17話 「クルマに乗ったよ」


 そうして気ままに百キロ近く移動したときである。


 もうすぐ夕方という時、アンシュラオンは何かを発見した。


 近づくにつれて徐々に形がはっきりしてきて、そこでようやく何かわかった。



「車…なのか?」



 それは、荒野を走る車のようなもの。二十メートル超の長箱状のものが高速で、およそ時速七十キロ程度で移動している。


 しばらく観察してみたが、生物の特徴である気質が感じられなかったので、あれは機械で間違いないだろう。


 そして、中には生物の波動が一つだけある。それをもって乗り物、車と判断したのだ。


 ただし、地球に一般的にある普通の車ではない。


 見た目はトラックに似ているが―――



「あれって、浮いてるよな? ホバークラフトか?」



 車と思わしきものは、地表から八十センチくらいを浮いて進んでいる。車輪を回転させているものとは、だいぶ印象が違う。


 興味が湧いたアンシュラオンは、近寄ってみることにした。


 車の速度と合わせ、併走するように近づいていく。サイドガラスは透明だったので、そこから運転手の姿が見えた。



(おっさんだ。ロリコンよりは間違いなく年上だな)



 またおっさんである。この世界のおっさん率が高いのが若干気になるが、中にはロリコン妻のような女の子もいるので、そのあたりは割り切ろうと思う。


 アンシュラオンは、クルマのサイドドアをノックする。



「もしもーし、コンコンッ。開けてよー。…ん? 気づかないのかな? じゃあ、もうちょっと強く…」



 一回では反応がなかったので、ちょっと強めにノックする。




 ガンガンガンッ―――ボコッ!




「あっ」


「どあっ―――!!」



 強めにノックしたので、サイドドアが凹んでしまった。交通事故にあったような大きな凹みが生まれている。


 運転席は左でも右でもなく中央だったので、幸いながら運転手にダメージはない。


 そもそも車のサイズが大きいので、片方に寄る必要がないのかもしれない。



「おいおい、なんだぁ!? どうなった!? なんで凹んだんだ!?」


「やあ、おっさん。ここ凹んでいるよ」


「え? マジかよ! この前、修理したばかりだぜ! あっ、ほんとだ! 今の衝撃か?」


「魔獣が当たったんじゃないの? 今、あっちに逃げていったやつがいたよ(嘘)」


「またかよ! ロードアルジャか!? 迷惑なやつらだぜ!」



 ロードアルジャというのは、このあたりの荒野に出る魔獣である。ラクダのような姿をしているが、やたら速く走り、最高時速は百キロ近い。


 雄限定だが速く走るものにぶつかる習性があり、ここを通る車がよく被害に遭っている。彼らにとっては、速さこそが男性的な強さの象徴なのだろう。


 速度を落とせば攻撃はしてこないので、第七級の益外級魔獣として認識されている。


 ちなみに食肉としても利用される魔獣であり、背中のコブは脂身なのでいろいろな用途がある。



「ねぇ、これって車?」


「車…ああ、クルマだ」


「戦車って意味?」


「どんだけマニアックなんだよ。クルマはクルマだ」


「クルマっていったら、当然アレでしょ? モンスターと戦うやつでしょう? 犬とか連れて」


「知識が偏りすぎてる!! そりゃ武装するやつもいるが、俺のは付いてないぞ」


「これ、浮いてるね。どうなってんの? どんな仕組み?」


「あ? クルマってのは浮くもんだぜ。浮かないクルマは、クルマじゃねえ」


「そうなんだ。全部浮くの?」


「全部ってわけじゃないが、だいたい浮くな。あまりに路面が悪い場所は、逆に浮かないほうがいいからタイヤとかキャタピラとかが多いらしいぜ」


「へー、そうなんだ。面白そう。乗っていい?」


「荷台なら空いてるが……てっ!! ええ!? お前、走って!? ええ!? 走ってんの!? この速さで!? 何なの、お前!?」


「孤高の陸上選手なんだ」


「こんな荒野で孤高すぎるだろう!?」


「孤独に耐えてこそのアスリートだよ。さっきうっかり友達のトカゲを殺したアスリートだよ。だから孤独なんだ」


「意味がわからない!」



 ようやく男は事態に気がつき、時速七十キロで併走しているアンシュラオンに驚きの視線を向ける。



「楽そうだから乗せて。荷台でいいよ。いくら?」


「金なんているか。乗ってけよ。困っているやつがいたら助ける。乗りたいやつがいたら乗せる。それが荒野を走るクルマの流儀ってもんさ」


「あんた、いいおっさんだね」


「おっさんじゃねえ。ダビアだ」


「オレはアンシュラオン。よろしく」


「おう、よろしくな、ボウズ」



 アンシュラオンは荷台に飛び乗る。


 荷台にはいくつかの積荷があったが、ほとんど空であった。



「何か運んでいたの?」


「ああ、ここいらは辺鄙なところだからな。運搬で飯食ってる」


「馬車じゃないんだ」


「そりゃお前、馬がかわいそうだろう。さすがにこの距離じゃ、馬が先にへばっちまう」


「ロリコンは馬車で移動していたけど」


「ロリコン!? 誰だそれ? 犯罪者か?」


「犯罪者予備軍かな。まあ、いいやつだけどね」


「どっちかわからないが…。まあ、このあたりじゃ馬車のほうが一般的だな。俺も大変だと思うから、あまり鉢合わせないルートで移動しているんだ。クルマに馬が怯えるかもしれないからな」


「そういえば、このあたりって馬車とかいないね」


「こっちは正規のルートじゃないからな。安全なルートはもっと東だ。あっちは迂回して回るルートなんだが、それだと時間がかかるからな」


「運送業なら早いほうがいいもんね。なるほどね」


「お前さんは、どうしてこっち側に?」


「なんとなく広々としていたから」


「はは、気持ちのいい答えだな」


「こっちに来てよかったよ。クルマにも出会えたし」



 アンシュラオンは、改めて【クルマ】を見る。



(う~ん、中世とか思っていたけど、案外そうでもないなぁ…)



 ブシル村を含め、アンシュラオンが見てきた村というものは、あまり発展しているようには見えなかった。まさに田舎の村々であり、文明レベルも低いように思えた。


 が、こうしてハイテクのクルマがある以上、ただのんびりとした世界というわけでもなさそうだ。工業革命とかもあったのかもしれない。



「さっきの続きだけど、どうやって浮いてるの?」


「メカニックじゃないから詳しいことは知らんが、ジュエル・モーターで風を生み出しているらしいぜ」


「ジュエル・モーターって?」


「知らないのか? まあ、田舎じゃまだ普及していない場所もあるからな。ジュエルを使ったエンジンだな。ジュエルは知ってるよな?」


「こういうやつ?」


「ああ、そうそう。そういうやつだ。それを磨いたり術式を付与すれば、ジュエルの完成だ」



 革袋から、ロリコンに買い取ってもらえなかった青い原石を取り出す。どうやら、これがジュエルで問題ないようだ。



(じゃあ、ロリコン妻のやつもそうか…)



 スレイブ・ギアス〈主従の制約〉もまた、ジュエルに術式を施して制約を課している。


 このことから、ジュエルが【媒体】としての役割を果たしていることがわかる。術式を一般生活レベルで保存、活用するために生まれた技術なのだろう。


 言ってしまえば、このクルマという存在も、術で浮いているようなものだ。


 モーターを回すエネルギー源なのか、あるいは浮かせている力そのものを発生させているのか。どちらにせよ、この世界で独自に発展した技術なのは間違いない。



「このクルマ、高いの?」


「わかるか? 俺の愛車だからな。そりゃ高いぜ」


「二億円くらい?」


「はは、そこまではいかねえよ。改造費込みで、五百万はしたな」


「そんなもんか」


「そんなもんかって、お前な…」


「褒め言葉だよ。これだけいいクルマが、それなら安い」


「おっ、そうか。わかるやつにはわかるんだよなぁ~」



 ダビアは自分のクルマが褒められて嬉しそうだが、アンシュラオンは複雑な表情をしていた。



(鉄鋼技術があるってレベルじゃないな、これは。地球以上の文明力だ)



 アンシュラオンはクルマの素材を確かめながら、そう確信する。


 少なくともこのクルマは、かなり硬い素材で造られている。しかも、軽そうだ。


 カーボンファイバーに近い素材だろうか。それを普通に使っていることから技術レベルはかなり高い。



 これが五百万円。



 性能の詳細は不明ではあるものの、これが五百万円ならば安い。日本なら大型トラック一台で、一千万から二千万くらいは軽くするものだ。当然、ホバー機能などはない。



「で、ボウズは、こんな荒野で何してんだ?」


「うーん、家出中」


「あー、むず痒いねぇ。思春期か」


「姉ちゃんに貞操を奪われて、ショックで逃げ出したんだ。首に鎖をつけられて、毎日可愛がられる生活に嫌気が差してね」


「それは……意外と重い理由だな」


「そうでもないけどね。最初は楽しかったし」


「楽しかったのかよ! それはそれで問題だな」


「ともかく、今は気楽な独り旅だよ。自由気ままな人生さ」


「どこまで行く予定だ?」


「一応、グラス・ギースまで」


「そうか。じゃあ、送ってやるよ」


「いいの?」


「どうせ通り道だ。俺はそのさらに先の都市に行く予定なんだ」


「もしかして、ハピ・クジュネって街?」


「そうだ。馬車と違って、このクルマならそんなに時間はかからない。それに馬車の連中と同じ物を運んでも利益にはならないだろう? ハピ・クジュネの海産物なら、このあたりじゃ珍しくて高値が付く」


「このあたりは荒野ばかりだしね。たしかに海産物は喜ばれるかも」


「だから気にするなって。運ぶのには慣れているしな」


「ダビアは、いい人だね」


「はは、お前はどうだ? 良い人か? 悪い人か?」


「さあ。良くも悪くもないよ。たぶんね」


「なら、安心だ」



 ダビアは、髭を撫でながら笑った。


 日焼けした逞しい身体は「ザ・労働者」と呼ぶに相応しく、この荒野がよく似合うナイスガイだ。




 しばらく空を見上げながら、ふと思う。



(人と出会うって、面白いもんだな)



 地球にいた頃は、他人との関わりは多いとはいえなかった。あまり好きな社会でもなかったし、生きていくだけで精一杯だった。


 おそらく、多くの人間がそう感じていたのだろう。妙な息苦しさが常にあり、心に余裕などなかった。それと比べれば、今は楽しいのだと思える。



 すべてが知らない世界。


 出会うすべてが新鮮である。


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