18話 「人種の区別がないんだって」


 一度ダビアがトイレ休憩に降りた以外は、クルマはそのまま走り続けていた。


 日が落ち、夜になると、空に星が輝き出す。


 赤や青、黄、緑、さまざまな色が輝く空は、まさに芸術の一言であった。



「大丈夫か? 外は寒くないか?」


「平気だよ。空が綺麗だから」


「空の海か。もう見慣れちまったな」


「空の海…綺麗な言葉だね」


「そうだな。名付けたやつは詩人か何かだろうさ。ここの空は気に入ったか?」


「自由な空はいつだって気持ちいいよ」


「自由か。いい言葉だ。ここはいつだって自由だ。自由だった…かな」


「どういう意味?」



 アンシュラオンが、視線を空から運転席に移す。



「ボウズはどこから来た? このあたりの出身か?」


「遠い…すごく遠いところから来たよ。この世界のことを何も知らない、ずっと遠いところから」


「遠いっていうと、もっと東か?」


「極東。その島国」


「島国か。グレート・ガーデン〈偉大なる箱庭〉じゃないよな。あそこなら情報は手に入るから…もっと違う島国か?」


「そう。誰も知らない島国だよ。だから、ここのことも何も知らない。オレは無知なんだ。飼われていたからね」


「…そうか。思い出させて悪かったな」


「同情するなら金を…じゃなくて、知識をくれ。知識は金より偉大だからね」


「その歳でそれを言うかよ。…ほらよ」



 ダビアが、荷台に缶のようなものを投げ入れる。どうやら缶コーヒーのようだ。


 飲んでみると、昔飲んでいたものよりも渋い味がした。非常にビターだが目は覚めるだろう。



(スチール? 鉄の合金かな? ちょっと手作り感があってデコボコなところもあるけど、これが造れるのはすごいな)



「鉄缶まであるんだね」


「クルマに乗ってんだぞ。それくらいで驚くなよ」


「それもそうか。この缶、工場とかで造るの?」


「ハピ・クジュネに鉄工所があってな。そこで造った試作品だな。まだ本格的に流通しているというわけじゃない。個人的に仕入れたもんだ。だから中身のコーヒーは自作さ」


「水筒みたいなもんなんだね。…味が渋いけど大丈夫?」


「ははは、心配するな。腐ったわけじゃない。単純に俺の好みだよ」



(海沿いだから鉄鋼技術も発展しやすいんだな。工場も多そうだ。なら…もしかして…)



「ねえ、そこにアズ・アクス工房ってある?」


「おお、知ってるのか?」


「うん、近くの集落でそこの包丁を買ったからね」


「そうか。あそこは良い物を作るからな。そうだ。アズ・アクスはハピ・クジュネにあるぞ。なかなか大きな鍛冶屋だな。優秀な鍛冶師も多かったはずだ」


「包丁以外もあるの?」


「うーん、むしろ包丁を造っていたことが驚きだな。アクスって名前が付いてるだろう? もともとは斧や剣が主流だったんだが…時代が変わったのか、はては経営者が変わったのか…」


「商売していればいろいろあるよね。特注で打ってくれたりする?」


「もちろんだ。値は張るがな」


「そっか。そのうち行ってみるよ」


「一応言っておくが、あまり南には行くなよ」


「南って、グラス・ギースには行くよ」


「もっともっと南だ。ハピ・クジュネまでならばいいが、そのさらに海を越えてからの南だ。そのあたりは危険だから気をつけろ」


「南…か」



 月(だと思われる)明かりの下、地図を広げる。


https://16509.mitemin.net/i310189/


 たしかに南には海がある。途中までしかないので【湾】というべきだろうか。


 ダビアが言っているのは、そのさらに下の区域だろう。それ以降は、この地図には載っていない。


 あくまで主要都市しか載っておらず、近隣の村々も省いているので完璧には程遠い。



「南に何があるのさ」


「南のほうでは最近、西側の連中が幅を利かせている。まあ、かくいう俺も西側から来たんだけどな」


「西側って何?」


「そこからかよ」


「田舎者だからね。ずっと山で暮らしていたんだ。島国の山さ」


「そりゃ仕方ないか。西側ってのはな…」



 この世界には、大きく分けて四つの大陸がある。


 一つは、西側大陸。文明の中心地であり、いわゆる先進国が集まっている大陸だ。このクルマも西側製なので、技術力の大半はそこから輸出されてきている。


 もう一つは、この東側大陸。いまだ発展途上にある国が多く、広大な未開の土地が広がっている。国にも満たない自治領区も相当数に上るので、治安が悪い場所も多い。


 残るは、南西、南東大陸。そこは東側より未開の場所も多いが、古い国家群が多くあり、ある意味においては西側国家より歴史はある。ただし、技術レベルも経済も、西側にはとっくの昔に抜かれている。



「三十年くらい前からか。ここから南の区域で西側からの積極的な【入植】が始まっているんだ。もともと何千年も前から、東側には西側から移住してくる者たちがいたんだが…今回はその規模が違うらしい。本格的な入植だ」


「入植…植民地ってやつ? 原住民と揉めそうだね」


「おっ、頭がいいな。つまるところ、そういうことだな。現地人との争いも激化している」


「…争いも? それ以外もあるってこと?」


「ほんと、頭がいいな。そうだ。原住民の問題よりも【西側同士の争い】のほうがやばい。今じゃ、六か七の国が土地を奪い合っている状況だ。それに原住民の勢力もあるから、かなり泥沼って話だな」



(なるほど、この違和感はそこから来るのか。どうりでいろんな人がいたわけだ)



 村にいた人間の多様性。技術レベルのちぐはぐさ。そのすべてが、そこから来ているのだろう。


 ただ、それにしても馴染みすぎている気もする。違う人種が、そうも簡単に一緒に生活できるだろうか。



「ねえ、人種差別とかあるの?」


「人種…? なんだ、人種って?」


「え? いや、あの…肌の色とか髪の毛とかさ、人それぞれにいろいろな違いがあるじゃん」


「それがどうした?」


「それで…何か争いとか起こらないの? 一つの色とかを優遇したりとか…」


「…? べつに色なんてどうだっていいだろう?」


「うん、まさにその通りなんだけど…ないの?」


「悪い。言っている意味がよくわからん」



(え? 人種差別ってないの? というか、人種の単語自体が通じていないような気がするけど)



 ダビアは、そもそも人種という概念すら認識していないようである。地球では大きな問題だったので、それが通じないと少しびっくりする。


 それからダビアは少し考え、アンシュラオンが求めているであろう答えを、多少ながら教えてくれる。



「ボウズの島では、そういうことがあったのか?」


「そうだね…。あったかな。やっぱり」


「うーん、変わったところだな。ここじゃ色で区別することはないぞ。そもそも人間は一種類しかいない。区別しようもないしな」


「一つって?」


「俺たちは女神様の子だからな。それ以外は存在しないさ」


「女神様って、美人でボインのあのお姉さん?」


「いや、ボインかどうかは知らんよ!? まあ、俺たち全員の母親だから胸はあってもいいかもしれんが…。いや、だが…彫像とかではボインじゃないこともあるな。…あれは光の女神様だからか?」


「なるほど、光の女神様はボインじゃない」


「お前、あまりそういうこと言うなよ。人類で一番進化している偉大な御方だぞ。女性なんだろうが、さすがにそういう見方はできん。それに光の女神様には白狼様という伴侶がいらっしゃる。どちらも雲の上の人だがな」


「ボインの闇の女神様は?」


「あの御方も伴侶がいるそうだが…慈悲深い母のイメージのほうが強いな。何より実際に子供を産んでいるのは闇の女神様らしいし…一番身近には感じるな」


「たしかに母親属性だったもんね。惜しいなぁ」


「だから、そういう見方をするなって」



(師匠に聞いてはいたけど…本当にそうなんだな。すべては女神の子…か。そういうの、いいな。地球も同じなんだろうけど…それに気づくのはまだ先かな)



 この世界の人間にとって、人種というものは存在しない。


 なぜならば、すべてが【女神の子】だからだ。


 本来、霊には一つとか二つの概念は存在しない。全宇宙のものすべてが一つの霊である。


 それが体験を得るために分離して、各々がそれぞれ独立しているが、それでも大きな目で見れば一つである。


 それと同じくこの星のすべての霊は、本霊たる女神から生まれた存在。女神自身でもあり、女神の子らであり、そこに何の区別も存在しない。


 アンシュラオンもこの世界に転生する際、女神の霊から媒体を授けられているので、女神の子の一人であるといえる。


 そして、女神の因子は【無限】。


 親の髪の毛が黒でも、子供が白ということは大いにありえる。それが当たり前の世界だから、人々は何も思わないのだ。



「じゃあ、この世界に色の差別はないの?」


「一部の国家では純血種を尊ぶ傾向にあるが、それは順序が逆だ。力のある血統遺伝の因子を持つからその色になる。だから結果的にそういった色を優遇する、という感じだな。差別というより区別かもしれん」


「実力主義ってことだね」


「そうだな。それに対して不満はあまりない。お前だってそう思うだろう?」


「実力があればね。じゃあ、何で争うの?」


「争いの火種は、主に【考え方】だ」


「思想や制度ってこと? イデオロギーの対立はどこにでもあるか…」


「難しい言葉を知ってやがるな。お前、実はインテリだな」


「人種は知らないのに、インテリは知ってるのかよ!」


「なんだよ、いきなり。まあ、最初の原因はそれだな。次に経済格差や資産の管理方法ってやつかな。当然それ以外にもあるが、基本の考え方の違いがもっとも厄介だ」


「宗教とかは?」


「もちろんあるが…宗教も思想だからな」


「ということは、国同士が争う理由は、主に思想、次に経済、資源分配方法ってところか」


「そうなるな。それで揉めている」


「でもさ、生まれる国を選べるわけじゃないし、人それぞれに考え方はいろいろあるでしょ。違う考えの国に生まれたらどうするの? というか、そもそも統一なんてできないでしょう」


「そりゃそうだな。だから俺みたいなやつは、こうして東側にいる」


「移民?」


「移民…か。こうして馴染んできたってことは、そうかもしれん。が、どっちかといえば【逃亡】かもしれんがな。俺、あっちじゃ犯罪者だし」



 西側の人間が、東側に来る理由には二つある。


 一つは、国策の入植計画に従って東側に移住してくる人間。これは原住民からすれば、移民と思ってもかまわないだろう。


 もう一つは、ダビアのような【犯罪者】たちが逃げてくる場合である。



「姦淫でもやったのかよ。いたいけな幼女に何をした!」


「人を何だと思ってやがる! べつに何もしちゃいない。だから言っただろう。争う理由は、思想の違いだって」


「ダビアって政治犯だったんだね。強制労働とかしたの?」


「そこまで酷くない国だったよ。政治犯ってほどのものでもない。ただ、追放という形は容認したけどな。ここには俺みたいなやつらがたくさんいる」


「何が気に入らなかったの?」


「…思想ってのは厄介だ。どんな良い考え方でも、時間が経てば硬直化してくる。腐ってしまったものを大切に抱えていれば、他の物も腐ってしまう。…そういうことだ」


「思想の硬直化…社会の末期現象か。オレのいた社会と同じだね。…革命は起こった?」


「俺がいなくなった後に起こったかもしれんが、俺は争いは御免だったから逃げてきたんだ。ここは見ての通り不便な場所だが、自由だ。自由があればどこでも人は暮らしていける」


「自由、いいね。ロマンがある響きだ。何歳になってもロマンには惹かれるよ」


「ははは。お前も反社会的な思想を持っていそうだ」


「オレを縛る社会なら反抗したっていいさ。気概を失うよりはいい」


「若いのに、見込みがありやがる」



(西側からの亡命者…。いいね。フロンティア精神があってさ。だからワクワクするのかな)



 新しい場所に来れば、人はあらゆるものと闘うしかなくなる。守るべきものはなく、失うものもない。だからこそ正面だけを見つめることができる。


 ダビアのような人間から感じる、【自由の匂い】。


 自分たちで何かをやってやろうという気構え。


 そこからたなびく風が、アンシュラオンには心地よい。まさにここは、すべてが自由なのだ。



「じゃあ、オレも気兼ねなく、たくさんのスレイブを手に入れられるね」


「おいおい、あんなのが欲しいのか? 人手が必要か? 何か事業でもするのか?」


「ううん、趣味で」


「趣味で!? …なかなかヘビーな趣味だな」


「人の趣味は自由だろう? スレイブになるのだって、それを買うのだって」


「そりゃそうだな。ただ…いや、いいか」


「なんだよ、気になるじゃん。言ってよ」


「うむ…。お前なら頭もいいから言ってもいいか。最近、争いが激化しているせいか、劣等スレイブが増えているらしい」


「劣等って、一番下の身分のスレイブだよね。ほぼ奴隷だって聞いたけど」


「ああ、西側じゃああいうのは認めていないんだが、こっちにはルールはまだないからな。特に争いに負けて捕まった原住民が、劣等スレイブにされているという話も聞く。能力があればまだ階級も上がるからいいんだが、そうでなければ…な」



 西側の入植地も人材は不足している。捕まえた戦闘員をそのまま利用することもある。


 能力がある彼らは、二級以上のスレイブになって待遇も悪くないだろうが、それ以外の一般人は違う。


 特に子供などは、一番下の下級スレイブにされてしまうこともある。そして、中にはルールを守らない輩もいる。



「自由とルール…か。難しい問題だね」


「偉そうに何かを言うつもりはないさ。ただ、そういう事情もあるから気をつけろよ。たまにスレイブ狩りをやっているクズ連中もいる。お前さんは相当見た目がいいから、狙われるかもしれないぞ」


「え? オレが? やめてくれよ」


「鏡を見ろ。お前みたいな容姿は、あまり見たことがない。はっきり言って目立つぞ」


「知らなかった…。じゃあ、村の連中が見てたのって、そういうことか!?」



 完全に珍獣である。


 たしかに容姿が珍しければ希少価値もあるので、狙われるかもしれない。そこは気をつけねばならないだろう。



(目立つってことは、姉ちゃんにも見つかるってことだしな。気をつけよう)




 そう思いながら、たまたま視線を荒野に向けた時である。





―――大地が動いた




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