28話 「ハローワークに行って、ハンターになろう! 前編」


(金を作ろう。早急に)



 今はまだ昼。猶予は一日以上ある。


 金を持ってくると言った客を待たないわけがないだろうが、あまり待たせては不安にもなろう。


 ただ、手付金を払ったわけでもないので、所詮口約束にすらならないものだ。


 釘を刺しておいたが、見た目が幼いアンシュラオンのことをどれだけ信用したかもわからない。



(すぐに金を作るにはどうするか。…借金? それも面倒だし、信用がないのに借りられるわけがない。闇金から借りれば、下手をすればオレがスレイブになっちまう。まあ、そのときは武力で解決するからいいけど。どうせあいつらの金なんて、ろくな出所じゃないしな。それならいっそ積極的に闇金業者を襲って金を奪うか? 素早く殺せば証拠も残らないだろうし…。そのほうが社会のためにもなってオレも金が手に入る。名案じゃないか?)



 まず一番良いのが、悪そうなやつらを締め上げて金を奪うこと。


 貧乏な連中を相手にしてもしょうがないので、もともと金を扱っている業者が望ましい。殺してしまえば後腐れもないだろう。


 アンシュラオンは平和主義者であるが、目的のためならば手段を選ばないところがある。


 今はもう新しいものへの興味しかないので、こうした時、彼の倫理観は完全に崩壊する。


 ちなみにこれは【姉の教育の賜物】である。



※アンシュラオンが三歳の時の会話



「あーくん、私がいないときに何か不足して困ったら、他の存在から殺して奪うのよ」


「えー、かわいそうだよー」


「そんなことないの。この世界のすべては私とあーくんの物なの。他の生物はそのために生まれてきたのだから、相手は喜んで死ぬのよ」


「そうなの?」


「ほら、この本を見て。絶滅したかつての人類は、動物のお肉を食べていたの。ここに『動物は食べられるために生まれてきた』って書いてあるでしょ? 彼らはそう思っていたの」


「ほんとだ」


「だからね、その絶滅した人類も、私たちのために生まれてきたの。私たちが『食べる』ためにね。だから喜んで死ぬのよ」


「お姉ちゃんが最後の女の人でしょ?」


「うん、そうね。女性は私一人ね。ただ、もしかしたら生き残っている男がいるかもしれないから、そのときは遠慮なく利用すればいいのよ。殺してもいいの。相手は泣いて喜ぶわ。『食べてくれてありがとう』って。だって、彼らは私たちに食べられるために生まれてきたのだもの。むしろ遠慮したらかわいそうよ。…わかった?」


「うん、わかった。お姉ちゃん大好き!」


「いい子ね、あーくん。あーくんは私だけを愛すればいいのよ。それ以外はゴミでクズだから、全部利用するのよ」


「はーい」



 姉の強烈な魅力による洗脳と刷り込み、そしてアンシュラオンが前の人生で蓄えた知識が合わさり、無意識のうちにこうした発想が生まれるのである。


 そう、あれは本気の発想である。


 本気で最初は殺して奪ってもいいかと考えたのだ。


 前の人生の知識で、悪という概念を知っているから躊躇いはない。悪なら殺しても問題ないだろう、と。


 が、成長したアンシュラオンには、まだわずかばかりの倫理観も残っている。



(しかし、せっかく来た街だ。いきなり騒動を起こすのも嫌だよな。もう少し堪能したいし、あの子を手に入れてからものんびりしたいしね。バレた場合、街の衛士と戦闘になるかもしれない。それはいいけど…あのお姉さんと戦うのは嫌だな。せっかく好印象を与えたのに自分から潰すなんて、あまりに愚かしいことだ)



 闇金から強奪する <<<<< お姉さんに嫌われたくない



 個人的には血塗れの札束をモヒカンに渡したほうが、さきほどの脅しに対する相乗効果もあって良いとは思うが、お姉さんと揉めるのは避けたい。



(とすれば、一番無難なのは魔獣の素材を売ることだ。あの程度のもので数百万になるなら、それこそ楽な仕事だ。よし、優先順位を決めよう。強奪は最後の手段としてギリギリまで残しておいて、まずは魔獣を狩る。今日中に狩れなかったら少し考えよう)


 こうして行動方針は決まった。





 アンシュラオンは、外に出るために門に戻る。


 そこで赤毛のお姉さんと再会。



「あら、もう出るの?」


「ちょっと用事があるんだ」


「用事って?」


「うん、魔獣を狩ろうかなって」


「ふふ、そうなの? お外にいるかなぁ? 危ないから、中にいたほうがいいんじゃないのかな?」



(オレの年上殺し、完璧に発動しているな)



 アンシュラオンの髪の毛をナデナデする姿は、母性本能をくすぐられ、完全に心奪われた女性の姿である。


 これなら、「オッパイ触らせて」くらいならば即座にOKが出そうだ。「お母さんが恋しい」とか言えば、その先も楽勝っぽい。



(怖い。自分の才能が怖い。しかし、人間は不思議だな。すぐに手に入ると思えば、あまり執着も湧かない。お姉さんは大好きだが、今はまだ欲しくないな。それよりはあの子が気になる。やはり苦労して手に入れてこその感動か。でも…」



「お姉さん!」


「きゃっ、うふふ、なーに?」



 とりあえず抱きついて乳は楽しむ。今は乳だけ欲しい気分なのだ。



「お姉さん、好き」


「あーん、本当? 告白されちゃったー、どうしようー」


「ねえ、付き合っている人はいるの?」


「それがねー、いないのよ」


「今までずっと? 今だけ?」


「うーん、それは…」


「ねえねえ、教えてよー! 僕とお姉さんにとって大事な問題だよ!」


「う、うん、それじゃ仕方ないかな。…実は一人もいないの。昔から腕っ節が強かったから、意地悪する男の子は全部殴って倒しちゃった。今なら、あれが好意だったってわかるんだけどね…勿体なかったかな」


「そんなことないよ! そのおかげで今も清いままだもん! だからお姉さんは綺麗なんだよ!」


「本当? 嬉しい」


「じゃあ、僕のお嫁さんになってね。予約しておくから、今後も誰とも付き合っちゃ駄目だよ」


「えー、どうしようかなー」


「駄目なの! ぎゅっ」


「うふふ、わかったわ」



(よし、予約したぞ!! そのうちゲットしよう!!)



 子供の皮を被った悪魔である。



「ところで外に魔獣はいないの?」


「いるけど、勝手に狩っちゃいけないのよ」


「え? そうなの? 知らなかった! 火怨山とかも駄目なの?」


「火怨山? ああいうところは管轄外だから大丈夫ね。それ以前に誰もあそこには行かないわ。制限があるのは、この周辺だけよ。グラス・ギースの領主様が管理している場所は、自衛以外の目的では狩っちゃいけない決まりなの」



(狩猟制限というやつかな。組合か何かありそうだ)



 日本では、よく漁業権とかでニュースになる話題だ。


 このあたりは火怨山とは違って、しっかりと管理されているらしい。



「領主様って、偉いの?」


「そうね。この都市を最初に造った人の子孫…、子供なのよ」


「この街って、どれくらい前に出来たの?」


「うーん、千年前からあるらしいけど、何百年か前に一度壊れて造り直したという話ね」


「壊れたの? 古かったから?」


「それが、【大災厄】ってのがあって、地震とかで街が壊れちゃったらしいの。ここだけじゃないわ。こっちの大陸のほとんどに被害が出たという話よ。火怨山も噴火しちゃって、本当に大変だったみたい」



(災厄…師匠が言っていたやつだ。あれは本当の話だったんだな。…それにしても嫌な言葉だ。姉ちゃんを思い出す)



 真っ先に思い出すのは、なぜか『災厄の魔人』なる称号を得ていた姉。


 さすがに一緒に成長してきたので数百年前の事象に関連性はないだろうが、あまり聞きたくない言葉だ。



「その時に異常発生した魔獣とかが暴れちゃってね。それを防ぐ拠点として、この都市も壁を増やしたと聞くわ。だから魔獣は危ないのよー。絶対に一人で行っちゃ駄目よ」


「ありがとう、お姉さん! 大人が一緒ならいいかな?」


「そうね…ちゃんとした大人ならいいかな。でも、さっき言った武人みたいな人じゃないと駄目よ。普通の人じゃ強い魔獣に勝てないからね」


「お姉さんは来てくれないの? 街ですごく強いって聞いたよ!」


「うう、そんなに誘惑しないで。私はここから離れられないから…ごめんね」


「そっか。しょうがないな…」


「その顔も可愛い…」



 完全に無力な子供扱いになっているが、それならそれでいいだろう。


 毎回お姉さんに抱きつくことができるのならば、それくらいは我慢しよう。


 それに、年上の女性を味方にできるのは実に助かる。いろいろと助けてもらえて得である。



「その武人の大人の人って、どこにいるかな?」


「そういうことなら、あっちに専用の施設があるわよ」



(それはまさか! あれか? あれなのか!? ファンタジーで定番の―――)





 冒険者ギルド!!!








 ―――などではなかった。








「ハロー、ハロー」


「…あ、どうも。ハロー」


「ハロー、ハロー」


「…ハロー」



 入り口の前でずっとハローと言っている人がいる。


 ロボットかと疑うくらい、お辞儀をしながらハローを連呼している。


 べつに相手をする必要はないのだが、元日本人である以上、お辞儀をされたら返すべきだろう。大切な礼節である。


 そして、驚愕。



「まさか【ハローワーク】があるとは…。恐るべし、異世界」



 まさかのハローワークである。


 領主の政策かと思ったが、どうやらこの組織は独自のもので、全世界に支部を持っている仲介業者のようだ。


 都市部ならばだいたい存在するので、世間でも謎が多い組織として話題に上っているという。


 このハローワークは仕事の斡旋をするところは同じだが、同時に依頼を出す場所でもあるので、人材で迷ったらここに来ればたいていの用事は済んでしまう。


 そのハローワークの施設を探すのは簡単。


 必ず施設の前で「ハロー」と連呼する【ミスター・ハロー】がいるからだ。


 雨の日も雪の日も、彼は仕事を休まない。


 そのひたむきさに心打たれ、人々は勤労意欲を思い出すという。



(うう、なんて綺麗な眼差しだ。不純な目的で金を稼ごうとする穢れた心を遠慮なく抉ってきやがる。金とは、自分が汗水垂らして稼ぐもの。さすがだ、ミスター・ハロー。あんたには負けたよ。オレも真面目に稼ぐことにするさ。スレイブは買うけどね)



 ミスター・ハローに最敬礼。敗北と敬愛の印である。


 だがアンシュラオンには、毎日同じことを続けるような退屈な人生は送れない。


 両者の道は交わることなく、颯爽と歩を進めた。


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