一アンシュラオンが組んでいいと思うのが、兄弟子のゼブラエスである。当然、自分より強いということもあり絶大な信頼を置いている。


 脳筋ではあるものの人間的にナイスガイである。


 そこが重要だ。身内の中で誰か一人を選べと言われたら、迷わず彼を相棒に選ぶ。


 正直、彼と出会わなかったら、アンシュラオンはもっと粗暴で危険な人間になっていただろう。


 自分より強い男であり、姉のパミエルキとも渡り合える兄貴分がいたからこそ、アンシュラオンはまだ正常な倫理観を維持できていたのだ。


 もし姉だけに育てられていれば、こんな日常的な会話すらできなかったかもしれない。


 知らないところで世界を救った男。それがゼブラエスであった。



(あー、しまったな。ゼブ兄とくらいは連絡が取れるようにしておきたかったな。まあ、いきなりの脱走だったから仕方ない。って、姉ちゃんが暴れなければ、脱走する必要なんてなかったんだよな)



 ただ、あの時を逃せばチャンスはなかっただろう。


 仮に火怨山の頂上から逃げるとすると五千キロ以上を移動しないといけない。


 勝手知ったる火怨山。姉にとってもホームである。逃げきる自信はない。



「あの、アンシュラオン様?」


「あっ、はい! 見つかりました?」


「申し訳ありません。空いておられるのは全員男性です。女性もおられますが、もともと数が少ないうえにアンシュラオン様のレベルとなりますと、足手まといかと…」


「そうですか…。女性なら全然足手まといでもいいんですけど……時間もないですしね。急いでいるので、その人で我慢します。とても、とても残念ですけど」



(くっそー、しょうがないな。今は目的を優先しよう。どうせお飾りだ。男でも女でも変わらないしね。それに男なら死んでもいいから気が楽だ)



「では、あちらの待合室でお待ちください。すぐに呼んできますね」


「はい! ありがとうございました!」



 お姉さんにもらった白牙級狩人のカード――鋼鉄製で破損修復術式が込められたジュエルが植えられた――を持って待合室に行く。





 その姿を見送り、ふとお姉さんは何か引っかかった。


 それは、アンシュラオンの左腕に、きらりと光るリングを見た時。



(あれ? もしかして、あのリングを付けたまま検査しちゃった? あれって武人の力を抑制するやつじゃ…)



 あのリングはヘブ・リング〈低次の腕輪〉といって、武人の力を半減させるものである。


 仮に武人が街で暴れても被害が少なくなるようにと、領主が錬金術師に作らせて最近導入されたものだ。


 この数十年後に開発されるリグ・ギアス〈怠惰の鎖〉の初期型といってもよい優れた代物である。


 それを付けて測定すれば、いくら血液検査とはいえ影響を受ける。


 あれは因子を調べるものではなく、血液内部に残された生体磁気の濃さを測定するものだからだ。


 リングは常に生体磁気を吸収し続けるので、検査結果は最低でも【三段階は下】に出る。



(でも、白牙級って出たじゃない。そうよね。その上は一つしかないし、間違ってないわよね。うん、大丈夫。あれはただの腕輪よ。あの子が可愛くてついつい見逃したなんて、あるわけないわ)



 お姉さんは、自分のミスを忘れることにした。


 そんなものは最初からなかったのだ。


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