16話 「水気実験」


 この日の朝、ふと思った。



水気すいきって…飲めるのか?」



 水気とは、火気と同じく戦気を化合して生み出すものである。水属性の攻撃を使うときに変換するもので、その際に水が出る。


 たとえば、こう。



「水流剣!!」



 アンシュラオンが包丁を使って剣王技、水流剣を放つ。剣気は水気を帯び、鮮やかな軌道を描きながら水飛沫が舞う。


 イメージ的には、ウォーターカッターのようなものだろうか。もともとの剣気の性質は完全には失われないので、物理的な切れ味は維持しているバージョンともいえる。


 水に弱い相手に有効なのはもちろん、その水の流れに乗ることで、非常に鋭い攻撃を繰り出すことができる。


 優雅で流れるような一撃は、回避が非常に難しいものとなるので、命中率が飛躍的に上昇する。確実に当てたいときなどにもよく使用される技だ。



 で、問題は【水】の部分だ。


 はたしてこれは飲めるのか?


 という疑問が湧き上がった。


 しばらくひたすら乾燥地帯が続き、村もなく、水場らしいものもなかった。たまに見かけるものも、虫がたかった濁ったもので、近場の動物が飲みに来るようなもの。


 浄水器のようなものがあれば飲めるだろうが、普通の人間ならば、あまり飲まないほうがよいものに違いない。武人のアンシュラオンとて、あまり飲みたいとは思わないものだ。


 武人は、肉体的に進化を果たした存在である。その覚醒率によって大きな差はあるが、毎日の食べ物の摂取は必須ではない。


 たとえば、こう。



「ふぅううう! すーーーはーーー!」



 練気。


 自身の体内を活性化させ、気を練る。それは生体磁気へと変化し、肉体機能を維持するためのエネルギーとなる。これを溜めることで老化すら防げる。


 だが、これだけでは十分ではない。それ以外の要素を周囲から吸収する。


 それを【神の粒子】と呼ぶ。


 神の粒子は、普遍的流動体として全宇宙に瀰漫びまんしている、あらゆるエネルギーの根源的要素である。


 この星の大気も、大地も、水や電気さえも、これが形を変えたものだといわれている。これを利用することで武人は戦気を生み出す。


 そう、戦気こそ、あらゆるものの根源的要素。それを戦闘に特化させたもの。


 生体磁気と神の粒子の化合物であり、武人の意思、精神エネルギーによって物質化した力。さらにそれを水状に変化させたのが、水気。


 見た目は透明で、まさに水そのものである。



「これ、飲めるのかな?」



 アンシュラオンは、身体に飛び散った水を指ですくう。


 これを飲もうとしたことは一度もない。そんなことを考える必要がなかった。なぜならば、これは攻撃のためにあり、敵を倒す道具としか思わなかったからだ。


 また、火怨山には多くの地下水源が存在するので、水には困らなかった。


 アンシュラオンも一度、師匠の命令で地下に潜って水を汲んできたことがある。地下深くにある洞窟の水がどうしても欲しいというので、仕方なく行ってきたのだ。


 そこは魔獣の巣窟でもあり、いつもならば出会わない水系の魔獣も大量におり、命からがら水を汲んできたものだ。


 が、苦労して戻ったときには、師匠は自ら設置した地下水源直通のホースで水浴びをしており、ボロボロのアンシュラオンを見てこう言ったものだ。


「やあ、おかえり。水でも浴びる?」


 あの時、アンシュラオンは陽禅公の人柄を知った。



「あの爺さんを信じちゃいけない」



 と。


 源泉もあるので、たまに撃滅級魔獣と一緒に温泉に入る、ということもする。べつに常に魔獣を狩っているわけではなく、温和な連中とは共存もしていた。


 もちろん魔獣側が、アンシュラオンたちを人間と認識していなかった可能性も高い。「ヤバイやつらだから、戦わないようにしよう」と思っていたのかもしれない。



 話は戻って、水である。


 今は水不足の状況なので、水の確保は大切な問題である。もし水気が飲めれば問題は解決するだろう。


 試しに一滴舐めてみる。



「…なんか、ピリッとするな。何だこれ? 妙に刺激的だな」



 昔、口の中で弾けるお菓子が流行ったことがある。パチパチして、ちょっと痛いくらいの刺激のものだ。あれに似ている。


 水が、あれに似ている、という事実。



「うん、問題だな。これは飲み物には向かない。飲んで痛い水なんて、さすがに勘弁だ」



 それはまるで海水を飲むようなものである。飲めなくはないが、後から何か害がありそうで怖い。



(だが、この問題はもうちょっと調べてみたいな。今まであまり考えたことのなかったテーマだし、何かしらで実験できれば…。誰かに飲ませてみるとか…。いや、それで何かあったら怖いから、そこらの動物か何かで…おや? あれは…)



 ふと、トカゲのような生き物が通りかかった。


 大きさはワニ程度なのでトカゲかどうかは怪しいが、一応トカゲっぽいフォルムである。似ているのはコモドオオトカゲだろうか。



「ちょうどいい。お前を実験に使おう。ほら、口を開けてみろ」



 それを捕まえ、顎を固定して口を開かせる。



(そういえば子供の頃、トカゲに蟻を食べさせようとして似たことしたな…。結局食べなかったけど)



 そんなどうでもいいことを思い出しながら、試しに口の中に一滴入れてみた。




―――爆発




「ええええ!?」



 一滴水気を飲んだトカゲが、爆発。


 腹が割け、ビクビクと痙攣していたトカゲはすぐに絶命。無残な光景である。


 そんなつもりではなかったアンシュラオンも、ショックを受ける。



「すまん! まさかこんなことになるとは…。オレは飲んじまったけど…自分のだからいいのか? それとも、単純に耐久力の差か? どちらにせよ、こいつには悪かったな…」



 正解は、後者。


 武人が生み出した属性戦気は、自分に対しても効果を発揮するので、トカゲが飲んだものと同じ影響を受ける。


 単純にアンシュラオンが頑丈だっただけにすぎない。



「やっぱり、もともと戦気ってのは戦闘のためにあるもんだから、飲むのはやめておこう。とりあえず封印だな。…暗殺のとき以外は」



 その後、自分の身体は水気で洗えることが判明。身体にかかっても大丈夫なのだからと思って試したが、見事成功である。


 ただ、水気で服を洗おうとしたら穴が開いた。硫酸につけたかのように溶け始め、慌てて引き出したもののボロボロになった。最悪である。


 そこで一つ、思い出す。



「あっ、服ももらったんだっけ? まあ、まだしばらくは荒野だろうし、ボロボロのままでいいや」



 一張羅だと言うと、ロリコン妻が餞別に服をくれたのだ。子供用だったのが少し気になるが、カンフーの道着に似た白い上下の服である。


 今着ているアンシュラオンの服も修行用の道着なので、元のデザインを参考にしてくれたのだろう。


 あのロリコン、いい嫁を見つけたものである。羨ましい。



 その後、朝食のサボテンステーキを食べ、また独り歩きだした。


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