26話 「サナ・パム 前編」


「ここには何人くらいいるんだ?」


「今は三十八人っすね。最大で八十人まで入れるっす」



(ふむ、多いのか少ないのかわからないな。自信満々に言っているところをみると、この規模の都市ならばそれなりに多いほうなのだろう。優良正規店という話だしな)



「見て回るぞ」


「ご自由にどうぞっす」



 アンシュラオンが、一つ一つの個室を見て回る。


 個室の大きさは十畳ほどあり、生活する空間として不便はなさそうだ。必要な家具や娯楽品もある。


 覗いた部屋の少女は、クマらしきヌイグルミを抱きしめていた。クマが好きなのはどの世界も共通らしい。机にはお菓子もある。



「物には不自由していないようだな」


「そこは気を遣っているっす。欲しい物はなんでも与えるっす」


「外には定期的に出しているのか?」


「出すときもあるっすが、基本的には室内っす。あっちにテラスがあるっすから、そこで日光浴とかできるっす」


「外に出たい欲求は湧かないのか?」


「そう思わないように、そこだけ術式で制御しているっす。彼らにとって部屋は快適な空間っす」


「快適な空間だと思い込まされている、の間違いだろう?」


「当人がそう思っているなら同じことっすよ」


「たしかに真理だな。…トイレはあるのか?」


「個室それぞれの奥にあるっす。ここからは見えないっすが、管理側は見えるようになっているっす」


「幼女のトイレを覗いて楽しいか? 変態め!!」


「激しい誤解っす。商品のトイレを見て興奮したら、本当に変態っす。自殺や自傷行為を防止するためっす」


「商品…か。そういった行為は精神術式でできないようにしているんじゃないのか?」


「あくまで予防のためっす。術式が効きにくい子もいるっすから、たまに事故があるっすよ」



(たしかにな。精神術式は強力な術式だが、精神の値が高かったり、オレみたいに精神耐性を持っている人間には効かないからな。こいつらは能力値が見えないから、ふとしたことで事故が起こる可能性はありそうだな)



 普通の人間には能力値はわからない。


 他は弱くても生まれながら精神の値が強い人間なら、精神術式にかかりにくい現象が起こる。


 最初はかかっていても、後から耐性が身についたりすれば、突如解除されてパニックに陥ることもあるだろう。



(こいつらにとってみれば、これは商品だ。当人たちに違法という概念はない。…そりゃそうだ。そもそもこの東大陸の単なる一領地に、そこまでしっかりとした法律があるとも思えないしな。逆にこれだけ気を遣って管理してくれるなら、むしろありがたいってことか)



 そして、気になっていたことを訊いてみる。


 ロリコン妻を見たときから、ずっと気になっていたことの一つだ。



「契約の術式は、どうやって刻む?」


「専用の機械があるっす」


「そういうのは別の犯罪に悪用できるんじゃないのか?」


「一応、当人同士の意思が必要っす。強制はできないっす」


「白スレイブの場合は、それが空白の状態だからすり抜ける、か?」


「そうっす。なぜか詳しいっす」


「まあ、そういった裏側のことも少しは知っているからな。その機械は、どこかで売っているのか?」


「非売品っす。スレイブ商会本部から送られてくるっす。出所は知らないっすね。知る必要もないっすから」


「道具は使えればいいか。そういう考え方は嫌いじゃないけどな」



 モヒカンは気軽にそう話してくれた。


 だが、事はもっと重大で深刻である。



(モヒカンは術の素人だから意味がわかっていないようだが、精神術式を機械的に処理していることは見過ごせない。術が使えない人間でも使えるようにしているってことだしな。…これはなかなか後ろが真っ黒じゃないか。相当強力な術士がいると思っていい)



 精神術式は危険なものなので、一般ではあまり教えていない。それがここまで広まっているのならば、誰かが意図的に流したものであることがわかる。


 ジュエルに術式を封入する技術はすごいが、危険な術式まで一般人が使えるようになることはデメリットもある。


 特にこうした裏側の組織が手にすると危険だろう。ヤクザやマフィアが簡単に構成員、鉄砲玉を作れることになる。



(今は安全装置があるが、おそらく強制的に術式をかける試作型も存在しているはずだ。そんなものが流出すれば、非常に恐ろしい事態になる。…まあ、オレには効かないからいいか)



 そんなことを思いつつ、個室にいる少年少女たちを見ていると、またあることに気がつく。



(オレの思い違いじゃなかった。やっぱり、これは【アニメの世界】だ)



 生まれた時から、ずっと気になっていた疑念がある。



 それは、人がやたら可愛く見えること。



 女性は可愛く綺麗で、男は逞しく格好よい。それはまるで二次元の理想化された世界のように。


 もちろん実際に二次元ではない。間違いなく三次元の物質世界だ。そうでいながら、どこか地球人とは雰囲気が違う。


 異世界、それも別の星なのだから当然だが、物質を構成する要素が違うのだろう。


 見た目だけでいえば、すべてが綺麗に映る。



(どの子も恐ろしく可愛く見える。そんな趣味はないが、男の子でさえ可愛いな。アニメのキャラってのは、本来そういうもんだしな)



 現実の世界ではゲイではなくても、二次元の世界でだけそういった趣味を持つ人もいる。


 その世界はあくまで理想の世界であり、最後まで趣味で終わるからだ。



(現実感のなさは、ここから来ているのかもしれないな。それ以前に、オレがこの世界に本格的に触れたのは、ここ一ヶ月弱にすぎない。今までの世界は姉ちゃんだけだったし…あまり意識しなかった部分が表面化してきたんだろう)



 そして、改めて姉の美しさを知るのである。


 裏街で出会った女性は誰もが美しかったが、姉と比べれば無名の異性にすぎない。


 アニメでいえば、モブとヒロインくらいの違いがある。


 月とスッポンとは、まさにこのことなのだろう。存在感そのものが違う。



(駄目だ、駄目。姉ちゃんと比べるのは駄目だ。あれは例外だ。比べたら相手がかわいそうだ。あれと比べたら、永遠に他の人間なんて―――)



 そう思い、ふと違う個室の中を見る。




 そこには―――黒髪の少女がいた。




 他の子たちが娯楽に興じている中、その子だけは一人、椅子に座ってうつむいている。


 艶やかな黒い髪の毛、エメラルドのような深くも淡い緑の瞳。


 そして、ただ一人だけの褐色の肌。


 完全な黒ではない。かといって赤黒いわけでもない。


 日本人の肌を少しだけ黒くしたようなその肌は、きめ細やかで滑らかで、こうして見るだけでも非常に魅力的に思えた。



 目が惹き付けられて―――離れない。



(ああ、これは【一目惚れ】だ)



 アンシュラオンはこの感覚を知っていた。とてもとても久しく感じていなかった感情である。


 見た瞬間、目が離せなくなる。雷撃を受けたかのような衝撃が背筋に走る。


 気になって気になって仕方がない。何度でも見てしまう。


 それを一目惚れという。



(オレの経験上、一目惚れは結局上手くいかないことが多い。その多くは理想と現実のギャップから来るものだ。かつてのオレもそうだった。―――が、それはあくまで対等の場合だ。そして、社会に対して何の力もない場合だ)


 一目惚れが上手くいかない理由はさまざまだが、多くは現実と理想の狭間で苦しむからだろう。

 

 その多くは金銭的な問題や、相手との性格の不一致によるもの。


 これは一目惚れでなくても普通に起こる現象であるが、それは対等な関係だからマイナスになる。


 では、対等でなければ?



(たとえばペット。一目惚れをして手に入れたペットはどうだ? 人間と違って絶対に上手くいくだろう。それは人間側が圧倒的な支配力を持っているからだ。対等ではないからだ。相手の能力が人間より劣っているからだ。そして、スレイブとはそういう存在だ)



 今のアンシュラオンには力がある。


 これまでの旅で確認してきたが、この周辺にアンシュラオンと対等に戦える存在は皆無である。


 たかだか犬っころに怯える人間ばかりなのだ。強大な魔獣を屠ってきたアンシュラオンに恐れるものはない。


 つまり今の彼は、社会的にも人間としても上位の存在なのである。圧倒的に強者なのだ。


 それから見れば、目の前の少女はペットと大差なかった。絶対に対等にはなりえない。


 が、愛玩動物にはなれるのだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます